【MOD-63】私たちの夜間飛行(前編)
Date:2132/05/15
Time:04:00(UTC-7)
Location:British Columbia,Canada
Operation Name:NIGHTMARE RAID
キリシマ・ファミリーの母艦レヴァリエは重巡洋艦ベースの艦であるため、艦載機運用能力はあまり高くない。
発艦時間の短縮に直結するカタパルトの基数が少ないので、その辺りは熟練した作業員たちの手腕で補っていた。
「1番カタパルト、ストレーガのセットを確認! 進路クリア……オールグリーン!」
「親分、大漁を!」
左舷側の可動式電磁カタパルトに黒いMF――マリンの愛機ストレーガがセットされ、メインスラスターを噴かしながら発艦の時を待つ。
「おうッ、任せておけ! こちらキリシマ、ストレーガ……出るぜッ!」
次の瞬間、カタパルトから打ち出された黒いMFは持ち前の推力で一気に高度を上げ、新月の夜空へ溶け込みながら僚機の発艦を待つ。
今日は月が出ておらず、月明かりには頼れない夜間飛行となりそうだ。
「発艦した機体から順次フォーメーションを組め。今日は視界が悪いから、バーティゴになりかけたら計器を見るんだ。人間の感覚よりは信頼できるはずだぜ」
計器飛行の徹底を僚機へ厳命した後、HISに表示している現在時刻を見ながらマリンは深呼吸するのであった。
「(月も星も見えねえな……へッ、今日は長い夜になりそうだぜ)」
一方、トムキャッターズの母艦ケット・シーはレヴァリエよりも更に艦載機運用能力が低い。
除籍間近の宇宙貨物船に軽巡洋艦相当の艤装を施したケット・シーはそもそもの構造に無理があり、MF用カタパルトを1基しか装備できなかったのだ。
しかも、そのカタパルトは大型可変機であるハイパートムキャット専用となっているため、他の機体(スパイラルC型)は自力で滑走してから発艦しなければならない。
もちろん、この運用上の欠点をトムキャッターズの幹部たちは把握しており、資金に余裕ができたら近代化改修ないし乗り換えを検討しているが……。
「おらおら、早くしやがれ新人! 後ろがつかえてんだよ!」
「うっせえな、オバさん! ちゃんと姿勢を気を付けないと事故るだろうが!」
「オバさんじゃないだろぉ!? 『お姉さん』だろッ!」
自力発艦組が順番や早さを巡って罵り合う光景は、荒くれ者揃いのトムキャッターズではいつものことだ。
「(夜中の4時なのに元気な奴らだな)」
それを尻目に固定式電磁カタパルトへとセットされている機体こそ、トムキャッターズ最強の戦力と云われるヤンのハイパートムキャットである。
ファイター形態では全長6.1m・全備重量5.2tに達する大型機なので、これに関してはカタパルトが無いとフル装備での発艦は難しく、ケット・シーのカタパルトは事実上ハイパートムキャットのために付けたといっても過言では無かった。
「フライトクルーよりフライトデッキ、カタパルトと機体の接続を確認できるか?」
「こちらフライトデッキ、目視とセンサー上の数値では問題無い。針路クリア――オールグリーン!」
事実上ヤン専属のスタッフである発艦要員たちが退避したことを確認し、赤橙と黒に彩られたMFはスロットルを最大開度まで開く。
ハイパートムキャットの推力は同時代の他機と比べても非常に高く、迂闊に人が近付くと労働災害が起こりかねない。
「ひぇぇ、相変わらずトンデモない推力だぜ」
「ま、アタシらはあの機体に慣れてるから大丈夫だけどな」
退避場所から発艦要員たちが見守る中、ハイパートムキャットの発艦手順は着実に進行していく。
「ハイパートムキャットよりブリッジ、僚機は全員上がったのか?」
「こちらブリッジ、既に全員発艦しています。みんなリーダーを待っていますよ」
「そうか……よし! アタシも出るとするか!」
発艦を前にもう一度だけ手順を再確認していくヤン。
機体については何の問題も無い。
数時間前に交換したばかりで慣らし運転を行えていないE-OSドライヴも順調に稼働している。
「ハイパートムキャット、シャンマオ出撃するッ!」
「了解です、リーダー! ご武運を!」
次の瞬間、カタパルトから打ち出されたハイパートムキャットは肩慣らしをするかのようにローリングし、先行している味方機たちとの合流を図るのだった。
「(気を抜くと呑み込まれてしまいそうなほどの夜空だ……慎重にいかなければ!)」
キリシマ・ファミリーとトムキャッターズの合流地点に指定されている座標には、上空から見て一目で分かるような目印は無い。
あったとしても「濃霧が立ち込める深夜4時」という条件ではまず見えないだろう。
眼下には融けかけの氷河地帯が広がっている。
「(予定時間よりも5分早く着いちまったな……まあいいか! 1分遅れるよりは全然マシだからな!)」
合流地点に先に到着したのはマリン率いるキリシマ・ファミリーのMF部隊であった。
先走ってもしょうがないので、ここは大人しく5分待つことにする。
「……親分、方位2-7-2より接近する複数の機影を確認しました。トムキャッターズのMF部隊だと思われます」
それからちょうど5分後――。
開戦前の非公式戦闘にも参加した実力者であるマリータの報告を受け、マリンはトムキャッターズらしきMF部隊へと無線で呼び掛ける。
「へッ、時間ピッタリにお出ましする辺りはさすが元海兵隊と言ったところだな」
「海兵隊は特に集合時間に厳しかったからな。早すぎても遅すぎても怒られる世界なのさ」
彼女が近付いてくるトムキャッターズのMF部隊に向かって手を振ると、その先頭を飛ぶ大型可変機――ヤンのハイパートムキャットは機体その物を振ることで答える。
「どうする、ヤン? もう渓谷内へ入るのか?」
「そうだな……渓谷内では慎重な飛行に徹するだろうから、移動速度が落ちる可能性も否定できない。ここは早めに行動を開始しタイムスケジュールへ合わせるべきだと思う」
「元軍人が言うと説得力があるな。よし、あんたたちが前衛を務めてくれ。後ろはボクたちでしっかりカバーしてやるからよ」
マリンの進言通りトムキャッターズが前衛、キリシマ・ファミリーが後衛になるよう大編隊を再調整し、事実上の隊長機を任されたヤンは早速指示を下すのであった。
「全機、必ずついてこい! もたもたしていると置いていくからな!」
キリシマ・ファミリーとトムキャッターズが合流して目的地を目指す一方、スターライガは7個あるMF小隊を分散させる方針を採っていた。
これは「少数機で向かわせた方が被発見されるリスクが減る」と判断されたためである。
最も広い渓谷――コードネーム「Dルート」を通過するΔ及びε小隊を除き、各小隊は単独で狭い渓谷を突破しWUSA秘密基地を目指すのだ。
「こちらΖ1、EルートCP2を+7秒で通過。離脱機無し……通信終了」
ルート上に設定されている時間調整の基準点「CP(チェックポイント)」の通過を報告した後、Ζ小隊を率いるレンカは僚機たちに時間が遅れていることを伝える。
「みんな、CP2を通過した時点での時間差は+7秒よ。少しだけペースを上げていきましょう」
Ζ小隊が通過するEルートは他の渓谷よりも距離が若干長いうえ、時に減速が必要なほど入り組んでいる場所がある。
……つまり、他のルートよりもハイペースで巡航しないと間に合わないのだ。
「言いたいことは分かるけどさ……でも、一寸先は闇の状態で『もっと速く飛べ』なんて随分と酷だね」
「そう思っているのはあなただけじゃないわ。緊張感で汗が止まらないのは私も同じよ」
無茶振りに不満を隠さないコマージを窘めつつ、レンカは愛機ルーナ・レプスのスロットルペダルを踏み込みペースを上げていく。
「『主役は遅れてやって来る』だなんて言うけど、本当に主役と呼ばれる人は時間ピッタリにやって来るんだから」
深い霧に覆われた深夜の渓谷――その先に広がっている光景とは……。
「(そう、月の民の価値観では……ね)」
その後、Ζ小隊はペースを上げながら巡航することで7秒の遅れを取り戻し、最後のCPは+-0秒で通過していた。
ここから先はHISに表示しているタイマーを確認しながら巡航し続け、0になると同時にWUSA秘密基地へ辿り着けるようペースを考えなければならない。
ペース調整が上手くいくかは小隊長であるレンカの指揮能力に懸かっている。
「攻撃開始まであと60秒、巡航速度は現状維持」
「まだ目的地は見えないな。本当にこのペースで間に合うのか?」
現状のペースで間に合うのか心配しているのは、今回から新型機アマテラスに乗り換えているアンドラ。
比較的冷静な彼女が不安を口にするのは結構珍しい。
「大丈夫、こっちではちゃんと計算できているから。あなたたちはカルディアみたいに大人しくついて来てくれればいい」
「彼女が大人しいのは集中し過ぎて話す余裕が無いからだろう?」
アンドラの嫌味に対しカルディアから反応が返ってくることは無い。
図星だったというより、単純に「嫌味に突っかかるのは自分のスタイルではない」ということなのだろう。
「……とにかく、攻撃開始まであと30秒よ。各機、火器管制システムのセーフティを解除。交戦許可が下り次第全武装の使用を認めるわ」
この段階でレンカは小隊各機に火器管制システムのセーフティ解除を指示。
実際に交戦許可を出すのは別ルートからやって来るレガリアなので、命令されたら即座に攻撃態勢へ移れるよう準備を進めておく。
「こちらクオリア、了解!」
「アマテラス了解! セーフティ解除!」
「クオーレ、了解……!」
コマージ、アンドラ――そして、今まで一言も発していなかったカルディアからの応答を確認し、レンカは残り10秒のカウントダウンを開始する。
10秒後に渓谷とWUSA秘密基地を隔てる擬装ダムを飛び越え、その時点で味方部隊の姿が見えていればタイムスケジュールを守れていたことになる。
「10、9、8、7、6、5、4――」
濃霧で全く視認できないが、数百メートル先には擬装ダムがそびえ立っているはずだ。
もうそろそろ操縦桿を引いて上昇しなければ間に合わない。
「3、2、1……上昇!」
レンカの掛け声と同時にΖ小隊の4機は高度を上げ、擬装ダムの上空数メートルを掠めるように翔け抜けていく。
深い霧を通り抜けた先には、出撃時よりも少しだけ明るくなった夜空が広がっていた。




