【MOD-62】戦場で育まれる愛
2132年5月14日――。
翌日にWUSA秘密基地奇襲作戦を控えているスターライガは相当忙しいはずだが、彼女らの母艦スカーレット・ワルキューレの娯楽室はちょっとしたパーティ会場と化していた。
というのも、MF部隊のドライバーであるコマージが5月14日に33歳の誕生日を迎えたからだ。
彼女は見た目こそ女子高生並みに若々しいが、実際には意外なほど歳を食っている。
「いやー、あはは……こんなクソ忙しい時にわざわざ私の誕生日パーティーを開いてくれてありがとね」
酒類の代わりにローズウォーターを飲みながら感謝の言葉を伝えるコマージ。
両親や双子の姉シャルムと仲が良い彼女は毎年5月中旬になると故郷チレインへ里帰りし、実家で誕生日を迎えていた。
だが、今年は戦争真っ只中ということもあって里帰りはさすがに難しく、実家からのお祝いメールだけで我慢するつもりだったのだ。
「しかし、33は私からすればまだまだお子様だね。この歳になると姉さんとニブルス以外にプレゼントをくれる奴は誰もいないんだ……はぁ、自分で自分の誕生日プレゼントを探すのは滅茶苦茶寂しいぞ」
パーティー立案者の一人であるブランデル(今年101歳)はコマージの肩を叩き、自嘲気味に笑いながらワイングラスに入ったぶどうジュースを飲み干す。
まるで酔っ払いのような絡み方だが、酒は飲んでいないので完全にシラフのはずである。
ちなみに、ブランデルとコマージは年齢差を感じさせないほど仲が良く、互いに呼び捨て且つタメ口で話す「対等な関係」を築いていた。
「ブランの誕生日って4月9日でしょ? 今年は何か貰えたのかい?」
「ええっと、今年はな……」
お子様扱いしているコマージからのストレートな質問を受け、どう答えるべきか少しだけ悩むブランデル。
シャルラハロート姉妹は双子で誕生日が同じなため、事実上のプレゼント交換というカタチで毎年祝い合っている。
ちなみに、プレゼントの規模がデカいことで有名なレガリアが今年くれたのは、「自身が所有しているプライベートアイランドの貸し切り権」であった。
レガリアが贈ってくれるプレゼントは規模と値段以外はまとも(?)なので問題無い。
一方、秘書として公私共に支えてくれているニブルスからのプレゼントは……正直に言うとかなり答えづらかった。
「(『プレゼントは私です♡』って誘惑された挙句、ニブルスの自室で『愉しんだ』なんて言えるかよ……)」
結局、正直に答える勇気が無いブランデルは適当に誤魔化すことにした。
「……姉さんもニブルスも心がこもったプレゼントをくれたよ。それより、コマージは欲しいモノとかないのか?」
「いや、去年『世界一高いバラが欲しい』って冗談で言ったら本当に贈られてきたから、今年は遠慮しとくよ。それに……」
去年の仰天エピソードを引き合いに出しつつ断ると、コマージはたまたま近くでサラダを頬張っていたカルディアを優しく抱き寄せる。
「……!」
「本当に欲しいモノはもう心に決めているんでね」
口には出さないが満更でもなさそうなカルディアの表情を見た瞬間、ブランデルは全てを察するのだった。
「ヒューッ! 随分とお熱いことで……この戦争が終わったら、私もそろそろ身を固めるべきかもな」
皆さん、静粛に!
……それでは、ブリーフィングを開始します。
今回の作戦はルナサリアンからの情報提供により所在が判明した、ホワイトウォーターUSAの秘密基地に対する奇襲攻撃です。
手元にあるタブレット端末へ転送した地図を見れば分かる通り、この基地はカナダ・ブリティッシュコロンビア州北西部の氷河地帯に位置しています。
基地の周辺一帯は険しい山々が立ち並んでいるうえ、カナダ政府によって国立公園に指定されているため、地理的にも政治的にも進攻は困難な場所だと言えるでしょう。
また、WUSAはアメリカ国防総省において一定の影響力を有する保守派から支援を受けており、アメリカ軍から横流しされた対空レーダーによって強力な防空システムを整備しているとのことです。
残念ながらレーダー施設の総数や配置は不明な部分が多く、これらを破壊してから強行突入するのは不可能だと思われます。
そこで、MF部隊はレーダーに探知されづらい渓谷の中を通過しながら基地へ接近。
基地に十分近付いたところで奇襲攻撃を仕掛け、敵が迎撃態勢を整える前に素早く殲滅してください。
続いて本作戦に関するいくつかの注意点を述べます。
まず、皆さんが最も気にしているであろう現地の天候ですが……最新の天気予報によると濃霧になる可能性が極めて高いようです。
複雑な地形と時間帯の関係上、濃霧の中での飛行は非常に難しいと思われますが、皆さんの勇気と技量ならば大丈夫でしょう。
次に、電子的沈黙を可能な限り維持できるよう渓谷通過中は無線封鎖をお願いします。
特に部隊間での長距離無線通信は原則禁止とし、部隊内での交信も隊長機からの一方向通信など最低限に留めてください。
なお、部隊間での攻撃タイミングについてはルートごとに予め所要時間を計算しており、出撃後はそれに基づいたタイムスケジュールで行動してもらいます。
そして最後に……本作戦は我々スターライガの全航空戦力に加え、キリシマ・ファミリー及びトムキャッターズのMF部隊も友軍として参加します。
彼女らは中隊規模の戦力で北側の渓谷から進攻を試みる手筈です。
基地へ到達後は彼女らとも上手く連携を取り、互いにカバーし合いながら効率的に敵戦力を撃破していってください。
ブリーフィングはこれで終了ですが、何か質問はありますか?
……特に無いみたいですね。
では、今回話した内容は各小隊長のタブレット端末に転送しておくので、また後で確認しておいてください。
以上……解散!
一方その頃、大気圏突入後に息を潜めていたキリシマ・ファミリーの母艦レヴァリエでは、作戦開始の時間に合わせて各部署が作業をスタートさせていた。
ピピピッ、ピピピッ――。
「ボクだ、キリシマだ――ああ、分かっている。すぐにブリッジへ上がる」
艦内連絡用携帯電話の呼び出し音に叩き起こされ、大きなあくびをしながらモーニングコールに返答するマリン。
深夜に出撃を控えている彼女は良好なコンディションで作戦開始を迎えられるよう、昼間に眠ることで睡眠時間を稼ぎつつ時差ボケの修正を図っていた。
マリンが僚機として選び抜いた精鋭たちも同じように睡眠時間をずらし、午前4時からの夜間飛行に備えている。
出撃前にはカフェインを含む眠気覚ましのサプリメントを摂取するので、作戦中に眠くなることは無いはずだ。
「マリン……もうそんな時間なの?」
「夜の8時だぜ。シャワーを浴びたり飯を食ったりする時間も必要だから、そろそろ起きないといかんな」
レヴァリエの艦長にして恋人でもあるローリエの頬を優しく撫でつつ、マリンは名残惜しそうにベッドから立ち上がる。
「次の戦いはかなり危険なヤマになる。必ず生きて帰れるとは言い切れねえ……だから、悔いが残らないようお前を抱いておきたかったんだ」
そう言い残すと彼女は下着と部屋着を身に着け、恋人の姿を横目にしながら自室を出ていくのであった。
「続きは帰ってから……だぜ」
シャワーを浴びてから軽めの夕食(主にパスタ)を取った後、マリンは今回の作戦に同行させる5人の精鋭をブリーフィングルームに集める。
そのうち3人は開戦前の非公式戦闘にも参加したカリン、ナイナ、マリータであり、残る2人もキリシマ・ファミリーが誇る腕利きを選抜してきた。
「まず、お前らに礼を言いたい。こんな危険な作戦に文句の一つも言わず――いや、文句はあるかもしれないが、それを表に出さず参加してくれたことに感謝する」
最大高度が制限されている状況下で視界不良の渓谷を翔け抜ける。
しかも、決められたタイムスケジュールに合わせて移動速度を調整しなければならない――。
困難且つ危険な仕事であることは誰の目に見ても明らかな以上、特別手当で釣らなければ人は集まらないだろうとマリンは考えていた。
ところが、実際には作戦要綱を伝えた時点でそこそこ希望者が集まり、当初の予想に反して選抜を行わなければならないほどであった。
「へッ、水臭いぜ親分。オレたちは親分が世界一だって知ってるからついていくんだ……だろ?」
子分たちの代表として「何があっても世界一の親分についていく」と表明するナイナ。
彼女の言葉にはカリンやマリータたちも頷きながら同意している。
「嬉しいことを言ってくれるじゃねえか……! それじゃ、最後までとことん付き合ってもらうぜ!」
「「「おぅ!」」」
そして、マリンは最後に「一番大切なこと」を部下たちへ伝えるのだった。
「お前ら、必ず全員で生きて帰るぞ! もし、ヘマをしでかして死にやがったら……その時はボロクソに貶してやるからな!」
キリシマ・ファミリーと共同で作戦に当たるトムキャッターズも既に地上へ降りており、彼女らの母艦ケット・シーでは乗組員たちがせわしなく動き回っている。
「あ! やっぱりここにいた!」
ブリッジクルーが探している人物――トムキャッターズのリーダーであるヤン・シャンマオは喫煙室で一服している最中だった。
「どうした? 何か問題か?」
自分を呼ぶ声に気付いたヤンは吸い終わりつつあったタバコを灰皿に捨て、頭を掻きながら喫煙室から出てくる。
「はい、リーダーの機体を整備しているメカニックたちからの報告なんですが――」
「E-OSドライヴの調子が悪いんだろ?」
「え? あ……は、はい! どうしてそのことを?」
驚くブリッジクルーの手から資料を取り上げ、報告内容を一通り確認するヤン。
彼女の表情は決して穏やかなものではなかったが、既に解決策は見つかっているようだ。
「前々から回転数のレスポンスがイマイチでな。まあ、いつも乗っている機体だから些細な異変には気付くものさ」
そう言いながら資料をブリッジクルーに向かって投げ渡し、ヤンは真っ先に思いついた「解決策」の実行を命ずる。
「原因がよく分からんのならば、いっそのことE-OSドライヴ自体をアッセンブリー交換してしまったほうが良い」
ヤンの愛機「ハイパートムキャット」は一品物の希少な機体ゆえ、他の機体から流用が利かない専用部品も少なくない。
ただし、動力盤であるE-OSドライヴはスーパーテック社の既存製品をベースとしているので、スペアパーツに交換することでトラブルを解消できる可能性があった。
もちろん、本当は慣らし運転済みの個体をそのまま使いたかったのだが……。
「出撃まであと3時間もあれば何となるはずだ」
「分かりました、すぐにメカニックたちへ伝えてきます!」
「ああ、頼んだぞ」
若いながらもよく働いてくれるブリッジクルーの後ろ姿を見送ると、ヤンは出撃許可に必要なメディカルチェックを受けるため医務室へと急ぐのであった。
「(医者のゴーサインを貰って、それから連れて行く連中を集めて最終ブリーフィングをしないと……)」
【チレイン】
オリエント連邦・ジェラース市東部にある小さな区。
これといった名所は無い田舎町であるが、ハルトマン家が経営する持株会社「ハルトマン・ホールディングス」の本社が置かれているため、財政的にはそこそこ潤っているらしい。
【スーパーテック】
オリエント連邦・ヴォヤージュ市ヴィルヌーヴに本社を置く企業。
MF用E-OSドライヴの設計開発を主業務としており、RMロックフォードやマドックスの機体で採用実績がある。
また、プライベーター向け製品の販売やオーバーホール作業の受託も行っているため、スターライガやキリシマ・ファミリーとも取引関係を持つ。




