【MOD-61】造られし者たちの影
敵増援として現れたバイオロイドたちの機数は18機。
彼女らの今の主であるルナサリアンは3機1小隊を最小単位としているため、別の言い方をするならば6個小隊を送り込んできたとも言い換えられる。
「こいつらとWUSAが合流する前に到着できてよかったな。もし、20機以上を一人で相手取らなければいけない状況に陥ったら、さすがにあの娘でも持たなかったかもしれん」
「ええ、その通りね。ライガの直感が無かったら間に合わなかった可能性もあったわ」
自分たちの救援が遅かった場合にあり得た「最悪の結末」を想像し、今ある現実にホッと胸を撫で下ろすサニーズとレガリア。
他人の勘を信じるのは少なからず勇気がいることだが、ライガに関して言えば不思議と「こいつの直感なら信じられるかも」と思わせる雰囲気があった。
彼の誠実且つ実直な立ち振る舞いがそうさせているのかもしれない。
「おいおい、買い被りすぎだぜ。俺は人として当然のことをしたまでだ」
「当然のことを褒めるほど私たちは甘くないぞ」
人を突き動かせるのは簡単じゃないから、貴様のことを高く評価しているんだ――。
サニーズの素直ではない褒め言葉に一人苦笑いしつつ、ライガは「リーダー」として二人のトップエースに攻撃指示を下すのであった。
「よし……各機行くぞ! ファイア、ファイア、ファイアッ!」
パルトナ・メガミとバルトライヒから大量のマイクロミサイルが撃ち放たれ、バイオロイドたちの駆る白いツクヨミへと襲いかかる。
バイオロイドといえばウラン鉱山奪還作戦の時は新型可変機に乗っていたが、今回はルナサリアンから供与されたと思われるツクヨミに搭乗しているらしい。
「散開したぞ! 初手の飽和攻撃で誰も脱落しない辺りはさすがだな!」
搭乗機の武装の関係上、先制攻撃に参加できないサニーズは敵部隊の観察に集中する。
各機の動きを正確にマーキングしておき、データリンクで僚機と情報共有するのも彼女の役目だ。
「バイオロイドは連携を得意としているわ。各機、単独行動をしてもいいけど包囲されないように気を付けて!」
そう言うレガリアはいきなり編隊から離れており、得意の一撃離脱戦法で既に敵機を1機撃墜していた。
「フンッ、シルフシュヴァリエの運動性にはついてこれまい。囲まれる前に叩き落としてくれる!」
ようやく格闘戦ができるようになったサニーズのシルフシュヴァリエも本領を発揮し始め、ビームレイピアの鋭い一閃で敵機のコックピットを容赦無く貫いていく。
おそらく、この二人は放置していても勝手に敵を片付けてくれるだろう。
「(あいつらは問題無さそうだな……さて、俺は新武装の試し撃ちでもしてみるか)」
レガリアとサニーズが格闘戦で敵を落としていく中、射撃戦を得意とするライガは「新武装」を実戦投入してみることにした。
今回からパルトナ・メガミに装備されるようになった新武装の名は「可変速レーザーキャノン(VSLC)」。
発射されるレーザーの集束率及び発射速度を調節することで特性を変化させることができる、革新的な次世代型光学兵器だ。
試作武装なので名称はまだ付けられていない。
パルトナが運用する「スペックβ」と呼ばれるタイプは調整範囲が非常に狭く、完成形と呼ぶには程遠いレベルの性能しか持っていないが、それでも最初期バージョンの「スペックα」よりは遥かにマシな完成度を誇っている。
スペックαは新兵器にありがちな初期トラブルがあまりにも多く、さすがのライガも実戦でそんなシロモノを使おうとは思わなかった。
それでも彼はVSLCの熟成を辛抱強く待ち続け、WUSAの秘密基地奇襲作戦に投入予定だった物を急遽前倒しさせたのである。
また、新武装の追加に合わせてパルトナ自体もマイナーアップデートが行われ、申し訳程度ながら性能向上を果たしていた。
「(技術部門が突貫作業で間に合わせてくれた兵装だ。上手く使いこなしてデータ取りをしてあげないとな……!)」
日夜ハードワークに励んでいる技術部門のためにも、ライガは技術屋たちに対する感謝を胸にVSLCのセーフティを解除するのだった。
現バージョンのVSLCには大きく分けて二種類の発射モードがある。
一つは高集束率・高速発射で貫通力に優れた細いレーザーを放つ「狙撃モード」。
もう一つは中集束率・低速発射でエネルギー量を高めた砲弾型レーザーを放つ「砲撃モード」だ。
本来は低集束率のレーザーを至近距離で拡散する接近戦用の「散弾モード」や、マシンガンのように連射する「パルスレーザーモード」もあるのだが、これらはスペックβではまだ実装されていない。
しかも、キャノン自体は両腰に付いているのに、エネルギー効率の問題で同時発射は不可能とされている。
……とにかく、現時点で使えるのは狙撃モードか砲撃モードの二つだけである。
「(すばしっこいMFに砲撃モードはまず当たらない。ここは狙撃モードで直撃を狙うべきだな)」
弾速が遅くなる砲撃モードでは命中を期待できないと判断し、威力は低いが弾速が速い狙撃モードへと切り替えるライガ。
彼自身精密射撃のほうが得意なため、これは賢明な選択だといえた。
「パルトナより各機、俺の射線に入ってくるな! VSLCで撃ち抜いちまうぞ!」
レガリアとサニーズへ射線に被らないよう警告しつつ、自機に向かってレーザーライフルを撃ってくる敵機に狙いを付けるライガ。
白いツクヨミはロックオンを外すために細かい横移動をしているが、バイオロイドの場合はどうしても「規則性」のようなクセが表れるので、そこを見切れば必中のタイミングを計ることなど造作も無い。
「直撃、もらったぞ! ファイア、ファイア!」
HIS上のレティクルと敵機の姿が重なる瞬間、ライガは改良型操縦桿に追加された発射ボタンを押すのであった。
ドライバーの操作と連動するようにパルトナの右腰のレーザーキャノンから細長い光線が放たれ、約300m先を飛んでいた白いツクヨミの上半身を極めて正確に撃ち抜く。
射撃直後に砲身から真っ白な煙が噴き出していることから、排熱処理にはまだまだ改善の余地があるのが見て取れる。
一方、蒼くて細長いレーザーの貫通力は予想以上に高いらしく、本来狙っていた敵機を貫いてもエネルギーが減衰し切れなかったのか、その後ろにいた別の敵機まで届いたところでようやく消滅した。
「大気圏内でも射程が長いレーザー」と言うと聞こえは良いが、裏を返せば思っているよりも射程が伸びてしまい危険だとも言える。
混戦で何も考えずに発射したら、誤って仲間に当たりかねない。
たとえ1発でも誤射は誤射なのである。
「(何という貫通力だ……こいつは強力すぎる……!)」
想定外の貫通力と射程に内心驚きを隠せないライガ。
上手く直撃させなければ攻撃力自体は低いとはいえ、射撃が得意で誤射もしない彼ならば存分に活かすことができるだろう。
いや……今、この世界でVSLCを装備している機体に乗っているのはライガだけなのだ。
「ライガ、後方に注意! 貴様の後ろに2機いるぞ!」
自分の戦いをしながらも仲間のことをよく見ているサニーズに警告を受けるが、そう言われる前から当事者のライガは既に気付いていた。
「へッ、後ろを取るのはMF戦の基本だが……こいつはどうかな?」
後ろに目が付いているわけではないものの、何十年もドライバーをやっていれば後方から迫る敵意ぐらいは容易に察知できる。
それができないドライバーは戦場では早死にすることになる。
「食らいやがれッ!」
ライガのパルトナが攻撃できるのは前方だけではない。
オプション装備のマイクロミサイルポッドに装填されているミサイルは後方もロックオン可能であり、その能力を活かせば背後を取られても返り討ちにすることができる。
もちろん、後方発射に対応できるマイクロミサイルは数発しか装填していないので、「背後への一刺し」はいざという時のための隠し球だ。
「ッ!」
パルトナの背中を狙っていたツクヨミは正面から飛んで来るミサイルに反応できず、自ら突っ込んでしまうカタチでそのまま爆発四散するのだった。
だが、白と蒼のMFを狙う敵機はまだ残っている!
後方発射用のマイクロミサイルは今の攻撃で使い切ってしまった。
仮に残っていたとしてもロックオンする時間は無かっただろう。
「パルトナを射撃戦だけの機体だと思うなよ!」
パージしたマイクロミサイルポッドを背後から飛んできたレーザーにぶつけることで無効化しつつ、武装をツインビームトライデントに切り替えて格闘戦へと移行するライガ。
彼の言葉通りパルトナの分類は「高機動汎用機」であり、間合いを選ばずに戦えるマルチパフォーマンスな機体なのだ。
ライガが射撃主体で立ち回ることが多いのは、単に射撃戦のほうが得意で尚且つ「格闘戦は接近を許した時の対抗手段」だと割り切っているためである。
この辺りは「格闘戦のほうが防御手段が限られるため、確実にダメージを与えられる」と考えるレガリアやサニーズとは対照的と言えよう。
「この一突きで決めさせてもらう!」
ツインビームトライデントを横持ちにした状態で突撃する白と蒼のMF。
正面に向かって突き出さないのは「攻撃タイミングを惑わせる」「左腕のシールドを前に出すことで不意の被弾に備える」といった理由がある。
200、150、100……敵機との距離が見る見るうちに縮まっていく。
HIS上に表示されているこの数値はあくまでも目安でしかなく、実際に攻撃態勢へ移るタイミングは経験を基に決めることになる。
武装を正面へ向けるのに必要な時間(約0.5秒)を計算し、敵機のコックピットを確実に貫けるよう狙いを定める。
そして……!
「貫けぇッ!」
2機のMFが交錯した時、胸部を貫かれていたのは真っ白な機体――ツクヨミのほうであった。
搭乗者のバイオロイドは……いや、MF用の武装をまともに食らって生きているわけが無い。
「(ツクヨミの性能ならこの程度か……やはり、先日現れた可変機は相当高性能だったようだな)」
ウラン鉱山奪還作戦の時に一度だけ戦った新型機との性能差について憂慮しつつ、次の相手を探し求めるライガ。
レガリアとサニーズの活躍もあって敵部隊はかなりの損害を受けており、残る敵機は8機にまで減少していた。
「あら? 敵部隊の攻撃が急に止んだわね……」
その時、レーザーライフルで敵機と激しい撃ち合いを繰り広げていたレガリアは、敵部隊が攻撃行動を中止し北東へ撤退しようとしていることに気付く。
「こっちにはまだ余力がある。追撃戦に移行することもできるが……どうする、リーダー?」
追撃を仕掛けるだけの燃料弾薬は残っているが、最終判断はリーダー――つまりライガに任せると語るサニーズ。
判断を託されたライガの答えは……。
「各機、戦闘中止! 繰り返す、戦闘中止!」
大規模作戦が間近に控えている以上、無駄に消耗させるわけにはいかない――。
「バイオロイドともいずれは決着を付けなきゃいけないが、今はWUSAを叩くのが先だ。今日のところはとりあえず帰艦しよう」
それが彼の答えだった。




