【MOD-60】勇者と騎士の邂逅
「バルトライヒより各機、レーダーに敵影を確認したわ。あなたたちにも見えているかしら?」
「パルトナからバルトライヒへ、こちらでも確認できている」
「奇妙だな。出撃前に見た時よりも明らかに数が減っている」
ゲイル隊とWUSAの戦いをレーダーで捉えられる距離にまで近付いてきたレガリアたち。
だが、サニーズが指摘しているように戦場にいる機体の数は明らかに少ない。
HIS上のレーダー画面を見る限り、戦闘が終息しているわけではなさそうだが……。
「レガリア、もう始めるのか?」
「そうね……卑劣な待ち伏せで相手を嬲り殺そうとする連中には、遠距離からの手痛い一撃がお似合いよ」
不意打ちを好まないライガからの最終確認に対し、「卑怯者には相応の報いを与えてやる」という意志を明確にするレガリア。
「ライガ、あなたは長射程ミサイルで先制攻撃を! タイミングはそちらに任せるわ!」
「……分かった。俺の合図で一斉攻撃してくれよ」
「サニーズはドッグファイトの間合いに入った瞬間散開した後、撃ち漏らしの各個撃破をお願い!」
「了解、『空戦ならば』負けはしない」
戦闘空域までの距離は75km程度――。
これはMF用長射程ミサイルを効果的に運用できる間合いだ。
スターライガ製の高度な火器管制システムは既に敵機をロックオンしている。
「今だッ! ファイア、ファイア、ファイアッ!」
ライガが大声で合図を出した次の瞬間、深紅のMFと白いMFから計6発の大型ミサイルが撃ち放たれるのだった。
「プルートからフルハウスへ、ルナサリアンの援軍どもがようやく戻って来たぞ」
一方その頃、WUSA側も後方からやって来る援軍をレーダーで捉えていた。
……実際にはスターライガの3機を誤認していただけなのだが。
「今更戻って来やがって、使えねえ奴らだ……まあいい。奴らと合流し一転攻勢を図る。残っている機体は俺の周りに――」
「……ッ!? フルハウス、後方からアンノウンが――ッ!」
彼らは気付くのが遅すぎた。
最初に間違いに気付いたプルートは背後からミサイル攻撃を受けてしまい、アンノウンの接近を伝えきれないまま機体が爆発四散。
「ダメだ、間に合わねえ……ッ!」
「ぬわあああああッ!!」
それ以外の2機も瞬く間に撃墜された結果、WUSA側の戦力は本来の隊長から指揮権を引き継いでいたフルハウス一人となってしまう。
ゲイル隊を罠に誘い込んでいたつもりが、いつの間にか追い詰められているのは自分たちの方であった。
「俺たちを攻撃してきたということは……ゲイルの味方か!」
それなりに付き合いの長かった仲間たちを皆殺しにされ、コックピットの中で一人吠え立てるフルハウス。
彼の疑問に答えてくれる者はいない……はずだった。
「撃墜! 撃墜! 先制攻撃成功よ!」
大型ミサイルによるアウトレンジ攻撃を見事成功させ、「してやったり」といった感じの不敵な笑みを浮かべるレガリア。
「貴様らやりすぎだ! 私の仕事が無くなっただろうが!」
一方、早くも自分の役割を奪われてしまったサニーズは不満を述べているが、内心では「ざまあみろ!」とほくそ笑んでいるに違いない。
「Gyartei!(よし!) パルトナより各機、状況を開始する! 歴史的スキャンダルを暴く時間だ!」
「ミサイルロック! 最後の1機は私に任せて!」
ライガから交戦許可の指示が出た時、レガリアのバルトライヒは既に敵機――フルハウスのType72T トーチャーをロックオンしていた。
「バルトライヒ、シュートッ!」
彼女が操縦桿のボタンを押した次の瞬間、深紅のMFの胴体に吊り下げられていた大型ミサイル「サンダースピア」が機体から切り離され、ロケットモーターへの点火と同時に強烈な加速力を以って敵機に向かっていく。
「……スターライガめ――!」
北の国からやって来た連中に対する怨嗟の声――。
それが、アラスカの空に砕け散ったフルハウスの最期の言葉であった。
「スターライガ……!」
突然の援軍――都合が良すぎる強力な味方の登場に驚きを隠せないセシル。
スターライガがまだ北アメリカ大陸にいること自体は知っていたのだが、こんなところで偶然再会するとは全く予想だにしていなかったのだ。
「(彼女らはWUSAの罠を知っていたのか? そうでなければタイミングを図ったかのような登場など……)」
「捕虜収容所の時以来だな、ゲイル1。噂通り、かなりの無茶をする女だ」
少なからず混乱しているであろうセシルの心情を察したのか、少し前に彼女と共闘したことがあるサニーズは一方的に通信回線を開き、戦場とは思えないほど落ち着いた声で若きエースドライバーに話し掛ける。
正義感と責任感の強さから度々無茶をしでかすセシルは敵味方問わず噂になっており、戦場ではちょっとした有名人となっていた。
「初めて会った時から更にできるようになったわね、セシルさん。私たちが駆け付ける前にWUSAの連中を排除するとは、どうやら貴女の才能を過小評価していたみたい」
ヨーロッパで一度だけ直接会ったことがあるレガリアも無線越しに話し掛け、ほぼ独力で危機的状況を切り抜けたことを高く評価する。
2か月ほど前に会った時は「良い腕をしているけど自分ほどでは無い」と甘く見ていたが、今では「タイマン勝負で確実に勝てる保証は無い」とレガリアは警戒しており、内心では敵に回したくはないと考えていた。
幸い、ライガという「切り札」を擁している限り、オリエント国防軍と敵対する可能性は低そうだが……。
「おいおい、この娘と初対面なのは俺だけか」
じつを言うとセシルと全く関わりが無いのはライガだけであった。
両者は不思議と同じ戦場に立ち合う機会が無かったわけだが、無線越しとはいえようやく言葉を交わすことができた。
「まあ、自己紹介するまでも無いかもしれないが……俺はライガ。立場上はスターライガの最高指揮官さ」
第2次フロリア戦役時代の英雄にして、バイオロイド事件における最大級の功労者。
生来の誠実さと傑出した勇気から「勇者」の異名を持つ、伝説的なエースドライバー。
O.D.A.F関係者ならばライガの名を知らぬ者はいないほどだ。
「私は――」
「おっと、今更自己紹介をする必要は無いぜセシル中佐。君のことは母さん――シルバーストン元帥から結構聞かされているからな。何でも、俺たちとタメを張れるかもしれない腕を持っているそうじゃないか」
「あ、ありがとうございます……!」
雲の上の存在に等しかった人物からの高評価を受け、緊張しながらも感謝の言葉を述べるセシル。
彼女にとってライガたちは自身が生まれる前からMFに乗っている、「生ける伝説」といっても過言ではない存在なのだ。
フルハウスの撃墜を以ってWUSA側の戦力は全滅した。
と言ってもスターライガが仕留めたのは4機だけで、残る12機はセシルが単独で返り討ちにしてしまったと考えられる。
基本的な操縦技術はもちろん、奇襲攻撃を受けても動じない冷静さや不利な状況に押し潰されない精神力――。
26歳の若さで既にMFドライバーとして完成されている者は滅多におらず、その点に関しては間違い無く称賛に値する。
「確かに、君は今の世界でトップ10に入れる程度の実力を持つドライバーだろう……だが! 君はまだまだ強くなることができる!」
しかし、ライガはまだセシルのことを「本当の強者」だとは認めていなかった。
「優れたエースドライバーは退き際を弁えられるものだ。戦場で長生きしたければ今日のところはお家に帰ることだな」
彼女に対して直接的に「撤退しろ」と促すライガ。
敵がいなくなったから帰れと言っているわけではない。
むしろ、敵部隊の波は激しさを増そうとしていた。
「WUSAの雑魚どもはこれで全滅だな。だが、後詰めに控えているのはバイオロイドか……どう動く、リーダー?」
レーダーで新たな敵増援――バイオロイドと思わしき部隊を確認し、リーダーであるライガに直接指示を仰ぐサニーズ。
両者の実力は甲乙付け難いレベルで拮抗しているが、物分かりが良い彼女は指揮系統を尊重することを優先した。
「少しばかりデータ収集がしたい。O.D.A.Fのお嬢さんを逃がすための時間稼ぎのついでだ……交戦を許可する」
かねてよりルナサリアンによるバイオロイドの戦力化を気にしていたライガは、データ収集という名目での人助けを命ずる。
「シルフシュヴァリエ、了解! 一般兵の相手にも飽きてきたし、少しは楽しませてくれることを期待するか」
自らの腕に自信があるサニーズは嬉々として指示に応じ、愛機シルフシュヴァリエのドロップタンク投棄操作を行う。
「こちらバルトライヒ、了解。1人で6機撃墜すればいい――というわけね」
レガリアも18機の敵を前にしながら物怖じする様子は見せない。
数々の死闘を潜り抜けてきた3人からすれば、この程度の増援など恐れるに足りないものなのだ。
シルフシュヴァリエに続いてパルトナ・メガミ及びバルトライヒの両機もドロップタンクを切り離し、高い運動性が要求される敵部隊との格闘戦に備える。
まずは密集陣形からの先制攻撃で敵を散開させた後、そのまま懐へ飛び込んで各個撃破を狙う。
個々の戦闘能力が極めて高く、1機で多数を相手取ることが得意なスターライガだからこその戦術だ。
もちろん、その作戦に消耗しているセシルは含まれていない。
「お嬢さん、連中の相手は俺たちが引き受ける。その間に君は撤退しろ」
彼女に対してもう一度撤退を勧告するライガ。
「大丈夫です! 私はあなたたちの足手纏いにはなりません!」
だが、意外に頑固なところがあるセシルは「自分はまだ戦える」と意地を張っている。
ライガが言いたいのはそういうことではないのだ。
「……そういうことじゃない。なぜ『シンガリ』を務めてここに残ったか、分かっているのか?」
「……!」
危険な役割を自ら引き受け、たった一人でWUSAを相手取ったのは大切な部下たちが逃げる時間を稼ぐため――。
厳しい状況で腕試しをするという、ビデオゲームに例えるならば「やり込みプレイ」のためではない。
「君のことは母さんからよく聞いている。腕は確かだが、なかなかに頑固者らしいな」
「母さん……!?」
ライガの母親はオリエント国防軍総司令官のレティ・シルバーストン元帥。
それぐらいはセシルも知っている。
とはいえ、自分が所属している組織のトップの存在が引き合いに出され、さすがのセシルも生返事で応じるしかなかった。
「さっさと母艦へ戻るんだ! ……君にも大切な仲間がいるだろう」
なかなか頑固な小娘に対し、強い口調で再度撤退を指図するライガ。
いくら穏やかな性格をしている彼といえど、全く言うことを聞かない相手であれば本当にキレかねない。
「あまりにワガママが過ぎると、母さんへ言いつけてやるぞ。『年寄りの忠告を聞かない小娘がいる』ってな」
そして、ライガのこの一言が最終的な決め手となった。
「(なんて人だ……! だが、ライガさんとの遺恨は元帥や彼女の一族との対立にも繋がりかねない。アリアンロッドの名を背負う者として、それは避けなければ……)」
シンプルすぎる「最後通告」を受けたセシルはついに説得を受け入れ、渋々ながら愛機オーディールM型の針路を東へと向ける。
「スターライガの皆さん……今日はありがとうございました」
彼女のその一言には複雑な思いが入り混じっていたのかもしれない。
「……長生きしろよ、お嬢さん」
遠ざかっていく蒼いMFに向かってこう呟くと、ライガは最も手近な敵機へ狙いを定めるのだった。
【Gyartei】
オリエント語における「よし!」「やったぜ!」「成し遂げたぜ!」といった意味のスラング。
日本人には「ギャーテイ」と聞こえることが多いようだ。
【シンガリ】
日本語の「殿」に由来する外来語の一つ。
オリエント語でも「後退する部隊の最後尾」という意味で使われており、騎士を先祖に持つ者も少なくないオリエント人にとって、殿のような命懸けの仕事を任されるのは大変名誉なことであるとされている。




