【MOD-59】情報のバケツリレー
「艦長! バルトライヒより緊急入電です!」
「バルトライヒ……レガリアからね? キョウカ、内容を読み上げてくれる?」
「ハッ!」
オペレーターのキョウカの報告を受け、そのまま電文を読み上げるよう指示を出すミッコ。
彼女は各部署が要求している資材の承認作業で忙しいため、今は少しでも目の前の仕事を片付けたいのだ。
戦闘中にデスクワークをするわけにはいかないだろう。
「ええっと……『通信傍受ノ結果、WUSAトO.D.A.F機ガ何ラカノ理由ニヨリ交戦シテイルト推測。O.D.A.F側ノ母艦ニ至急通報頼ム』――とのことです。あ、音声データも添付されていますね。再生し――す、すぐに再生します!」
電文を読み終わってから音声データの存在に気付いたキョウカはミッコへ確認を取るが、彼女の険しい表情を目の当たりにしたことで慌てて音声の再生を始める。
コントロールパネルのスイッチを切り替えると音声がスピーカーから流れるようになるので、この状態で再生ボタンを押せばブリッジ内の全員が音声を聞けるのである。
「1機――! ――、パターン修正を!」
「慌てるな、相手は――だ。包囲網を――物量差で押し潰せ」
「「了解!」」
最初に聞こえてきたのはアメリカ英語で会話する男たちの声。
ハッキリと聞き取れる部分から推測すると、「1機撃墜された後に隊長らしき人物が冷静に指示を出し、部下たちがそれに応じている」という状況のようだ。
それは別にいいのだが、隊長らしき人物がオランダ訛りの英語を話している点は少々気になる。
「各機、――を――! ――にして――だ!」
「数が――! このままじゃ――!」
「二人とも、――東へ――! 私が――、お前たちは――!」
次に聞こえてきたのはオリエント語で会話する二人の若い女の声。
こちらはノイズでかき消されている部分があまりにも多く、ミッコたちにとって母国語であることを考慮しても完全に解読するのは少々難しい。
だが、彼女らを突き動かすには次に流れる音声だけで必要十分だったのだ。
「……私に――、――がゲイル1だ」
その言葉を最後に音声データが途切れた瞬間、ブリッジクルーたちは堰を切ったようにざわつき始める。
「ゲイル1だって?」
「最後の声、O.D.A.Fの広報動画で聞いたことがあるわ。今を時めくエースドライバーって喧伝されてたっけ」
「名前は忘れたけど……レガリアさんやオロルクリフ3姉妹の実家並みに有名な貴族の生まれらしいぜ」
彼女らの動揺をよそにミッコは冷静沈着に推測する。
ゲイル1――セシル・アリアンロッド中佐率いるゲイル隊はオリエント国防海軍第8艦隊に出向しており、現在は同艦隊所属の最新鋭ミサイル巡洋艦「アドミラル・エイトケン」を母艦としている。
そして……これは「偶然」なのだが、第8艦隊は現在カナダ北部のイエローナイフという都市に停泊しているらしい。
彼女らは近々行われる予定のエドモントン解放作戦の準備に追われているため、もしかしたらゲイル隊の窮地にまだ気付いていない可能性が高い。
そもそも、大規模作戦直前の忙しい時期になぜゲイル隊をアラスカという僻地へ向かわせたのだろうか。
……軍関係者に直接問いたださないとこの疑問は解決できそうにない。
「総員、静粛に! ゲイル隊のことは何とかするから、あなたたちは仕事に戻りなさい。キョウカ、先ほどの電文と音声データを第8艦隊へ大至急転送してちょうだい」
「だ、第8艦隊ですか?」
「ええ、宛先は艦隊旗艦アカツキ。艦長の名前はサビーヌ・ネーレイス中将よ。私の名前を添えておけば確実だと思うわ」
ざわつくブリッジクルーたちを一言で黙らせると、ミッコはキョウカに対し電文と音声データの転送作業へ取り掛かるよう指示を出す。
「(WUSAはゲイル隊を抹殺しようとしている? でも、一体何が目的で……?)」
今のミッコにできるのは、最新情報を確認しながら状況の推移を見守ることだけであった。
一方その頃、オリエント国防海軍第8艦隊の旗艦である正規空母「アカツキ」のブリーフィングルームでは、第8艦隊所属の艦長たちが集まりエドモントン解放作戦に向けての説明が行われていた。
当然、司会進行役を務めるのは艦隊司令官とアカツキ艦長を兼任するサビーヌ中将だ。
「――であるから、我々は艦隊の総戦力を以って作戦に当たらなければならない」
その時、ブリーフィングルームのドアが3回ほど強くノックされ、サビーヌが入室許可を出すよりも先に若いブリッジクルーが部屋へ飛び込んでくる。
「失礼しますサビーヌ艦長!」
「どうした? 今は大事な打ち合わせ中だ」
「申し訳ありません……つい先ほど艦長宛てに緊急入電があったため報告に参りました」
自分より階級が高い艦長たちに向かって何度も頭を下げつつ、ブリッジクルーは緊急入電の内容をプリントアウトした紙をサビーヌに手渡す。
「私個人宛てにか? なになに――何だと!?」
紙切れに書かれている文章を一読した瞬間、大声を上げながら眉をひそめるサビーヌ。
「サビーヌ中将! どうかしましたか!?」
「一体何が書かれていたのです?」
周囲の将校たちが驚くのも無理はない。
なぜならば、冷静沈着なサビーヌが動揺を見せるのは極めて珍しいからだ。
「(ミッコ先輩……これを知らせるために海軍の暗号を使って緊急入電を……?)」
仮に文章だけだったら二流の詐欺みたいな内容を訝しみ、まずは真偽を確かめるために部下たちを動かしていただろう。
だが、文章の最後に新兵時代の恩人であるミッコ・サロの名前と電子サインが添えられていたため、サビーヌはこの緊急入電が「本物」だと信じることにした。
「メルト少佐!」
「は、はい! 何でしょうか……!?」
彼女に突然名前を呼ばれたメルト――アドミラル・エイトケンの艦長であるメルト・ベックス少佐はビクッと体を震わせ、恐る恐る席から立ち上がる。
オリエント国防海軍の艦長は30代前半~60代後半が多い中、若干26歳という若さで艦長に就任したメルトは明らかに浮いており、年上の将官たちが集まる会議ではいつも緊張していた。
「少佐、君の指揮下に置かれているゲイル隊が向かったのは、アラスカのエルメンドルフ空軍基地だったね?」
「ええ、ルナサリアンの攻撃を受けている同基地の救援に向かわせました」
「……どうやら、それはゲイル隊を誘き寄せるための罠だったらしい」
それを聞いたメルトはしばしキョトンとしていたが、上官の発言を理解した瞬間血の気が引いていく。
「そ、そんな……!」
予想外の緊急事態に彼女はこう返すしかなかった。
「付近でたまたま活動していたスターライガによると、現在ゲイル隊はアラスカ山脈上空でWUSAらしき敵航空部隊と交戦中らしい」
動揺を隠せていないメルトをとりあえず落ち着かせ、電文の内容を簡潔に説明し始めるサビーヌ。
「詳細な状況や戦力差については不明だが、傍受した航空無線からゲイル隊は待ち伏せに遭った可能性が高いと見られている。おそらく、『アメリカが世界を主導すべき』というナショナリズムを標榜するWUSAにとって、今や地球人類の希望となりつつあるゲイル隊は迷惑な存在なのだろう」
「ゲイル隊がアメリカに何をしたって言うんですか!?」
「ああ、それはこの場にいる誰もが思っていることだ……」
メルトの真っ当な正論にサビーヌはただ頷くしかない。
おそらく、他の艦長たちも同じ意見だろう。
「……とにかく、こうしてる間にもゲイル隊が窮地に立たされているのは事実だ。少佐、今貴官の艦を指揮しているのは副長か?」
「はい、副長のシギノ・アオバ少佐に任せています」
それを聞いたサビーヌは艦内連絡用の携帯電話をポケットから取り出し、ブリッジにいるであろう副長のコーデリアへ命令を下すのだった。
「もしもし、コーデリアか? 電文は確認させてもらった。アドミラル・エイトケンに『EMERGENCY CHORD』を送信しろ。コードナンバーは『8492』だ!」
EMERGENCY CHORD――。
主にオリエント国防軍やオリエント連邦政府が非常事態を知らせるために使用する暗号文であり、末尾に付与される数字によって内容がある程度判断できるようになっている。
一例を挙げると「911(首都に対するテロ攻撃)」や「311(大規模自然災害)」「8689(自国に対する核攻撃)」「2020(未知の感染症によるパンデミック)」といったコードが存在する。
そして、サビーヌが指示した8492という数字が意味するものは……。
「味方の中に裏切り者がいる恐れあり」
アドミラル・エイトケン――。
第1次フロリア戦役時代の名将エイカ・エイトケン提督の名を冠する、オリエント国防海軍の最新鋭ミサイル巡洋艦だ。
軽巡洋艦をベースとする船体にミサイル発射装置を多数搭載している艦であり、非常に限定的ながらMF運用能力も有している。
実戦では水雷戦隊旗艦や機動力を活かした遊撃艦隊として活躍していた。
「――搬入作業は予定通り進んでいるのか?」
「はい、皆の頑張りのおかげで早く終わりそうです」
「ふむ、作業が終わったら昼食を取るよう伝えてやれ」
物資の搬入作業を管理している乗組員からの報告を聞き終え、シギノ・アオバ少佐は艦長席に腰を下ろす。
本来の艦長であるメルトは空母アカツキに赴いているため、今は副長のシギノが艦長代理として仕事をこなしていた。
「……! かんちょ……いえ、シギノ少佐。空母アカツキより電文が届いています」
彼女が様々な書類に目を通していたその時、オペレーターのエミール・カザマ少尉が電文の着信を知らせる。
「アカツキから? 通信回線じゃ話せない事情でもあるのか」
それを受けたシギノは書類を手にしたまま艦長席から立ち上がり、エミールたちオペレーターの仕事場へと歩み寄る。
「すまない、ちょっと画面を確認させてくれ」
エミールが座っている椅子の背もたれに右手を置き、今度は書類ではなくモニター画面に目を通すシギノ。
「なになに……『EMERGENCY CHORD-8492』――8492だと!?」
モニターに映し出されていたのは「EMERGENCY CHORD-8492」というシンプルな文字列。
一介の佐官として意味を知っているシギノは思わずゾッとした。
「(一体誰が『地球の裏切り者』なんだ? WUSAかそれとも……)」
アラスカ山脈の青空を縦横無尽に翔け抜ける1機の蒼いMF――。
青よりも蒼いそれは二つの形態を巧みに使いこなし、WUSAが送り込んだ16機の刺客を次々と返り討ちにしていた。
彼女は1機また1機と着実に敵を叩き落としていった結果、戦力差を1対4にまで縮めるという驚異的な粘りを見せている。
「(単独での戦闘力は大したこと無いが、如何せん数が多い。不意を突かれて背後を取られるのは避けたいな……)」
ゲイル隊の隊長であるセシルは2人の部下を先に逃がした後、彼女たちが逃げる時間を稼ぐためにたった一人でWUSAのMF部隊を相手取っていた。
1対1のドッグファイトなら絶対に負ける気がしないとはいえ、死角に回り込まれないよう集中し続けていた彼女は明らかに疲れ始めている。
そろそろ私も尻尾を巻いて逃げるべきか――。
不利な状況へ抗い続けたセシルの「強さ」が運命を動かしたのかもしれない。
蒼き勇者の危機を察した「3人の強者」はすぐ近くにまで迫っており、地球の裏切り者を粛清するための一撃を放とうとしていた。
【エイカ・エイトケン】
第1次フロリア戦役時代(約100年前)に活躍した伝説の提督。
強大な力を誇っていた侵略者へ果敢に立ち向かい、後に国防海軍総司令官やオリエント国防軍総司令官を歴任した人物である。
ちなみに、現在オリエント国防軍総司令官を務めるレティ・シルバーストン元帥とは旧知の仲らしい。




