【MOD-57】事前打ち合わせ
キリシマ・ファミリーとトムキャッターズが実際に合流するまで、まだもう少し時間が掛かる――。
そのため、次の作戦に向けての事前打ち合わせはテレビ会議システムで行うことになった。
幸い、オリエント人は相手の表情が見えるコミュニケーション方法を重視する傾向があるため、テレビ会議システムは当たり前のように採用されている。
「――簡単な話よ。キリシマ・ファミリー及びトムキャッターズはそれぞれ戦力を捻出しMF中隊を構成。我々と共にWUSA秘密基地強襲部隊の一翼を担ってもらいます」
スターライガ側は最高責任者のレガリアに加え、次の作戦においても主力となることが予想されるライガとサニーズも出席していた。
「頼むぜお二人さん。お前たちがいれば多少は戦力に余裕ができる」
「もっとも、奴らが足を引っ張らなければの話だがな」
一方、キリシマ・ファミリー及びトムキャッターズは小規模なプライベーターということもあり、今回の打ち合わせには代表の二人だけが参加している。
「へッ、言ってくれるじゃねえか……まあ見てろって。このボクに操縦技術を叩き込んだのはあんたたちだからな!」
「フンッ……」
それぞれに意見を述べるライガとサニーズに対し、キリシマ・ファミリー頭領のマリン・キリシマとトムキャッターズ代表のヤン・シャンマオは自信ありげな返答を示す。
ヤンは特に何か発言したわけではないが、腕組みしているその姿からは「侮ってもらっては困る」と言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「……WUSAのヤンキーどもを叩き潰す作戦に誘ってくれたのはありがたい。あたしは奴らを全滅させるためにMF乗りになったんだ」
かつてオリエント国防海兵隊に所属していたヤンはWUSAの陰謀で戦友たちを喪った過去を持ち、それゆえ打倒WUSAに対する気持ちは誰よりも強い。
WUSAの大半を占めるアメリカ人を「ヤンキー」という蔑称で呼んでいることからもそれが窺える。
もちろん、憎しみと復讐心を糧に戦うことが正しいとは断言できないが……。
「とはいえ、雇われる側としてはただ働きするわけにはいかない。まずはどれくらい報酬を出せるのか示してもらおうか」
「おいおい、復讐を果たすのが報酬じゃないのかよ?」
復讐が目的でありながら報酬金を要求するヤンに思わず遠隔ツッコミを入れるマリン。
ヤン率いるトムキャッターズは予算規模がかなり小さい組織であるため、1回の出撃で掛かるコストが予算を少なからず圧迫する以上、その分の補填を報酬金というカタチで求めること自体は理に適っている。
「お前らと違ってウチは予算が少ないんだよ。MFを出撃させるたびに財務担当者が嫌な顔をするんだからな」
「クソッ、ボクが金持ちの娘だから苦労が分からないとでも言いたいのか?」
「そこまでは言ってねえだろ……」
何やら口喧嘩が始まりそうな雰囲気を見かねたのか、司会進行役も兼ねるレガリアは若い二人を窘めるように「待った」を掛けるのだった。
「ストップ、言い争うなら他所でやりなさい。そうね……つい最近、運が良いことに3億クリエン(=3億円)が手元へ転がり込んできたのよ」
当然、レガリアの言う「3億クリエン」とは先日ルナサリアンから受け取った金塊のことである。
「さ、3億だって!? あ、いや……ボクの銀行口座の預金残高もそれぐらいだから、別に驚くことじゃないが……」
「よくそんな額をポンっと用意できるな。んで、その3億をあたしたちにくれるのか?」
彼女が当たり前のように示唆した金額に驚き、それをくれるのかと問い返してしまうマリンとヤン。
一方、若者たちの素直さを垣間見たレガリアは思わず苦笑いしている。
「ええ、今回は私たちから頼む仕事だから……1億5千クリエンを2つの組織で山分けでいいかしら?」
「ほう……! それだけあれば出撃分のコストを多少は賄えるな。財務担当者にも朗報を伝えられる」
「ああ、正直言ってありがたいぜ。正規軍と違って税金という便利な財源は無いし、スターライガみたいに金が有り余ってるわけでもねえ」
ある意味最も懸念していた金銭面の折り合いが付き、次の話題へ移ろうとするレガリア。
「失礼しま――あ! 打ち合わせの途中でしたか……」
その時、彼女たちスターライガの面々がいる部屋のドアが突然開かれ、若いブリッジクルーが申し訳なさそうにしながら入室してくる。
「別に構わないわよ。何か急ぎの報告かしら?」
ノックのし忘れという無礼を責めること無くレガリアがそう尋ねると、ブリッジクルーは彼女に対しそっと耳打ちを行う。
隣に座っているライガとサニーズにも内容は聞こえているはずだ。
「――何ですって!?」
「お、おい! いきなり大声を上げてどうしたんだよ!?」
テレビ会議システムで音量が調整されていることもあり、モニターの向こうにいるマリン(とヤン)はひそひそ話の内容を聞き取れない。
「……ええ、分かったわ。ライガ、サニーズ、すぐにブリッジへ上がるわよ!」
だが、レガリアたちの反応が事態の深刻さを何よりも物語っている。
「ブリッジに上がるって……一体何がどうしたんだ!?」
「ごめんなさい、この打ち合わせの続きは後にしましょう! 急用ができたの!」
マリンの問い掛けに早口で答え、テレビ会議システムを切り忘れたまま部屋を出ていってしまうレガリア。
「はぁ、どうしちまったんだよ?」
「さあな……ただ、あの人たちが血相を変えるほどの報告だ。良い出来事ではないだろうな」
その様子をマリンとヤンはモニター越しに見届けるしかなかった。
駆け足でスカーレット・ワルキューレのブリッジ最上階へと向かったレガリアたち3人は、レーダーシステム操作員と話し込んでいるミッコ艦長に自分たちを呼び出した理由を尋ねる。
「艦長、何か緊急事態でも?」
「来たわね……早速だけどこれを見てちょうだい」
開口一番そう質問してくるレガリアに対し、操作員の前にあるレーダー画面を指し示すミッコ。
現在、ワルキューレのレーダーシステムは一方向索敵モードで動作しており、艦首方向に向けてレーダー波を照射している。
これは通常運用時に使用される全方位索敵モードよりも電子的死角が多くなるが、レーダー波を集中させることで目標をより正確に捕捉できる可能性がある。
全方位索敵モードで大雑把な位置を掴んだ後、一方向索敵モードで目標の配置や大きさを割り出すというのが基本的な使い方だ。
「今映し出しているのはリアルタイム情報よ。ここから1300kmほど北西で航空戦が行われているみたいね」
「ふむ……片方は3機、もう片方は多数。偶発的なMF同士の遭遇戦ではなく、予め進軍ルートを把握したうえでの待ち伏せ攻撃と見た。アラスカ山脈上空で何で航空戦をやっているのかはよく分からんがな」
ミッコが提示した情報は「遠く離れた空域で戦闘が起きている」という内容だけだ。
にも関わらず、サニーズはレーダー画面を見ただけで大まかな戦況を言い当ててみせた。
これは元医学生にして一時期は高校教師まで務めていた、頭脳明晰な彼女らしい特別な能力だと言える。
「……しかし、これだけ見せられても私たちには何もできないぞ。そもそも、この光点がどの陣営の戦力なのかすら分からないんだ」
戦況は何となく分かったが、だからどうしたと言わんばかりに腕を組んでタメ息を吐くサニーズ。
「でも、俺たちはそこへ行かなければならない気がする」
一方、ライガは戦況を直接確かめたいと上目遣いで訴えかける。
「貴様がたびたび言う『嫌な予感』というヤツか?」
「……ああ、あまり良い感覚じゃない。ここで動かないと一生後悔するかもな」
一生後悔するかもな――。
彼の口から予想以上に重い言葉が出てきたことを受け、サニーズはアイコンタクトでレガリアに対し決断を仰ぐ。
「(どうするレガリア? 私は貴様の指示に従うつもりだが)」
「後悔するぐらいなら、やるだけやってみましょうか」
「貴様らはどちらも出撃するつもりか……フンッ、お節介焼きどもめ! そうなったら私も出ないと示しが付かないだろうが」
リーダー二人の意向を聞いたサニーズは肩をすくめつつも、彼女らの真っ直ぐな性格をよく知る者として反対せずに付き従うことを決める。
「そうと決まったらすぐに出撃準備を始めるわよ! 一秒でも遅れれば彼らを助けられる可能性が減る!」
「「了解!」」
レガリアの号令にライガとサニーズは元軍人らしい力強い返事で答え、スクランブル発進時並みの素早い動きで更衣室へと向かうのだった。
いくら急を要する緊急発進といえど、私服でMFを操縦することは非常に危険を伴う。
今回におけるアラスカ山脈上空のような過酷な環境ならば尚更だ。
そのため、MFドライバーは出撃命令を受けたら速やかにコンバットスーツへと着替えなければならない。
「ねえ、サニーズ」
「何だ? 今は一分一秒が惜しいんじゃないのか」
「あなたにしては珍しく気変わりが早かったわね。いつもはもっと慎重に考えるタイプでしょ?」
急がなければならない状況なのにインナーウェアを着ながら暢気に質問してくるレガリア。
とはいえ、彼女の指摘はあながち間違いではなかった。
サニーズが即断よりも熟考を好む性格であることは仲間たちの誰もが知っている。
「そうだな……ただ、静観していてはいけないと感じただけだ。単なる『女の勘』というヤツかもしれんがな」
冷静沈着で理論派な彼女が、それらとは対照的な『人の直感』を信じた――。
裏を返せばそれはイレギュラーな状態なのかもしれない。
「意外に侮れないものよ、人間の感受性は……」
コンバットスーツに着替え終えたレガリアは自分のヘルメットを手に取り、一足先に格納庫へと向かっていく。
「(純粋な心を持つ者だけが真理に触れ、神化の道を究めることが許される――子どもの頃、そんなおとぎ話を聞いたことがある)」
しばし物思いに耽っていたサニーズも装備をしっかりと整え、レガリアを追いかけるように更衣室を後にするのであった。
【オリエント国防海兵隊】
ヤンが所属していた頃は海軍隷下の特殊部隊だったが、2132年時点では海軍から独立した軍事組織となっている。
陸軍よりも過酷な任務に投入されることが多く、小規模ながらも高い作戦遂行能力を持つ精鋭たちの集まりとして知られる。
人材面では隊員の約半分が混血オリエント人または移民2世という、陸海空軍には見られない特徴がある(移民1世は海兵隊のみ入隊不可)。
【インナーウェア】
コンバットスーツの下に着用する保護スーツで、オリエント連邦発祥の技術の一つ。
見た目はサーファーが着ているようなウェットスーツに近いが、耐水性の代わりに防御力と伸縮性を重視していることが特徴。
特に防御力は生地の薄さからは想像できないほど高く、小口径弾や破片程度なら容易に防げるほど。
なお、インナーウェアの下については下着派と全裸派に分かれるが、オリエント人女性は後者の方が多いらしい(インナーウェア自体に下着としての機能はある)。




