【BOG-13】雷鳴(後編)
「そんな大太刀でツクヨミの動きを捉えることなど……!」
「果たしてそうかな?」
光刃刀とギガント・ソードが交錯する。
―先に膝を付いたのはツクヨミ指揮官仕様の方だった。
「な……!?」
そして、真っ二つに切り裂かれた上半身が甲板上へ転げ落ちる。
操縦席から這い出たエイシは何が起こったのかほとんど理解できなかったが、自らの敗北だけはハッキリと噛み締めている。
大きく重いギガント・ソードを構え直し、セシルのオーディールは別の敵機を睨みつけるのだった。
隊長の仇を討たんと蒼いMFへ襲い掛かるツクヨミ。
「待て! そいつは只者じゃない! 早まるなッ!」
乗組員に保護された隊長が僚機へ向かって叫ぶが、彼女の声は届かなかった。
セシルは冷静沈着に機体を引いた後、愚直に飛び掛かって来た敵機の横腹へギガント・ソードの一閃を叩き込む。
斜めに斬り上げられた刃はエイシごとツクヨミの操縦席を切り裂き、細かな破片と「赤い何か」が甲板上に撒き散らされた。
「……悪魔め、海に叩き落してやる!」
最後に残されたツクヨミのエイシは鬼気迫る勢いで「蒼い悪魔」へ突撃、2機はくんずほぐれつの状態でヒコヤイの甲板から滑り落ちてしまう。
「バカ野郎! 離れないと二人とも溺死だぞ!」
「我々月の民は死を恐れない! 臆病者の野蛮人とは違う!」
「無謀と勇気を履き違えるな!」
相手の反応に呆れながらもセシルは敵機を振り解こうと操縦桿をガチャガチャ動かす。
頭上に黒い海面が迫る中、彼女はオーディールのハイパワーを活かし硬直状態を解除することに成功した。
だが、このままでは姿勢制御が間に合わずに海へ叩き付けられてしまうだろう。
事実、放り投げてしまった敵機は池ポチャならぬ「海ポチャ」一直線のコースに入っている。
「(まさか……『あの機能』を使う時が来るとはな)」
この状況に至ってもセシルは冷静であった。
なぜなら、オーディールMには水没を防ぐための「あの機能」が存在するからだ。
「間に合え! フロートシステム、作動ッ!」
次の瞬間、足裏から膨らませたエアクッションによって蒼いMFは一瞬だけ着水。
メインスラスターの推力で離水しつつエアクッションを萎ませ、火災を起こしているヒコヤイの近くから高速離脱する。
なお、オーディールと一緒に転落したツクヨミが海面へ浮かび上がることは二度と無かった。
セシルがアクロバティックな操縦をしている頃、アドミラル・エイトケンから射出されたソノブイ弾は潜水艦と思わしき音波を捉えていた。
「……! 敵の潜水艦を発見!」
水中聴音システムを操作していたイライザが反応の変化に気付く。
それを聞いたメルトは思わずガッツポーズを決める。
「ビンゴ! ほーらね、そこにいたでしょ?」
だが、捉えた波形をデータベースへ照らし合わせると、イライザはやっぱり怪訝そうな表情を浮かべた。
オリエント国防海軍のデータベースには自国のハルジオン級や日本海軍の朝潮型といった大型潜水艦のみならず、特殊作戦用の潜航艇まで幅広く登録されている。
ところが、今回捕捉した音波は現在地球上に存在するいかなる潜水艦とも異なるパターンであった。
「艦長……おそらくですが、敵の潜水艦はかなり大型と思われます」
「うん、そりゃあ……ルナサリアンは異星人だし、用心して大きめに造ったんじゃないの?」
対潜戦闘の技術を学んできたイライザなら音に耳を澄まし、波形を見ただけで敵艦の特徴がある程度は判断できる。
鯨体型の船体に核融合炉を搭載し、推進方式はハルジオン級と同じポンプジェットを採用していると彼女は判断した。
つまり、技術的には現代の最新鋭潜水艦とほぼ同等である。
最大の違いはやはり大きさだろう。
参考までにハルジオン級は全長約180mという巨体を誇っているが、ルナサリアンの潜水艦はそれ以上に巨大な可能性も否定できない。
……もし、この「超兵器潜水艦」が彼女らにとっての標準装備だとしたら、地球と月の間にはかなりの技術格差が存在することになる。
核融合炉を積んだ大型潜水艦を建造できる国などオリエント連邦、アメリカ、日本、そしてロシアぐらいだし、これらの国も高価な潜水艦ばかりを配備しているわけではないのだ。
「どうする、艦長? 戦略的観点においてはここで仕留めることを提案するが」
艦長席の背もたれに左手を乗せながら意見具申を行うシギノ副長。
しばし考えこんだ後、メルト艦長が下した結論は「深追いしない」であった。
「……我々の目的はあくまでもセント・ジョンズへ向かうことであり、最終目標はこの戦争に勝つことよ。たとえ敵潜水艦が超兵器であったとしても、それ1隻を沈めた程度で戦局が傾くとは思えない」
普段の天然ぶりからは考えられないほど大局を見据えていることにシギノは内心驚いていたが、メルトは微笑みながら言葉を続けた。
「まあ、もうそろそろ本隊の殿を始めないとマズいからね! 敵艦隊の戦意も萎えてきているようだし……我々も航海へ戻りましょう」
そう言うと彼女は引き締まった表情へ戻り、ヘッドセットを装着しながら指揮下の全艦艇に撤退命令を下す。
「各艦、撃ち方止め! もはや大勢は決した! 撃沈した艦の生存者を収容しながら我が艦隊は本隊との合流を目指す。深追いをする必要は無い」
損傷を負った艦を先行させる一方、アドミラル・エイトケンら数隻はルナサリアンの艦から脱出したカプセル型救命ボートの回収作業を急ぐのだった。
撤退命令を受けたゲイル隊も母艦へと戻って来る。
溺れかけていたルナサリアンの水兵を抱きかかえるスレイとアヤネルの機体から先に着艦させ、隊長であるセシルは一番最後に着艦進入を行う。
「ゲイル1、貴機の着艦チェックを実施せよ」
「こちらゲイル1、異常無し」
機体に問題が無い旨を伝えると、飛行甲板の端にいる着艦信号士官は光学着艦装置(OLS)のグリーンライトを全点灯させた。
「ゲイル1、着艦を許可する」
着艦許可を得たセシルは機体をノーマル形態へ変形させ、足裏に内蔵されている降着装置を展開し着艦に備える。
巡洋艦の飛行甲板は空母よりも遥かに狭いため、ファイター形態で滑空しながら着艦するのが極めて難しいからだ。
機体のHISと母艦のOLSが示す適正経路に従いながら操縦を行い、セシルのオーディールはスムーズに飛行甲板へと降り立つ。
着艦したら速やかにポンチョを纏った作業員たちが機体を固定し、人力でエレベータまで移動させていく。
この段階まで来たらドライバーが操作を行う必要は無いので、通信装置以外の電源を全てオフにしたセシルはヘルメットのバイザーを開け冷たい外気を取り入れる。
「―ゲイル隊のみんな、お疲れ様」
無線で耳に入ってきたのはメルト艦長の穏やかな声。
「この荒天の中で頑張ってくれたあなたたちには、少し休息を与えようと思っているわ」
休息という言葉を聞いたスレイは思わずガッツポーズをしていたらしい。
まあ、セシルとアヤネルはその場に居合わせなかったので分からないが。
「……セシル、あなたは一息ついたら艦長室に来なさい」
メルト直々のお呼び出しをくらうセシル。
それを聞いたスレイたちは内心では「やっぱり」と苦笑いしていたのであった。
「何とか『ナキサワメ』は守れたか……しかし……」
艦隊の惨状を見たモチヅキは自らの不甲斐なさに怒りを抱き、艦長席の肘置きを叩いてしまった。
ルナサリアン巡航艦隊の被害は巡洋艦1隻と駆逐艦3隻の喪失、ヒコヤイ含む巡洋艦2隻と駆逐艦4隻に入渠が必要な損傷という散々たるもの。
一方、こちらが敵艦を撃沈することはとうとう叶わなかった。
言葉にするなら「惨敗」である。
それに加えて戦死や捕虜というカタチで多数の将兵を失っており、ナキサワメの護衛任務に対してはあまりに大きな代償といえた。
―自分たちの技術力に慢心していたのか、あるいは敵艦隊の戦闘能力を過小評価していたのか。
スウェーデン・エーレブルーで行われる首脳会談を前にこのような失態を演じるのは、政治的にも軍事的にもマズすぎると言わざるを得ない。
「はは……すまない、みんな。共に戦えるのは今回が最後になりそうだ」
乾いた笑いをこぼしながら帽子を脱ぐモチヅキ。
ルナサリアンは何よりも「能力と結果」が重んじられる社会であり、いくら能力が高くても結果を出せなければ存在価値は無いと見做される。
逆に結果を残していてもそれが能力に起因するものではないと判断された場合、やはりぞんざいな扱いを受けるハメになる。
モチヅキは確かに優秀な艦隊司令官であるが、擁護のしようがない敗北を喫した時点で彼女の軍歴は終了だろう。
前線の将兵のことを大切にしているユキヒメは多少なりとも庇ってくれるかもしれないものの、彼女の姉で冷酷非情なオリヒメは「巡航艦隊を半壊させた無能」を容赦無く切り捨てるに違いない。
本国へ更迭され地味な事務職に左遷される程度ならまだマシだ。
噂ではオリヒメは問題のある兵士や逮捕した不穏分子を集めた「懲罰部隊」を組織し、地球上の危険地帯へ放り込む計画を立てているらしい。
……もし、そんな部隊に配属されたら生きて家族のもとへ帰ることは叶わないだろう。
「艦長が悪いのではありません。ただ、敵があまりに強かっただけだと思います」
「そうだな……今は、彼女らの良心に期待しよう」
部下たちの励ましを聞きながらモチヅキは撤退する敵艦隊の旗艦―全領域ミサイル巡洋艦「アドミラル・エイトケン」の姿を忌々しげに眺めていた。
「―出撃を強行した件に関しては何も言いません。どうせ、あなたは私の言う事なんか聞かないんだし」
艦長室に呼び出されたセシルは今度こそボロクソに言われると覚悟していたが、意外にもメルトの拗ねている姿を見せつけられるだけで済むらしい。
どう謝ろうかと悩んだ末、彼女は頭を掻きながらソファから立ち上がる。
「分かった分かった、これっきりだ。ミキやスレイたちに散々なじられたし、私ももう26だしな。おてんば娘からは卒業させてもらうよ」
それを聞いたメルトはようやく級友の方を振り向き、いつも通りの笑顔を見せた。
「……全く、どうもあなたには甘いのよね。本当は詳細な始末書を提出させないといけないんだけど」
さすがに手ぶらはマズいと思ったのかセシルは始末書を急いで書き上げ、入室直後にメルトへ渡していたのだ。
大学時代からの親友とはいえ互いに職業軍人である以上、組織のルールは守らなければならない。
「じつは、今回の海戦で敵が超兵器潜水艦を運用していることが分かったの」
「超兵器潜水艦? ルナサリアンはそんなモノまで用意していたのか」
2杯のホットティーを淹れたメルトがソファへ腰を下ろし、座るよう促されたセシルもそれに続く。
「月に海は無いらしいのに、どうやって建造したんだろうね。まあ、それはともかく……超兵器の存在は今後の戦いにおいて最大級の脅威になると思うわ」
そう言いながらメルトは「ある作戦」について語り始めるのだった。
戦闘終結から数時間後、嵐の夜を越えたオリエント国防海軍第8艦隊を水平線上の朝日が出迎える。
カプセル型救命ボート
作中時代の全領域艦は安全性の観点からカプセル型救命ボートが主流となっている。
ちなみに、黎明期の艦艇では水上艦と同じタイプの救命ボートを流用していたらしい。