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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第2部 MOON OF DESIRE

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【MOD-54】国家に従うか、さもなくば正義に殉ずるか

 レンカの手によって救出された2人のルナサリアンは帰艦後すぐに医務室へ運び込まれ、メディカルチームによる健康状態のチェックが開始されていた。

「ふぅ……ん? どうしたんだ姉さん?」

一服するためにテアが医務室から出てきた時、通路では出撃から戻ってきたばかりでまだコンバットスーツを着たままのレンカが待ち構えていた。

「エリカ――いえ、あの二人の容態はどう?」

「あいつらの名前を知ってるのか?」

「ええ、向こうで聞いてみたからね。じゃあ、私はシャワーを浴びて戦闘詳報を書かないといけないから……」

ルナサリアンたちの容態に問題が無いことを確認したレンカは、少し汗臭いコンバットスーツを脱ぐために更衣室へ向かおうとする。

「待ってくれ姉さん! あんた……何か隠し事をしてないか?」

「はぁ……?」

だが、今のやり取りでテアは新たな疑問を抱く。

姉さんは天地がひっくり返るほど秘密を隠しているんじゃないか――と。


 一方その頃、ここはレガリアが戦闘以外の業務で使用している執務室。

普段は部外者はおろか下級メンバーですら入室できない部屋だが、今回は部外者にあたるグッドイヤーを特別に招待していた。

もちろん、それは彼を信頼しているからではなく、あくまでも「私たちは君の味方だよ」と思い込ませて上手く利用するためだ。

「ようこそ、スターライガの母艦『スカーレット・ワルキューレ』へ。そして、私はスターライガの最高責任者を務めているレガリア・シャルラハロートです。もっとも、『ギネス認定された世界一の億万長者』と紹介したほうが分かりやすいかもね」

「俺……いえ、私はトーマス・グッドイヤーという者です。アメリカ軍では生物学者として救急キットの開発に携わっていました」

互いに英語で自己紹介しながら握手を交わすと、レガリアは2~3回ほど頷いた後にちょっとした疑問を投げかける。

「なるほど……そういった業務が目的なら、エリア51の特殊研究施設に勤務する必要は無いと思うのだけれど」

「……!」

「Dr.グッドイヤー、正直に答えてくれないかしら。君はあの基地でどんな研究プロジェクトに参加していたの?」

グッドイヤーの目を覗き込むように視線を合わせ、彼が本当は何の研究を行っていたのか問い詰めるレガリア。

彼女は事前調査などで答え自体は既に知っているが、目の前のアメリカ人青年の誠実さを試すためにあえて意地悪な質問をしたのだ。

返答次第では(ふね)から摘まみ出し、「一連の出来事の主犯格」としてアメリカ政府に売り飛ばすつもりだったが……。


「……救急キットの件については本当です。それと同時にマーメイドやビッグフット――俗に言う『UMA』の生態調査を行うプロジェクトにも参加していました。その経験を買われたのか、ルナサリアンが収容された時は副主任研究員としていくつかの実験に携わることになりました」

しばしの沈黙の(のち)、心の奥を見透かされているように感じたグッドイヤーはついに真実を打ち明ける。

レガリアから放たれる「言葉にし難いプレッシャー」に屈してしまったからだ。

「そこでは時として目を背けたくなるような人体実験が行われ、被験体のルナサリアンたちは実験外でも凄惨な扱いを受けていました。『ルナサリアンとホモ・サピエンスは交配できない』と知った一部の男性研究者は――」

「ストップ! 君が言おうとしていることは分かったわ! 私だって女だもの……」

グッドイヤーの暴露を先読みしたレガリアはすぐに待ったを掛け、それ以上話す必要は無いことを伝える。

全く、男というものは本当に度し難い――。

心の奥底から湧き上がる怒りと不快感を抑え込み、彼女は改めて目の前に立つ若者の勇気ある決断を称賛するのだった。


「率直に言うと、私たちオリエント人の大半はアメリカ人のことを好いていないわ。同じ星で暮らしているはずなのに、価値観や重んじるべきモノがまるでそり合わないからね……だけど、君は少し違う。子どもの頃は周りから変わり者扱いされていなかった?」

「ええ、まあ……両親や友人から『お前は優しすぎる』と言われたことはありましたが……」

「そうでしょう? フフッ、いかにも優男って感じだもの」

予想通りの答えが返ってきたことでレガリアは穏やかな笑みを浮かべ、できる限りの協力は惜しまない(むね)を伝える。

「残念だけどアメリカ人をスターライガに迎え入れることはできない。私は別に構わないけど、付き合いが長い他のメンバーが拒否するかもしれないしね」

彼女が当主を務めるシャルラハロート家は所謂「左派」として知られており、政治的な議論においては慎重且つ穏健な対応を重視することが多い。

一方、ライガが属するシルバーストン家やオロルクリフ3姉妹の実家オロルクリフ家は伝統的な「極右派」であり、自分たちの一族及び祖国の脅威になり得る存在に対しては手厳しい言動を取りがちだ。

「(ライガやルナールさんは嫌な顔をするかもね。あの二人は極右派の筆頭格と言える一族の将来を担っているわけだし……)」

全体的に見た場合、右派の一族出身者が多いスターライガは「右翼団体」と言われても仕方ない側面があった。


「……その代わり、オリエント連邦へ亡命するための準備なら色々と手伝うことができるわ。こう見えても政財界とは太いパイプを持っているから、君一人のために戸籍を買うぐらいなら簡単な話よ」

レガリアが一般人にとってはスケールの大きすぎる話をしていたその時、彼女のデスクに置かれている電話機から呼び出し音が鳴り始める。

「ちょっと待っててね……厄介な相手かもしれないわ」

グッドイヤーに対して一言詫びながら受話器を取り上げ、「厄介な相手」との通信回線を繋げるレガリア。

「もしもし、シャルラハロートですが……あら、これはこれはギーズ大統領ではありませんか」

「(ギーズ大統領だって!? まさか、俺がルナサリアンと内通していたことがもうバレたのか?)」

彼女の口から意外な名前が出てきたことにグッドイヤーは驚くが、ここは冷静にレガリアとギーズ大統領の会話へ耳を傾けてみることにした。

ギーズ大統領の声はさすがに聞こえないが、レガリアの反応を見れば大まかな会話内容は分かるかもしれない。

「……さあ、何のことでしょう? ルナサリアンの特殊部隊か何かと見間違えたのではなくて?」

どうやら、たった数時間前の出来事が既にホワイトハウスへと伝わり、ぐっすり眠っていたであろうギーズ大統領の耳に入ってしまったらしい。

「寝耳に水」とはまさにこのことだろう。


「なるほど……ならば、我々にも一連の軍事行動の正当性を裏付ける『証拠』があります。あの基地で行われていた非道な人体実験や捕虜虐待の数々――その内容について詳細に記された文書を今すぐリークし、世界中へ公開してもいいのよ?」

「(『証拠』? ああ、俺がルナサリアンへ送信した電子文書のことか)」

レガリアの言う「証拠」とは関係者たちの間で俗に「エリア51文書」と呼ばれている、3.2MB程度のPDFデータのことだ。

このデータはまだスターライガの手元に留まっており、一握りの関係者以外に存在を把握している者はいない。

世間へ流出した時にどれほどの影響を及ぼすか計り知れない――。

エリア51文書は今後の戦況を左右しかねないほど重要なデータなのである。

「非人道的行為の実態がバレたらどうなるかしら? 少なくとも、アメリカという国の評判に傷が付くことは確かよね――何が望みかですって? 今回の件をダシに何かを求めるつもりは無いわ。ただ……」

そこまで話したところでレガリアの表情が突然険しくなる。

「貴男の国がこれ以上遺恨を残すような行動を続けるのであれば、我々にも考えがある――それだけは忠告しておきましょう。では、貴男が大統領という役職に相応しい判断を採っていただけることを期待しておりますわ」

ギーズ大統領との電話会談を終え受話器を元に戻すと、レガリアは再び穏やかな笑みをグッドイヤーの方へと向けるのだった。

「邪魔が入ってしまってごめんなさいね。それで、君の亡命手続きに関する話の続きだけれど――」


「(ふぅ……一日の終わりはフーロに限るわね)」

38万キロ先に浮かぶ月――ルナサリアンの国土は交戦国だとは思えないほど平和そのものであった。

一日の執務を終えたアキヅキ・オリヒメはお湯を張った湯船に浸かり、貴重な一人だけでのリラックスタイムを満喫する。

普段は複数人の側近を仕えさせているため、こうやって一人で落ち着ける時間を作ることがなかなか難しいのだ。


ピピピッ、ピピピッ……。


「今フーロに入っているの。野暮用なら上がってからにしてくれるかしら?」

緊急連絡用の通信装置を兼ねるコントロールパネルが呼び出し音を鳴らしているのを受け、渋々とボタンを押して応答するオリヒメ。

相手は主要側近の中で最も若いホシヅキ・オウカであった。

「あ……申し訳ありませんオリヒメ様。つい先ほどスターライガから『救出作戦に成功した』との報告を受けたので……」

「! それは本当!?」

「は、はい! スターライガに潜入している特殊工作員による確かな情報で、代表のレガリア・シャルラハロート氏からも暗号通信で連絡がありました!」

その報告を聞いたオリヒメは思わず立ち上がってしまうが、すぐに冷静になり湯船の中へ座り込む。

当然ながら今の彼女は一糸纏わぬ姿なので、誰かがいたら文字取り「丸見え」になってしまうところだった。

「……分かったわ。今すぐフーロを上がるから、20分後に私の執務室へ来てちょうだい。詳細な説明はそこで聞きます」

「了解しました」

コントロールパネルの応答用ボタンから指を放すと、オリヒメは再び立ち上がって浴室を後にする。

「(フフフ……早速結果を出してくれたわね、スターライガ!)」

手触りの良いフーロリネンで身体を拭きながら彼女は笑っていた。


「……あ!」

オリヒメへの報告を終えた直後、オウカは一つ聞き忘れたことがあったのを思い出す。

「(特殊工作員の人の声、何となく姉さんにそっくりだったような……)」

彼女はスターライガに潜入している特殊工作員と度々連絡を取り合っているのだが、その人物の声が地球に向かって以来音沙汰の無い姉とよく似ているのだ。

初めて声を聞いた時には思わずハッとしてしまった。

まさかとは思うが……。

「(……はぁ、そんな都合の良い話あるわけないよね。声が似てる人なんて探せばいくらでもいるよ……)」

希望的観測を振り払うようにオウカは首を横に振り、かつて姉妹で撮った写真を眺めながら資料の整理を始めるのだった。

【フーロ】

月の言葉で「風呂」を意味する。

フーロリネンは「風呂」と「体拭き」を合体させた単語であり、地球の言語ではバスタオルと意訳される。

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