【MOD-52】エリア51強襲(中編)
「(チッ、もう警備兵たちが湧いて出てきたわね)」
操縦桿の機関砲発射ボタンから親指を離し、もぬけの殻となっている僚機ルーナ・レプスの方を見やるレガリア。
白兵戦経験のあるレンカが基地施設内で戦っている間、置物と化している彼女の機体を守り通さなければならない。
「(頼んだわよレンカ、この作戦の成否如何に二つの星の未来が懸かっているのだから……!)」
騒ぎを聞きつけた防衛部隊の増援が徐々に集まってくる。
その戦力は生身の兵士や戦闘車両が中心で、幸いにも一番厄介なMFの姿は見られなかった。
「(この程度の戦力差……一人で押し返してみせる!)」
深呼吸で気持ちを落ち着かせると、レガリアは操縦桿を強く握り締めながら敵部隊――その先頭にいるロケットランチャー持ちの若い兵士に狙いを定めるのであった。
「施設内の全職員に通達! 北西ブロック方面より所属不明の敵MF2機が侵入し、現在防衛部隊と戦闘に突入している模様。職員は状況が沈静化するまで安全な場所で待機せよ。繰り返す、これは訓練ではない!」
スピーカーから切迫した英語の館内放送が聞こえてくる中、レンカはハンドガンを携えながら真っ暗な通路を走り抜ける。
偽りのメンテナンス作業に伴い全職員が自室待機しているのは知っているが、その指示の対象外である警備兵と接触してしまう可能性は否定できない。
敵ならば容赦無く眉間を撃ち抜くつもりとはいえ、装備が心許無い以上できれば会敵は避けたいところだ。
「(ええっと、目的の研究室はこの辺りだったはず……)」
携帯情報端末を取り出し、特殊研究施設の大まかな見取り図を見ながら目的の研究室「B-7R」の位置を確認するレンカ。
この手の訓練は月にいた時に散々やってきたので、彼女は僅かな情報を頼りに自らの居場所と目的地の位置関係を素早く割り出すことができる。
「あった! ここが……ここに私の同胞が捕らえられているのね……!」
レンカが辿り着いたのは「許可を受けた関係者以外立ち入り禁止!!」と目立つ色で注意書きが為されている研究室。
このドアの先に彼女の同胞――ルナサリアンたちが待っているはずだ。
「コノ研究室ヘ入室スルニハ『専用カードキーA』『専用カードキーB』『職員IDカード』ガ必要デス。以上ノ3枚ノカードヲ用意シ、ドアノ右側ニアルカードリーダーへ通シテクダサイ」
生体反応を感知したカードリーダーが機械音声でそう指示してくるが、侵入者であるレンカには関係無い。
内通者である博士が既にロックを解除してくれていると想定し、彼女はハンドガンのグリップを取っ手に引っ掛けながらドアを開ける。
これは潔癖症なルナサリアンに特有の癖であり、普通のオリエント人はこのような開け方はしない。
見る者によってはすぐに違和感を抱いてしまうだろう。
「……!」
そして、レンカの予想通りドアは既に開いていた。
彼女はハンドガンのセーフティが解除されていることを確認し、トリガーに人差し指を掛けながら妖しく輝く培養槽の間を進んでいく。
「(地球人め、自分たち以外の種族を研究対象として見ていないのか……)」
腹の底から込み上げてくる不快感を抑えつつ、内通者との合流地点に指定されている研究室の奥を目指す。
「(人影……? あれがグッドイヤー博士だと思うけど、一応警戒したほうがいいかもしれないわね)」
合流地点にしゃがみ込んでいた内通者――グッドイヤー博士は気配に気付いて後ろを振り向こうとする。
しかし、レンカがハンドガンを突き付けるスピードはそれよりも遥かに早かった。
「Are you Dr.Goodyear? If it is mistaken identity, I shoot your head immediately.(あなたがDr.グッドイヤーね? もし、人違いならば即座に後頭部を撃ち抜くわよ)」
オリエンティア訛りの英語と共に銃を突き付けられたグッドイヤーはすぐに右手を上げ、空いた左手で職員IDカードを取り出すことで自らの身分を証明しようとする。
「おいおい、怪しかったらいきなり銃で警告するのがオリエントの礼儀なのかよ?」
「これだけじゃ分からないわね。ゆっくりとこっちを向いて顔を見せなさい」
グッドイヤーの悪態を完全にスルーし、本人確認を行うため自分の方を向くよう命令するレンカ。
そういう威圧的な言動は彼女の柄では無いのだが、指示に確実に従わせるための方法としてあえて「嫌な女」を演じているのだ。
「……偽者ではないと判断した。疑って悪かったわね、グッドイヤー博士。昔所属していた特殊部隊では『常に疑うことが生き残るコツだ』って教わったから」
これまでの誤解されかねない言動について一言詫びを入れると、レンカはハンドガンのセーフティをロックしつつ目の前の博士に手を下ろすよう勧める。
「あんた……少し変だな。話しているのはオリエンティア・イングリッシュだが、見た目はルナサリアンのねーちゃんじゃないか」
が、後ろを振り向いたグッドイヤーは「オリエント人的なルナサリアン」という矛盾の塊を前に少なからず混乱していた。
「オリエント人(周辺諸国の出身者含む)とルナサリアンが似ている」という話は開戦当初からよく言われている。
事実、捕虜を用いた各種試験の結果、オリエント系地球人の99%を構成する種族「ホモ・ステッラ・トランスウォランス」とは亜種レベルの違いしか無く、生物学的には共通の祖先を持っている可能性が高いという。
理論上は星を超えた混血も可能だとされているが、今のところ「ルナサリア系オリエント人」とでも呼ぶべき人物の存在は確認されていない。
「フフッ、誰にだって人に言えない秘密があるでしょう? そういうのはあまり詮索しないのが長生きする秘訣よ?」
公然の秘密を指摘してきたグッドイヤーにそう忠告しつつ、彼が培養槽から助け出していた2人のルナサリアンの傍へ歩み寄るレンカ。
彼女らは培養槽の中では全裸だったらしく、身体を隠すように白いバスタオルが掛けられていた。
「(この娘たち……妹よりもだいぶ若いわね。訓練期間を終えた直後にいきなり地球へ連れてこられ、そして捕虜にされた挙句人体実験に使われるなんて災難だったわね)」
推定年齢20代前半だと思われる若い後輩たちの隣で片膝を付き、レンカは簡易的な健康診断を始めるのであった。
本当ならば既に死亡している3人目も含め、全員を月へ帰してあげたいのが人情というものだ。
だが、少なく見積もっても50kg程度はありそうな彼女らを担いで運ぶとなると、身体を鍛えているレンカといえどかなり体力を消耗することになる。
合計150kgをレンカ一人で担ぎ上げるのは極めて困難だし、それ以前に体勢を安定させること自体が不可能に近い。
グッドイヤーに手伝わせてもいいが、体の線が細い彼にレンカはあまり期待していなかった。
死んでいる3人目はもちろん、残る2人も場合によっては片方あるいは両方を置いて行く覚悟が必要だろう。
……無論、作戦目標はあくまでも「エリア51に捕らえられているルナサリアンの救出」であるため、その選択肢は最後の最後――打つ手が無い時の最終手段だ。
「ジョヴァ? イク-コート-イエ。ディ-バシュ-シセル-ノウ(大丈夫? 生きているのならば返事をしなさい。こんなところで死んではダメよ)」
同胞の頬をペチペチと叩きながら耳元(ウサ耳じゃない方)へ顔を近付け、安心させるように母国語で静かに語り掛け続けるレンカ。
「ウ……ウウ……」
「メザシ、アアアバニ。サァ、ルナサ-キロ-イエ(起きなさい、名無しうさちゃん。さあ、月に帰りましょう)」
彼女が辛抱強く声を掛け始めてから数分後――。
「……デ……ディ……バシュ……?(……こ……ここ……どこ……?)」
若いルナサリアンはついに意識を取り戻し、黄金色の瞳でレンカの顔を見つめるのだった。
「ルー、ネムミ-シドーニ-イエ?(あなた、名前を教えてくれないかしら?)」
無事に目覚めてくれたことに心の中で安堵しつつ、レンカは引き続きこの若者の個人識別を開始する。
普通なら携帯を義務付けられている認識票を確かめるのだが、今はどこに見当たらないため本人から直接聞き出すしかない。
「ま……マイヅキ……エリカ……です……」
マイヅキ・エリカと名乗った若いルナサリアンはゆっくりと上体を起こし、キョロキョロと周囲の様子を確認する。
見たことが無い暗い部屋、青緑色に妖しく輝く培養槽、さっきまでの自分と同じように横たわっている同胞、そしてグッドイヤー博士――。
「ひッ……お、男……来ないで! 来ないでッ!」
白衣の男と視線が合ったその時、エリカは突然大きな悲鳴を上げながら凄まじい速度で後ずさりし、まるで怯えた小動物のように両肩を抱えて震え始める。
「ど、どうしたんだ!? 俺……何か悪いことを……」
当然、何も心当たりが無いグッドイヤーは困惑しながらこう尋ねるが、英語が分からないエリカは完全に怯え切っており何も答えてくれない。
むしろ、英語で話し掛けられたことで恐怖感が加速しているようにも見える。
「クレハ!(落ち着いて!)」
それを見かねたレンカはエリカの両肩を掴み、母国語で優しく語り掛けることで彼女の恐怖を和らげるのであった。
「(男性を見た瞬間怖がり始めた……なるほど、そういうことね。全く……男というものは度し難いな)」
グッドイヤーと違ってエリカの悲鳴の内容が聞き取れたこともあり、彼女が突如恐怖に駆られた理由を察してしまうレンカ。
詳しい話を本人から聞き出したいのはやまやまだが、今はそんな時間的余裕は無い。
いくらレガリアが一騎当千の実力を持つMF乗りとはいえ、単独で戦線を支えるには限界があるからだ。
事情聴取は無事に帰ってからでも遅くないだろう。
「Dr.グッドイヤー、そっちの娘をお願い。私はこの娘を運びながら脱出するから、あなたも頑張ってついてくるのよ」
多少落ち着きを取り戻したエリカをファイアーマンズキャリーの要領で軽々と担ぎ上げつつ、レンカはもう一人のルナサリアンを運ぶようグッドイヤーに指示を出す。
「ま、待ってくれ! 俺はあんたと違ってそんな訓練は受けてないぞ!」
そう悪態を吐きながらもグッドイヤーはもう一人の方を抱え上げ、見様見真似ながら同じように担ぎ上げることに成功する。
……足がプルプルしており非常に苦しそうではあるが。
レンカとグッドイヤーはゆっくりと研究室のドアを開き、通路に敵がいないことを確認しながら部屋を出る。
おそらく、警備兵が見回りに来るのも時間の問題だ。
「私はこの状態でも射撃はできるから、前から来る敵は任せてちょうだい」
「後ろから来た時はどうすればいい?」
「うーん、いざという時は自分を盾にしてでもその娘を守りなさい。いずれにせよ……国を裏切ったあなたは長生きできないでしょう。あなたが望むのなら亡命を手伝ってあげてもいいけどね」
「……ああ、最高だぜ。一応考えとくよ」
勘弁してくれよと言いたげな表情を浮かべるグッドイヤーに対し、同じ「裏切りがバレたら消される者」として配慮を見せるレンカ。
レガリアが待つ出口までの距離は数百メートルほどだが、50kg程度の「バラスト」を担いでいることを考えると決して短い距離ではない。
「さあ行くわよ! ノロノロしているほど敵と接触するリスクは増える!」
この作戦の本番はここからだ。
【オリエンティア・イングリッシュ】
オリエント圏出身者が話す英語を英語圏(アメリカやイギリスなど)ではこう呼ぶ。
より簡潔に「オリエンティッシュ」とも。
オリエント語は所謂「孤立した言語」であるが、外来語についてはイギリス英語からの影響を多少受けている。
【アアアバニ】
日本語で言う「名無しの権兵衛」のような俗語。
アアアが「名無し」、バニが小さな子どもに対する呼び掛けを意味しており、地球の言語では「名無しのうさちゃん」と意訳される。
なお、アアアの部分はルナサリアンにしか発音できず、地球人は音声として聞き取ることができないという。




