【MOD-51】エリア51強襲(前編)
Date:2132/05/09
Time:00:00(UTC-7)
Location:Area 51,USA
Operation Name:NACHT DER MESSER
5月8日の夜中、エリア51ことグルーム・レイク空軍基地はいつもより早めに終業時間を迎えようとしていた。
基地を守るレーダーシステムのメンテナンスが急遽行われることになったため、一部を除く基地職員は居住区での待機を命じられたからだ。
「停まれ! 車両のチェックを行うから身分証明書を提示せよ!」
エリア51の正面入口を担当していた警備兵は暗闇の中からやって来た車列を停止させ、同僚たちと共に「通していい車両」か否かのチェックを開始した。
「ほらよ、俺と相方のIDカードだ。正真正銘の本物だろ?」
「……ああそうだな、こんな夜遅くにお疲れさん」
先頭車両の運転手と助手席の兵士が差し出したアメリカ軍IDカードの照合を終えると、警備兵は徹夜作業に臨むであろう運転手を労いながらIDカードを返却する。
「これで飯を食わせてもらってるから文句は言えねえさ。お前さんも夜勤を頑張ってるな」
「ウチの家系は祖父も父も軍人だったんだ。自分がどこに配属されてるのかさえ家族に教えられないのは辛いけど、今の仕事には満足しているよ」
「ハッハッハ! なら心配いらねえな!」
慣れた手つきで敬礼を行い、警備兵を見送るFMTV軍用トラックの運転手。
だが、この男がエリア51にやって来た本当の理由は……。
「(悪いな兄ちゃん、今見せたIDカードは嘘の個人情報を書き込んでいる真っ赤な偽物なのさ)」
首尾良くエリア51への侵入に成功した車列は敷地内のレーダーサイトまで走り、それぞれの担当箇所へ配置に就く。
トラックの荷台から工作活動に必要な工具類を取り出し、工兵たちは時間内にメンテナンス作業を終わらせるべく急いで仕事に取り掛かった。
「随分とザルな検問だったな」
「本土に勤務している甘ちゃんなら仕方ないぜ。俺たちは踏んできた場数が違うのさ」
彼らはアメリカ軍に所属している正規の兵士ではない。
その正体は中央情報局(CIA)が送り込んだ優秀な工作員たちである。
CIAの現長官はアメリカ軍内部で行われている捕虜虐待に強い懸念を示しており、俗に「エリア51文書」と呼ばれる資料を提示した人物の口車に乗せられるカタチで本作戦を承認したのだ。
当然、今回の「レーダーシステムの緊急メンテナンス」の真意をエリア51側は何も知らない。
「こちらチャーリー・チーム、準備完了! いつでもいけます!」
「ブラボー・チーム、準備完了」
各チームが準備作業を終えたことを確認し、アルファ・チームのリーダー――先ほどの運転手は時計合わせを行いカウントダウンを開始する。
「時計合わせ用意! 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……作戦開始!」
次の瞬間、基地周辺を監視しているレーダーシステムが一斉にシャットダウンされ、エリア51は文字通り盲目となってしまうのであった。
「予定時間ね……レンカ、準備はいい?」
HISに表示されているデジタル時計が00:00になったと同時にスロットルペダルを踏み込み、レンカの返事を待たずに愛機バルトライヒを加速させるレガリア。
レンカの乗機ルーナ・レプスはバルトライヒの上面に掴まるように乗っているため、スピードが出過ぎると深紅の可変型MFから振り落とされてしまう可能性があったが、レガリアのほうは限界域を分かっていたので特に心配していなかった。
「うぅッ! なんて殺人的な加速なの……!」
一方、自分の機体ではあり得ない強烈な加速度に思わず呻き声を上げてしまうレンカ。
普段からトレーニングを積んでいるため耐えられるとはいえ、このレベルの加速を繰り返されたら作戦終了時にはフラフラになっているかもしれない。
「この距離なら既に捕捉されていてもおかしくないけど……まだ敵はこちらに気付いていないみたいね」
敵の反応の鈍さを見たレガリアは裏工作の成功を確信した。
彼女はこの作戦のためにアメリカ軍内部の穏健派やCIA長官に多額の賄賂を渡し、不可能とさえ言われていた「エリア51の防衛網の一時無力化」を見事実現させたのである。
「(今夜は霧が深い。奇襲には最高の時間帯と天候だと言えるわね)」
これまで水面下で進めてきた努力を無駄にしたくないため、今日のレガリアはいつも以上に気合が入っていた。
普段は24時間年中無休で稼働しているエリア51の特殊研究施設だが、今は全職員に対し待機命令が出されているため、施設内には「実験対象」以外誰もいない――はずであった。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……!」
真っ暗な地下フロアの通路に懐中電灯の光が奔り、一人の男が息切れしそうになりながら小走りで駆けていく。
彼――トーマス・グッドイヤー博士は根っからの研究職であることに加え、ここ最近は仕事が忙しいためあまり運動しておらず、大学スポーツで活躍していた頃からは信じられないほど体力が落ちていた。
疲労困憊ながらも何とか目的地まで辿り着いたグッドイヤーは、隙を見て盗んできたマスターキーをワイシャツのポケットから取り出し、それをドアの横にあるカードリーダーに通す。
「『マスターキー』ヲ確認シマシタ。続イテ『職員IDカード』ヲカードリーダーニ通シテクダサイ」
無機質な機械音声で次の操作を要求してくるカードリーダー。
グッドイヤーが入ろうとしている部屋は特殊研究施設の中でも特に際どい実験を行っている場所であり、入室するには2枚の専用カードキーと職員IDカードが求められるなど、過剰なまでに厳しいセキュリティ体制が採られていた。
ごく一部の職員のみ携行が許されるマスターキーならば専用カードキーは必要無くなるが、そのマスターキー自体の入手が極めて難しいことを考えると、「B-7R」と呼ばれているこの実験室はまさに秘密の場所であると言えよう。
「『職員IDカード』ヲ確認シマシタ。研究員ナンバー9AS5QK、入室ヲ許可シマス」
面倒な承認手続きが完了し、ようやく実験室の厳重なロックが解除される。
室内にはいくつもの培養槽が並べられており、それらは青緑色の培養液によって妖しく輝いていた。
「(しかし、改めて見るとここは世界の神秘が集まっているところだな……)」
目的の培養槽を探しながら心の中でそう呟くグッドイヤー。
この世界には「確かに実在しているが、世間一般には未だ公表されていない生物」が沢山存在する。
例えば、世界各地に伝承が存在するマーメイドはあくまでも「伝説上の生き物」とされているが、それは混乱を避けるための表向きの話にすぎない。
今から遡ること16年前、アメリカ東海岸のとある砂浜に「人間の上半身と魚の下半身を持つUMA」が漂着している姿が発見され、騒動が大きくなる前にFBI(連邦捜査局)によって回収が行われた。
その時回収された個体は既に瀕死状態であったが、世界初の「本物のマーメイド」として彼女は今も培養槽の中で眠っている。
貴重なUMAを保存して秘密研究を行っているのはアメリカだけではない。
イギリスでは幽霊について真剣に研究している機関があるというし、日本には「国立妖怪研究保護施設」なる研究所がどこかの山奥に建てられているらしい。
オリエント連邦に至っては「人間を神様にする方法」を秘密裏に模索しているという都市伝説があるほどだ。
それらが実在するのかは定かではないが、少なくともマーメイドに関しては他の漂着個体が見つかるなど研究が飛躍的に進んだ結果、この世界のどこかに群生地があることは証明されていた。
ビッグフットやエルフ、ヴァンパイアといった他のUMAが収められている培養槽の前を通り抜け、グッドイヤーはようやく目的の培養槽の所に辿り着く。
「(待ってろよ、今助けてやるからな……!)」
培養槽のコントロールパネルを操作し、まずは培養液の排出を開始するグッドイヤー。
これを含む3基の培養槽には捕虜収容所から連れてこられた3人のルナサリアンが入れられており、今は脳機能の実験に利用されている。
そのうち1人はストレスによって衰弱死してしまったが、残る2人は全身麻酔状態ながら未だ健在だ。
とはいえ、このまま人体実験に使われ続けたらいずれは同じ末路を辿ってしまうだろう。
生まれ育った星は確かに全く違うが、ルナサリアンは地球人と同等の知能を持つ「人間」である。
敵対する異星人に地球人と同じ倫理観は適用されない――。
ギャリー・ギーズ大統領が暗に示した「地球人至上主義」に憤りを感じたグッドイヤーは、アメリカ人としての愛国心よりも人道を優先することを選び、ルナサリアンへ人体実験に関する機密情報をリークしたのだ。
もっとも、彼女らがスターライガに協力を打診したことはさすがに予想外だったが……。
「……ん? なあ、何か音がしなかったか?」
「いや、俺は聞こえんかった。疲れてるのかもしれんな」
レーダーサイトは動いていないが、その間も兵士たちは銃を携行しながら基地施設内の警備を続けている。
今は彼らの監視が侵入者を発見する唯一の手段だ。
「……ほら! また聞こえたぞ!」
「聞こえねえよ。どうせネズミか何かだろ」
「ああッ、もう! もっと甲高い澄んだ高音なんだって! 例えるなら……V10エンジンを2万回転でぶん回してた頃のF1マシンだ!」
「んなの分かるかッ! 俺はNASCARしか見てねえんだよ!」
この兵士は決して幻聴に惑わされているわけではなかった。
次の瞬間、もう一人の兵士もようやく相方が騒いでいた理由を知ることになる。
「な、何だ!? 飛行機か!?」
相方の言う「甲高い澄んだ高音」が聞こえてきたかと思った直後、その音と共にやって来た風圧により彼らは思わずよろめいてしまう。
まるでミサイルが飛び込んできたかのような感じだったが、爆発は起きていないので少なくともミサイルではないらしい。
一つだけ言えるのは、これが異常事態であるということだ。
「基地司令部、こちらチャーリー12! 基地施設内に飛翔体が落下した模様! これより確認に向かう!」
頭上で起きた一瞬の出来事を基地司令部へ報告すると、2人の警備兵はすぐに現場に向けて走り出すのであった。
謎の飛翔体の音はチャーリー12以外の警備兵たちにも聞こえていたらしく、落下地点と思わしき場所へ向かう途中で多くの味方と合流することができた。
「さっきの音、結構凄かったな」
「隕石でも落ちてきたんじゃないのか?」
「バカを言え! 隕石だったら今頃この辺りはクレーターになってるぜ」
「Damn it! レーダーシステムのメンテナンスはまだ終わってなかったのかよ……!」
飛翔体の正体が全く分からない以上、迂闊に接近するわけにはいかない。
警備兵たちは建物の陰になっているところで一旦待機し、落下地点の様子を窺う。
「あれは……MFか? MFが2機いるみたいだ」
「飛翔体は1つじゃなかったのか」
屋外灯の近くに降り立っている飛翔体――バルトライヒとルーナ・レプスの機影を確認した警備兵たちはそう報告しつつ、2機のMFの監視を続ける。
「あの機体はピーコックとは違う。ルナサリアンの新型機か?」
「待て、左側の紅いMF……ありゃバルトライヒじゃないか!?」
「バルトライヒ? ドイツ人みてぇな名前だな」
「世界一の億万長者レガリア・シャルラハロートが乗っていると噂の可変機だ。あ……お、おい! こっちの方を向いたぞ!」
まるで自分たちの会話を聞いていたかのように動き出す深紅のMF。
その機体の上半身がマズルフラッシュで青白く輝いた姿――。
それが、警備兵たちが見た最期の光景であった。
【NASCAR】
アメリカで最も人気があるモータースポーツで、読み方は「ナスカー」。
「ストックカー」と呼ばれる専用車両で全米各地のオーバルコースを転戦する。
陸軍の輸送ヘリが車両輸送に使用されたり、陸軍州兵がスポンサーを務める車両があるなど、じつはアメリカ軍との繋がりが深い。




