【MOD-49】密談
スピーカーから流れてきた音声――アキヅキ・オリヒメの声が聞こえた瞬間、ブリッジ内の空気が一気に張り詰める。
「……ミッコ艦長、マイクを貸してください。最高責任者として私が対応します」
「え、ええ……頼んだわよ」
艦長席に備え付けられているマイクを貸してもらい、通信回線を繋いで敵の総大将との対談に臨むレガリア。
「お久しぶりね、アキヅキ姫。国連やオリエント連邦政府を介さない直接通信――彼らには知られたくない内容みたいね」
こういう時に冷静沈着且つ強気に振舞えるのはさすがと言うべきか。
レガリアは全く物怖じせず、流れを自分の方へ持って来るように対談を進めていく。
「単刀直入にお聞きします……ライラック・ラヴェンツァリという人から我々の連絡先を知ったのでしょう?」
スピーカーだけではオリヒメの心中を窺い知ることは難しい。
「ええ、どうやらあの人は地球ではちょっとした有名人らしいわね」
だが、声音を聞く限りでは完全に図星だったようだ。
ライラックの差し金で実現した密談――これが意味しているものとは一体……?
「……今、ボイスレコーダーを作動させたわ。これ以降の通信は全て録音されるようになっているから、仮に失言したとしても言い逃れはできないわよ」
「いいでしょう。その代わり、この通信の音声データは一切口外しないでもらえると助かるのだけれど」
「それは内容次第ね。我々だけでは手に負えない用件であれば公表するかもしれないし、貴女の望み通り極秘裏に事を進めるかもしれない。とにかく……まずは用件を聞きましょうか」
提示された条件に不満があれば、オリヒメは即座に通信を切断するだろう。
だが、彼女はそうしなかった。
「これから述べることには、『月の民の指導者』というより『一個人としての願い』が多分に含まれているわ」
レガリアが一方的に突き付けた要求を受け入れ、「一個人としての願い」を語り始めるオリヒメ。
「つい先日、我々月の民と内通している地球人から情報提供がありました。詳細内容はこの通信が終わった後に改めて転送しますが、簡潔に説明すると非人道的な扱いを受けている同胞たちを救い出してほしいのです」
「ふむ……ですが、貴女たちは人間にとって厳しすぎる極地に捕虜収容所を造っていた。我々の価値観ではそれも十分に非人道的だと言えますがね」
それに対してレガリアはあえて冷酷な反応を示し、オリヒメの真意を引き出そうとする。
この通信自体が罠である可能性も否定できないため、揺さぶりを掛けることで化けの皮を剥がそうとしていたのだ。
オリヒメからの返答がなかなか返って来ない。
単なる通信ラグではなく、どう答えるべきかを真剣に考えているのだろう。
レガリアは急かすこと無くただひたすらに待ち続ける。
そして……。
「……確かに、本来人が住めないような場所に収容所を築くことを指示し、その結果として捕虜を死に至らしめたのは私の責任です。だけど……これだけは言わせてちょうだい」
ここで一息入れた後、念を押すように言葉を続けるオリヒメ。
「地球人の中には異種族を研究対象としか思っておらず、何の躊躇いも無く生体実験へ供している連中がいる――我々はその確証を既に掴んでおり、私が命令を下せばいつでも報復攻撃を仕掛けられることを忘れないように……」
「そして、貴女たちの報復攻撃が新たなる憎しみを生み出し、今度は私たち地球人が同じように報復攻撃を繰り返す――その先にあるのは共倒れの果ての破滅だけよ。もっとも……地球環境のためにはそれがベストなのかもしれないけど」
憎しみの連鎖の先にある「絶望の未来」を示すと、レガリアはそのまま黙り込むことで相手の返答を待つ。
彼女はオリヒメの次の一手を見てから最終判断を下そうとしていたのである。
「フフッ、さすがはライラック博士が一目置いているだけあるわね。ますます気に入ったわ……エリア51に捕らわれている同胞の救出を貴女たちに託しましょう」
スピーカー越しには窺い知れないが、38万キロ先の月からメッセージを送っているオリヒメは笑っているのだろう。
唐突に始まった密談は穏便なカタチで終わりを迎えつつある。
「この通信が終わったら24時間以内に詳細な情報をそちらへ転送するわ。それを確認してどういった作戦を立てるかは任せるから、貴女たちが最善だと思う方法で事を進めてちょうだい。内通者以外の表立った支援はできないけど……でも、貴女たちは元々独力で活動しているのだから問題無いでしょう?」
話すべきことを全て話したオリヒメは明らかに通信を終わらせたがっている。
しかし、レガリアのほうは最後に一つだけ尋ねたいことがあった。
「そうね、私たちスターライガはあくまでも『自らの信念』を行動指針としているわ。そして、政府からの援助に縋ること無く組織を運営していくには『報酬』を得ないといけないの。慈善事業のために一つしかない命を張れるほど、我々は高潔な精神を持ち合わせてはおりませんから」
「おいおい……敵が塩を送ってくれるわけ無いだろ!?」
敵に報酬支払を求めるという命知らずな行為に慌てるライガは放っておき、あくまでも「スターライガの最高責任者」として話を進めていくレガリア。
「(欲しいのはお金じゃないのよ、ライガ。これは金で買えない『信頼の証』を得られるチャンスなのだから……!)」
彼女は望み得る報酬が出ないのならば翻意する構えでいたが……。
「(なるほど……レガリア・シャルラハロートが見据えているのはもっと先の話というわけね)」
レガリアの意図をある程度察したオリヒメは口元に笑みを浮かべ、相手が最も欲しているであろう「報酬」を提示することを決める。
「報酬ね……いいでしょう。『スターライガと月の民を繋ぐホットライン』――これでどうかしら?」
「……!」
待ち望んでいた言葉が出てきたことで思わず息を呑むレガリア。
おそらく、彼女の反応は38万キロ先のオリヒメにも伝わったはずだ。
「我々は地球側のどの国家とも未だ直通回線を通していないし、その必要すら無いと考えています。つまり……貴女たちスターライガが我々と直接対話できる初の地球人になるのよ」
オリヒメが語っている通り、月~地球間には両陣営のトップが直接対話するための通信回線は整えられていない。
これは「月にはウサ耳の付いた人類が住んでいる」とは誰も知らなかったため仕方のないことなのだが、二つの星で戦端が開かれた後も平和的解決が大々的に試みられることは無かった。
ルナサリアン側は未だ惑星統一を果たせていない地球人類を見下し、地球側は奇襲攻撃を受けたことで被害者面を貫いているためである。
一度は「エレブルー首脳会談」というカタチで話し合いの場が設けられたものの、最悪の結末で終わってしまったことは記憶に新しい。
……だからこそ、レガリアは二つの人類が殺し合いの果てに絶滅してしまう未来を避けるため、オリヒメの方から連絡をくれたこのチャンスを絶対に逃したくなかったのだ。
「ありがとう、貴女たち月の民から対等な関係だと認めてもらえて光栄ですわ」
些細な失礼でオリヒメの機嫌を損ねないよう、あえてわざとらしいほど丁寧な対応に終始するレガリア。
これはこれで失礼な気もするが、当のオリヒメは言葉遣いだけでその意図を見抜いていた。
「これからは『対等な関係』なのだから、そこまで気を遣わなくても結構よ。気軽に砕けた感じで話していきましょう」
「そう? 肩肘を張らずに済むのなら助かるわ」
「フフッ、育ちが良い者同士仲良くしないとね」
スピーカー越しの声だけが頼りの超長距離通信にも関わらず、良好な人間関係を育んでみせたオリヒメとレガリア。
だが、これはあくまで表面上だけのビジネスライクな関係に過ぎず、内心では互いに相手のことを最大級の脅威だと感じていた。
片や一国の絶対君主、片や多大なる影響力を持つ貴族の当主。
「(レガリア・シャルラハロート――かつてのヴワル王家の末裔か。腐っても王族である以上、あまり刺激したくはないわね……)」
「(アキヅキ・オリヒメ――月の絶対君主を相手にどう戦えばいい……?)」
この二人の「不可侵条約」が破綻した時、一体何が起こってしまうのだろうか?
密談の終了からちょうど12時間後、約束通りルナサリアン政府から正式な依頼内容が暗号化された状態で送られてきた。
無用な混乱を避けるため、このデータの開封にはライガやレガリアといったごく一部の主要メンバーだけが立ち会っている。
「ふむ……確かに、こんな文書が世間に流出したら収拾がつかなくなるかもな。俺たちはここから更に踏み込んだ調査ができるが、一般人にとってはこれ自体が全情報になるんだ」
オリヒメたちが「エリア51文書」と呼称するデータを見ながら思わず唸るライガ。
彼は同じ地球人たちの行いに少なからずショックを受けていた。
「……悲しいわね。憎しみは人を狂わせ、時として道から踏み外させる」
戦友の心情を察したのか、レガリアは彼の左肩に手を添えながら自分なりの言葉で励ます。
「でもよ……! ルナサリアンが憎いからって、レ〇〇したり人体解剖したりしていいってわけないだろ……!」
「ライガ……」
ライガの悲痛な叫びにレガリアは何と答えればいいのか分からなかった。
「(人類全てがあなたのように高潔であれば良かったのに……でも、イドラデウスは人に『憎悪』という難しい感情を与え給うた。それを乗り越えない限り人類は次のステップに進めない――これが神の遺した試練だというの?)」
【ヴワル王家】
遥か昔、まだオリエント連邦が「ヴワル-オリエント王国(?~1922)」と呼ばれていた頃に国を統治していた一族。
現代で言うヴワル市一帯を支配していたとされる強大な一族であり、22世紀になった今でも「シャルラハロート家」と名を変えながらその影響力を行使している。




