【MOD-48】月の客将
サレナ救出作戦の翌日――。
ライガ、レガリア、ルナールの3人はスカーレット・ワルキューレのブリーフィングルームに集まり、サニーズが提出した報告書に目を通していた。
今回の作戦においてサニーズは困難な役割を完璧に果たしてくれただけでなく、これまでに謎に包まれていた「ルナサリアンが運用しているバイオロイド技術の出どころ」を解明するための情報を入手してきたのである。
「――なるほど、これで確信に変わったな。30年前、俺たちに敗れたライラック博士は何らかの方法で月へ逃げ延び、ルナサリアンに技術提供を行いつつ逆襲の機会を窺っていたんだろう」
「そうね、それならば納得がいくわ。彼女の目的は『前に進むことを忘れた旧い人類を一掃し、選民された新しい人類による新秩序の構築』だったはずよ。そして、ルナサリアンの指導者アキヅキ・オリヒメが掲げる政治思想も非常に近い」
「アキヅキが元々そういう思想だったのか、それともライラック博士と出会ってから変心したのかは判断し難いがな……」
まだコピーされていない報告書を一通り回し読みした後、ライガとレガリアとルナールの3人はそれぞれの私見を述べる。
「とにかく、このまま戦い続けていれば必ずライラックの尻尾を掴めるはずだ。真意を聞き出すのはその時でも遅くないさ。んじゃ……私はこの報告書を清書してデータベースに入れる作業があるから、そろそろ戻るぞ」
「ええ、お願いね。急ぐ必要は無いけどなるべく早く頼むわ――ふぅ、それじゃあ私たちも戻りましょうか」
報告書を回収し退室していくサニーズに手を振りつつ、他の2人にも解散を促すレガリア。
「(さて、ルナサリアンにWUSA、そしてライラック博士。先に対処すべき敵は一体……?)」
彼女はブリーフィングルームの後片付けをしながら「次なる一手」を考えていた。
救出作戦から3日後――。
精密検査で異常無しと診断されたサレナは無事に通常業務へ復帰し、姉のリリーと共にシミュレータ訓練に励んでいた。
1時間×2セットの訓練を終えて艦内食堂に向かおうとした時、彼女らはたまたま同室していたリリカが技術陣と真剣に話し込んでいる姿を見つける。
「あんまり近寄らないほうがよさそうな雰囲気ね……」
「姉さん、リリカさんと殴り合ってレガリアに滅茶苦茶怒られたんでしょ?」
「あ、あれは……ついカッとなって……」
妹からの言及に対して目を逸らし、右頬を掻きながらはぐらかそうとするリリー。
「はぁ……その後ね、リリカさんも姉さんの言い分に一定の理解を示したらしいの。それで、姉さんが槍玉に上げた『オルファン』の信頼性向上を頑張っているのよ。全ては今回みたいな過ちを再び犯さないために……ね」
一方のサレナはため息を吐きながらリリカの懸命な努力を説明する。
まるで、遠回しに「これ以上リリカを責めるのはやめてあげて」と説得しているかのように……。
「……分かってるわよ。私もやらかした後、ライガに個人的に叱られてさ……それで頭を冷やして、ちゃんとリリカさんに謝りに行ったんだから。遺恨が完全に消えたわけじゃないけど、今は問題を乗り越えて前に進んでいるのよ」
「ちょっと意外ね、姉さんが素直に頭を下げるなんて」
リリーは素直なように見えて意外にひねくれている部分があるため、自己弁護すること無くあっさり謝罪したという話にサレナは内心驚く。
厳密に言えば最初は「自分は悪くない。悪いのは先に手を出したリリカだ」と言い訳していたのだが、そのせいでライガにしこたま怒られてしまったらしく、それ以来めっきり大人しくなっていた。
今回の一件を完全に忘れることは無いだろう。
しかし、どこかのタイミングでキッパリと割り切らなければ前に進めないのだ。
リリーにとってはまさに今がその時だった。
「まあ、ニッポンのアニメ会社で働いてた時は社交辞令的によく頭を下げてたしね……」
若かりし頃、単身日本に渡ってアニメ制作に携わっていた時期を思い出す彼女であったが、パンと手を叩くことで思い出に浸る時間を終える。
そして、いつものように屈託の無い笑顔で妹の右手を掴み、艦内食堂へと無理矢理連れて行くのだった。
「それはともかく! 真面目な話をするとお腹が減っちゃってさ……メニューに新しいパスタが追加されたらしいから、品切れになる前に食べに行こうよ!」
「え、ええ……」
だが、その姿を見たサレナは不安を抱いていた。
母さんを討たない限り、姉さんが心の底から笑ってくれることは二度と無いんじゃないか――と。
「――はい、チェックメイト」
「あら? 私としたことが相手の手を読み間違えるとはね」
2人の女性がチェスに興じているこの場所は地球ではない。
蒼い惑星から38万キロ離れた場所にある月――その地表に建てられているアキヅキ家の屋敷の娯楽室だ。
この部屋にはルナサリアンが得意とする伝統的なマインドスポーツ用の道具一式はもちろん、地球の占領地から入手したチェスや将棋といったボードゲームも多数収められている。
「そういえば博士、バイオロイドに管理させていた収容所が攻め落とされたみたいね」
チェスで勝利を収めたウサ耳の女性――アキヅキ・オリヒメが各戦線から送られてきた報告書に目を通しながらこう尋ねると、博士と呼ばれたもう一人の女性――ライラック・ラヴェンツァリは「想定内」といった感じの表情を浮かべる。
「実際に施設を落としたのはカナダ軍だけど、その前にスターライガが奇襲攻撃を仕掛けていたらしいわね。まあ、それは想定の範囲内よ。あの収容所に目ぼしいモノなんて何一つ無い」
オリヒメとライラックは利害一致の協力者であると同時に、共通の志を持つ者として良好な関係を築いている。
人的資源が乏しいルナサリアンを率いるオリヒメはバイオロイド技術に興味を抱き、「地球に関する情報を可能な限り提供すること」を条件にライラックを匿った。
一方、以前から「月には高度な文明を築いている人類がいる」という話を聞いていたライラックは取引条件を呑み、自身が持つ知識とバイオロイド技術を授ける見返りとして客将の地位を手に入れていたのだ。
「ところで博士、話は変わりますが貴女は『エリア51』なる施設をご存知かしら?」
エリア51――オリヒメの口からその言葉が出た瞬間、コーヒーを飲もうとしていたライラックは動きをピタリと止める。
「ええ、地球人の間では非常に有名な所よ。表向きはアメリカ空軍の新兵器試験場とされているけど、裏では地球外生命体に関する研究を行っているとも噂されているわね」
エリア51ことグルーム・レイク空軍基地はアメリカのネバダ州にある広大な軍事施設で、旧世紀の頃から「墜落したUFOやそれに乗っていた宇宙人を研究している」という都市伝説で有名な場所だ。
軍事機密が解かれた際の取材では「UFOや宇宙人は無かった」と結論付けられたものの、それから120年経っているにも関わらず基地の全貌は未だ謎に包まれている。
おそらく、今日も今日とて都市伝説の真偽を確かめるべく物好きなUFOマニアが集まり、厳戒態勢を敷いている基地の警備兵から警告射撃を受けていることだろう。
「……エリア51に何か用でもあるの? 軍事機密をクラッキングで盗み出すぐらいなら造作も無いことだけど」
ブラックコーヒーを飲み干したライラックがそう尋ねると、オリヒメは首を横に振りながら次のように答えるのであった。
「盗み出したいのは軍事機密じゃなくて、そこに捕らえられている同胞たちよ」
ルナサリアンが各戦線で投降した地球人たちを捕虜しているように、地球人のほうも運悪く投降せざるを得なくなったルナサリアンの兵士を捕らえ、各国が徴用した刑務所へと収容していた。
捕虜に対する扱いは収容所によって差が大きく、例えばある国は国際法に則った処遇を律儀に守っている一方、別の国では私怨による捕虜虐待が日常的に行われているという。
とはいえ、捕虜収容所に放り込まれるのであれば「多少は」マシだ。
一部の不運な兵士は研究施設に移送され、そこで非人道的な人体実験に供されているという噂がまことしやかに囁かれている。
アメリカ軍において特に秘匿性が高いエリア51もまた、そういった悪い噂が絶えない場所の一つである。
「確かに、エリア51に勤務するようなマッドサイエンティストどもなら、ヒューマノイド型異星人の解剖ぐらいは平気でやりかねないわね」
想像するだけでも身の毛がよだつようなことを真顔で言ってのけた後、一番気になっている「情報の正確性」について確認するライラック。
「で、その情報は信頼できるソースから得たものなの?」
「ええ、これを見ていただいたほうが早いわ」
オリヒメは質問へ答える代わりに個人用のタブレット端末を取り出し、先日入手したばかりの報告書をライラックに見せる。
「ふむ……はぁ、控えめに言ってもクズの所業ね。さすがに私でもここまではしないわよ」
あのライラックが思わず顔をしかめ、不快感を露わにするほどの報告書――。
そこにはエリア51で今もなお行われているであろう、ルナサリアンに対する人体実験や捕虜虐待の一例が鮮明に記されていた。
「これは我々と内通している研究員が寄越してくれた報告書です。この文書があれば我々は自分たちの軍事行動を正当化することができる」
確かに、この報告書――「エリア51文書」とでも呼ぶべきデジタルデータを流出させれば、地球人の間に内部対立を引き起こすことができるかもしれない。
アメリカ軍の中にも穏健派は存在するだろうし、オリエント連邦など反米的な国々はまず黙っていないと思われる。
ここであわよくば仲間割れに発展してくれたら最高だ。
地球側において一二を争う国力を有するアメリカを弱体化させることは、地球の6分の1の国力しか持たないルナサリアンが戦争で勝つための最低条件なのである。
「なるほど……これを公開すれば国民の反地球感情は最高潮に達し、兵士たちも不俱戴天の敵を相手に獅子奮迅の戦いをしてくれる。捕らえられている同胞の救出にも成功すれば、英断を下したあなたの評価も上がって独裁体制を確固たるものにできる――というわけね」
報告書に一通り目を通したライラックからの指摘に対し、静かに数回頷くことで肯定の意を示すオリヒメ。
「あなたの目的は分かったわ。それで……この危険な作戦を誰にやらせるのかしら? 生半可な戦力で対応できる場所じゃないし、かと言って精鋭部隊を投入するにはリスクが高すぎる。アメリカにとっても重要な軍事施設である以上、防衛網はあなたが思っているよりも遥かに手強いわよ」
「そうね、博士の仰る通りよ。人を人とも思わないような連中の根城に貴重な兵たちを投入するのは避けたい。だけど、自国民の兵士でなければ遠慮なく危険な場所へ向かわせることができる」
「! なるほどね……ならば、丁度いい連中がいるじゃない」
オリヒメの意図を見抜いたライラックは不敵な笑みを浮かべ、「丁度いい連中」とコンタクトを取ることを提案するのだった。
救出作戦から5日後――。
スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレに対し奇妙な暗号通信が届く。
送信者名は記載されておらず、本文には「21320505-1600-32.6Ghz」という数列だけが記されていた。
「(そういえば、30年前にも似たようなことがあったな……)」
その報告を受けたライガはすぐにブリッジへ上がり、同じようなデジャヴを抱いていたレガリアと共に指定時間を待つ。
そして……ブリッジ内のデジタル時計が16時ちょうどに切り替わった瞬間、スピーカーが自動起動し綺麗な女性の声が流れてくるのであった。
「あーあー、私の声が聞こえているかしら? まあ、聞こえてなくても一方的に用件を言い伝えるのだけれど」




