【MOD-47】氷点下の檻(後編)
「(ビンゴ! ええっと、サレナが捕らえられているのは……1階の仮眠室?)」
囚われの姫君の居場所を突き止めたサニーズは携帯情報端末で見取り図を確認し、1階の仮眠室の位置をマーキングする。
中央管理室から仮眠室までは数十メートルも離れておらず、運が良ければ一度も会敵すること無く辿りつけそうだ。
しかし……捕虜に職員用の仮眠室を与えるのは、どう考えても変な話ではないだろうか?
国際法では「戦争捕虜は人道的な扱いを受けなければならない」と定義されているとはいえ、「快適な生活環境を提供しろ」とは書かれていない。
そして何より、異星人であるルナサリアンが地球のルールに従うとは考えづらいのだ。
「(バイオロイドだらけの人員配置に、牢屋よりも良い部屋に入れられているサレナ――これは生きて帰ったら必ず報告するべきだな)」
携帯情報端末をボディアーマーのポケットに収めると、サニーズは腰ベルトにぶら下げているハンドグレネードを手に取り、安全ピンを引き抜いてそのままコントロールパネルの近くへ転がすように投擲する。
彼女が急いで部屋から退避した直後、中央管理室はハンドグレネードの爆発で木端微塵になるのであった。
中央管理室の破壊に成功したサニーズは同じフロアにある仮眠室を目指すが、目的地まで残り十数メートル――仮眠室が見えたところで彼女は通路の角に身を隠す。
仮眠室の入り口に2人の警備兵が立っており、アリ一匹通さないほどの警戒態勢を整えていたからだ。
このまま馬鹿正直に突撃しても返り討ちに遭う可能性が高いため、何らかの方法で退かすか無力化させなければならない。
「(奴らはあそこから動く気は無さそうだ。中央管理室の爆発を確認しに行かないのを見る限り、仮眠室を死守しろと命じられているらしいな)」
まだ余っているハンドグレネードに手を掛けるサニーズであったが、ここで使ったら仮眠室ごと吹き飛ばしかねないと判断し、「爆弾男戦法」による強行突破は諦める。
一番現実的な方法は……奇襲攻撃からの各個撃破だろう。
「(念のために持って来たスタングレネードがここで役立つとはな……!)」
強烈な爆音と閃光を放つ非致死性兵器であるスタングレネードは、元々はサレナを盾にされた場合に敵だけを無力化するために使うことを想定した物だ。
サニーズはこれを投げつけることで警備兵たちを混乱させ、その間に素早い白兵戦で仕留める作戦を思い描いていた。
「……」
「……」
仮眠室の入り口に立っている2人の警備兵は一言も発さず、アサルトライフルを構えたまま直立不動の姿勢で担当場所を守り続けている。
「……!?」
警備兵の片割れが通路の角から投げ込まれた黒い物体――スタングレネードに気付いた次の瞬間、彼女の視界は真っ白な閃光で塗り潰されてしまう。
「て、敵襲!」
「よく聞こえない! 視覚及び聴覚に異常発生!」
いくら高い戦闘能力を持つバイオロイドと言えど、近距離でスタングレネードを食らったらさすがにひとたまりもない。
彼女らが混乱している間にサニーズは通路の角から飛び出し、躊躇すること無くショットガンのトリガーを引く。
「(まずは一つ!)」
この距離での散弾は直撃させればほぼ即死であるため、サニーズは死亡確認よりも先に残りの敵を始末することを優先する。
「くッ!」
「……!」
照準を定め直したサニーズと視力を取り戻した警備兵が得物のトリガーを引いたのは、奇しくも全く同じタイミングであった。
「いてッ!」
ショットガンを発砲した直後、強い衝撃を頭に受けて思わず声が出てしまうサニーズ。
警備兵のアサルトライフルから放たれた弾丸が戦闘用ヘルメットに直撃していたのである。
ヘルメットが無かったらヘッドショットで即死だったかもしれない。
一方、ボディアーマー無しの状態で散弾を食らった警備兵は既に虫の息となっていた。
「(危なかった……! 今回はヘルメット様様だな)」
致命的な一撃から守ってくれたヘルメットに感謝しつつ、サニーズは仮眠室の扉を開けるためドアノブに右手を掛ける。
だが、鍵が掛けられているのかドアノブをいくら下げても扉は開かなかった。
「(脱走を防ぐため、内部からは開けられないよう細工されているはずだ。だとすれば、警備兵どもが鍵を持っているかもしれないな)」
屋内用の扉であればショットガンで容易に破壊できるが、弾の無駄撃ちを避けたいサニーズは素直に鍵で開けることを決める。
彼女は瀕死状態の警備兵のもとへ歩み寄り、片膝を付きながら仮眠室の鍵の在処を引き出そうと試みるのだった。
「貴様、仮眠室の鍵がどこにあるか……知っているな?」
「……」
「あ、別に教えてくれる必要は無いぞ。元医学生として言わせてもらえば、貴様はもうそろそろ死ぬ。呼吸をすることさえ苦しいのは見れば分かる」
結局、直接聞き出すのは不可能だと判断したサニーズは、警備兵の衣服のポケットを手探りでチェックしながら「それらしき物」を持っていないか調べていく。
「ん? この辺りに何か入っているな……」
ズボンの左ポケットから金属音が聞こえたことで手応えを掴み、右手を突っ込んで中身を抜き取ろうとするサニーズ。
ジャラジャラという金属音の正体は……電子ロックが主流の今となっては珍しい鍵束であった。
どうやら、仮眠室などセキュリティがそこまで要求されない場所については、原始的な機械式錠前で済ませているらしい。
「(この中のどれかが仮眠室の鍵だといいんだが……)」
どれがどこの鍵なのか――そもそも、この中に目的の鍵があるのか全く分からない以上、サニーズは総当たり攻撃で正解を引き当てなければならなかった。
16本の鍵がぶら下げられている鍵束を手に仮眠室の前へ立ち、周囲の様子を窺いながらとにかく鍵を鍵穴へ突っ込んでいくサニーズ。
「(違う、違う……これも違う)」
1本目と2本目はサイズ自体が合っておらず、3本目は鍵穴には入ったが内部で引っ掛かって回せない。
その後も「当たり」が出ることは無く、とうとう試していない鍵は最後の1本だけとなってしまった。
「(頼むぞ……こいつが正解であってくれ)」
サニーズは16本目の鍵に願いを託し、ゆっくりと鍵穴へ差し込む。
これまでの鍵よりも入り方は極めてスムーズだ。
手応えは悪くない。
「……!」
彼女が鍵を右へ回した次の瞬間、ガチャリという音と共にようやく仮眠室の扉が解錠される。
今後使い道があるかもしれない鍵束をポケットに収め、サニーズはショットガンを構えながら室内へ突入する。
「サレナ! 無事なら答えてくれッ!」
シンプルな二段ベッドがいくつも並べられている仮眠室。
「さ、サニーズなの……!?」
探し求めていた「シンデレラ」は一番奥のベッドに座っていた。
「さっさと脱出するぞ――と言いたいところだが、念のために最低限のメディカルチェックだけはさせてくれ」
ここからの逃走劇ではサレナにも協力してもらう必要がある。
そのため、彼女が激しい運動に堪えられるか否かをサニーズは確かめることにしたのだ。
一応、脱出ルートは「拷問などによる衰弱が見られる」という前提で考えてきたが、サレナの健康状態次第では再考を求められるかもしれない。
「ふむ……顔色は悪くないし、体格も最後に会った時と同じだ。拷問を受けた痕跡も無い――何だよ、心配するだけ損だったな」
元医学生にして看護師資格を持つサニーズによるメディカルチェックの結果、サレナの健康状態は全く問題無いと判断された。
もちろん、精神面では少し苦痛を感じていたかもしれないが、身体面に関しては健康そのものであると断言できる。
「それにしても……捕虜とは思えないぐらい良い待遇だな」
「ええ、私も驚いたわ。食事と寝る場所はかなりしっかりしているし、連れてこられた直後にはシャワールームまで使わせてくれたのよ」
「……とにかく、貴様が無事でよかった。さあ、さっさとこの収容所から脱出するぞ。外でリリーたちが待っている」
予備のハンドガンをサレナに手渡すと、サニーズは携帯情報端末を使いながら脱出ルートの説明を始めるのだった。
仮眠室を後にしたサニーズとサレナは、警備兵との遭遇に最大限の注意を払いつつ屋上を目指す。
「ッ! 敵を発見! 射殺す――!?」
その道中で仲間の死体を調査していた警備兵と度々戦闘になったが、サニーズの素早い先制攻撃のおかげで事無きを得ていた。
彼女は仮眠室前で射殺した警備兵からアサルトライフルを奪っており、歩兵としての火力を高めていたのである。
「こちらコンチェルト、『シンデレラ』の身柄確保に成功した。これより屋上へ向かうから外部の安全確保を頼む」
屋外にいる味方との通信を終えると、サニーズは非常階段に入ったところで銃器のリロードのために一息入れる。
「サレナ、一つ尋ねたいことがあるんだが……」
「どうしたの?」
「ここの職員がバイオロイドばかりであることをどう思う?」
しばしの沈黙の後、小さなタメ息を吐きながらサレナは率直に答えた。
「……30年前、姉さんとライガは母さん――ライラック・ラヴェンツァリを惜しいところで取り逃がした。その代償を今になって支払わされてるのかもしれないわ」
何かしらの方法で月へ逃げ延びたライラックが見返りにバイオロイド関連の技術を提供し、地球人でありながら「地球の裏切り者」として再び暗躍している――。
この時のサレナ自身は知る由も無かったが、結論から言うと彼女の推測は極めて正解に近かったのだ。
突入時に下ってきた非常階段を再び駆け上がり、仲間たちが待っている屋上を目指すサニーズとサレナ。
警備兵たちは見当違いの場所へ集まっているのか、突入時と異なり防火扉の向こうから敵の気配を感じることは無かった。
「所要時間は42分17秒か……まあ、想定の範囲内と言ったところだな」
屋上へ飛び出す前にサニーズは倒れている鉄の扉のところで立ち止まり、外の様子を窺いつつ安全か否かを確かめる。
彼女の愛機シルフシュヴァリエには真っ白な雪が積もっているが、着陸地点からは1ミリも動いていなかった。
「コンチェルトよりストラディヴァリウス、現在私はシルフシュヴァリエを目視できる場所にいる。機体まで一気に突っ走れるタイミングをそちらから知らせてくれないか?」
いくらボディアーマーを着込んでいるとはいえ、MFから攻撃を受けたら生身の人間ではさすがに耐えられない。
そのため、サニーズは外で戦っている仲間たちに状況確認を手伝わせ、一時的に指揮権を預けているルナールにタイミングを図らせることにしたのだ。
サニーズとサレナは目視できる範囲の敵しか分からないが、MFに乗っている面々は上空から見下ろすことでより広大な視認範囲を得ることができる。
「こちらストラディヴァリウス、敵機はO.D.A.Fの若い連中が足止めしてくれている。シルフシュヴァリエに乗り込むなら今のうちだ!」
ルナールからの報告を受けたサニーズはサレナの色白な右手を掴みつつ、もう片方の手で白と青緑のMFを指差すのであった。
「もう一息だぞ。私の機体に乗り込んだらここからおさらばだ」
さて、言うまでも無いが風圧と冷気に晒され続けたら人間は凍え死んでしまう。
ルナサリアン用の軍服を着ているサレナの寒さ対策は万全とは言い難い。
「ちゃんと毛布にくるまって凍死しないようにしとけよ」
「ええ、分かってるけど……もごもご……」
「ん? 何を言っているのか聞き取れんぞ?」
サニーズが話し掛けている相手は巻き寿司の宇宙人――ではなく、毛布を簀巻きのように着込むことで即席の防寒着としているサレナだ。
こんなこともあろうかとサニーズは仮眠室で毛布を1枚拝借し、手持ち無沙汰のサレナに運ばせていたのである。
「スターライガよりゲイル1へ、何とか『シンデレラ』の確保に成功した。制空権は……フッ、取れているようだな」
後輩たちの働きぶりに感心した彼女は不敵な笑みを浮かべると、簀巻き状態のサレナをマニピュレータで優しく掴みながら灰色の空へ飛び立った。
「スターライガ各機、私の機体を中心とした輪形陣を取れ! お姫様をお城に帰すまでが作戦だ!」
無事に垂直離陸できた後は仲間たちを全員集結させ、自らを中心とする輪形陣へ移行しつつ針路を母艦スカーレット・ワルキューレが待つ南東方向に向ける。
サレナをマニピュレータに乗せているシルフシュヴァリエは速度を出すことができず、万が一敵に狙われても独力での対処が難しいからだ。
「(ちょっと乗り物酔いするかもしれんが、我慢してくれよサレナ)」
ハッキリ言って非常にもどかしいが、これ以上の安全策は他に思い浮かばなかった。
「……クソッ、増援を出してきたか」
「今更になって?」
「ああ、方位1-7-4から飛来する複数のアンノウンを捕捉した。おそらく、捕虜収容所襲撃の一報を聞きつけた連中に違いない」
その時、HIS上のレーダーディスプレイを確認したサニーズが忌々しげに呟く。
南南東の方角に敵増援らしき所属不明機の存在を認めたからだ。
もっとも、リリーが指摘しているように奴らの登場はあまりに遅すぎた。
「主役は遅れてやって来る」とはよく言うが、これはさすがに手遅れだろう。
なぜならば、目的を果たしたスターライガは既に逃げ切り体勢に入っていたのである。
「ゲイル隊、私たちが安全圏へ到達するまでの時間稼ぎを頼む! お前たちの実力なら造作も無いだろう?」
戦闘空域からの離脱をより確実なモノとするべく、遠方で戦っているゲイル隊にダメ押しの時間稼ぎを頼むサニーズ。
「分かりました。そちらの離脱を確認次第、我々も戦線より後退します」
当然、尊敬する大先輩からの要請にセシルは快く応じてくれる。
育ちの良さを感じさせる生真面目な返答がとても頼もしい。
「良い返事だ……それじゃ、次は戦場以外で会いたいものだな!」
未来を担う若い力が育っていることに期待感を抱きつつ、サニーズは慎重に機体を加速させながら安全圏を目指すのであった。
「(随分とイキのいい若者が育ってきてるな。もしかしたら、私も後進に道を譲る時が迫っているのかもしれん……)」
戦後、とあるドキュメンタリー番組の取材でサニーズはこう述懐している。
私が引退を真剣に考え始めたのは、北アメリカ大陸の戦いでO.D.A.Fの若い連中の働きぶりを見たからだ――と。
【シンデレラ】
オリエント圏ではなぜかシンデレラが「囚われのお姫様」の代名詞として扱われている。
一説にはラプンツェルと混同されているとも云われている。
なお、シンデレラもラプンツェルもヨーロッパから伝来してきた童話であり、オリエント圏には類似する昔話は存在しない。




