【BOG-12】雷鳴(前編)
MFを甲板上へ上げるためのエレベータが稼働すると、格納庫内へ強い雨風が入り込んでくる。
「各機、発艦する時は強風に煽られないよう気を付けろ。構造物を壊したり海に落ちたりしないようにな」
愛機オーディールMの最終チェックを行いつつ、セシルは部下たちへ注意を促す。
MFがよろめくほどの風速になるとカタパルトが破損する可能性もあるため、今回は垂直離陸で発艦することになった。
一定高度まではノーマル形態で一気に上昇、そこからファイター形態に変形して敵艦隊へと肉薄する作戦だ。
地球の暴風雨に慣れていないルナサリアン巡航艦隊は偵察機を発艦させない―セシルはそう読んでいた。
「今回の装備は対地対艦兵装にしている。普段よりも目に見えて機体が重くなるから、それを念頭に置いて操縦するように」
対サキモリ戦は起きないと判断し、セシルは自機含む全ての機体に対地対艦兵装を装備させている。
本来MFは戦艦や空母と真っ向勝負できる兵器ではないが、対艦ミサイルなどを満載すれば中破ぐらいは狙えるはずだ。
極端な話、沈められなくても敵艦隊の周囲を飛び回る「ハエ」に徹すればいい。
「昨日マグノリアが合流時に搬入してくれたアップデートパーツだが、時間が無くて機体には組み込めなかった。その代わり新装備は用意できたぞ。まあ……作業を再開できるよう無事に帰ってこい」
昼間から働きづめだったにもかかわらず、ミキをはじめとするメカニックたちはオーディールを最高の状態へ仕上げてくれた。
この恩に報いるためにはゲイル隊も最高の仕事で応えなければならない。
「当然だ、志半ばで止まるわけにはいかないのでな。ゲイル1、出るぞ!」
遠くで見守るミキへハンドサインを送ると、セシルはスロットルペダルを踏み込み勢い良く機体を飛び立たせる。
「……ゲイル3、出撃する!」
もう片方のエレベータからはアヤネルのオーディールが発艦していく。
「ゲイル2、出撃します!」
そして、セシル機の発艦を待っていたスレイもエレベータへ機体を移動させ、隊長たちを追い掛けるように嵐の夜へ向かう。
「(お前たちがどれだけ戦果を挙げようと、私には関係無い。だが、飛跡の果てに何が見えるのかは教えてほしいな)」
メカニックたちにオーディール用の予備武装を準備させながら、ミキは心の中でそう呟くのだった。
ゲイル隊が発艦した時点で第17高機動水雷戦隊とルナサリアン巡航艦隊は砲撃戦に突入していた。
「9時方向より砲撃複数来ます!」
「バリアフィールドを展開しつつ左舷トーピードを斉射! ファイアッ!」
メルトの号令に合わせてアドミラル・エイトケンの船体左舷から大量のロケット弾が水平発射され、同時に対レーザー用バリアフィールド―正式名称「プリズムフィールド」を展開することで敵艦隊からの砲撃を打ち消してみせる。
トーピード―日本語でいう「魚雷」はミサイルの発達により姿を消す兵器のはずだったが、オリエント国防海軍は「誘導装置が不要なため安価」「電子攻撃の影響を受けづらい」といった古典的ゆえの長所に着目。
ミサイルや主砲の穴を埋める「短射程特化の無誘導対艦兵装」として巡洋艦以下の艦艇に装備しており、日米との合同演習や幾つかの実戦でその可能性を証明してきた。
ミサイル巡洋艦に分類されるアドミラル・エイトケンには本来装備されない予定だったが、軽巡洋艦の船体を流用した関係でそのまま残されている。
だが、そのおかげで同艦は「超長射程からのミサイル攻撃」と「トーピードによる接近戦」を両立できる、世界的に見ても稀な特徴を手に入れたのだ。
彼女にとって更に幸運だったのは艦長のメルトが雷撃戦を得意とする、「水雷戦隊の申し子」とでも呼ぶべき人材ということだろう。
「艦隊前進! インファイトで仕留める!」
放たれたトーピードは敵駆逐艦の砲塔や対空光線砲といった構造物を容赦なく破壊し、金属製の甲板をめくり上がらせる。
続いて第17高機動水雷戦隊所属の駆逐艦「ランボルト」「ヒュルケンベルグ」による追撃が襲い掛かり、集中砲火を受けた敵駆逐艦は横倒しの姿勢で嵐の海へ叩き付けられた。
「艦長、空母アカツキのサビーヌ艦長より入電です。『殿は貴艦隊に任せる。地の利があるとはいえ深追いしないように』とのことです」
オペレーターの報告を聞きながらメルトはブラックコーヒーを飲み、戦場特有の高揚感を落ち着かせる。
狂気と憎しみに呑み込まれないこと―戦争を生き残るうえでは重要な掟だ。
「中将がそう仰るなら仕方ないわ……おそらく、敵艦隊は何か『大切なモノ』を庇いながら戦っているみたいね。戦域から離れようとしている数隻の駆逐艦が怪しいと思う」
CICのメインスクリーンに表示されているレーダー画面を見ながら呟くメルト。
中央に集まっている光点は混戦状態に陥っている敵味方の艦だが、そこから少し離れたところにも数隻ほど敵艦が存在している。
彼女は自分たちから逃げるように動く敵が先ほどから気になって仕方ないため、艦長席から立ち上がり一人の火器管制官のもとへ歩み寄る。
「……イライザ少尉、ソノブイを射出できる?」
「射出はできますが……海上が騒がしいとあまり機能しないかもしれません」
イライザは対潜戦闘のスペシャリストであり、この艦においてソナーや対潜兵装を最も上手く扱える人物だ。
だが、そんな彼女の忠告などお構いなしにメルトは自らの予測を述べる。
「違う違う、ここじゃ使わないわよ。私たちから離れたところにいる駆逐隊……アイツらのど真ん中にソノブイ弾を撃ち込みなさい」
「艦長は敵に潜水艦が混じっているとお考えですか?」
怪訝そうな表情を浮かべながらも主砲担当へソノブイ弾の装填を頼むイライザ。
「さっき敵の通信を少しだけ傍受できたんだけど、その中で『姿を見られるわけにはいかない』的な会話があってね。多分、見られちゃイケナイ奴の正体は潜水艦だと思うの」
「……ソノブイ弾の装填完了しました。艦長の指示でいつでも射出できます」
自らの担当業務を終えたイライザは他の火器管制官のバックアップに戻り、それを見たメルトも艦長席へ腰を下ろす。
ソノブイ弾を装填している限り艦尾部分の2番砲塔が使用できないため、射出までは随伴艦に死角のカバーをしてもらうことになる。
「ジェスターよりエイトケンへ、2番砲塔の不調ですか? よろしければ我が艦がフォローに……」
トラブルだと勘違いした第6駆逐隊所属の駆逐艦「ジェスター」が親切にもカバーを申し出てくれたが、射出タイミングを探っているメルトは丁寧に断る。
「大丈夫、これは戦術の一環だから。各艦、対潜警戒も厳とするように」
敵味方の砲雷撃が収まる―その瞬間を待っていたかのようにメルトの号令が飛んだ。
「2番砲塔、シュートッ!」
砲火の間隙を縫うように2発のソノブイ弾が射出され、荒れ狂う嵐の海へ着水すると水中聴音システムを作動させるのだった。
一方、ゲイル隊は素早い身のこなしで対空砲火を掻い潜り、三位一体のコンビネーションによって敵艦の武装を次々と破壊している。
MF自体の対艦攻撃力の低さから撃沈は記録できていないものの、ハエのように飛び回るオーディールはルナサリアン巡航艦隊を苛立たせるのに十分であった。
「ッ!? 強風に煽られる!」
風に機体を揺さぶられながらもスレイは無反動砲の一撃を命中させ、敵艦の対空兵器を潰していく。
「カタパルトに機体が……? ならば、上がられる前に撃ち砕くまで!」
敵巡洋艦の後部に機影を認めたアヤネルは新たに支給された対物ライフル「K-MAG20 サンダーストリーク」を構え、横風の影響を考慮しつつ狙いを定めた。
「ゲイル3、ファイアッ!」
機体側の火器管制システムが示したタイミングよりも少し遅めに、彼女は操縦桿のトリガーを引く。
放たれた大口径弾はツクヨミをカタパルト諸共「撃ち砕いた」だけでなく、被弾した敵艦の後方から爆炎を上げさせる。
「やっぱ私は、ミサイルよりもライフルだね。もう一発撃ち込んでやるか……!」
「ゲイル3、後方に敵機! スコープばかりを覗くな!」
セシルの警告に反応したアヤネルはすぐさま機体を180度反転させる。
その視線の先には光刃刀を構えて迫り来るツクヨミの姿があった。
両手持ちの対物ライフルからビームソードへ持ち替える猶予は無い。
「その程度!」
幸い、対物ライフルの銃身は光刃刀の間合いよりも物理的に長いため、銃口が敵機へ狙いを定めるほうが早かった。
「吹き飛びやがれ、ルナサリアンッ!」
次の瞬間、ツクヨミの腹部に押し当てられた対物ライフルが火を噴く。
戦艦の装甲すら貫く武器の零距離射撃を受け、ツクヨミは胸部より上だけを残し大荒れの海へ転落していった。
「おいおい、あまり乱暴に扱うとメカニックに叱られるぞ」
隊長の指摘通り、想定外の使い方をされた対物ライフルは銃口が大きく損傷している。
これではもう使い物にならないだろう。
とはいえ、大きな負荷と引き換えに機体性能を限界以上に引き出すタイプのセシルも人の事は言えない。
「『G-FREE』で機体を振り回す人よりはマシでしょう?」
「……武器は使い捨てとでも言うか。まあいい、時にはそういう考え方も必要だな」
部下からの皮肉を軽く受け流し、彼女のオーディールはすぐ近くを航行していた敵艦隊旗艦「ヒコヤイ」へ襲い掛かるのだった。
ここはルナサリアン巡洋艦「ヒコヤイ」の戦闘指揮所。
艦長席に座るモチヅキは険しい表情でメインスクリーンと睨めっこしていた。
通信士たちの被害報告が彼女をどんどん追い込み、レーダー画面から僚艦を示す光点が次々と消えていく。
「(短時間でここまで追い詰められるとは……どうやら、我々はバケモノ艦隊と戦っているらしい)」
「は、速い!? 上空から敵機が急接近―きゃあッ!?」
脳内で頭を抱えていた時、爆発のような衝撃が戦闘指揮所を強く揺らす。
「くっ……! 被弾した!? 大丈夫なら状況報告急げ!」
肘掛けにしがみ付きながら通信士へ叫ぶモチヅキ。
「1番2番砲塔をやられました! 艦首部分に大きな損害を受けています!」
「応急処置急げ! 応戦よりも被害を抑えるのを優先しろ!」
「艦長! 先ほどの敵機が甲板上で攻撃を続けています!」
外の様子を映していたメインスクリーンの一つが艦首甲板上の映像へと切り替わる。
それを見たモチヅキは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
遠赤外線映像ゆえカラーリングは分からなかったが、形状を見れば機種は一目瞭然である。
「こ、こいつは……エイシたちの噂になっている『オーディール』か!?」
「機体照合―間違いありません、『RM5-25M オーディールM』です!」
モチヅキは思わず立ち上がり、通信機でサキモリ運用を担う航空班へ出撃命令を下すのだった。
「航空班、ツクヨミを全機発艦させろ! 野蛮人の機体をこの艦から叩き出せ!」
急降下からの対艦ミサイル攻撃で2基の砲塔を潰したセシル。
彼女は雨に濡れたヒコヤイの甲板上へ降り立つと、新たに支給された両手持ち大型実体剣「ギガント・ソード」を背部ハードポイントから抜刀する。
そして、力強く構えると艦橋の根元部分にフルパワーで叩き付け始めた。
ギガント・ソードは大質量を以って対象を「叩き斬る」ことを目的としているため、見てくれは悪いがこの使い方で正しい。
一応、艦内から出てきた乗組員たちが短機関銃で応戦してくるものの、対人兵器如きがMFのリモネシウム・コバヤシウム合金製装甲を貫くことなど不可能である。
仮に外部へ露出するドライバーに命中したとしても、頑丈なヘルメットとコンバットスーツが銃弾から守ってくれるだろうし、そもそもコックピットブロックには防弾性に優れた内張りが施されている。
セシルは生身の人間を無視し、一心不乱に艦橋の内部までダメージを与えようとしていた。
「(やはり5m程度の刀身では届かんか……!)」
10回以上斬り付けたところで彼女は非現実的と判断し、艦橋の破壊を諦める。
「……艦上での斬り合いか。面白い、気分は女海賊だな」
もっとも、諦めた最大の理由は光刃刀を携えたツクヨミ指揮官仕様とその僚機の出現であった。
MF用武装としては最大級のギガント・ソードを構え直し、操縦桿を握る手に力を込めながらセシルは隊長機のコックピットに座るエイシを真っ直ぐ睨みつける。
―決闘の合図を夜空に奔る稲光が告げた。
ソノブイ弾
全領域艦にも当然ソナーは装備されているが、搭載箇所が水面に接していないと使用することができない。
そのため、空中から対潜哨戒を行う際はソノブイにフェアリングを被せた物を射出する。
ソノブイ自体は対潜哨戒機と共通の装備であり、基本的には使い捨て前提とされている。
対空光線砲
地球側で言う「対空パルスレーザー砲」に相当する兵装。
技術的にも性能的にもほとんど同じとされる。
ギガント・ソードとバスタードソード
似たような特徴を持つ武器だが、前者は「両手持ち前提の大型実体剣」、後者は「両手持ち・片手持ち両方に対応した汎用大型刀剣類」と定義されている。