【MOD-46】氷点下の檻(中編)
サニーズたちの眼前にある捕虜収容所から敵機が上がってくる様子は無い。
奇襲攻撃を想定した徹底的な隠密行動が功を奏しているらしい。
「サニーズ、どこから突入すればいいのか分かっているのか?」
「ええ、施設屋上に機体を強行着陸させた後、フロアを下っていきながら『シンデレラ』を探すつもりです」
「ほう、まるでハリウッド映画みたいに豪快な作戦だな」
ルナールに対し作戦内容の大まかな説明を行いつつ、愛機シルフシュヴァリエの右手で降下予定ポイントとなる捕虜収容所屋上を指し示すサニーズ。
MFは兵装を装備した状態でも比較的軽いため、屋上を踏み抜いてしまう可能性は低い。
「あの辺りに機体を置いて脱出時も使う予定だが、場合によっては別の脱出ルートを探す必要があるかもしれん。みんなは迎撃に上がってくる敵機を押さえ込みつつ、可能であれば私のシルフシュヴァリエを守ってほしい」
降下予定ポイントに機体を着陸させる直前、サニーズは最後に「一番大切な命令」を仲間たちへ伝えておくのであった。
「もし、1時間経っても私が帰って来なかったら……その時はおそらく作戦失敗だ。ルナールさん、後は頼みます」
ごく少量の貨物を搭載可能な「フレイターポッド」から白兵戦用のボディアーマー及び戦闘用ヘルメットを取り出し、おぼつかない手つきで着用していくサニーズ。
サバイバル訓練の一環として白兵戦の訓練自体は行っているし、狩猟免許を持っているので射撃経験はそれなりにあるとはいえ、いざ実戦となると少なからず緊張してしまう。
「おっと!」
そのせいでショットガンに取り付ける弾倉を落としてしまい、彼女は慌てて拾い直していた。
「ボディアーマー、ヘルメット、武器――オールグリーン! よし……行くか!」
自らを奮い立たせるようにショットガンの安全装置を解除し、サニーズは屋内へと繋がる鉄製の扉に向かう。
とりあえずドアノブを引っ張ってみるが、当然ながら鍵が掛かっているので開くことは無い。
「(ドアを撃ち破る時は蝶番を壊せばいいはずだ。しっかり近付けて……っと)」
鉄の扉を人力で蹴り抜くことは不可能なので、2箇所ある蝶番を破壊して扉自体をどうにかする作戦に打って出る。
まずは上の蝶番に一発。
そして、続けざまにもう一発を下の蝶番へと撃ち込む。
散弾が通用するか不安だったが、どうやらその心配は必要無さそうだ。
固定部品を失った鉄の扉は今にも倒れそうになっていた。
「ぬんッ!」
サニーズはグラグラと揺れている扉へ体当たりをぶちかまし、力ずくで道を抉じ開ける。
その先に広がっているのは真っ暗闇な非常階段。
彼女はいつでも発砲できるようにショットガンを構え、闇討ちに気を付けながら暗闇の中を突き進んでいく。
「(プレハブ工法で急いで作られた収容所だな……)」
ショットガンの銃身に取り付けられているフラッシュライトを照らしてみると、鉄筋が丸見えで未完成の部分が残されていることが分かる。
この捕虜収容所は4階建ての鉄筋コンクリート製であり、1フロアにつき約200人の収容能力があるという。
全フロアが満室になっているかは定かではないが、どこかにサレナが捕らえられているはずだ。
警備兵との会敵に備えつつ慎重に非常階段を降りていくサニーズ。
「(まずは4階か。ここで見つけることができれば本当にラッキーだが……!)」
非常階段と通路を隔てる防火扉を少しだけ開けた次の瞬間、彼女は待ち伏せしていた警備兵からの銃撃に晒されてしまうのだった。
「(クソッ、もう待ち伏せされていたのか!?)」
幸運にも防火扉が遮蔽物となってくれたおかげで、奇襲攻撃による被弾を免れることができたサニーズ。
だが、このままでは4階の探索を行えない。
しかも、今回の接触で敵に居場所がバレてしまったため、増援を呼ばれて挟み撃ちにされる可能性も考慮する必要がある。
この場に留まって銃撃戦を続けるのは危険だ。
「(仕方ない、このフロアの探索は後回しにしよう。まずは警備兵どもの動きを鈍らせる必要があるか……)」
携帯情報端末で捕虜収容所の見取り図を確認しながらサニーズは考える。
味方は全て外で戦っているため、施設内では単独行動をしなければならない。
一方、それなりの規模を持つ収容所であることを考慮すると、武装している警備兵の人数は少なく見積もっても50人ほどだろう。
それら全員を相手取ることは体力的にも装備的にも不可能だ。
「(保守的に行っても道は拓けん。ならば、ここは強気で賭けに出てみよう)」
守りではなく攻めの戦術を選んだサニーズの「作戦」とは……?
この収容所――正式名称「北アメリカ仮設捕虜収容所」はその名の通り突貫工事で建設されたためか、工期短縮を目的に全ての区画が地表より上に造られている。
分かりやすく言うならば「地下室が無い(=主要設備も地上にある)」のだ。
本来は地下に配置するのが好ましい中央管理室や電気室などが地上に置かれているということは、すなわち外部からの攻撃に対し脆弱であることを意味している。
サニーズはこれに活路を見い出した。
「(電気室を潰せば施設の電力供給が完全に停止する。そうすれば中央管理室も機能不全に陥り、警備兵どもの連携を断つことができるかもしれない。いずれは非常用電源で復活するだろうが、その間の混乱を利用すれば何とかなるだろう)」
突貫工事の捕虜収容所だから、二重三重に及ぶ厳重なバックアップは存在しないはず――。
そう考えた彼女は補聴器型の通信装置を起動させ、屋外で戦っているであろうルナールに対し通信回線を繋ぐ。
「こちらコンチェルト。ルナールさん、聞こえているか?」
「こちら――、ノイズが酷いが――。何か問題――か?」
コンクリートの壁に阻まれているせいでルナール側の音声は不明瞭だが、サニーズ側の声は一応聞こえているようだ。
ここでサニーズはかなり大胆な支援要請をルナールに指示するのであった。
「外から電気室を破壊してくれ! 電力供給が停止している間に一気に動きたいんだ! 私の手持ち装備では無理だから、外の連中に任せるしかない!」
「電――!? もう一度――!」
「電気室だぞ! 電気室! 私は巻き添えにならない場所に隠れているから、くれぐれも誤射はしないでくれよ!」
「よく――! 仕方ない――を――する!」
ノイズのせいで意思疎通が上手くいってないはずだが、無線越しでもルナールが攻撃態勢に移ったことはある程度察知できる。
そして、彼女との通信を一旦終えてから十数秒後、非常階段用のシャフト内に鳴り響いていた空調設備の動作音が突如停止する。
これを「電気室の機能停止」の合図だと判断したサニーズはすぐに階段を駆け下り、1階の中央管理室を目指す。
中央管理室を押さえれば警備兵の連携を多少は切り崩すことができるし、今一番必要な情報である「収容者の名簿」を手に入れられるかもしれないからだ。
「ッ……! 侵入者はっけ――!?」
「チッ! 邪魔だ!」
防火扉を開けて1階の通路へ足を踏み入れた直後、サニーズはたまたま居合わせた警備兵と出くわしてしまうが、彼女は銃床による殴打→至近距離射撃のコンボで手際よく処理していく。
この警備兵はボディアーマーを着込んでおらず、ショットガンの一撃には到底耐えられなかった。
「こいつ……バイオロイドだと!?」
しかし、血の海に沈んだ敵の姿はどこかで見覚えのある顔をしていた……。
そもそも、バイオロイドとは天才科学者のライラック・ラヴェンツァリ博士が基礎理論を構築し、実際に創造した人類史上初の「実用的な人造人間」である。
人造人間と言ってもバイオロイドは自然由来の生体物質で構成されているため、少なくとも生物学的には普通の人間とあまり変わらない。
バイオロイドを「設計」する際には遺伝子情報をデータ化した「ブループリント」と呼ばれる設計図のような物が必要なのだが、じつはこの「ブループリント」はライラック博士の娘であるリリー及びサレナの遺伝子がベースにされていたのだ。
そのため、バイオロイド事件の時は「容姿が酷似している」という理由だけでラヴェンツァリ姉妹が大迷惑を被り、彼女ら――特にリリーが打倒ライラックのために戦う動機となっている。
「(ルナサリアンは極秘裏にバイオロイドを戦力化していたのか。しかし、バイオロイド関連の技術はライラックだけが握っているはずだぞ。これは一体何を意味している……?)」
バイオロイドの死体はとりあえず放置し、悪い予感を抱きながらも真っ暗な通路を駆け抜けるサニーズ。
そして、幸運にも敵と遭遇すること無く彼女は目的の場所へ辿り着けたのであった。
中央管理室――。
捕虜収容所の中枢となる施設であり、厳重な警戒態勢が予想される場所。
サニーズは既に待ち伏せされている可能性を考慮しつつ、扉の電子ロックを解錠するために必要な「キーアイテム」を取り出す。
「(出撃前にリリカさんが渡してくれたカードキーだが……本当に使えるのか?)」
彼女がボディアーマーのポケットから取り出したのは一枚のカードキー。
もちろん、これは収容所内で実際に使われている物ではない。
プログラミングを本職としているリリカが謹慎中に作成した、言うなれば「電子ロック強行突破用カードキー」である。
約2日でプログラム作成からカード化まで済ませた彼女の手腕にも驚かされるが、このカードキーには斬新な機能がもう一つ用意されていた。
「(こいつは驚いた……! カードキー内部に蓄えられている電気を利用し、電子ロックを一時的に起動させるとは……)」
サニーズが電子ロックのカードリーダーにカードキーを通した直後、停電により停止しているはずの電子ロックが一時的に再起動を果たし、中央管理室へと続く扉がいとも簡単に解錠される。
それを確認した彼女はショットガンを構え、扉を慎重に開きながら中の様子を窺う。
そこには大量の職員が……いなかった。
「(見取り図を見た時から狭すぎると思っていたが、やはりこの施設は極端なまでに省力化されているようだ)」
ブービートラップを警戒しながら中央管理室のコントロールパネルへと近付くサニーズ。
オペレーターを座らせるための椅子が一つも無いのを見る限り、この部屋は人が常駐する勤務体制は元々想定されていないらしい。
ルナールたちが電気室を破壊したため施設は停電状態にあるが、一番大事なコントロールパネルだけは非常用電源のおかげで最低限機能していた。
「(ええっと……むやみやたらに操作するのはやめたほうが良さそうだな)」
ルナサリア語が読めないサニーズはコントロールパネルの操作を諦め、本来の主目的である名簿表探しを始める。
結構手こずるかもしれないと予想していた彼女であったが、目的の「ブツ」は意外に早く見つけることができた。
それはコントロールパネルの上に無造作に放置されていたのだ。
「(よし……これはどう見ても名簿表に違いない! 画像翻訳でサレナの名前を探してみよう)」
サニーズは収容者の名簿を懐中電灯で照らしつつ、携帯情報端末の内蔵カメラに映っている文章を翻訳してくれる「画像翻訳機能」を起動させる。
カメラの焦点を合わせてしばらく待っていると、ルナサリア語で書かれている文章をオリエント語に置き換えた画像が自動的に保存されるのである。
自動翻訳の精度はまだまだ完璧とは程遠いが、異星人の言語を使い慣れた母国語に直してくれるだけでも大変ありがたい。
「(ふむ、この施設に収容されているのはアメリカ人やカナダ人が多いみたいだな)」
程よい高さのコントロールパネルへ腰を下ろし、サレナの名前が載ってないか迅速且つ丁寧に確認していくサニーズ。
名簿の一番最初に記載されている人物の名前は「エルトン・インマン」。
そこからファミリーネームが「イ」で始まる人物が数人続いた後、次に来るのは「ルイス・ロバーツ」。
ロバーツの真下には「ドナルド・パーキンス」という人物もいる。
どうやら、ルナサリア語は特殊な語順を採用しているらしく、「ラヴェンツァリ」というオリエンティア的な名前を探し出すのに多少の手間が掛かった。
そして……名簿表の真ん中付近まで差し掛かった時、サニーズはようやく「サレナ・ラヴェンツァリ」の名前を見つけ出すことに成功したのであった。
【狩猟免許】
オリエント連邦北部は伝統的に狩猟が盛んな地域であり、動物愛護法によりスポーツハンティングが禁止された国々から観光客が訪れることも少なくない。
ただし、本来は職業狩猟者による「生活に必要な物資の確保」「需要が多い素材の入手」が目的であるため、娯楽目的のスポーツハンティングには厳しい制限が課せられている。
ちなみに、オリエント連邦における狩猟免許は合格が難しい国家資格となっており、頑張って取得できれば就職活動でも多少は役立つという。




