【MOD-45】氷点下の檻(前編)
Date:2132/04/30
Time:14:20(UTC-7)
Location:Great Bear Lake,Canada
Operation Name:ROMEO&CINDERELLA
ウラン鉱山奪還作戦から2日後の4月30日午前6時――。
まだ朝早い時間帯にも関わらず、スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレでは人々が慌ただしく動いていた。
というのも今日の昼間に作戦行動を実施することが急遽決まったため、その準備を急ピッチで進めるハメになったからだ。
「おはよう、みんな。朝に弱いことで有名な我々オリエント人にとって早起きは辛いものだが、今はそうも言ってられん。今回の作戦は今日が最初で最後のチャンスになるかもしれないからだ」
ブリーフィングルームへやって来たサニーズは簡単な挨拶を交わしつつ、使用する機材のセットアップを進めていく。
しかし、大掛かりな作戦にしてはブリーフィング参加者がやけに少ないように見えるが……?
それでは、異存が無ければこちらの作戦指揮は私が執らせてもらう。
――よし、ブリーフィングを始める!
このブリーフィングルームがパーティションで仕切られていることからも分かる通り、今回の作戦はこちら側とあちら側で二手に分かれて行われる。
あちら側が担当するのはルナサリアンの占領下に置かれている都市の解放だ。
だが、それはあくまでも陽動作戦にすぎない。
本命はこちら側――サレナが捕らえられているであろう捕虜収容所に対する奇襲だ。
一昨日のデブリーフィングが終わった後、私とライガとルナールさんの3人はレガリアに呼び出され、回収に成功したルナサリアン側の機密資料を見せられた。
その資料の中に正規軍が把握していない捕虜収容所について記した物があり、レガリアはここにサレナが連れて行かれた可能性が高いと判断したらしい。
そこが当たりだとは断定できないが……ギャンブルに打って出る価値はあるだろう。
そうだろ、リリー?
……とにかく、あちら側がルナサリアンの戦力を引き付けている間に我々は捕虜収容所へ奇襲を仕掛ける。
被発見率を可能な限り下げるため、連れて行く戦力は必要最小限に留める。
具体的にはここにいる面子だけで臨むつもりだ。
本来ならリリーとリリカさんは謹慎中だが……今回は特別だぞ。
何せレガリアのヤツに直談判して、あんたたちの出撃許可を認めるよう頼み込んでやったんだからな。
その分はしっかりと働いてもらう。
編制については3機2個小隊で行く。
本作戦では私とチルドとリリーをSC小隊、ルナールさん指揮下のオロルクリフ3姉妹をRA小隊と呼称する。
戦闘中のフォーメーションについては各自で決めておいてくれ。
出撃は今日の1300時だ。
急ぐ必要は無いが、それまでに準備は終わらせておくように。
何か質問は?
――よし、質問が無ければブリーフィングを終了する。
以上、解散!
カナダ・ノースウエスト準州イエローナイフ――。
北極圏からおよそ400km南に位置するこの都市は、オーロラ観光やダイアモンド採掘以外に特に目ぼしい産業は無い。
にも関わらずルナサリアンが占領した理由はよく分かっていないが、いずれにせよイエローナイフは占領下に置かれている。
約1万5千人の市民を救うためだと考えれば、陽動作戦と言えどイエローナイフの解放には戦略的価値があるはずだ。
「サニーズたちの方が心配だな……本当にあの戦力で十分なのか? 俺も向こうについていったほうが良かったんじゃないか?」
本来指揮下に入っているリリーを別行動させているライガは、サニーズ率いる本隊の戦力が少ないことについて少なからず不満を漏らす。
「大丈夫よ、彼女たちなら! あちらがサレナ救出に集中できるよう、私たちは精一杯大暴れして敵の目を惹きましょう。本当の目的を悟らせないことが作戦成功のカギになるわよ」
それに対して必ず上手くいくと窘め、自分たちの仕事へ集中するよう促すレガリア。
彼女らの視線の先にはイエローナイフの町並みが広がっていた。
一方その頃、別働隊よりも早めに出撃した本隊は捕虜収容所があると思われる地域に到達していた。
サニーズ率いる本隊が向かっているグレートベア湖周辺は季節外れの猛吹雪に見舞われており、先日と同じくコンディションは最悪に近い。
ただし、今日は昼間の作戦行動なので多少はマシと言えるだろう。
「しかし……『歴史は繰り返す』とはよく言ったものだな。あるいは、サレナの不幸体質も来るべきところまで来たか」
オロルクリフ3姉妹で編制されているRA小隊の先頭を行くルナールが独り言を呟く。
サレナは30年前のバイオロイド事件の時にも囚われの身になったことがあり、彼女を救出する作戦は今回が2度目となる。
彼女の過失では無いとはいえ、人生で1度ならず2度も収容所に放り込まれるとはなかなかのモノだ。
「あの娘、子どもの頃から運が絡むとからっきしなんですよ。前世で悪いことでもしたのかなあ?」
先日のデブリーフィングでの殴り合いの後、夜を徹してライガと語り合ったリリーは完全に冷静さを取り戻していた。
ルナールの独り言に対する反応こそ随分と暢気なものだが、双子の妹を助けたいという意志は誰よりも強かった。
スターライガ本隊がイエローナイフを迂回しつつ捕虜収容所を目指す一方、カナダ東部のハドソン湾沿岸部から南回りルートで同じ場所へ向かうMF部隊がいた。
この部隊は空色の制空迷彩を纏った可変型MF6機で編制されており、雪の結晶を抽象化した国籍マーク――オリエント国防空軍のインシグニアが描かれている。
「ゲイル3より各機へ、複数の国籍不明機をレーダーで捕捉した。だが、ルナサリアンとは識別信号が違う」
部隊を率いる上官に対し報告を行いつつ、それと同時に気になる点も指摘しているのはゲイル3――アヤネル・イルーム中尉。
オリエント国防空軍が誇るエース部隊「ゲイル隊」の3番機を務めるドライバーだ。
「ルナサリアンではないのなら、まずは無線で呼び掛けて所属を聞き出すぞ」
彼女の報告を聞いた上官――セシル・アリアンロッド中佐は冷静沈着にやるべきことを考え、迅速に実行へ移そうとする。
この27歳になったばかりの若さと経験を併せ持つ青年女性こそ、ルナサリアンから「蒼い悪魔」の異名で恐れられているエースドライバーであった。
「ユーフォニアムよりシルフシュヴァリエ、レーダーにアンノウンを捕捉したわ! 機数は6!」
「メルリンさん、所属は分かるか?」
「いいえ……でも、少なくともルナサリアンの識別信号ではないみたいよ」
アンノウン――ゲイル隊のことを捕捉していたのはスターライガ側も同じである。
この所属不明機がルナサリアン以外だと判断したサニーズは、思い切った賭けに出ることを決める。
「……こちらが向こうを認識しているということは、向こうもこちらの存在に気付いている可能性が高い」
彼女は航空無線の周波数をオープンチャンネルにセットし、無線装置の出力を上げながら所属不明機に対して呼び掛けを開始する。
奴らの目的が自分たちに近い可能性を信じて……!
「あーあー、こちらスターライガ。オリエント国防空軍機に告ぐ、我々は貴官たちと敵対するつもりは無い。聞こえているのか? 繰り返す――」
「この声……まさかな」
ゲイル隊からの応答はすぐに返ってきた。
オリエント国防軍人の間で「生きる伝説」として語られているサニーズとの邂逅は、セシルにとって人生で最も衝撃的な出来事の一つだったのだ。
「ああ、知っているも何も……サニーズ・コンチェルト――私たちが生まれるずっと前からMFに乗っている、伝説のエースドライバーだぞ」
サニーズのことを全くと言っていいほど知らない僚機に対し、彼女がどれだけ凄い人物なのかを極めて簡潔に説明するセシル。
ドキュメンタリー番組の中でしか見たことがない、偉大な撃墜王と同じ空にいる――。
表面上は平静を装いつつも、セシルはかつてないほどの興奮を抱いていた。
実直な人間性でオリエンティア的騎士道を体現しているライガに、「戦う貴族令嬢」というオリエント人好みの経歴を持つレガリア。
同世代のエースドライバーではこの二人ばかりが話題に上がりがちだが、サニーズも少し目立たないだけで実力的には全く見劣りしていない。
そういった比較を気にすること無く黙々と仕事をこなし、求められている以上の結果を安定して出せる「第3のエース」の職人気質にセシルは訓練生時代から憧れを抱き続け、戦闘スタイルとヘルメットのデザインを少し真似るほどリスペクトしていたのである。
「そうだ、若い頃はリヒトホーフェンやインメルマンもいたんだがな」
セシルが少し緊張していることを無線越しに察したのか、らしくないジョークでそれをほぐそうとするサニーズ。
ちなみに、リヒトホーフェンやインメルマンとは旧世紀――まだ戦闘機がプロペラで飛んでいた時代のエースパイロットであり、特に後者は「インメルマンターン」というマニューバ名にその名が残されている。
なお、当たり前ではあるが2032年生まれのサニーズが彼らと同じ時代を生きたことは無い。
「……冗談はさておき、我々スターライガは墜とされた仲間を助ける作戦を遂行している。彼女が連行された捕虜収容所の正確な位置もルナサリアンの機密資料から確認済みだ」
「捕虜収容所の位置を把握しているのですか?」
「ああ、座標から施設の内部構造まで手に取るように分かっている」
そう質問されることを想定していたサニーズは座標情報及び見取り図をセシルたちへ転送し、自分たちが握っている情報の正確性を直接確かめさせる。
座標はともかく「なぜ見取り図まで持って来たんだ?」と思われるかもしれないが、これには大きな理由があった。
「(フッ、僥倖とはまさにこのことか。あの若い連中を上手く利用すれば、作戦成功の確率は大きく跳ね上がるかもしれん)」
スターライガ側が元々立案していた作戦は、サニーズを単身捕虜収容所に突入させてサレナの身柄を確保しつつ、残りのメンバーが周辺警戒を行うというハイリスクなものだった。
本業ではない白兵戦を行うサニーズに対する負担は当然のことながら、彼女以外の5人に要求される役割も相応に過酷だと言える。
もし、奇襲を察知した敵が援軍を要請した場合、2個小隊程度の戦力では支えきれない可能性もあるからだ。
にも関わらず、作戦立案段階で「リスクが大きく危険な作戦」と指摘されていたプランが承認されたのは、リリーの「妹を一刻も早く助け出したい」という強い想いが仲間たちの心を動かしたからに他ならない。
都合よく利用するようで悪いが、若くて勢いあるセシルたちの力を借りない手は無かった。
「本来なら6機で施設制圧から制空権確保まで行う予定だったが、お前たちも利用させてもらうぞ。私たちが収容所の制圧及び仲間の救出を行っている間、上空で警戒を任せたいのだが……」
「国防空軍のみんな、あの収容所には私の妹がいるの! 私に残された、たった一人の身内……姉としてあの娘だけは必ず助け出したいんです!」
リリーの切実な訴えをオープンチャンネルで中継し、セシルに対し「大人のやり口」で決断を迫るサニーズ。
それに対する若きエースたちの答えは……。
「……分かりました、サニーズさん。ここは共同戦線を張ることにしましょう――各機、異論は無いな?」
しばしの沈黙の後、セシルはスターライガとの一時的な共闘を受け入れる。
彼女の部下のアヤネルとスレイ・シュライン中尉、そして共同行動中のブフェーラ隊の面々も沈黙というカタチで肯定を示していた。
自らも妹という立場であるためか、リリーの「姉として妹を想う気持ち」にセシルは少なからず心を動かされたのだ。
「ありがとう……! サニーズが言ってた通り、君たちは制空権確保に徹してくれればいいから。救出自体は私たちの手で行います!」
本来の任務からは逸脱しているであろう共闘へ応じてくれるセシルたちに対し、簡潔ながら感謝の言葉を述べるリリー。
「予定通りならそろそろ捕虜収容所の近くのはずだ。スターライガ各機、地上から仕掛けるぞ!」
電子データ化されている機密資料を確認したサニーズは僚機へ指示を出しつつ、自らも愛機シルフシュヴァリエを華麗にローリングさせながら雪原へと降下していく。
「(この程度のブリザード、地元に比べればだいぶマシだな)」
地表付近は猛吹雪のせいで十数メートル先すら見えないが、世界有数の豪雪地帯であるオリエント連邦北部出身のサニーズにとってはむしろ好都合であった。
【オリエンティア的騎士道】
オリエント圏における騎士道精神はヨーロッパのそれと多少違いがあり、日本の武士道精神に近い一面も見受けられる。
中でも「神や主君に対する忠誠」ではなく、「自らの正義と信念」を重要視する点が最大の違いと言えるだろう。




