【MOD-44】不毛な殴り合い
「ああ……どういうことなの……!」
リリーが目の当たりにしたのは、黒煙を上げながら針葉樹林の中に倒れ込んでいる漆黒のMF――サレナの愛機クリノスの変わり果てた姿だった。
しかし、よく目を凝らしてみるとコックピットブロックに妹の姿は見受けられない。
彼女は一体どこへ消えてしまったのだろうか?
「あ、あいつ……投げ出されたのか!?」
その時、リリーと共にサレナを探していたライガが、クリノスから少し離れた所に人間らしき物体が落ちているのを発見する。
「サレナ! すぐ助けに行くわ!」
「待てリリー! まだ敵が周りにいるんだぞ!」
ライガの制止には全く耳を貸さず、一目散に双子の妹のもとへ駆けつけようとするリリー。
彼女の愛機フルールドゥリスとバイオロイドたちのリガゾルドがサレナを回収すべく動き出したのは、奇しくもほぼ同じタイミングであった。
機体から投げ出された――いや、自ら身を投げたサレナはある意味ツイていた。
射出座席が作動する前に機体が墜ちると判断した彼女はシートベルトを外し、墜落に巻き込まれるよりも柔らかい雪面に叩きつけられることを選んだのだ。
その判断は間違ってはいなかったが、柔らかい雪面と言えど実際に受ける衝撃は決して小さくないため、落下時のダメージによりサレナはしばらく気絶していた。
残念ながら、彼女が自らの足で安全な場所まで逃げてくれるのには期待できない。
サレナを守るためには仲間たちによる救援が必要だ。
「この人間を回収する。3番機は周辺警戒を行え」
「敵機の接近を確認、迎撃行動に移る。1番機はその間に撤退せよ」
だが、誰よりも早く墜落現場へやって来たのはバイオロイドたちであった。
「そこまでよッ! その人間から今すぐ離れなさい!」
それに遅れること十数秒後、大型ビームブレードを携えながらリリーのフルールドゥリスも墜落現場の近くへと降り立つ。
「さもないと……!」
リガゾルドのマニピュレータが倒れているサレナに触れようとした瞬間、リリーはスロットルペダルを限界まで踏み抜いていた。
「このまま切り裂いてやるッ!」
純白のMFの大型ビームブレードがサレナを回収したリガゾルドに襲いかかる。
冷静さを欠いていたリリーは妹を巻き込む可能性を全く考慮していなかった。
「1番機、下がれ!」
「ッ!?」
蒼い光の刃が1番機を薙ぎ払うべく振られる直前、横から割り込んできた3番機が体当たりで味方機を強引に弾き飛ばす。
身を挺して仲間を守った3番機は水平斬りで腰部から一刀両断され、その後の連撃でコックピットを貫かれ撃破されてしまう。
だが、命と引き換えにした援護防御のおかげで1番機は撤退する隙を作ることができた。
「逃がすものか!」
それを見たリリーは試製拡散レーザーライフル「スプリングストーム」に持ち替えて追撃を試みるが、敵機がサレナを盾にするような動きをしているためトリガーを引くことができない。
結局、威嚇射撃を数発放っただけでリリーは追撃を断念し、サレナを回収したリガゾルドが猛吹雪の中に消えるのを見届けるしかなかった。
「サレナァァァァ!!」
「姉さん……姉さぁぁぁん!」
お互いの手を掴み取ろうと腕を伸ばし合うラヴェンツァリ姉妹。
しかし、二人の手は虚空を空しく掠めるだけに終わってしまった。
遅れてやって来たレガリアと合流したα及びε両小隊は、中破状態のクリノスを回収しつつ改めて帰艦の途に就く。
この間、着艦時の受け答え以外で喋る者は誰もいなかった。
そして、事件は全員が戻った後のデブリーフィング中に起こったのだ。
「信頼性が確立されていない装備を使うからこうなったんでしょ!?」
「防氷剤が役に立たないほどの悪天候なんて想定してなかったんだ! そもそも、信頼性というモノは実戦を重ねることで得られるんだぞ!」
「ふざけないで……! 戦場は試験場じゃないのよ! あなた、戦争をバカにしてるんじゃないの!?」
周囲が仲裁するタイミングを探っている中、激しい口論を繰り広げるリリーとリリカ。
元々リリーは実戦テストという手法及びそれを推し進める技術陣をあまり好んでいなかったが、サレナが撃墜された一件によりこの手法が抱えるリスクが露呈した結果、彼女はこれでもかと言わんばかりに技術陣に対する批判を始めた。
リリーの口撃は侮辱的表現を交えるなど少々度が過ぎており、それを見かねたリリカが技術陣を庇い始めたことで対立構造が生まれてしまった――というわけだ。
「いいか、一つだけ忠告しておく。私のことを責めるのは別にいい。君の気が済むまで捲し立てればいいさ。でもな……」
口論の終わり際、リリーに詰め寄りながらリリカは「忠告」を突き付ける。
「私たちMFドライバーを支えてくれる技術屋連中には敬意を持って接することだ。彼女らの機嫌を損ねたら、手抜き整備でイジメられるかもしれないぞ」
彼女の忠告は少し大袈裟かもしれなかったが、間違ったことは言っていない。
しかし、怒り心頭のリリーには却って逆効果であった。
「私の機体を担当してくれるメカニックたちはプロフェッショナルです。そんな外国の学生みたいな陰湿なイジメをやる連中じゃないわ。あなたこそ、ベーゼンドルファーの開発がしたいならテストドライバーにでも降格したら?」
忠告を無視して放たれるリリーの暴言にイライラを募らせ始めるリリカ。
「お前、口の利き方に気を付けたらどうだ? こっちは2歳年上なんだぞ? 人生の先輩をリスペクトする心掛けを持つべきだと思うがな」
「年上? たかだか2歳の年齢差なんて同い年とさほど変わらないわ! 大体、ここ最近の戦果は私以下じゃない! 結果を出せないヤツの意見なんてクソの役にも立たない!」
「この野郎、言いたい放題言いやがって……!」
それを知りながらも意図的に彼女の話を無視し、ブリーフィングルームから立ち去ろうとするリリー。
「ああ……マジでムカつく! ****な連中とまともに取り合うべきじゃなかった」
リリーがわざと周囲へ聞こえるように言い放った、テレビ放送だったらピー音による修正が必要なレベルの暴言――。
次の瞬間、ついに怒りが爆発したリリカはリリーの胸倉を掴んでいた。
「おいッ! そこまで言われて黙っていられるほど、私は温厚な人間じゃないんだ!」
我慢の限界を超えていたリリカの鉄拳が飛び、左頬にパンチを受けたリリーは背中からその場に倒れ込んでしまう。
「この****ッ! 殴ったわね! それがオロルクリフ家の人間がやることなの!?」
口の中が切れた際に流れてきた血を拭いつつ、素早く立ち上がり反撃へと転じるリリー。
もはやブリーフィングルームというより、酔っぱらいが乱闘騒ぎを起こしている酒場のような状況になりつつあった。
「リリカ、リリーちゃん! やめなさいッ!」
「貴様ら、どちらも頭を冷やせ! 若い連中の前で殴り合って恥ずかしくないのか!」
流血沙汰という予想外の事態に至ったことでメルリンとサニーズが仲裁に入り、体を張って当事者たちを無理矢理引き離す。
「あの娘はかなり汚い言葉を使ったかもしれないけど……でも、殴ることは無いでしょう?」
「バカか貴様は! こんな乱闘騒ぎ、学生だったら停学処分ものだぞ! 大の大人としては最低だ!」
メルリンが妹の両肩を掴んで叱りつける一方、サニーズはリリーの右腕を引っ張りながら彼女の態度の悪さを強く非難する。
その光景を見守っていたレガリアは大きなタメ息を吐いた後、マイクを手に取り当事者以外は至急退室するよう求めるのだった。
「オロルクリフ姉妹とライガとリリーは部屋に残って。それ以外のメンバーは解散しなさい。今後の予定は追って連絡します」
サニーズが不安げ表情を浮かべながら部屋を出て行ったのを確認すると、レガリアはマイクを片付けながら居残ったメンバーを全員起立させる。
「ねえ、なぜ私が怒っているのか分かるかしら?」
彼女の問い掛けに答える者はいない。
理由はみんな知っているが、もはや言うまでも無かったからだ。
「作戦中の行動を巡って揉めるのはよくあることだから、最初は静観する構えだったのよ。まさか、TPOを弁えられないほど愚かだったとはね……」
愚か者だと断じられたリリーは露骨に嫌な顔を示すが、その反応を無視しながら一連の問題行動に対する「処罰」を伝えるレガリア。
「リリー・ラヴェンツァリ及びリリカ・オロルクリフの両名に命じます。あなたたちは5日間自室にて謹慎し、何が悪かったのかを考えつつ頭を冷やしなさい。当然、謹慎期間中は出撃も禁止になるわね」
「どうして私が……」
「聞こえているわよ、リリー。サレナが生死不明になって辛い気持ちは分かるけど、そのフラストレーションをぶちまけるのはやめなさい。そういう態度……ハッキリ言って不愉快なのよ」
彼女から第三者的且つ辛辣な指摘を突き付けられ、無言のまま俯くリリー。
両隣に立っているライガとルナールは表情を窺い知ることができなかった。
当事者であるリリーとリリカがメルリンに連れられながら退室し、ブリーフィングルームに残っているのはライガ、ルナール、レガリアの3人だけとなった。
ここから先は責任問題を巡りこっぴどく説教される――かと思いきや、レガリアは穏やかな表情で目の前の二人に椅子へ座るよう促す。
先ほどまでとは異なり、怒りを露わにしてライガたちを叱るつもりは無いらしい。
「ふぅ……手間が掛かる幼馴染や妹を持つと大変ね」
「普段はああじゃないんだよ。ただ……サレナのことが絡むと周りが見えなくなっちまってな」
「妹想いなのは良いことだ。それがある以上、たとえ私の妹を殴った相手だとしても一方的に責めるつもりは無い」
ライガとルナールが客観的に物事を見れていることを確認し、とりあえず一安心といった感じで胸を撫で下ろすレガリア。
ここから先は当事者間が仲直りできるよう便宜を図り、以前の人間関係に戻れるよう周囲も協力しなければならない。
リリーにはライガ、リリカには二人の姉という誰よりも頼れる人がそばにいるのだから。
「……さて、お二人さん。大事なのはここからよ」
レガリアはパンパンと手を叩き、ライガたちに対し自分の方を向くよう促す。
「囚われのお姫様を助けに行きましょう」
「え?」
「デブリーフィングの間にあなたが入手した機密資料を読んでみたのだけれど、何とその中に正規軍でさえ把握していない捕虜収容所に関する文書があったのよ」
そう言いながら赤文字で翻訳が追記された紙資料を手渡すレガリア。
そこに記されていたのは……!
「サレナが連れて行かれた場所はその収容所である可能性が高いわ。近いうちにそこを強襲して、彼女の安否を確かめましょう。生きている時はもちろん、たとえ死体になっていたとしても必ず連れて帰るわよ!」




