【MOD-43】リリカの危機
「パルトナ・メガミよりワルキューレCIC、西の方から現れた所属不明機に勘付かれたみたいだ。そっちのレーダーでも捉えているか?」
「こちらワルキューレCIC、あなたたちの西方10kmにMFと思わしき航空機が8機確認されています。私個人としては敵に構わず帰艦を急ぐべきかと……」
「母艦を危険に晒すわけにはいかん! 単艦行動による隠密性を維持することが最優先だ! アンノウンどもがワルキューレの位置を探り当てようとしているのなら、こちらから迎撃して叩き落としてやる!」
「またミッコ艦長やレガリアさんに怒られますよ!」
ライガがオペレーターとの話を無理矢理切り上げようとしたその時、彼のパルトナ・メガミのHISに「通信回線への割り込み許可を求む」という意味のアイコンが表示される。
アイコンの下に出ている送信者名は「GUNGNIR」。
これは正規軍時代からレガリアが使っているTACネームであり、彼女が何か話したがっていることを意味していた。
「どうしたんだレガリア? まさか、二人掛かりで俺を叱りに来たんじゃないだろうな?」
「レガリアさん! この人、私の意見を聞いてくれないんですよ! 貴女から一言注意してください!」
通信回線へ割り込んだ途端、ライガとオペレーターから集中攻撃を浴びるレガリア。
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。私もたった今帰艦したばかりで一息吐きたいところなの」
その一言だけで二人を黙らせると、彼女はメカニックから手渡されたスポーツドリンクを飲みながら自らの見解を伝える。
「そうね……ライガのほうは状況が切迫しているみたいだから、簡潔に意見を述べるわ――私は装備を対空仕様へ換装したうえで再出撃し、α及びε両小隊の支援に向かいます」
レガリアの決断を聞いた次の瞬間、ライガとオペレーターはそれぞれ正反対の表情を浮かべる。
片方は微笑み、もう片方は開いた口が塞がらないといった感じだ。
「あなたに同調しないで悪かったわね。私もライガの言う『アンノウン』とやらに少し興味があるのよ」
「あの……エースドライバーってそういう人たちばかりなんですか?」
「ええ、頭のネジが数本外れていないとエースドライバーにはなれないかもね。あ……気にしないでちょうだい、単に私やライガがおかしいだけだと思うから」
まだ何か言いたげなオペレーターとの通信を切断し、レガリアはすぐにチーフエンジニアへ補給及び装備換装を指示するのだった。
「装備を対空仕様へ換装しつつ、E-OS粒子及び推進剤の補給を急いで! 作業が完了次第飛行甲板から自力で発艦するわ! 今はカタパルトに機体を接続する時間も惜しい!」
「そういえばライガ、君が見つけたと騒いでいた金庫はどこへやったんだ? 忘れてきたのか?」
所属不明機と接敵する直前、ライガのパルトナ・メガミを見ていたルナールは気になっていた点を指摘する。
ライガは防衛施設の焼け跡を調査している時に「機密資料が入ってそうな金庫を見つけた」と報告していたが、彼の機体は金庫など持っていなかった。
今思い返してみると、ラヴェンツァリ姉妹と合流した時点でパルトナ・メガミは手ぶらだった。
やはり焼け跡に置いてきてしまったのだろうか?
「ああ、あれですか? MFのマニピュレータで無理矢理こじ開けて、中身だけ拝借してきました。紙資料とUSBフラッシュドライブは俺が持っています」
ルナールの質問に対し、尻とシートの間に挟んでいる各種機密資料の感触を確かめながら答えるライガ。
MFのコックピットは収納スペースを設けることができないほど狭いため、彼はこの方法以外に「荷物」を固定する手段が無かったのだ。
「小さいお尻で押さえ付けてるの?」
「意外と大変なんだぞ。紙資料がクシャクシャにならないか不安だし、Gが掛かるとUSBフラッシュドライブがケツに食い込んで痛いんだ」
リリーからのしょうもない指摘には無難な答えを返しつつ、ライガは所属不明機が来るであろう方向を睨みつけるのだった。
「お喋りは終わりだ、リリー。所属不明機どもの正体を暴きに行くぞ」
所属不明機との距離が3km切った時点でライガは全機へ散開の指示を出す。
普通ならミサイル攻撃を受けてもおかしくない間合いだが、不思議なことに相手はまだ仕掛けてこなかった。
もしかしたら相手にとっても不測の事態であり、戦闘状態に陥ることは想定外だったのかもしれない。
「全機散開、深追いをせず『リガゾルド』のデータ収集に集中せよ。我々に与えられた役割は、あくまでもこの機体の開発だ」
スターライガ側と同じように所属不明機――バイオロイドたちが駆る新型機「RMA-25 リガゾルド」の編隊も散開し、戦闘は個々の実力が試される状況へと移行していく。
「パルトナより全機、注意しろ! 見たことの無い――いや、マニューバはよく知っているが機体のほうは新型かもしれん。奴らはおそらく可変機だ……変形するタイミングを警戒し、一撃離脱戦法で翻弄されないよう気を付けるんだ!」
早速敵機の背後を取ったライガはレーザーライフルで仕掛けるが、可変機らしい加速力でリガゾルドは射線から逃れていく。
既にスターライガ側が推進剤を消耗していることを考慮しても、リガゾルドの機動力は驚異的なレベルであった。
初めはリガゾルドの機体性能に面食らうスターライガだったが、戦いを進めていく中で徐々にその実力が明らかになってくる。
結論から言うと、リガゾルドは確かにツクヨミを大きく上回る性能を持っている。
カタログスペックではオリエント国防軍の最新鋭機であるRM5-25 オーディールに匹敵するほどだ。
しかし、外から見ていて分かるほど挙動がふらつくことがあるため、まだ機体が完全に仕上がっているとは言えなかった。
「リリカ、後ろに気を付けて! 狙われているわよ!」
「分かってる! 『オルファン』なら背後にも攻撃できる!」
姉のメルリンから警告を受けたリリカはすぐに音声操作システムを作動させ、真後ろの敵に対しても攻撃可能なオールレンジ攻撃端末「オルファン」の射出を急ぐ。
「行けッ、『オルファン』! 真後ろの敵機を撃ち抜け!」
冷静沈着な性格からは想像できない大声でオールレンジ攻撃端末に命令するリリカ。
ところが、彼女の愛機ベーゼンドルファーの調子がどこかおかしい。
いつもなら命令を受け取ってから1秒以内に動けるはずの「オルファン」が、2秒以上経ってもベーゼンドルファーのウェポンラックから外れないのだ。
そうしている間にも背後のリガゾルドはレーザーライフルで照準をつけ、赤いMFに対し攻撃を仕掛けてくる。
「周りをもっとよく見るんだリリカ! お前の実力なら簡単に振り切れるだろう!」
「ネガティブ! メカニカルトラブルだ!」
的外れな指摘をしてくるルナールにそう報告しつつ、リリカは「オルファン」が言うことを聞かない理由についてトラブルシューティングを試みる。
彼女はこの問題に心当たりがあったのだ。
「(ブリザードの中で2時間以上戦っているんだ。ウェポンラックと『オルファン』の接続部が凍結しているのかもしれない)」
敵機の追撃をかわしながら片手でHISを操作し、機体各部の温度をチェックしていくリリカ。
内部部品の温度は最高性能を発揮できる「スイートスポット」よりも若干低いが、スターライガ製MFは元々低温に強いのでさほど問題無い。
一方、常に猛吹雪に晒されている外装の温度が低すぎるのは大問題だ。
MFの装甲には排熱を裏側から吹き付けることで表面を温める氷結防止システムが採用されているが、これをフル稼働させている状態でも今日の気象状況はあまりに過酷すぎた。
しかも、この機能は排熱を運ぶためのダクトが必要なため、それを設置するスペースすら確保できない部位を温めることはできない。
ベーゼンドルファーはダクトの取り回しの都合上、氷結防止システムがウェポンラックで止まってしまっており、接続部及び「オルファン」本体には初めから凍結対策が為されていなかったのである。
もちろん、寒冷地で戦う際は防氷剤を塗布することで誤魔化していたが、その場しのぎでの対策はもはや通用しなかった。
着氷した「オルファン」が空気抵抗及び重量の増加を招き、持ち前の高い運動性を奪われていくベーゼンドルファー。
推進剤の濃度を上げれば多少は補えるが、余力が無い状態でそれをやると推進剤切れに陥る可能性もあるため、これ以上スラスターを「リッチマッピング」で酷使するわけにはいかない。
飛行能力を失い雪原を這いずり回るハメになったら、あっという間に敵機に包囲されてしまうだろう。
「リリカ、ウェポンラックをパージして機体を軽くするんだ! 聞こえるか? 使えない装備は捨ててしまえ!」
妹のピンチを見たルナールは使い物にならない「オルファン」の投棄を勧めるが、残念ながらベーゼンドルファーに貴重な試作武装を捨てる機能はまだ用意されていない。
「そんな機能は無い! 余計なことを言ってる暇があったらフォローしてくれ! チャフもフレアも使い尽くしてしまったんだ!」
ベーゼンドルファーの設計を知らない姉に対してそう悪態を吐きつつ、残り少ない推進剤に注意を払いながら回避運動に徹するリリカ。
この時、推進剤残量とトラブル対応に気を取られていた彼女は、死角となる斜め後方からの攻撃に気付くのが遅れてしまったのである。
「リリカッ! 後ろよ後ろ!!」
メルリンが血相を変えながら叫んだ次の瞬間、人型形態へ変形したリガゾルドの攻撃がリリカのベーゼンドルファーに襲いかかる。
このリガゾルドは意外にも実体弾タイプのアサルトライフルを装備しており、そこから撃ち放たれた小口径弾が赤いMFの右半身に銃創を刻んでいく。
「くッ……しまった、油断した! 真後ろに付かれていたなんて!」
命中弾のうち数発はリリカが収まるコックピットブロックに直撃していたが、彼女は厚さ5mmのカーボンファイバー製防弾板のおかげで難を逃れていた。
この防弾板が無かったらリリカは大怪我を負っていただろう。
「リリカさん、もういい! ベイルアウトしてくれ! 脱出したら俺たちですぐに回収しますから!」
ライガの切実な指示を受け、一度は両脚の間にある射出ハンドルへ手を掛けようとするリリカ。
しかし、HISに表示されているダメージインジケーターを確認した彼女は首を横に振り、止む無くベイルアウトを断念してしまう。
「……無理だな、さっきの被弾で電気系統をやられたみたいだ。射出座席についてエラーメッセージが出ている」
とうとう煙を噴き始めたベーゼンドルファーにトドメを刺すべく、生き残りのリガゾルドがハイエナのように群がってくる。
「(クソッ……こんなところでまだ墜ちるわけにはいかないのに!)」
さすがのリリカも今回ばかりは死を覚悟し始めたが……。
少しでも重量を減らして運動性を高めるため、実体シールドや無反動砲といった余計な装備を全て投棄するリリカのベーゼンドルファー。
大事なのは後からいくらでも作り直せる装備品ではなく、替えが利かないドライバーと機体を生き残らせることだ。
「まだまだッ! 私とベーゼンドルファーを追い詰めた気になるなよ!」
守りに入ったら負ける、だから敵に背を向けることはしない――。
赤いMFは接近してくるマイクロミサイルを固定式機関砲で迎撃し、格闘戦で攻めてくる敵機にはツインビームソードを投擲することで対抗する。
だが、ダメージが蓄積しているベーゼンドルファーの健闘もここまでであった。
「もっと早く飛んでよリリカさん! そいつらを振り切らないと援護が追い付かないわ!」
「無理を言うな! ああ、これ以上は捌き切れない!」
リリーの願いも空しく、全武装と防御兵装を使い尽くしたベーゼンドルファーに戦う力はもう残っていない。
味方が援護へ入ろうにも、混戦状態では同士討ちのリスクが大きいため迂闊に攻撃を仕掛けられなかった。
「頼む! 外れてくれ!」
残りわずかな推進剤を使い切るつもりで逃げに徹するリリカのベーゼンドルファーだが、凍結した「オルファン」が足枷となり本来の運動性を発揮できない。
装甲が比較的薄いこの機体にとって、運動性の低下は非常に致命的であった。
少しでも速度を稼ぐため、赤いMFは急降下しながら針葉樹林を掠めるほどの低空飛行へと移る。
「ターゲット、ロックオン。排除開始」
「脅威度が高いターゲットは必ず抹殺する」
最後まで生き残っていた3機のリガゾルドが一斉攻撃を繰り出そうとしたその時、彼女らの射線上に一機のMF――サレナのクリノスが立ち塞がる。
「リリカさんをやらせはしないわよッ!」
お手本のような援護防御でベーゼンドルファーを庇った漆黒のMFは長銃身3連装レーザーライフル「ブラックリリー」を発射し、1機のリガゾルドのコックピットを撃ち抜くことに成功する。
しかし、自らを省みないその行動によってクリノスも被弾してしまい、大きなダメージを受けた機体はフラフラしながら針葉樹林の中へと墜ちていく。
こうなるとリリカよりもサレナの安否のほうが心配だ。
「サレナッ!!」
一連の出来事を見ていたリリーは妹の名前を叫びながら救出へと向かう。
だが、彼女が目の当たりにしたのは絶望に限り無く近い光景であった。
【グングニル】
北欧神話のオーディンが持つ槍として有名だが、じつはオリエント語でも「槍」という意味を持つ単語になっている。
また、シャルラハロート家の家紋には槍が描かれており、レガリアがこの単語をTACネームとしているのはそれに由来する。
【USBフラッシュドライブ】
日本で言う「USBメモリ」のこと。
更に省略が必要な場合は「USB-FD」と表記する。
【リッチマッピング】
作中時代のMFの推進剤は気体であるため、自動車の空燃比のように調節を行うことができる。
この調節自体をMF分野では「マッピング」と言う。
普段は消費と推力のバランスが取れた状態(ノーマル)で運用されるが、必要に応じて推進剤節約重視(リーン)や推力重視(リッチ)といったモードを使い分けている。
ちなみに、MFのスペック表に記載されている最大推力は基本的にノーマルマッピングの数値である。




