【MOD-42】予定外の作戦行動(後編)
自分たちの攻撃で文字通り焼き尽くしたルナサリアンの軍事施設を歩き回り、今後に役立つかもしれない機密資料の回収を試みるライガとオロルクリフ3姉妹。
「おお!? この金庫は……これはいかにもって感じだぞ」
そんな中、ライガは焼け跡の中でも燃え尽きることなく残っていた金庫を発見し、瓦礫を飛び越えながらすぐにその近くへと駆け寄る。
核兵器並みの攻撃に耐え切った金庫だ。
おそらく、この中にはさぞかし重要な軍事機密が保管されているに違いない。
「(このまま持ち上げられるか……いや、無理みたいだな。ボルトで床にしっかりと固定されてやがる)」
驚異的な防御力を誇るこの金庫は固定されている床ごと転がっており、元々の重さと合わせて人力で持ち去ることは不可能だろう。
2~3回ほど頑張って持ち上げようとしたライガだったが、彼がいくら力んでも金庫をその場から動かすまでには至らなかった。
「しょうがねぇなぁ……パルトナのマニピュレータで持ち運ぶしかないか」
通信装置でオロルクリフ3姉妹にその旨を伝えながら愛機のもとへ戻ろうとしたその時、ライガは西の空に「何か」の気配を感じ取る。
最初は疲労からくる錯覚かと思ったが、脳を指で突かれているかのような痛みは間違い無くリアルであった。
「(ッ! また『この感覚』だ……!)」
「姉さん? どうかしたの?」
「何か」の気配を感じ取っていたのはライガだけではない。
リリーもまた、幼馴染と同じような頭痛に悩まされていたのだ。
普通の頭痛とは性質が異なる、まるで脳を指で突かれているかのような痛み――。
「何でもないわ……ねえ、サレナちゃん」
「何よ? 何でもあるじゃない」
「あなたは物事が起こる前に頭が痛くなったりとか……無いの?」
姉からの唐突な質問に対し、首を横に振りながら淡々と答えるサレナ。
「特に無いわね、そういうのは」
「……!」
「ちょっと! 尋ねてきたのはそっちなのに、無視なんて酷くない!?」
せっかく答えたにもかかわらずスルーされていることに怒るサレナだったが、彼女はリリーと同じ方向へ視線を移したことで姉に無視された理由を察する。
リリーが見上げている西の空――そこを飛んでいたのは確かに敵機であった。
「敵増援よッ! ライガたちに戻って来るよう連絡して!」
突然大きな声を上げ、妹に対し敵襲の報告をライガたちへ伝えるよう指示するリリー。
それと同時に彼女は愛機フルールドゥリスの出力モードを切り替え、遥か遠くにいる敵意を感知しながら臨戦態勢を整える。
「姉さんはどうするのよ!?」
「あなたが仲間を呼び出してる間のタイムラグをカバーする! それに、相手が来ると分かっているのなら早めに迎え撃ったほうが良いでしょ!」
サレナにそう伝えると、リリーは妹の返事を待つこと無く自機を瓦礫の山から飛び立たせていた。
普段のんびりとしている姉があそこまで突き動かされるほどの敵――。
「(私たち姉妹の遺伝子情報をベースに生み出されたバイオロイド――『紛い物』の存在を姉さんは許さないのかもしれない。でも、彼女が本当に討とうとしている相手は……!)」
その理由を双子の妹であるサレナは察していたが、今はそれ以上の追究よりも自らに課せられた役目へ集中する。
「ライガ、オロルクリフ姉妹! こちらのレーダーで敵増援を捉えました! たった今時間稼ぎのために姉さん――リリーが飛んでいったわ! 私もすぐに向かうから、みんなも機体に乗り込み次第合流してください!」
ライガたちにそれぞれの搭乗機へ戻るよう連絡すると、サレナもすぐにスロットルペダルを踏み込み愛機クリノスを離陸させるのだった。
一方その頃、敵増援部隊を捕捉したリリーは今まさに先制攻撃を仕掛けようとしていた。
暗闇と雪雲と猛吹雪により視界は最悪だが、彼女は機上レーダーの性能と自らの直感を頼りに操縦桿のトリガーを引く。
「見えないけど見えてるんだから!」
純白のMFが試製拡散レーザーライフル「スプリングストーム」を集束モードで発射した次の瞬間、蒼いレーザーが向かっていった先で大きな爆発が起こる。
リリーのフルールドゥリスの攻撃を受けた敵増援――例の白いツクヨミが被弾し、集束モードの一撃を受け止め切れずにそのまま爆発四散したからだ。
「……1機のロストを確認。行動パターンを再修正し、戦闘を継続する」
「了解」
人工生命体であるバイオロイドたちは感情が極めて希薄なため、仲間の戦死を事務的に確認しながら彼女が欠けた分のパターン修正を行い、純白のMFに対し包囲攻撃を試みる。
バイオロイドが駆るツクヨミは機体性能こそ中の上程度だが、正確無比で情け容赦無い戦闘機動は二回り以上高性能なフルールドゥリスから見ても十分脅威であった。
「攻撃開始。マイクロミサイル、シュート」
「1番機及び3番機も連続攻撃に参加。波状攻撃で敵機に回避時間を与えるな」
3機のツクヨミによる時間差攻撃がリリーのフルールドゥリスに襲いかかる。
「そんなもの、振り切ってやる!」
接近してくるマイクロミサイルの数はそこそこ多いが、リリーは冷静にチャフ及びフレアを撒くことで敵の攻撃を確実に回避していく。
それと同時に「スプリングストーム」で反撃を試みたものの、不安定な射撃姿勢だったため今回は命中しなかった。
「姉さん! もっと低空に誘い込んだほうが良いわ!」
「サレナちゃん!」
その時、暗闇を切り裂くように現れた蒼いレーザーがリリーを追撃しようとしていた敵機を貫く。
遅れて合流したサレナのクリノスによる援護攻撃だ。
妹のおかげで厄介事が一つ減ったリリーは彼女のアドバイスに従い、バレルロールを繰り出しながらの急降下で戦いの場を空中から地上へと移す。
1機はサレナが引き付けてくれているため、リリーを執拗に追いかけてくる敵機は1機だけだ。
彼女もMF乗りとしてのプライドは持っている以上、一騎討ちで後れを取るわけにはいかなかった。
地上スレスレを低空飛行しながらリリーのフルールドゥリスは仰向けの姿勢を取り、自ら巻き上げた雪煙でその姿を隠す。
フルールドゥリスは白銀のように白い機体であるため、こういった状態でのカモフラージュ効果は抜群に高い。
とはいえ、人間の目は撹乱できても機上レーダーを騙すことはできない。
しかもリリーが相対している相手は正確無比なバイオロイドだ。
小手先の技で対処するには限度があった。
「(結構深追いしてくるわね……だったら!)」
機動力で振り切ることができないと判断したリリーは機体を反転させ、真っ向勝負で迎え撃つことを決める。
彼女はスロットルペダルを手前に動かし、減速して逆方向に再加速しつつ格闘武器の大型ビームブレードへと持ち替える。
100メートルほどはあっただろう間合いが見る見るうちに縮まっていく。
「(この一撃で確実に決める……!)」
反射速度に優れるバイオロイドとのヘッドオン勝負を制するべく、集中力を極限まで高めるリリー。
「……! 今だッ!」
白いツクヨミが格闘戦の間合いに入った瞬間、彼女のフルールドゥリスは左腕に装備している小型シールドの先端で足元の雪を思いっ切り投げ飛ばす。
宙を舞った雪の塊はツクヨミのコックピット付近に命中し、一瞬ながらバイオロイドの視界を奪うことに成功した。
「いっけぇぇぇッ!」
バイオロイドがヘルメットのバイザーに付いた雪を拭った時、最期に見たのは大型ビームブレードを構えて突撃する純白のMFの姿だった。
「(あなたたちが現れたってことは、あの女はどこかでこの戦争に一枚噛んでいる――ということね)」
コックピットを貫かれている白いツクヨミの姿を見下ろしながら「本当の敵」について考えるリリー。
30年前の戦いが終わった後、スターライガは降伏する意思を示したバイオロイドたちを受け入れ、世間からの保護も兼ねて本部の裏方仕事を手伝ってもらっている。
もちろん、バイオロイドの中には降伏を良しとせず行方を晦ました個体も少なくない。
今、戦場に現れているバイオロイドは30年前の生き残りか、あるいはそれ以降に生み出された「新型」のいずれかだろう。
「おーい! 大丈夫かリリー!」
「……ライガ! うん、こっちは大丈夫!」
無事に合流できたライガとリリーは搭乗機のマニピュレータでグータッチを交わし、互いに問題が無いことを確かめ合う。
手足を有するMFならではのコミュニケーション方法だ。
「そうか、ならば良かった……これ以上長居する必要は無い。みんな、さっさと母艦に帰るぞ。CICからの報告では他方面の部隊は既に帰り始めているらしい」
そうこうしているうちに敵機を自力で排除したサレナの合流を待ち、帰艦の途に就くα及びε小隊の面々。
だが、敵はまだ「隠し玉」を残していたのだ。
氷結防止システムをフル稼働させているにも関わらず機体への着氷が収まらないほどの悪天候の中、6機のMFは残り少ない推進剤を節約しながら母艦スカーレット・ワルキューレを目指す。
上昇と下降を繰り返す惰性飛行で滑空距離を伸ばす「リフト&コースト」を駆使すれば、1kgの推進剤で50km以上飛ぶことも可能だ。
とはいえ、それはあくまでも「理想的な条件下」の時に限られる。
今日のように向かい風や着氷による重量及び空気抵抗の増加が発生すると、リフト&コーストで稼げる滑空距離は目に見えて短くなってしまう。
そのため、6機の中で積極的にリフト&コーストを使っているのは、操縦技量が高いライガの駆るパルトナ・メガミだけであった。
「……?」
少しでも抵抗になり得る要素を減らそうとHISで設定を色々と弄っていた時、リリーは何かの「気配」のようなモノを感じ取る。
すぐにレーダーディスプレイで周辺の状況を確かめるが、敵影らしきものは探知できない。
しかし、彼女は機上レーダーよりも自らの直感を信じてみることにする。
「ねえ、みんな。何て言うか……『敵の気配』みたいなのを感じない?」
リリーの問い掛けに対する皆の反応は決して肯定的ではなかった。
「はぁ……何言ってるの姉さん。もう敵はどこにもいないわよ」
「サレナの言う通りだぞ。完全に肩の力を抜くには早すぎるが、敵に私たちを追撃する理由があるとは思えん。帰艦したら休みを取ったほうがいいんじゃないか?」
彼女が時折見せる神経質さに慣れているのか、サレナとルナールは「疲労による錯覚」だとしてあまり真面目に取り合ってくれない。
二人ともリリーの発言を軽視しているわけではなかったが……。
「……俺は感じてるぜ。これはあくまでも経験論だが、もう一波乱ありそうな気がする。各機、警戒態勢を維持しつつ密集陣形を取れ。敵が来るとしたら――」
一方、彼女と同じく「気配」を感じ取っていたライガは警戒心を緩めず、リリーを含む僚機にも周辺警戒を厳とするよう指示を出す。
各機の機上レーダーが所属不明機を捉えたのはそれとほぼ同じタイミングであった。
「ッ! 方位2-6-2より接近する所属不明機を捕捉! 機数8、画面から想定される飛行速度はマッハ0.9程度だ!」
「ほら来た! ブリザードに紛れて不意打ちを決めるつもりだったのかもしれんが、こっちの索敵能力をナメてもらっては困るな!」
リリカの報告を聞いたライガはすぐに機体の出力モードを切り替え、武装のセーフティも解除状態へと戻す。
「リリカさんの想定通りの飛行速度だとしたら、着艦進入へ入る頃に追いつかれてしまう。着艦進入中に狙われたらひとたまりも無いし、ワルキューレにも危険が及ぶだろう。燃料も弾薬も心許無いが……こっちから返り討ちにして追い返すしかない!」
α及びεの両小隊は針路を北から西へと変更し、所属不明機を迎え撃つ態勢を整える。
「(今更になって敵増援かよ? 一体何者で何が目的なんだ……?)」
このタイミングでの敵増援に少なからず不安を抱きつつも、スロットルペダルを半分ほど踏み込み機体を加速させるライガ。
まさか、この判断がとんでもない事態を招くことになろうとは……。
【ビームブレード】
光学格闘武装の一種。
サーベルやソードと違いエネルギーにバイアスが掛かっておらず、出力が同じ場合はブレードのほうが攻撃力は低くなってしまうが、切れ味に偏りが無いので未熟なドライバーでも扱い易い。
なお、近年は攻撃する瞬間に出力を大きく上げる機能を持つタイプも現れており、「ビームブレード=弱い」という図式は過去のモノになりつつある。




