【MOD-40】暗夜吹雪(後編)
「こいつが……サニーズ隊長たちが昔戦ったというバイオロイド……!」
スパイラルC型の操縦桿を握るランの手に汗が滲む。
5月5日に21歳の誕生日を迎える彼女はバイオロイド事件を知らない世代であり、奴らと戦うのは今回が初めてだった。
「機体はよく見かけるヤツなのに、動きは桁違いに素早いわ!」
バイオロイドの特徴である縦横無尽な戦闘機動に翻弄され、一発も命中弾を与えられないラン。
彼女のスパイラルは対地装備を持って来ているため、連射速度に優れる武器が手持ちに無いことも原因の一つだが、それ以上に絶対的な技量差があった。
しかも、戦場は暗闇と猛吹雪のせいで視界が非常に悪い。
未熟な発展途上のドライバーであるランにとっては厳しい状況だと言えよう。
「ッ! ラン、後方から追撃を仕掛けてくる敵機が2機! あんたを狙ってるわよッ!」
その時、機体が動けない状態で頑張って応戦していたチルドが強い口調で警告を促し、愛機スーパースティーリアの最強武装である肩部レーザーキャノンで援護を試みる。
「くッ……いつの間に後ろを取られていたの!?」
技量で勝る相手が倍の戦力差で仕掛けてくる――。
この瞬間、ランは絶体絶命のピンチに陥っていた。
「ちょっとサニーズ! あたしよりランの援護をしてあげなよ! このままじゃあの娘のほうがヤバいって!」
本当は自分自身で援護攻撃をしてあげたいが、射角が制限されている状態ではとても難しい――。
そこで、チルドは夫に対し自分よりも新人のカバーを優先するよう意見具申を行う。
彼女は少なくとも自分自身の身を守れる程度の技量はあると自負していたからだ。
「あいつ、さっきから無線でヒイヒイ言ってるもんな……クソッ、手助けしてやりたいのはやまやまだが、こっちも5機を同時に相手取っているから難しいんだぞ!」
「はぁ? 1対5で戦うなんてやっぱり頭おかしいんじゃないの!?」
自分をカバーしてくれているシルフシュヴァリエの機影を見たチルドは驚愕し、思わず率直な感想を述べる。
サニーズは単機でもそこそこ手強いバイオロイド搭乗ツクヨミを5機同時に相手取り、そのうえで戦いを有利に進めていたからだ。
1対5という状況は普通なら完全包囲されていてもおかしくないはずだが、彼女は持ち前の操縦技量と冷静な判断力によって「包囲網を作らせない戦い方」を実現していたのである。
さて、サニーズがいくら5倍の戦力差を覆せる実力を持っているとはいえ、迂闊に背中を見せたら死角から撃ち抜かれかねない。
彼女はγ小隊の指揮の要だ。
無闇に隙を晒して墜ちるわけにはいかなかった。
「おい、ロサノヴァ! お前がランのカバーに回れ! 母さんは私が護るから、お前は新人を手助けしてやれ!」
「もう向かってるよ!」
「ならば話が早い! そっちは任せたぞ!」
ジャンクパーツや他の機体の検査落ち部品から自ら組み上げた「シルフィード」を駆るロサノヴァは、父親からの指示が飛ぶよりも先にランの所へと向かっていた。
「バイオロイドども! お前たちの相手はこっちだ!」
バイオロイドの気を引くためにオープンチャンネルの通信であえて挑発しつつ、スロットルペダルを踏み込み愛機シルフィードを一気に加速させるロサノヴァ。
「捉えた! そこッ!」
次の瞬間、補助ブースター兼用シールド「イカロス」を投げ捨てた白と緑のMFはビームソードを抜刀し、父親譲りの素早い二刀流で白いツクヨミたちに襲いかかるのだった。
「ロサノヴァさん!」
「今のうちに間合いを稼げ! 君は自分の身を守ることに集中しろ!」
ロサノヴァにそう促され、体勢を整え直すべく少しだけ後退するランのスパイラル。
一方、先ほど投げ捨てた「イカロス」を回収したロサノヴァのシルフィードはバトルライフルへと持ち替え、白いツクヨミたちに対し引き続き攻撃を仕掛ける。
一撃離脱の二刀流斬撃は命中した感触こそあったものの、それだけでは大きなダメージには至ってなかったのだ。
「攻撃目標の優先度変更を提案」
「了解、脅威度が高い敵機の排除及びデータ収集を行う」
だが、「ターゲティングを自分のほうへ変えさせる」というロサノヴァの試みは確かに成功していた。
彼女のほうが危険だと判断したバイオロイドたちは優先順位を変更し、攻撃対象をスパイラルC型からシルフィードへと切り替えたのである。
「よし、いい子だ。そのままこっちを狙い続けるんだ……!」
反動が大きい代わりに攻撃力に優れるバトルライフルのトリガーを引き、個々の戦闘力が高いツクヨミを確実に仕留めていくロサノヴァのシルフィード。
俗に「フルサイズ弾」と呼ばれる弾丸を用いるバトルライフルの斉射を受けたツクヨミは蜂の巣にされ、あちこちから黒煙を上げながら真っ白な雪原に倒れ込む。
「クソッ、このままじゃ埒が明かねえよ父さん! αとεもこっちに回してくれ!」
しかし、γ小隊がいくら敵を倒しても、護衛退避できるだけの突破口はなかなか切り拓けなかった。
「これで5つ! 無人機が強いのはフィクションの世界だけなんだから!」
本日5機目の無人戦闘機を撃墜したリリーはとても上機嫌だ。
彼女は意外なほど古風な考え方を持つ人物であり、魂無きAIが人間を完全に凌駕する時は「絶対に」来ないと確信していた。
「(……とはいえ、優秀な設計者が作ったAIは常に進化し続けるもの。リリーたち人間も同等以上のペースで前進しないと、いずれは『AI以下のダメ人間』が出てくるわね。いや……世界のどこかではもう笑い話じゃ済まないことになっているのかもしれない)」
これからも「戦場のお友達」として何度も出会うであろう無人機の進化に複雑な思いを抱いていると、少し離れたところで戦っているライガから突然通信が入ってくる。
「今日は好調だなリリー。その調子で次はγ小隊の援護を頼む。もちろん、俺たちやルナール先輩もそれに加わるつもりだ」
「γ小隊が? 何かやらかしたの?」
「ああ、チルドの機体が脚をやられたから、彼女の撤退を支援してやってほしいとのことだ。サニーズ直々の支援要請だからな……断るわけにはいかないだろ?」
サニーズとチルドの夫婦愛の強さはリリーもよく知っているので、彼女はライガの頼みを二つ返事で快諾するのだった。
「うん、そうだね! リリーたちでγ小隊の周りの敵を倒してあげようよ!」
もっとも、仮に拒否したとしてもライガに無理矢理連れて行かれるオチだっただろう……。
一度は危機的状況だと判断し支援要請を行ったγ小隊だが、その後サニーズの獅子奮迅の戦いぶりのおかげで敵戦力をだいぶ削ることができたため、彼女は一度部隊を退いて立て直すことを決断する。
想定を超えた戦闘により弾薬消費が多くなってしまったからだ。
特に、愛機のペイロードが非常に少ないサニーズと弾薬管理がまだ上手くないランは弾切れ寸前の状態であり、いずれにせよ補給のために母艦スカーレット・ワルキューレへ戻らざるを得なかった。
「シルフシュヴァリエよりパルトナ、我が隊は補給を行うため一時帰艦する。ついでにチルドも連れ帰ってそのまま置いてくるつもりだ」
「こちらパルトナ、了解。残存戦力の掃討は俺とルナール先輩の部隊で何とかなるから、お前たちは対空装備に換装してカナダ軍輸送機の護衛に回ってくれ」
サニーズから今後の対応を聞いたライガは一時帰艦を許可し、そのうえで補給後は採掘施設の再奪還を担当するカナダ軍輸送機の護衛を行うよう指示を出す。
一応、輸送機にもカナダ軍の混成航空部隊がエスコート役として付いているはずだが、実戦経験豊富な彼はそれだけでは心許無いと感じていた。
そのため、1個小隊ながら並の中隊に匹敵する戦闘力を誇るγ小隊を助っ人として向かわせようと考えたのである。
「……本当に大丈夫なのか? 敵が全戦力を出し切ったと考えるのは早計かもしれんぞ」
しかし、敵増援の可能性を憂慮していたサニーズはライガの判断に異議を唱え、引き続き3個小隊で残敵の掃討を行うべきだと主張する。
「ふむ、お前の言っていることにも一理あるが……目の前の敵を仕留めるまで考えさせてくれ」
その宣言通り交戦していたツクヨミを格闘戦であっと言う間に撃破した後、ライガはサニーズを納得させるための「プランB」でそれに答える。
意見を対立させている暇が無いことは互いに分かっていた。
「じゃあこうしようぜ。お前とγ小隊の誰かを輸送機の護衛に回し、残る一人をこっちへ復帰させる。チルドは予備機の準備が間に合わないからお留守番だ」
ライガが新たに提示した作戦は次の通りだ。
まず、それなりの戦力と技量が要求される護衛任務にはサニーズが必要不可欠であり、そのうえでもう一人をサポート役として同行させる。
残る一人はラビットレイク鉱山まで戻り、αまたはεの指揮下に入って残敵の掃討を行う。
「まあ、それが妥協案だな……よし! ラン、お前は私と一緒に輸送機の護衛をやるぞ!」
「りょ、了解!」
「ロサノヴァは帰艦して補給作業を終えたら、αかεと合流しろ!」
「ああ、分かった!」
チルドのスーパースティーリアの肩を支え、自身よりも大柄な機体を引きずるように垂直上昇していくサニーズのシルフシュヴァリエ。
「ライガ、ルナールさん……あまり心配はしていないが、一応気を付けてくれ。この戦場はあまりにもコンディションが悪すぎる」
γ小隊の姿が猛吹雪の中に消えるのを見届けた後、残された2個小隊は再び戦闘へと集中するのだった。
「まとめてやっつけちゃうんだから! ユーフォニアム、フルパワーでいくわよ!」
敵機がいい感じに並んでいると判断したメルリンは左右操縦桿のトリガー、機関砲発射ボタン、武装発射ボタン1を全て同時に入力し、愛機ユーフォニアムが持つ最強の固定武装のセーフティを解除する。
その直後、白と群青色に彩られたMFの腹部が変形し、人間で言う「へそ」に当たる部分から砲口のようなものが現れる。
一部分に変形機構が必要なほど大掛かりなこの武装の正式名称は「ジェネレーター直結式腹部内蔵型レーザーキャノン『オフィクレイド』」。
E-OSドライヴから直接エネルギー供給を受ける、MF単体で扱える武装としては史上最強クラスの火力を誇る光学兵器――所謂「ロマン砲」と揶揄されるものだ。
「ユーフォニアムより全機、私の正面から掃けてちょうだい! 今から『オフィクレイド』を使うわ!」
「ダメだメルリン! ロサノヴァから『発射後の出力制御がまだ安定しないから使うな』と釘を刺されているのを忘れたのか!?」
「オフィクレイド」がまだ調整中であることを知っているルナールは発射を止めようとするが、当のメルリンは姉の制止を無視し使用手順を進めていく。
「この一発で仕留めてみせるから! それに……発射後に何かトラブルが起きた時は、姉さんやライガ君がフォローしてくれるよね?」
「え!? 俺はラヴェンツァリ姉妹とクローネの面倒を見るだけで手一杯なんだ! ルナール先輩、後は頼みます!」
危うくフォローを押し付けられそうになったライガが無理矢理言い逃れした結果、トラブル発生時の尻拭いはルナールに託されてしまう。
確かに、彼女は子どもの頃から妹たちの面倒をよく見てくれる、本当に良いお姉ちゃんではあったが……。
「はぁー……仕方ない、一発だけだぞ。それ以上は何か起こっても助けられないかもしれん」
結局、妹たちに甘いルナールは「発射は1回だけ」という条件付きでメルリンに「オフィクレイド」の使用を許可する。
「分かってるって姉さん、発射後のクールダウン時間を凌げるだけの余力は残しておくから……!」
後先を考えないフルパワーでの発射は何が起こるか分からない――。
それぐらいはさすがに警戒しているメルリンは愛機ユーフォニアムの出力を少し抑え、最大出力の70%程度で試し撃ちしてみることを決める。
一応、その程度の出力でも駆逐艦の主砲を上回る火力は叩き出せるはずだ。
「射線に味方機無し! アウトリガー展開確認!」
予想される攻撃範囲から味方を全て退かし、それと並行して反動抑制用の支えとなる脚部アウトリガーの展開を指差し確認するメルリン。
「オフィクレイド、いっけぇーッ!」
彼女が声を上げながら左右操縦桿のトリガーを引いた次の瞬間、ユーフォニアムの腹部から巨大な蒼い光線が撃ち放たれ、真っ暗な雪原を真昼のように明るく照らすのであった。
【バトルライフルとアサルトライフル】
MFの世界では「強力な弾丸を使用する中型機関銃」がバトルライフル、「反動が少ない専用弾丸を使用する中型機関銃」がアサルトライフルと明確に分けられている。
それに対して「小型弾丸を使用する小型機関銃」はサブマシンガンと呼ばれている。
なお、この分類は実体弾兵器に限定した話であり、光学兵器(レーザーアサルトライフルなど)の場合は定義が変わってくる。




