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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第1部 BRAVE OF GLORY

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【BOG-11】気高き誇り、目覚める勇気

2132/04/02

03:11(UTC-2)

North Atlantic Ocean

Operation Name:VALKYRIE OCEAN

 イギリス・ポーツマスを出港してから約半日。

オリエント国防海軍第8艦隊は全航程のおよそ半分―アゾレス諸島から約1000km北の大海原を進んでいた。

この海域はまるで艦隊の行く手を阻むかのような大嵐に見舞われており、各艦は波に呑まれないよう高度50ft付近の超低空を「航行」している。

高度を上げないのは被発見率を抑えるためである。

もっと上昇すれば雨雲の上に出られるかもしれないが、そんなことをすれば夜空の中で大いに目立ってしまうだろう。

第8艦隊が北米大陸へ向かっていることはできる限り隠し通したいのだ。


 アドミラル・エイトケンを旗艦とする第17高機動水雷戦隊及び駆逐艦「ペーガソス」が率いる第6駆逐隊は本隊よりも2~3kmほど前方を航行し、輪形陣を維持しながら嵐の海を突き進んでいく。

「この(ふね)が鋼鉄製で良かったな。コロンブスが乗っていたような船で嵐の中を突っ切る気にはなれん」

今、ブリッジの艦長席に座っているのは副艦長のシギノ。

一日中働きづめだったメルトは自室でぐっすり眠っているため、彼女から夜間の艦長代理を任されているのだ。

シギノに限らずブリッジクルーは全て交代要員へ変わっており、昼間担当のエミールやマオもおそらく熟睡していることだろう。

「全くです。大航海時代の船乗りの勇気にはつくづく驚かされます」

誰よりも早く脅威を発見するという任務を帯びているとはいえ、シギノらブリッジクルーはリラックスした状態で業務に臨んでいた。

普段はサポート役としてCICに閉じこもっているためか、表舞台での勤務に少し浮かれているようにも見える。


「しかし……ここまで平穏だと逆に不気味だな」

外板を打ち付ける雨の音だけがブリッジ内に響き渡り、シギノの発言の不穏さを助長していた。

「て、敵が来ないほど嬉しいことは無いですよ……な? お前もそう思うだろ?」

場の空気をどうにかしようと火器管制官の一人がレーダー員へ話を振る。

「……そうも言ってられないみたいよ。レーダーで所属不明艦を多数を捉えたわ」

レーダー員のその一言はブリッジに緊張感を奔らせるのに十分な衝撃であった。

「所属は分からないのか? この海域にいるのはアメリカかカナダの艦隊―あるいはルナサリアンぐらいだと思うが」

帽子を被り直しながらシギノ「艦長代理」は詳しい状況報告を求める。

「はっ、IFFへの応答が無いことからルナサリアンの艦艇と思われます」

「方角は?」

「方角は北西、予想される艦隊規模は巡航艦隊2個です」

それを聞いたシギノは顎に手を当てて次の行動を考える。

若くして艦長の座を掴んだメルトの陰に隠れがちだが、シギノも士官養成コースにおける成績上位者である。

艦長の代わりに水雷戦隊を指揮することなど造作無いはずだ。

……とはいえ、規則上は可能な限り正規の艦長が指揮を執らなければならないとされているため、戦闘態勢に移行するのならメルトを叩き起こす必要がある。

「総員、第2戦闘配置に就け! 指揮下の全艦艇へ通達しろ!」

シギノの号令と同時にオペレーター及びレーダー員を除くブリッジクルーはCICへ移動を開始し、アドミラル・エイトケンの艦内は慌ただしくなる。

臨戦態勢を意味する「第1戦闘配置」は艦長しか発令できないため、シギノの権限では第2戦闘配置が精一杯だ。

「手が空いている者はメルト艦長を起こしに行ってくれ! エアマットで目覚めている頃合いだと思うがな!」


 一方、こちらは第17高機動水雷戦隊が捉えたアンノウンの正体であるルナサリアン巡航艦隊。

全領域巡洋艦「タケイワタツ型」数隻を主軸とするこの艦隊も敵の存在を認めていた。

「相手は中型巡洋艦1隻に駆逐艦多数……連中の狙いは『ナキサワメ』か?」

艦隊旗艦「ヒコヤイ」の艦長モチヅキは腕を組みながら唸る。

「航路を確認した限り、モンツァやジブラルタルを陥落させた艦隊であると思われます」

「うーむ、よりによって一番厄介な連中が来たか」

この巡航艦隊に与えられている任務は敵戦力の撃滅ではない。

ジブラルタル及びドーバー海峡に「鉄の雨」を降らせた超兵器「ナキサワメ」の護衛が本来の目的である。

鉄の雨こと「大陸間炸裂弾頭誘導弾」は意外に射程距離が短く、大西洋まで母艦をある程度進出させないと届かなかったのだ。

大陸間弾道弾の設計経験が足りないルナサリアンゆえに起こったミスといえる。

しかも、攻撃を終えたらすぐにハドソン湾の防空壕へ帰港する予定がナキサワメの機関部トラブルで遅れてしまい、真夜中の時化(しけ)た海原を突っ切るという想定外の事態を招いていた。

「……ここで『ナキサワメ』の姿を見せるわけにはいかん。総員、第一種戦闘配置! 少数の護衛以外は反転し敵艦隊を迎撃する!」

モチヅキの号令と同時にヒコヤイ含む巡洋艦5隻と取り巻きの駆逐艦8隻が針路を変更、それ以外の艦は引き続きナキサワメの護衛に就く。

中型巡洋艦と多数の駆逐艦で構成された敵艦隊へ狙いを定め、ルナサリアン巡航艦隊の各艦は砲撃開始の合図を待つのだった。


「ふわぁぁ……副長、状況はどうなっているの?」

大きなあくびをしながらCICの艦長席へ座るメルト。

その姿を見かねたシギノは気を利かせてブラックコーヒーを差し出す。

「艦長、上着と帽子は?」

慌てて飛び起きたのかメルトは制服の上着及び帽子を忘れており、シャツの胸元が閉まり切っていない状態で指揮を執り始める。

もっとも、コーヒーを飲んだおかげか目はバッチリ覚めたようだった。

「そんな物、無くったって指揮は執れるわよ。私の心配をするぐらいなら状況を教えなさい!」

「はぁ……敵艦隊は我々から見て2時方向の約80km先に布陣。規模は巡航艦隊2個、重巡洋艦5に駆逐艦8です。陣形は重巡を旗艦とする複縦陣を展開しています」

少々ズボラな艦長に呆れながらも淡々と状況報告を行うシギノ。

ちなみに、約80kmなら主兵装の対艦ミサイル「MSC-2006 トライブレード」の射程に十分収まっているが、それは相手も同じだろう。

「重巡5隻を水雷戦隊で相手取るのは少々厳しいと思う。本隊へ数隻の援軍を要請すべきでは?」

「いいえ、勝てるわ」

メルトはこれまで誰も見たことが無いような不敵な笑みを浮かべ、副長の意見具申を退ける。

そして、ヘッドセットを装着すると艦内の全部署と指揮下の全艦艇へ指示を下すのだった。

「総員、第1種戦闘配置! ただし、航空隊は格納庫で待機せよ! 全速前進、各艦は単縦陣で我が艦に続け!」


 時を同じくしてここはアドミラル・エイトケンのMF格納庫。

戦闘配置に就いたメカニックたちが慌ただしく機体の出撃準備を行う中、ミキは大雨が打ち付ける甲板上へ出て天候を確認していた。

一瞬でずぶ濡れになり、暴風で吹き飛ばされそうな彼女の姿が大自然の脅威を物語っている。

「チーフ、体を張って外の様子を確認してきたんですか?」

メカニックの一人はそう尋ねながらミキへタオルを渡してくれた。

「まあ、雨風に直接打たれてこそ分かることもある」

「それってマゾなんじゃ……ぶっ!?」

次の瞬間、メカニックの顔にびしょびしょのタオルが投げ付けられる。

表情からは分からないが、ミキは多少怒っているのかもしれない。

「こんな大荒れの天候じゃMFは危険すぎて飛ばせないぞ。今回は私たちの出番は―」

その時、彼女の視界の端にコックピットへ滑り込む一人の女の姿が映った。


「おいおい、またメルト艦長の命令を拒否するつもりか!?」

正解はもちろんセシルである。

腕は良いのに上の命令を聞かないのが、彼女の唯一にして最大の欠点といえる。

普段は親友の意向を汲んでくれるミキであるものの、今回ばかりはさすがに制止しようとした。

純粋に身を案じているのはもちろん、軍規違反スレスレの行動を既に犯したうえで更に無断出撃するつもりでいるのだ。

そんな無茶をされた日にはさすがのミキも擁護しようがないし、温厚なメルトや有能且つ名家出身ということで見逃していた空軍上層部もキレるだろう。

……親友が素行不良で除隊されられる姿など見たくない。

「艦載機を飛ばせないのは敵も同じだろう? ならば、私がエアカバーを行えば多少は有利に戦えるはずだ」

出撃する気満々のセシルの話を聞いたミキは何となく違和感を覚える。

「『私』?」

「ああ、この危険なコンディションにスレイとアヤネルを連れ出すわけにはいかない。嵐に揉まれて墜ちるのは私一人でいい」


「……この、バカ野郎ッ!」


ミキの怒号が格納庫内に響き渡り、それに驚いたメカニックたちの手が止まる。

そして、彼女は親友の肩に手を置いて窘めるように自らの考えを述べた。

「あのな……お前の命はお前だけのモノじゃない。スレイ、アヤネル、お姉さんに御両親―そしてメルト艦長。もちろん、私もだ。今挙げた人々がお前に望んでいるモノは何だと思う?」

「……」

答えが分からないのか、あるいは分かっているが言い出せないのか。

セシルは沈黙を貫く。

「―じゃあ、答え合わせをしましょうか? 隊長」

その時、格納庫の隅にある更衣室からコンバットスーツ姿のスレイとアヤネルが現れた。

「貴女がエースとして活躍することを望む者……それは貴女自身のプライドではないのですか?」

スレイの発言を聞いたセシルは困惑顔を浮かべる。

どうやら、敵のマニューバを見切るのは得意でも、自らの心中を顧みるのは苦手らしい。

「周りからしたら死に急いでいるように見えるんだよ、隊長は。何が貴女を焦らせている?」

そこへ畳み掛けるようにアヤネルが言葉を続けた。

「……焦っている? 私が?」

「ああ、焦っているね」


 これまでの「上官と部下」の関係を今は捨てなければならない。

そうしなければ言葉の真意は伝わらない。

今、アヤネルは「同じ人間」という対等の立場でセシルへ語り掛けている。


「本当に隊長のことを思ってくれている人たちは、貴女が無事に帰って来ることを望んでいる」

「じつはモンツァの一件の後、メルト艦長と話す機会があったんです。とても悲しそうな顔をしていました……『無理をしないで欲しいのに、あの娘はMFの魔性に憑りつかれてしまった』って」

部下―いや、2つ年下に過ぎない同世代の言葉はセシルの目を覚まさせ、更なる高みへ至らせるのに十分なキッカケであった。

何かを悟った彼女はスレイたちが後ずさりするほどの力強い歩みで愛機オーディールMのもとを目指す。

「……止まらないんだな、セシル」

「あそこまで言われたら止まるわけにはいかんさ、ミキ」

そして、後ろを振り向いたセシルは笑顔でこう答えるのだった。


「ようやく分かったよ、『私』が目指すべき騎士道の答えが……!」


 その頃、CICではメルトが砲雷撃戦の指揮を執っていた。

相手の初手は対艦ミサイルであったが、これは高度な迎撃システムにより防いでいる。

「もう少し引き付けたら実体弾で仕掛けるわよ。私の合図で1番及び2番砲を同時発射して」

「了解、いつでも撃てます!」

オリエント国防海軍の戦闘艦艇には「火器管制官」と呼ばれるエキスパートが乗艦しており、各種兵装の使用を実行に移すのは彼女らの役割である。

アドミラル・エイトケンの場合は火器管制官たちを纏めるリーダー、主砲担当、ミサイル系兵装担当、対空迎撃担当、そして必要に応じて配置する対潜攻撃担当の5ポジション・7人が兵装を制御しているのだ。

「……!? ちょっと待って! 格納庫のエレベータが動作しています!」

「は? 私は航空隊は出さないと言ったはずだけど」

オペレーターの報告を聞いたメルトは思わず耳を疑う。

だが、彼女を驚かせたのは次の一言であった。

「えーと、セシル少佐からの伝言です。『君ト君ノ指揮スル艦ヲ守ルタメ、我ラ嵐ノ海ヘ出撃セリ』」

「……!?!?」

伝言に込められた意味を察し、アホ毛が荒ぶるほど顔を赤くするメルト。

「(どうしてみんなの前でキザなことを言うのよ! 帰ったらしっかり追及してやるんだから!)」

じつはオペレーターはもう一つ伝言を預かっていたのだが、心の中で決意を固めているメルトには聞こえなかった。

「あ、ミキ大尉からだ……『素敵なナイト様がいるもんだな』?」

巡航艦隊

オリエント国防海軍及びルナサリアン独自の艦隊種別。

重巡洋艦数隻を基幹とする、機動力と攻撃力のバランスが取れた艦隊が特にこう呼ばれる。

戦艦や空母の展開が躊躇われる状況では主力艦隊になり得るため、前述の2か国は巡洋艦の増強を重視している。


エアマット

オリエント国防海軍の艦艇では佐官以上の乗組員または一部の尉官に対し個室を割り当てているが、そこのベッドに取り付けられている装置のこと。

起床時間や戦闘配置になるとこれに空気が送り込まれて寝床自体が平らでなくなり、身体を持ち上げることで目覚めさせる。

元々は日本の鉄道業界で使用されていた物である。

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