【MOD-36】陸の帝王は砂漠に沈む
広大な砂漠を闊歩する陸の帝王――。
要塞の如き鉄壁の護りを持つそれは、誕生以来一度も攻め落とされたことが無かった。
だが、蒼き勇者たちは果敢に挑む。
彼女らは卓越した技術で護りが薄い場所を突き、中から陸の帝王を食い破ったのだ。
そして――中身を食い尽くされた帝王はついに息絶えたのである。
※「新訳オリエント神話-第9章 砕月編-」より抜粋。
何よりも大事なのは戦友たちの命。
だが、苦労して捕らえた捕虜たちをここで手放すのも惜しい。
「……ステファニー、お前がA班の指揮を引き継げ」
「え?」
「他の2人を連れてお前たちは艦載艇に乗るんだ」
突然指揮権を部下へ移し、先に脱出するよう促すフランシス。
「何を言ってるんですか、隊長? あなたも一緒に――」
当然、彼女の真意を図りかねているステファニーはその命令に反発するが……。
「私の指示に従え! 私は捕虜を連れて自力で脱出する方法を探る……早くしやがれッ!」
フランシスの剣幕に気圧され、不本意ながらも指示に従わざるを得ないステファニー。
「(すまないな……だが、私は最善を尽くす女だ。次はワルキューレの格納庫で会おう)」
部下たちに対し自身の身勝手さを謝罪しつつ、フランシスは「捕虜を連れて脱出する方法」を模索するのだった。
「さて……お前ら、この艦にも脱出用の艦載艇ぐらいは積んでいるだろう?」
フランシスの至極当然な質問に対し、捕虜となったタケハヅチ乗組員たちは首を横に振る。
「おい、今すぐにでも脱出しなきゃ私らは木端微塵になるんだ。正直に答えねえとここで撃ち殺すぞ」
「タケハヅチは地上での運用を前提としているため、脱出専用の『イカダ』はありません」
「チッ、じゃあテメェらはこいつが沈む時は『艦と運命を共にする』ってか?」
指示通り「艦載艇は無い」と正直に答えた副長の言葉を受け、呆れたように肩をすくめるフランシス。
いくら地上とはいえ、タケハヅチの甲板から硬い地面に飛び降りたら文字通り投身自殺になってしまう。
やはり、国家総動員態勢を敷くルナサリアンにとっては「個人の命」など軽いモノなのだろうか?
「いえ、本来は兵員輸送車に分乗して脱出するよう規定されていますが、搭載箇所である艦尾格納庫に向かうことは不可能でしょう」
「フンッ、ウチのMF部隊が派手に暴れすぎたようだな」
頼みの綱であったタケハヅチ側の脱出装置には期待できない。
フランシスはいよいよ覚悟の時を迫られる。
「(クソッ、やはり死なないようにお祈りしながら飛び降りるしかないのか……!?)」
一方その頃、定員オーバーの艦載艇で脱出に成功したスターライガ保安部員たちは、自身の回収及びフランシスの救援を要請するべく母艦スカーレット・ワルキューレとの通信を試みていた。
「フライング・ダッチマン2よりワルキューレ、聞こえますか! 我々は艦載艇1隻を損失しているため、現在15人の保安部員をこの船に詰め込んでいます! 彼女らをストレスから解放させるため、可及的速やかに回収願います!」
「こちらワルキューレCIC、飛行甲板のスペースが空くまで待機。着艦進入の指示はこちらから出します。ところで……」
艦載艇を操縦するアンナ=カーリンの要請を聞き入れたところで、CICのオペレーターは違和感に気付く。
「15人しかいないの? 保安部員は16人出て行ったはずだけど……」
「ええ、フランシス隊長は『私は捕虜を連れて脱出する方法を探す』って……それで『ランドシップ』にまだ残っているのよ」
「はあ? あなた、どうしてフランシスさんを無理矢理にでも連れて来なかったの? 別に捕虜の命なんて――」
「隊長が自分で言い出したんだから仕方ないでしょ」
二人が言い争っている姿を見かねたのか、無線を聞いていたルミアは自分自身を割り込ませることで論争を鎮静化させるのだった。
「お二人さん、今はケンカしてる場合じゃないだろ?」
「なぜ『ランドシップ』に近付いているんですか? 早く後退してください!」
CICのオペレーターはレーダー画面を常に監視しており、それや無線の内容を基にMF部隊へ適切な情報提供を行うのが仕事の一つだ。
そのため、彼女はルミア率いるΔ小隊がタケハヅチに接近していることを確かに捉えていた。
「さっきも言ったろ? 専門分野は違うし歳も二世代ほど離れてるが、フランシスは仲間であり友人なんだ。それに……自分よりも若い奴が早死にするのは見たくないのさ」
「……」
沈黙するオペレーターの様子を見ていたミッコは彼女からヘッドセットを奪い取り、Δ小隊へ「フランシスの救援」という艦長直々の命令を託す。
「頼んだわよ、ルミア。あなたの小隊とフランシスが帰艦した時点で作戦終了とするわ。必ず生還しなさい――それ以外は許可できない」
「……ありがとうございます、艦長――よし、Δ各機聞け! 今からフランシスの奴に貸しを作ってやろうぜ!」
ミッコの配慮にらしくない丁寧な言葉遣いで答えると、ルミアは僚機と共にタケハヅチを目指すのであった。
「(この高さから飛び降りるのは……さすがに願い下げだな)」
タケハヅチの左舷側から砂漠を見下ろし、その光景に思わず後ずさりするフランシス。
彼女がいる甲板から地上までは数十メートルもの高度差がある。
しかも、落ちた先に広がるのは水面よりも遥かに硬い砂の塊だ。
何も考えずに飛び降りたらどうなることか――結末は想像に容易い。
「ん? 何だあれは……航空機か?」
フランシスがどうしようかと悩んでいたその時、捕虜の一人がタケハヅチに近付いてくる航空機らしき飛行物体を発見する。
「サキモリ部隊が助けに来てくれたのかな?」
「いや、あいつらは艦長の指示で既に撤退したらしい。今更戻って来るとは思えない」
乗組員たちがそんな会話をしている間にも飛行物体はどんどん接近し、遠くからエンジン音らしき音が聞こえてくる。
ソプラノを彷彿とさせる、まるで青空を突き抜けていくかのような鋭い高音――。
これは少なくとも飛行機のエンジン音ではない。
「(この音……間違い無い、これはウチのMFだな!)」
だが、フランシスだけは分かっていた。
メインスラスターから鋭い高音を響かせながら飛ぶMFは、スターライガ製の機体以外にありえない――と。
そうしている間にも「自爆」のカウントダウンは着実に進んでおり、核融合炉に起因すると思われる激しい揺れがフランシスたちを襲う。
放射能汚染も気になるところだが、まずは自爆に巻き込まれないよう脱出することが先決だ。
「おーいッ! 私はここだ! 手を振っているのが見えるか!?」
MF部隊の機影を目視監視にしたフランシスは通信機を取り出し、味方機と交信しつつ身振り手振りを交えることで自らの位置を示す。
「おう、MF乗りの視力をナメるなよ。口の動きや表情までよく見えているぞ」
彼女の位置を確認したルミアは僚機に対しハンドサインを送り、タケハヅチの甲板上へと強行着艦を試みる。
誤ってフランシスたちを危険に晒さないよう、慎重且つ迅速に――そして位置取りに注意を払いつつ高度を落としていく。
「各機、いつも以上にソフトランディングを心掛けろ。勢いを付けすぎると甲板を踏み抜いちまうぞ」
自身に続いて下りてくるリゲル及びオータムリンク姉妹へそう忠告しつつ、愛機シャルフリヒターを丁寧に操縦するルミア。
そして、Δ小隊の4機はフランシスたちのすぐ近くへスムーズに降り立つのであった。
タケハヅチに強行着艦した黒いMFはゆっくりとフランシスたちへ近付き、片膝立ちをしながら「乗れ」と言わんばかりに右腕を差し出す。
「両手に1人ずつだ! 私とリゲルが2人、オータム姉妹は1人を連れて行け!」
ルミアに促されたフランシスはすぐにシャルフリヒターの右手へしがみ付くが、5人の捕虜たちはその場から動こうとしない。
やはり、自分たちの艦を沈めた敵を簡単には信用できないのだろう。
「どうした? 早くしねえと置いていくぞ!」
「待て、ルミアさん。ここは私が説得してみる」
イライラを募らせるルミアを諭し、彼女の機体から降りて捕虜たちの説得へと赴くフランシス。
「まあ、いきなり敵機の掌に乗れと言われても困るかもしれんが……私たちはルナサリアンを皆殺しにしたいわけじゃない。そもそも、この艦の艦長が投降を促したのは――お前たちに生き残ってほしいからだったんじゃないのか?」
「……!?」
その言葉を聞いた瞬間、タケハヅチの副長はハッとしたような表情を見せる。
彼女は他の乗組員たちと小声で話し合った後、フランシスの方を振り向き次のように答えるのだった。
「ウミヅキ艦長の思いやり――それを思い出させてくれてありがとう。私たちは投降します」
シャルフリヒターにフランシスと副長、リグエルⅡに乗組員2人、アゲハとクシナダに1人ずつ分乗させ、Δ小隊は直ちにタケハヅチの甲板から飛び立つ。
「しっかり掴まってろ! 風圧で吹き飛ばされても拾えねえからな!」
愛機のマニピュレータにしがみ付いているフランシスたちへ注意を払いつつ、彼女らが耐えられるギリギリの飛行速度になるよう推力を微調整するルミア。
ふと後方を振り返ると、自爆寸前のタケハヅチは船体の各部から黒煙を上げ始めていた。
ルミアたちΔ小隊は自爆までの猶予が分からない以上、今はとにかく遠くまで逃げるしかない。
「そろそろね……」
「え?」
「自爆装置の作動よ! この距離なら爆発に巻き込まれることは無いと思うけど……」
風切り音に負けないよう副長とフランシスが大声で言葉を交わしていたその時、遥か後方に擱座しているタケハヅチから一際大きな炎が上がる。
「ああ……タケハヅチが……沈む……!」
そして、核融合炉の強引な高出力運転により弾薬庫及び推進装置が誘爆を起こし、陸上戦艦は核爆発並みのキノコ雲に呑み込まれていくのであった。
その日の午後――。
「陸上戦艦の鹵獲」という目的こそ果たせなかったものの、それなりの成果を得られたスターライガは5人の捕虜をルナサリアンに返還するため、事実上の緩衝地帯となっているアゼルバイジャンの首都バクーへと向かっていた。
バクーのヘイダル・アリエフ国際空港は「直接的な軍事行動」を目的としない場合に限り、地球・ルナサリアン双方の航空機及び艦艇の一時滞在を認めているので、スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレはここでルナサリアンと接触を図る予定なのだ。
また、タケハヅチとの戦闘で燃料弾薬を少なからず消耗したため、オリエント連邦の友好国であるアゼルバイジャンで補給を行うことも兼ねていた。
地球人の中には空港利用料で利益を上げるアゼルバイジャン政府を「地球の裏切り者」と嫌悪する者もいるが、下手に徹底抗戦を唱えて国土を蹂躙されるよりは賢い判断なのかもしれない。
「レガリア、あなたは艦を降りて町中を見て回らないの?」
「バクーはビジネスで何回も来ているので、今更という感じですね。とはいえ、緩衝地帯化することで生き残りを図る大胆さには驚かされましたけど……」
半舷上陸が認められたことで多くの乗組員たちがバクー市内へ繰り出す一方、ミッコとレガリアは補給作業の進捗を見守るためワルキューレ艦内に居残っていた。
休日は今日だけだ。
日付が変わるまでには補給作業と捕虜の引き渡しが終わる見込みなので、スカーレット・ワルキューレはヘイダル・アリエフ国際空港が開港時間を迎える4月18日午前5時にバクーを発つ予定となっている。
次の目的地は――北アメリカ大陸。
アメリカ及びカナダの両国がルナサリアンと死闘を繰り広げている、地球上でも有数の激戦区である。
スターライガはバクーからそのまま北上してロシア本土~バレンツ海~スヴァールバル諸島~グリーンランドの上空を通過。
最終目的地をカナダ北部のサスカチュワン州とし、この地に多数あるウラン鉱山をルナサリアンから奪還することが次の「仕事」であった。
【イカダ】
ルナサリア語で「救命ボート」「(射出座席以外の)脱出装置」などを指す。
超兵器には大体備わっているが、地上運用が前提のタケハヅチには用意されていない。




