【MOD-35】DESERT CONFUSION(後編)
「後退だ後退! 私たちの帰る所を守るんだよッ!」
「こちら3号車、履帯の損傷により行動不能! 我々は固定砲台として最後まで戦います!」
「くッ……了解した。だが、死ぬなよ!」
スターライガによる追撃が始まる中、母艦を守るために後退を開始するタケハヅチの陸戦隊。
しかし、理由は分からないが母艦からの指示が伝わってこないため、効率的な戦い方ができているとは言えなかった。
当然、スターライガ側はその隙を突くことで散り散りになった部隊を各個撃破していく。
「トリアキスよりΗ各機、4時方向に敵混成部隊! 距離800!」
「こちらドーントレス、戦車と対空車両とMFが集まってやがる。ヒナ、空陸からの挟み撃ちで仕掛けるぞ!」
「ええ! 私が対空砲火を引き付けるから、その間にパルトネルたちが相手を撃破してちょうだい!」
Η小隊は可変機であるトリアキスを駆るヒナが空中、スパイラル・カスタムに乗るリュンクス、アレニエ、パルトネルの傭兵トリオが地上にそれぞれ分かれ、後退する敵部隊に追撃を仕掛けるのだった。
「待ち伏せとはやってくれる! そう簡単に降伏するつもりは無いってことか!」
戦闘指揮所突入前に銃撃を受けたフランシスはすぐにドアを閉め、状況打開のために部下たちと話し合いを行う。
銃を突き付けて終わらせるのが理想的な展開であったが、残念ながら敵は最期まで徹底抗戦するつもりらしい。
「ハンドグレネードを放り込んでドカンと……」
「バカ野郎! そんなことしたらCICも吹き飛ぶだろうが!」
血の気盛んな若い部下の愚策を窘めつつ、先ほど合流したばかりのB班及びD班にも意見を求めるフランシス。
「スモークグレネードを使いましょう。これならCICの精密な電子機器を壊さずに済みます」
「射撃戦においても有利になるわね。あちらの事情は知らないけど、少なくとも私たちは煙幕の中でも前が見えるわ」
B班及びD班の隊長は共に「煙幕で視界を奪いつつ突入」という手段を提案。
これに対する反対意見は出なかったため、フランシスは早速「プランB」の準備に取り掛かるのであった。
一方その頃、スターライガ保安部の突入を退けたルネたちは、銃器のリロードを行いながら次の敵襲に備えていた。
「敵、来ませんね……これで諦めてくれるといいのですが」
「フンッ、私たちが予想外に抵抗してきたんで策を練っているんだろう。損害が広がらない限りは何度でも仕掛けてくると思うぞ」
白兵戦慣れしていない副長や他の部下たちを心配しつつ、一度は閉ざされたドアが再び開かれる瞬間を待ち続けるルネ。
そして、その時はすぐにやって来る。
「今だ! 撃て撃てッ!」
ドアが開かれ通路から光が差し込んでくると同時にルネは射撃指示を出すが、ここで想定外の事態が発生する。
「煙だ……! 前が見えない!」
「あいつら、煙幕を使ってきたのか!」
突然の煙幕により霧の中みたいな状況と化した戦闘指揮所。
スターライガ保安部の投げつけたスモークグレネードが白煙を撒き散らした結果、タケハヅチの乗組員たちは完全に視界を奪われていたのだ。
毒ガスではないのは不幸中の幸いだったが、いずれにせよ苦戦を強いられていることに変わりは無かった。
「射撃中止! 同士討ちに気を付けろ! 換気扇を最大出力で運転させて煙を逃がせ!」
同士討ちという最悪の事態を避けるため、ルネは射撃中止と同時に換気扇の出力を上げるよう命令する。
通路側から差し込む光をバックライト代わりにすれば敵影は見えなくもないが、誤って味方の背中を撃ち抜いてしまう可能性を考慮すると、視界不良の状況下で攻撃させるのは好ましくなかった。
「A班、突入突入! 煙の中からの不意打ちに気を付けろ!」
「こちらB班、続けて突入します! 各員、敵味方の識別は正確且つ迅速に行え!」
一方、フランシス率いるスターライガ保安部は自分たちが使用したスモークグレネードに惑わされること無く突入してくる。
彼女らは主兵装のカービン「C29」にフラッシュライトを装着しているため、着弾点を見極めつつ敵の目を晦ませるという戦い方が可能であった。
「ん? 何だお前?」
「うわッ!? うッ――!」
煙の中で偶然出くわした敵を銃床で殴りつけ、3点バースト射撃を浴びせることでトドメを刺すフランシス。
彼女の狙いはただ一つ……。
「ランドシップ」の指揮系統において最上位に君臨する人物――ルネの捕獲または殺害であった。
スモークグレネードの煙が吸い出され視界がクリアになった時、戦闘指揮所内に広がっていたのは多数の死体と重傷者が横たわる凄惨な光景。
それらは全てタケハヅチの乗組員であり、スターライガ側はボディアーマー等の損傷を除けば被害は全く無い。
白煙の中で行われていたのは一方的な銃撃戦だったのだ。
「偉そうな制服を着崩しているあんたが艦長だな? 私たちの言葉が分かるか?」
フランシスはルネの胸元に銃を突き付け、まずは自分たちと意思疎通できるかを確認する。
「へッ、私はこう見えて勉強熱心でね……オリエント語は翻訳機無しでも聞き取れるのさ」
その質問に余裕を見せながら回答し、個人防衛火器を床に置くことで降伏の意を示すルネ。
生き残っていた乗組員たちも彼女と同じように武器を手放していく。
ここまで来たら作戦終了まであと一息だ。
「ほう、それはありがたい。じゃあ……まずは部下たちに全ての戦闘行為を中止させるよう命令しろ。変なマネをしたら即座に撃ち殺すからな」
今この瞬間も外で戦っているMF部隊を守るため、手始めに無駄な抵抗を止めさせるよう指示するフランシス。
「おお、怖い怖い。でも、私の部下たちは優秀でしかも聞き分けが良いんだ。一声掛ければすぐに戦闘は終わるだろうな」
それに対して軽口を叩きつつ、意外なほどあっさりと武装解除を受け入れるルネだったが……。
「あーあー、ウミヅキより戦闘中の全乗組員及び陸戦隊に告ぐ。すぐに戦闘を中止し――区域ホ-7まで撤退! これより本艦は自沈する!」
タケハヅチの全乗組員と指揮下に属する陸戦隊へ投降を促す――かと思いきや、ルネは撤退を指示しながら操舵士席の操作盤を弄り始める。
保安部員たちは彼女の指示内容自体は把握できなかったが、マズい状況に陥っていることは直感的に理解できた。
「警告、自爆装置ガ作動シマシタ。本艦ハアト5分デ原子炉ガ臨界点ニ達シ、大爆発シマス。乗組員ハ直チニ脱出シテクダサイ。警告――」
戦闘指揮所内に警報音が鳴り響き、機械音声によるアナウンスが「さっさと脱出しろ」と皆を急かす。
そう、ルネはタケハヅチを明け渡すつもりなど端から無かったのだ。
「テメェ、変なマネをしてくれたな!」
次の瞬間、フランシスは構えていたカービンのトリガーを引き、指示に従わなかったルネを蜂の巣にしていく。
「艦長ッ!」
「へ、ヘヘッ……軍事機密は……処分しないと……な……!」
十数発もの弾丸を撃ち込まれながらも不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとその場に崩れ落ちるルネ。
血溜まりの中に沈んだ彼女が起き上がることは二度と無かった。
「敵部隊が後退していく……? おい、オータム姉妹! これ以上追撃する必要は無いぞ!」
その頃、外で敵戦車部隊を追撃していたルミアは相手の動きに違和感を抱き、散開していたシズハとミノリカを自身の所へ呼び寄せる。
「あいつら、尻尾を撒いて逃げていくな」
「それにしても様子がおかしいぜ。戦線が総崩れになったというより、上の命令で撤退を始めたように見える」
「でも、それなら『ランドシップ』に立てこもればいいじゃん。どうして母艦から離れるように撤退していくの?」
敗走とは言い難い統率の取れた行動を目の当たりにし、ルミアたちΔ小隊は首を傾げるしかない。
また、ミノリカが指摘している「母艦を放棄して逃げ出している」という点も気になる。
今更言うまでも無いが、ランドシップことタケハヅチはルナサリアンの技術力を結集した超兵器だ。
普通、軍事機密の塊である超兵器をそのまま放棄するとは考えにくいのだが……。
「……ライガやレガリアも君と似たようなことを言っていた。やはり、敵部隊の撤退には何か裏がありそうだ」
味方部隊と連絡を取り合っていたリゲルがルミアに報告していたその時、「最重要連絡」を意味するアラーム音と共にスカーレット・ワルキューレのCICから通信が入ってくる。
「ワルキューレCICよりMF部隊全機へ通達! すぐに『ランドシップ』の周囲から離脱してください!」
「落ち着けよ、嬢ちゃん。一体何が起こるってんだ?」
「敵艦に突入した保安部の報告によると、敵艦長が自爆装置を作動させたとのことです。保安部は数名の捕虜を連れて脱出できる見込みなので、MF部隊は速やかに戦闘空域からの離脱をお願いします」
それを聞いたルミアは静かに首を横に振り、CICへ更に質問を畳み掛けていく。
「あいつらが使ってる艦載艇――あれがどれだけ鈍足なのか知ってるか? あんなもの、護衛も無しに戦場へ放り出したらいい的だぜ」
「しかし……貴重なMF部隊を危険に晒すことは――」
「バカ野郎! 危険に片足突っ込んでるのは私らも保安部も同じだ! 命を張ってる仲間を助けないわけにはいくかよ!」
CICのオペレーターが困惑している間に通信を切断し、僚機へ独断で指示を下すルミア。
「Δ各機、保安部の連中が確実に離脱できるよう手助けしてやるぞ!」
彼女は保安部責任者のフランシスと酒を酌み交わす仲であり、飲み仲間が過酷な白兵戦に従事していることを知っていたのだ。
自爆装置――厳密には自爆を意図した「核融合炉の暴走開始」から数分後、スターライガ保安部のA、B、D班は捕虜を引き連れながらタケハヅチの甲板まで移動していた。
戦闘指揮所まで辿り着けなかったC班が先に甲板へ向かい、脱出に使う艦載艇の準備に取り掛かっているはずだ。
「あの……」
「何だ?」
「この抱え方、そろそろやめていただけないかしら? 正直なところ恥ずかしくて……」
「ああ、体重が軽すぎて抱えていることをすっかり忘れてた。悪かったな」
「歩かせるよりも自力で抱きかかえたほうが楽」という理由でお姫様抱っこしていたタケハヅチの副長を下ろし、すぐにC班のもとへと向かうフランシス。
ちなみに、副長は背が高く体格もルナサリアン軍人としては平均的なので、体重が極端に軽いというわけでもない。
「アンナ、艦載艇は今すぐ発進できそうか?」
「ハッ、1艇はいつでも出せます。ただ……」
報告を求めるフランシスに対し、C班隊長のアンナ――「アンナ=カーリン」という複雑なファーストネームを持つ彼女はもう1艇の艦載艇を指差す。
……いや、より正確に言うとそれは「1時間前までは艦載艇だったスクラップ」であった。
「1艇はあのザマです。4個小隊を無理矢理詰め込むことはできるかもしれませんが……」
艦載艇の定員数は10名とされているが、アンナの言う通りギュウギュウ詰めにすればA~D班の16名を乗せるぐらいは何とかなる。
しかし、5名の捕虜も全て連れ帰るとなれば話は別だ。
別に敵を助けてやる筋合いは無いが、かと言ってここで見捨てたら捕虜にした意味が問われることになる。
「フンッ、人道的か否かが問われる判断――というわけか」
自爆までのタイムリミットが迫る中、フランシスが下した決断は……。
【カービン】
オリエント語圏ではこの言葉自体に「小銃と同じ弾薬を使用する、銃身を短く設計された銃」という意味があるため、「カービン銃」「カービンライフル」といった表記はしない。
【アンナ=カーリン】
こういった「連結型」のファーストネームはオリエント連邦北部や中南部で多く見受けられる。




