【MOD-34】DESERT CONFUSION(中編)
ルネが目の当たりにした光景は常軌を逸していた。
艦橋の壁の一部が崩れ落ち、そこから外界の光景が見えていたからだ。
「艦長! 気を付けてください!」
「分かっている!」
心配する護衛の乗組員たちをよそに風穴まで近付き、吹き込んでくる強風に逆らいながら外の様子を窺うルネ。
外界では今もなお激しい航空戦が繰り広げられており、MFやサキモリが近くを通過すると風圧で吹き飛ばされそうになる。
それはまだいい。
一番の問題は目の前に地球製航空戦艦――スカーレット・ワルキューレの姿があったことだ。
よく見ると右舷側に塗装が剥がれている箇所があるため、2隻の位置関係を考慮するとその部分をタケハヅチの艦橋にぶつけて破壊したことが予想できる。
「(あの艦の火力ならば、ここまでの危険を背負わずとも有効打を与えられるはずだ。あいつら、一体何が目的なんだ……?)」
敵の真意を図りかねていたその時、ルネの持っている携帯端末が着信音を鳴らし始める。
「ウミヅキだ、どうした? ――何だとッ!? 分かった、すぐ戻るから全乗組員に白兵戦用意の指示を出しておけ! 敵兵は発見次第射殺しても構わん!」
通信の相手は指揮権を代行している副長。
その内容は「敵の特殊部隊が艦内へ侵入してきた」という、耳を疑うような報告であった。
「ステファニー、ハンドグレネードを使え!」
「了解!」
ステファニーという名の保安部員が敵の隠れている場所にハンドグレネードを投げると、指示を出したフランシスは味方たちと共に通路の角へ退避する。
スターライガ保安部が装備しているハンドグレネード「TYPE-2108-S3」は、信管を作動させてから約4秒で爆発するように設定されている。
厳密には起爆までの時間を読まれないよう所持者ごとにタイマー設定をずらしているのだが、少なくとも今日のステファニーは4秒で爆発する物だけを持たされていた。
ちなみに、扱いが難しい3秒タイプ及び5秒タイプは、保安部で最も経験豊富なフランシスが使用している。
「手榴弾!?」
「クソッ、蹴り返してやる!」
白兵戦に慣れていないタケハヅチの乗組員がハンドグレネードを蹴り返そうとするが、その判断はハッキリ言って無謀だったのかもしれない。
次の瞬間、タイマーで設定された秒数を迎えたハンドグレネードが起爆。
間近で爆発を受けた乗組員は文字通り木端微塵となり、別の乗組員も爆風により行動不能となっていた。
「(スターライガは正規軍と共闘しつつも指揮下には入らず、あくまでも自己判断で戦っていると聞く。おそらく、この艦を鹵獲することで自らの名声を上げるのが目的なのだろう)」
幸運にもスターライガ保安部と鉢合わせすること無く戦闘指揮所まで戻れたルネ。
そこでは副長による指示の下、「最悪の事態」に備え白兵戦の準備が進められていた。
「副長、お疲れ様。ここから先は私が指揮を引き継ぐ」
「ハッ」
彼女に対して白兵戦の準備を続けるよう命じつつ、ルネは現在展開している陸戦隊の状況を確認する。
白兵戦のプロである陸戦隊を全て出撃させたのは、もしかしたら致命的な判断ミスだったのかもしれない。
「(いくら精強なる陸戦隊といえど、空からモビルフォーミュラに襲われたら玉砕は必至――か)」
……しかし、今更後悔したところで喪われた戦力は戻ってこない。
今は使えるものを使ってタケハヅチを守るしかないのだ。
「タケハヅチより第十二戦車小隊、すぐにこちらまで後退できるか?」
「現在、目視で捉えられる範囲内で戦闘を継続していますが……少し時間をください。真っ直ぐ走っていたら敵航空機に狙い撃ちにされます」
「了解した。だが、なるはやで頼むぞ。この艦が制圧される前に戻り、敵部隊を抑えてくれるとありがたい」
「え!? 艦長、状況をせつめ――!」
その後もルネは対空車両及びその護衛を除く全ての陸戦隊に帰艦を指示し、タケハヅチを内側から制圧しようとしている敵と戦う準備を進めるのだった。
「隊長! 助けてくれッ! 後ろのMFが振り切れない!」
「サクル3、急旋回だ! もっと操縦桿を引けるはずだ!」
「これ以上Gを掛けたらブラックアウトする! チクショウ……もうダメだ――!」
次の瞬間、必死に回避運動を行っていたサクル3のF-15XSAは蒼い光線に貫かれ、真っ赤な火の塊となって砂漠の空に砕け散る。
僚機の悲惨な最期をサクル1は指を咥えて見ているしかなかった。
サクル3をやったのは……白と蒼に彩られたMF。
「旧式のストライクイーグルでよくやるな。さすがは『隼の目を持つ男』と言ったところか」
サクル隊の4機中3機を瞬く間に撃墜したライガは、ついに最も手強そうなサクル1へ狙いを定める。
「サウジアラビアには凄腕のイーグルドライバーがいる」という噂は以前から耳にしていたが、実際に手合わせするのは今回が初めてであった。
「俺の後ろに貼り付いてきたか。ドッグファイトに引き込む魂胆だろうが、その手には乗らんぞ」
運動性がモノを言うドッグファイトにおいて、MFに勝てる兵器は無い――。
それを知っているサクル1はアフターバーナーで一気に機体を加速させ、戦闘機が得意とする一撃離脱戦法で大勝負に打って出る。
「イーグルは速いぞ。そのMFではついてこれまい」
2基のエンジンがもたらす大推力であっと言う間に音速を超え、ライガのパルトナ・メガミを突き放すサクル1のF-15XSA。
「おお、速い速い。もっとも……機動力の差は勝敗を分かつ絶対条件ではないけどな!」
もちろん、ライガは「自分の戦い方」で相手を迎え撃つことを既に決心していた。
敵機をある程度引き離したサクル1は頃合いを見てインメルマンターンで反転。
ヘッドオンによるすれ違いざまの一撃を試みる。
互いに正面から突っ込むヘッドオンは相手にも攻撃チャンスを与えることになるが、運動性で負ける戦闘機がMFへ挑む際には最も有効な戦術の一つだ。
「先に逝った部下ども、俺はまだやるぞ! 戦闘機乗りの底力を見せてやる!」
蒼い光線が機体のすぐ近くを掠めていく中、それに臆すること無く操縦桿の発射ボタンを押すサクル1。
空対空ミサイルすら容易に回避できる運動性を誇るMFとはいえ、真正面からの攻撃は少しでも反応が遅れたら避け切れないだろう。
問題は敵機のドライバー――ライガがどれほどの反射神経を持っているかであるが……。
「くッ、主翼をやられたか!?」
機体サイズの大きさが災いし、サクル1のF-15XSAは左主翼にレーザーを1発被弾してしまう。
即座に墜落するほどではないものの、ローリング時にふらつくなど操縦安定性は明らかに低下していた。
「真っ向勝負か……ならば負けん!」
一方、高い運動性を活かしたバレルロールとフレアの散布でミサイル攻撃を全てかわしつつ、空いている左手で専用ビームソードを抜刀するライガのパルトナ・メガミ。
すれ違いざまの一閃で確実に決めるべく、彼は集中力を極限まで高める。
そして……!
交錯するMFと戦闘機。
「(よくやるッ……! 片方の垂直尾翼しか斬り落とせなかったか!)」
手応えを感じられなかったライガはすぐに機体を反転させ、F-15XSAに与えたダメージをその目で確かめる。
彼はニアミスどころか空中衝突寸前まで距離を詰めてから斬りかかったが、サクル1が決死の抵抗を見せたことで致命傷を与えるまでには至らなかったのだ。
事実、F-15XSAは左側の垂直尾翼を失いながらも未だ空に健在であった。
「逃がすかよ!」
先ほどと同じように急加速で間合いを取ろうとする敵機に向かってレーザーライフルを連射するライガ。
インメルマンターンで反転するまでの流れも同じ――かと思いきや、サクル1のF-15XSAはそのまま戦闘空域外に向かって南下していく。
「おいおい、本当に逃げるのかよ!」
射程外まで振り切られたところでライガは思わずツッコむが、それと同時に「敵前逃亡」という判断を下したサクル1のことを利口だとも感じていた。
「(アラブ人ってのは宗教に殉ずるものだと思っていたが、あのパイロットは生き残ることを優先したか。ま、頑張って上官を説得しろよ……サウジアラビアのイーグルドライバー)」
手負いの敵機が逃げ帰っていく様を見届け、ライガは取り巻きの敵部隊を片付けた僚機たちと合流するのだった。
「こちらC班、艦内食堂と思わしき部屋の制圧に成功!」
「フランシスよりC班へ、よくやったぞ食いしん坊ども」
「保安部長、艦内のフロアガイドも発見しましたが……」
初めは「食堂なんか制圧しても……」と思っていたフランシスだが、C班からの報告を聞いた瞬間彼女はその考えを改める。
これまで捕らえてきた敵乗組員は尋問しても全く口を割らなかったため、この有力情報はまさに渡りに船であった。
「それを早く言えよ! とにかく、フロアガイドの写真を撮影したら他の班に転送してくれ。それさえあれば『ランドシップ』の中枢部まで一直線だ!」
「了解、撮影が終わり次第すぐに写真を送ります」
フランシス率いるA班が通路の安全確保をしながら進んでいると、携帯情報端末にC班の撮影したフロアガイドの写真が転送されてくる。
本来は乗組員や軍関係者の移動に配慮した物であると思われるが、現状ではその親切設計が逆に仇となっていた。
なぜなら、ルナサリア語が読めずとも図を見れば艦内の構造が手に取るように分かってしまうからだ。
確かに、少数の敵特殊部隊が突入してくるなど普通は想定できないかもしれないが……。
「えーと、私たちは今どこにいるんだ?」
「あそこにトイレがありますよ。でも、ここって何階だったっけ」
「突入してから一度も階段を登ったことが無いから、多分甲板の下のフロアじゃない?」
「敵が度々現れるということは、それなりの理由があるんじゃないですかね」
自分たちがどの階層にいるのか把握できないまま、とりあえず前進を続けるA班。
ただ、フロアガイドには地下3階相当の階層に戦闘指揮所(CIC)が描かれていること――そして、ボディアーマーを身に着けた敵乗組員が激しい抵抗を見せてくることから、フランシスは「自分たちA班がCICに一番近付いているかもしれない」と予想していた。
「ここが仮に地下3階だとしたら、そろそろCICの前に辿り着くはずだが……」
フランシスがフロアガイドの写真と周囲の光景を照らし合わせながら進んでいたその時、彼女の後ろにいるステファニーがポンポンと背中を叩いてくる。
「何だ?」
「隊長、この部屋のドアを見てください。立ち入り禁止マークみたいなのが貼ってあります」
「立ち入り禁止マークだぁ? そんなもん……いや、分かったぞ」
具体的な警告文の内容は分からないが、それっぽい立ち入り禁止マークが貼られているドアを見たフランシスは確信を抱く。
何より、ドアの右側にあるキーパッドとカードリーダーが如何にも「ここは最重要区画ですよ」という感じを醸し出していた。
一方、そのドアの向こう側にある戦闘指揮所では敵部隊の突入に備え、即席の遮蔽物を設置するなど最終防衛ラインの構築が進められていた。
艦の中枢部にあたる戦闘指揮所の制圧は文字通り「陥落」を意味するため、タケハヅチ側にとってここを守り切ることは非常に重要であった。
「お前ら、ちゃんと防弾衣を着込んだか? 銃の扱いに慣れてない奴は奥から援護射撃だ。コウヅキ、お前は私と一緒に前衛をやれ」
「了解」
白兵戦用の装備を身に纏ったルネは部下の一人を呼び寄せ、遮蔽物の陰に隠れながらいつでも敵部隊を迎え撃てるように待ち構える。
戦闘指揮所の外では激しい銃撃戦が繰り広げられているのか、サブマシンガンの銃声が断続的に聞こえてくる。
「部屋の照明を全部消せ。明かりを点けてたら恰好の的になるぞ」
銃撃戦時に敵部隊の視覚補助となることを防ぐため、非常灯以外の照明は消灯するよう小声で指示を出すルネ。
戦車兵出身の彼女は白兵戦に関しても一定の知識があったのだ。
「!? 来るか……?」
やがて、銃声が鳴り止み戦闘指揮所のドアのロックが突然解除される。
ドアの上部に設置されているLED式誘導灯が緑から赤に変化したことから、「軍規違反の方法で外部から開錠された」ということが分かる。
元々は乗組員による反乱を防ぐための機構だが、この状況下では「敵襲を知らせる警告灯」として機能していた。
「いいか、奴さんが扉を開けたら射撃開始だ。まずは敵を撃ち殺すことよりも、戦闘指揮所に侵入されないことを優先しろ」
「「「了解」」」
部下たちに覚悟を決めるよう伝えてから数秒後、戦闘指揮所のドアが開かれた瞬間ルネは個人防衛火器の引き金を引くのだった。
【イーグルドライバー】
優れたF-15パイロットに対して与えられる称号の一種。
本来は日本空軍のF-15乗りを指す異名であったが、いつの間にか世界各国に広まってしまったらしい。
なお、厳密には別系統の機体にあたる「SF-15E コズミックイーグル」のパイロットもこう呼ばれている。




