【MOD-33】DESERT CONFUSION(前編)
「クソッ……貴様だけは許さん! ここで叩き潰してくれる! 必ずだッ!」
あと2秒動き出すのが早ければ――。
自らの力不足と僚機を目の前で殺されたことに対する怒りが、サキモリ部隊の隊長を駆り立てる。
「は、速い……!」
コックピット越しでも分かるそのプレッシャーに思わず怖気付き、額から冷や汗を垂らすソフィ。
辛うじてシールドは構えたものの、その次の行動を考える余裕など全く無かった。
「死に晒せぇッ!」
「くッ……!?」
シールドを前に出すことで攻撃に備えるソフィのスターシーカー。
だが、彼女の予想を裏切るように敵機は突撃を中止し、砂煙を巻き起こしながら横方向に逸れていく。
サキモリ部隊の隊長が攻撃を止めた理由とは一体……?
「(あれは……バルトライヒのビームジャベリン!?)」
スターシーカーの右腕で砂煙を払い除けながらよく目を凝らしていると、ソフィは自機の正面直線上にビームジャベリン――バルトライヒの主兵装が突き刺さっているのを発見する。
砂漠に垂直に近い角度で深く刺さっているのを見る限り、落としたのではなく槍投げのように意図的に投擲したと見て間違い無い。
「ソフィ、大丈夫?」
その直後、スターシーカーを庇うように深紅のMFが砂漠へと降り立つ。
得物のビームジャベリンが手元に無いためか、右手にはアイドリング状態の専用ビームソードが握られていた。
「ええ……何とか……」
「フフッ、初めて乗る機体のわりには様になっているわよ」
ソフィが正常に受け答えできることを確認すると、レガリアは表情を引き締め横方向へ逃げていった敵機を睨みつける。
その気になれば即座に斬りかかれるはずだが、それをしないのは彼女が「ソフィの援護」を優先しているからに他ならない。
「月へ帰りなさい。あなたにも家族がいるでしょう?」
「ああ……貴様らを殺ってからそうさせてもらう!」
レガリアが行った申し訳程度の降伏勧告に対し、サキモリ部隊は反撃を以って答えるのであった。
一方その頃、戦闘空域へ到着したサウジアラビア空軍の戦闘機部隊は空対艦ミサイルによる一斉攻撃を行い、あわよくばタケハヅチ及びスカーレット・ワルキューレにダメージを与えられることを期待していた。
しかし、サウジアラビア空軍に供与されている「AGM-84K ハープーン」は一世代古いミサイルであり、2隻の戦艦の対空砲火の前に為す術無く迎撃されてしまう。
「命中弾、確認できず! チクショウ、なんて弾幕だ!」
「アメリカから買った中古のミサイルは信用ならん! サクル1より全機、反転して再攻撃を仕掛けるぞ! 今度は命中するよう祈っておけ!」
僚機の報告を受けたサクル1は一度間合いを取り直し、先ほどと同じように飽和攻撃を試みる。
臨時編制の航空部隊を構成するF-15XSA、タイフーン、トーネードIDSⅡの3機種は旧式の部類に属する機体だが、ペイロードに関しては最新鋭全領域戦闘機にも負けていなかった。
ハープーンはまだ何発も残されている。
ただ、敵艦の防御力を考えるとここから先は無駄撃ちは許されないだろう。
「(あいつら、砲雷撃戦と呼ぶには近すぎる間合いで戦っているな。一体何が目的なんだ……?)」
「サクル1、攻撃タイミングの指示を願います! 俺たちはいつでも撃てます!」
「よし、射程に入り次第攻撃――いや、待て! 全機攻撃中止! 直ちに回避運動に移れッ!」
「隼の目を持つ男」という異名で呼ばれるサクル1は見逃さなかった。
スカーレット・ワルキューレの副砲が自分たちの方に向けられ、対空射撃を行おうとしていたことを……!
「回避だ回避! 死にたくなければもっと速く飛べッ!」
一度は攻撃態勢に入ったもののすぐに操縦桿を引き、アフターバーナーを使いながら一気に急上昇するサクル1のF-15XSA。
「置いてかないでくれー!」
「トーネードの加速力じゃそんなに早く飛べねえんだよ!」
彼の眼下では味方機が情けない声を上げながら懸命に上昇しようとしている。
これはパイロットや機体の能力不足というより、整備不良による性能低下が大きな要因であった。
優秀な熟練整備員や高品質な補修パーツはサクル隊のようなエース部隊へ優先的に回され、それ以外の部隊はおこぼれで凌ぐしかなかったのだ。
製造元から輸入しなければならない部品はルナサリアンのせいで流通が滞り、本来は自国内で賄える燃料も油田に火を点ける攻撃で数十億バレルもの石油が失われた。
その結果、補給さえ満足に行えなくなったサウジアラビア空軍は飛行機を飛ばせないまま蹂躙され、燃料不足により訓練に飛行時間を割けない状態が続いている。
練度不足の新人を戦場に送ったところで生き残ることができず、彼らを飛ばすために消費した燃料は全て無駄になる――。
今のサウジアラビア空軍は終わることの無い悪循環に陥りつつあった。
「上がれ上がれ! ……来るぞッ!」
サクル1が最低でも自分と同じ高度まで上昇するよう急かしていたその時、太陽よりも遥かに眩しい真っ白な閃光がサウジアラビア空軍機を襲うのだった。
「射出ハンドルが動かない……お、墜ちる――!」
「し、主翼が……うわぁぁぁぁぁぁぁッ――!?」
この世の終わりかと錯覚するほどの激しい振動に仲間たちの凄惨な断末魔――。
閃光に眩惑されていたサクル1が視力を取り戻した時、それなりにいたはずの味方機はすっかり数が減っていた。
「何だよ今の……核兵器でも使われたのか!?」
「でも、敵味方が入り乱れてんだぞ! いくらオリエント人でもそんな無茶なマネは……」
「黙って操縦に集中しろッ! 核兵器かどうかは関係無い、奴らは本気で殺しに来ている!」
動揺する僚機たちを一喝し、すぐに生き残っている味方機の数を確かめるサクル1。
「(クソッ、この数じゃ何もできやしない……ここは一度退くべきか?)」
彼は戦力を失った状態で戦い続けても勝機は見えないと判断。
態勢立て直しを図るため、HQ(司令部)へ一時撤退を要請する。
「サクル1よりHQ、我が隊の被害甚大! 一時撤退し作戦の再考を提案する!」
非常に理に適っていると思われたサクル1の意見。
だが、HQからの回答は信じられない言葉であったのだ。
「こちらHQ、撤退は許可できない。引き続き戦闘を継続せよ」
「敵戦闘機多数撃墜! これが『N弾』の威力なの……!?」
初めて実戦投入された新型対空砲弾「N弾」の戦果を目の当たりにし、歓喜しつつも複雑な表情を浮かべるスカーレット・ワルキューレの火器管制官。
副砲に装填されるこの砲弾は撹乱用の閃光弾と本命の窒素爆弾で構成されており、後者が起爆する際の衝撃波で敵航空機を叩き落とすことを目的としている。
閃光弾は直接的な攻撃力は持たないが、搭乗者の目潰しやセンサー類の動作不良を狙うことで戦闘力を低下させるという副次効果があった。
「対空警戒を怠るな! キョウカ、アラブ人どもに『また攻撃を仕掛けてきたら、全機叩き落としてやる』と通達しなさい!」
「り、了解!」
オペレーターのキョウカが最終通告をしている間にミッコはブリッジへ内線を繋ぎ、そこに配置されている観測員に状況報告を求める。
「CICよりブリッジ、敵艦の損傷状況について目視確認できるか?」
「こちらルーチェ、対空兵器はMF部隊の攻撃により大半が沈黙している模様。100cm砲の周囲には整備兵と思わしき人影が見られますが、戦闘中に再稼働させるのは不可能でしょう。艦長、もう少し敵機を減らしたら艦載艇による突入が行えるかと」
構造上狙われやすい位置にあるブリッジから外部を目視監視しているルーチェの意見具申を受け、ミッコは決断する。
「分かったわ、報告ありがとう――総員、聞け! これより本艦は『ランドシップ』に接舷し、白兵戦による制圧を実行する! 全乗組員は安全な位置で衝撃に備えよ!」
艦内放送で荒っぽい戦い方を行うことを伝えつつ、自らも艦長席に座りシートベルトで身体を固定するミッコ。
そして、彼女はついに『その指示』を下すのであった。
「よし……みんな、海賊になったつもりで行くわよ! ラウラ、面舵一杯! ぶつけるつもりで突っ込みなさいッ!」
「了解! 面舵一杯!」
一方その頃、陸上戦艦タケハヅチの戦闘指揮所は損傷状況の確認とダメージコントロールの指示、そして閃光弾と呼ぶにはいささか強力すぎる「N弾」の解析に追われていた。
「戦闘指揮所より第三整備班、主砲の復旧作業はもう結構です。代わりに第五整備班の応急処置を手伝ってください」
「第一弾薬庫で火災発生! 付近で作業中の整備班及び乗組員はただちに消火作業に当たれ!」
「艦長、先ほど敵艦が使用した閃光弾――いえ、対空砲弾の現状における解析結果が届きました」
戦闘指揮所内の人員が慌ただしく働いている中、艦長席から全体に指示を出していたルネは副長から「N弾」の解析報告書を受け取る。
「ふむ……おかしいな、諜報部が手に入れたという情報には記載されていない兵装だぞ。あいつら、調査抜けでもあったんじゃないのか」
「つい最近実戦投入された可能性もありますね。とにかく、あれを効果的に運用されたら航空隊が危険に晒されます」
「ああ、最初の一発はサウジアラビアの雑魚を狙ってくれたからよかったが、こちらに向けて撃ち込まれたらひとたまりも無い」
ルネと副長が「N弾」の脅威について話し合っていたその時、艦長席の送受話器が音を鳴らしルネに着信を知らせる。
送受話器に備え付けてある液晶ディスプレイには「艦橋→戦闘指揮所」と表示されていた。
「こちら戦闘指揮所、ちゃんとビビらずに目視監視は続けているな?」
危険な任務に当たっている艦橋要員を気遣い、ルネは彼女なりに励ましの言葉を掛ける。
というのも、戦闘中の被弾で外部を映すセンサーカメラが破損してしまったため、視覚情報を得るには「人間の目」という原始的な手段が必要となっていたのだ。
事実、タケハヅチの戦闘指揮所に設置されている大型液晶ディスプレイは普段は外界の様子を映しているが、今はレーダー画面が出されている正面を除き「コート-ナン(応答無し)」の表示のまま放置されていた。
「艦長! て、敵艦が物凄い勢いで突っ込んできます!」
「おい、どうした!? 報告は正確且つ簡潔に行え!」
「すみません、我々艦橋要員は一旦退避します!」
しかし、艦橋要員の様子は明らかにおかしい。
送受話器越しに聞こえる足音が遠のいていくため、もしかしたら内線電話を切ること無く逃げ出してしまったのかもしれない。
「待て、どこへ行くつもりだ!? ――あいつら、戦闘が終わったら叱責してやる!」
そうは言ってみたものの、艦橋要員が残した唯一の情報を思い出し「イヤな予感」を抱くルネ。
「(敵艦が突っ込んでくるだと? そもそも、奴らはなぜ我々に対し近距離戦を仕掛けている――!?)」
彼女が艦橋要員を召喚するために艦内放送を使おうとした次の瞬間、大地震のような激しい揺れがタケハヅチの戦闘指揮所を襲うのだった。
「きゃっ!?」
「大丈夫か!」
「あ、ありがとう……ございます」
転倒しそうになった副長の身体を咄嗟に支え、ルネはすぐさま戦闘指揮所の全員へ状況確認を指示する。
今の激しい揺れでノーダメージとは到底思えなかったからだ。
「操舵系統及び原子炉は異常無し!」
「浮上推進装置は損傷軽微!」
「兵装は被害甚大、敵艦へ有効打を与えるのは困難です!」
「電探は一部破損していますが、まだ索敵は行えます!」
「後部格納庫より入電! 敵艦の体当たり攻撃で格納庫が大破し、死傷者が多数出ているとのことです!」
深刻な被害報告の数々にルネが顔をしかめていたその時、一人の乗組員がノックも無しに戦闘指揮所へ入って来る。
その若者の顔にルネは見覚えがあった。
「あ! お前、さっきはよくも艦橋から逃げ出したな?」
彼女が物凄い剣幕でそう詰め寄ると、若い乗組員は両手を振りながら懸命に弁解しようとする。
「だ、だって……艦橋が滅茶苦茶に破壊されたんですよ!? そのまま居残ってたら死んでしまいます!」
「何ィ?」
「自分の目で被害を確かめてください! 僕たちが逃げ出した理由が分かりますから!」
乗組員の必死な弁明を聞いたルネは彼女を解放すると、艦長席の下に隠されている短機関銃「サマ-10 個人防衛火器」を取り出し、戦闘指揮所の上――艦橋の最上階へ向かうのであった。
自らの目で被害状況を確かめるべく、短機関銃を抱えながら数名の護衛と共に艦橋の非常階段を登っていくルネ。
指揮権は一時的に副長へ預けているので、いざとなったら彼女が何とかしてくれるだろう。
「(焦げ臭さに黒煙……? 上では火災が起こっているのか?)」
先ほどの衝撃の影響によるものか、火元を調べようにも非常階段が途中で崩落しているためこれ以上登ることはできない。
「しょうがねぇなぁ、せめてこの階層だけでも見てから戻るか……」
わりと軽い気持ちで非常扉をこじ開けた直後、ルネは衝撃的な光景を目の当たりにするのだった。
「おいおい……こんなのアリかよ!?」
【アフターバーナー】
本来は航空機用エンジンを製造しているGE社の登録商標であり、一般名称は「オーグメンター(推力増強装置)」とされている。
なお、F-15XSAのジェットエンジンはGE製であるため、同機の運用時に「アフターバーナー」という言葉を使うことには何の問題も無い。
【個人防衛火器】
地球側で言う「PDW」に相当する、専用弾丸を用いる特殊短機関銃のこと。
屋内のような狭所での戦闘を想定した銃であり、特殊部隊や軍艦の白兵戦用装備として配備されている。




