【MOD-31】砂塵の脅威(後編)
「よいしょっと……それじゃあ、ランドシップの対空砲火がどれほどのモノか……直接確かめよっか!」
通常の銃口の両隣に横長形状の特殊銃口を有する試製拡散レーザーライフル「スプリングストーム」のリロードを終え、リリーのフルールドゥリスは対空砲火の弾幕へと突っ込む。
「姉さん! ちょっと気が早いんじゃない!?」
それを見たサレナもすぐにスロットルペダルを踏み込み、姉と同じように愛機クリノスを敵艦の真上へ向かわせる。
「クローネ、俺たちも頃合いを見て対艦攻撃を仕掛けるぞ。艦載機が出てきているから、混戦になる前に対空砲火を黙らせたい」
「了解、動かない対空兵器ぐらいなら私でも当てられます」
「ああ、リリーたちに気を取られていない対空砲と敵機の迎撃に注意しろよ。ヤバい時は可能な限り俺がカバーしてやる」
目論み通り対空砲火がラヴェンツァリ姉妹へ夢中になっていると判断し、ライガは僚機のクローネに対艦攻撃へ移るよう指示を出す。
発着艦デッキからは艦載機と思わしきツクヨミが順次発艦しているため、彼女らが迎撃態勢を整える前にできる限りダメージを与えたいのだ。
「……よし、サレナが上手く引き付けてくれている! あいつを狙っている対空兵器から叩き潰せ!」
濃密な弾幕の中に僅かながら「安全地帯」が生まれている隙を突き、ライガとクローネは一気にタケハヅチへ肉薄するのだった。
「うーん……何て言うか、見かけほど対空砲火は激しくないのかなあ……?」
タケハヅチの艦首上空を横切りつつ、視界に入る対空兵器へ攻撃を仕掛けていたリリーはこの状況を訝しむ。
ハリネズミの如き対空兵器はお飾りなのかと勘違いするほど弾幕が薄いからだ。
「はぁ!? どこをどう見たらそんな暢気なことを! こっちは四方八方から弾とミサイルが飛んで来てる!」
「あ、そっかー! サレナちゃんの方にターゲティングが集中してるから、こっちにはあまり攻撃が来ないんだ!」
そして、彼女は妹のイライラに満ち溢れた報告を聞いたことで全てを察する。
リリーの幸運体質とサレナの不幸体質が相互に作用し合った結果、対空砲火の大半が後者へ集中するようになっていたのだ。
ラヴェンツァリ姉妹が同じ場所にいるとよく起こる現象であり、スターライガ内では俗に「ラヴェンツァリ効果」と揶揄されている。
「サレナちゃん、大丈夫!?」
「ええ、何とか……これぐらいならかわせる。それよりも姉さんたちは対空兵器の処理を続けて!」
不幸体質をからかいながらも真面目に心配してくれる姉に対し、フレアを撒きながらの回避運動でそれに応えるサレナ。
彼女たちが勇猛果敢に突撃した結果、タケハヅチの対空砲火にはエースドライバーなら付け入れるだけの空白が生まれていた。
タケハヅチの対空兵器にマルチロックオンで狙いを定め、ライガのパルトナ・メガミは大量のマイクロミサイルによる飽和攻撃を行う。
「高射砲も銃座も一つ残さず叩き潰してやる!」
白と蒼のMFから放たれたマイクロミサイルが陸上戦艦の甲板に降り注ぎ、対空兵器や副砲といった構造物を次々と破壊していく。
「早さと正確性を両立しているライガさんの戦い方……私もやってみる!」
それに続くようにクローネのスパイラルC型も腰部多目的ランチャーからグレネードを発射し、ライガが仕留め損ねた攻撃対象にトドメを刺す。
超一流のエースドライバーたちにはまだまだ及ばないが、クローネはライガの後ろを飛ぶことで確実に戦い方を身に付けていた。
「……クローネ、後方に注意! 迎撃機に狙われているぞ!」
「どうします? 対空兵器の排除と敵機の撃墜、どちらを優先すべきですか?」
「んなもん決まってる! ……降り掛かる火の粉は自分で払え!」
まずは自分の身を守れ――。
遠回しにそう指示しているのだと判断したクローネは、ビームソードを抜刀し自機を狙うツクヨミへカウンターを仕掛けるのだった。
ライガ率いるα小隊が2+2に分かれて戦う一方、レガリア率いるβ小隊は散開せずに4機で対空砲火の中を突っ切ろうとしていた。
β小隊は4機中3機が機動力に優れる可変機であるため、対艦攻撃の基本とされる一撃離脱戦法とは非常に相性が良い。
「みんな、タイミングは私に合わせてちょうだい! ……今よッ、アタック!」
レガリアの合図と同時に彼女のバルトライヒを含む4機のMFが同時攻撃を行い、タケハヅチの主砲である100cm単装砲へ損傷を与えることに成功する。
あまりに巨大すぎるので完全破壊には至らなかったが、後から鹵獲して調査しなければならないことを考慮すると、むしろこれで正解だったのかもしれない。
いずれにせよ、戦闘中に砲身を修理して復旧させることは不可能だろう。
「きゃッ!?」
「! ソフィ、大丈夫!?」
僚機の悲鳴を聞いて後ろを振り返ったニブルスはすぐに「これはマズい」と察した。
編隊の最後尾を飛んでいたソフィのスパイラルC型は高射砲弾の直撃で左脚が吹き飛ばされており、その切断面から推進剤を撒き散らしていたのだ。
「はい、かなり揺れたけど身体は大丈夫です。あ……でも、機体はマズいかも……」
「ええ、こっちから見ても脚部の損傷が激しいわ。漏れ出している推進剤が発火する前にベイルアウトを――」
「待て、ソフィ! まだベイルアウトするなッ! 後ろに複数の敵機がいるぞ!」
推進剤への引火――そこからの火災を危惧したニブルスはソフィにベイルアウトを勧めるが、敵機の姿を認めたブランデルは待ったを掛ける。
なぜならば、ソフィのスパイラルの後方には手負いの彼女を狙うツクヨミがいたからであった。
「見ろ、敵部隊の殿の機体が煙を噴いている」
「この機を逃すな! 手負いの奴から仕留めろ!」
タケハヅチの飛行甲板から上がって来た3機のツクヨミは即座に戦闘態勢へと移行し、白と紫のMFを執拗に追いかけ始める。
「こいつら、ジブラルタルの基地を強襲した部隊か! 肩部装甲の……『B』みたいな部隊章は知っているぞ!」
「こっちは私たちが引き受ける! 茶部隊はもう片方の敵部隊を頼む!」
一方、茶部隊と呼ばれたサキモリ部隊は集合したばかりのα小隊の迎撃に赴き、彼らがソフィの援護へ向かおうとするのを阻む。
α小隊はライガ一人だけなら強行突破できたかもしれないが、僚機を引き連れている状態ではそれも難しかった。
「面倒臭いことしやがって……邪魔だッ! 退けぇぇぇッ!」
対艦攻撃で使い切らなかったマイクロミサイルを全て発射し、茶部隊のツクヨミを次々と撃墜していくライガのパルトナ。
だが、徹底的にマークされているα小隊がβ小隊の援護へ入るのは少々難しそうだった。
「私が墜ちるまで追ってくるつもりなの!? 勘弁してよ……!」
推力が低下し安定性も欠いている状態でソフィは相当持ちこたえていたが、彼女の操縦技量ではもうそろそろ限界が訪れるだろう。
事実、シャルラハロート姉妹やニブルスが庇わなければ危うかった場面があり、レガリアは対MF戦を得意とするγ小隊へ援護を要請していた。
とはいえ、タケハヅチから少し離れた戦域で戦っているγ小隊が駆け付けるには、もう少し時間が掛かるかもしれない。
「こちらバルトライヒ。ソフィ、あと2~3分で援軍が到着するから、それまで何とかして耐えてちょうだい」
「2~3分!? そりゃ、レガリアさんの技量なら余裕だと思いますけど……」
「難しそうかしら? うーん……仕方ないわね」
敵機の執拗なマーク、損傷が激しいスパイラルC型の状態、そしてソフィの未熟な技量――。
これらが複合している状況で2~3分も戦わせるのは厳しいと判断し、レガリアは自機を敵味方の間へ割り込ませることを決める。
自分ならばソフィを庇いつつ敵機を相手取れる自信があったからだ。
そうと決めたらレガリアの行動は早い。
彼女は推力を絞りながら操縦桿を引くことで愛機バルトライヒを意図的に失速させ、所謂「ポストストールマニューバ」と呼ばれる急旋回をしながら視界に敵機を捉えるのであった。
「おおっと!? 危ないな……姉さん、何をするつもりだ!?」
機首を垂直に上げた状態で方向転換してくる深紅のMFとすれ違いつつ、その機体のドライバーであるレガリアに対し意図を尋ねるブランデル。
「私がソフィの護衛退避をやるわ! ブラン、あなたはニブルスとツーマンセルで戦闘を続けなさい! β小隊の指揮権を一時的に預けるから……頼んだわよ」
「あ、ああ……分かったよ。ニブルス、話は聞いたな? しばらくは二人でこの場を凌ごう」
小隊の指揮権を妹へ託し、自らは編隊の最後尾に回るレガリア。
「(倒せる敵から叩くのは戦場における鉄則……兵士としては正しい判断をしているわね。だけど、戦士としてのプライドには欠けているとも言えるわ)」
彼女は敵機が迫って来たところでバルトライヒを人型のノーマル形態に変形させ、すれ違いざまにツクヨミへ強烈なドロップキックを叩き込む。
「うおッ!?」
「2番機、大丈夫か!? 無理をせず間合いを取ることを優先しろ!」
「り、了解! やってみます!」
鋭い足技の衝撃で身体を揺さ振られながらも操縦桿は手放さず、ツクヨミのエイシは深紅のMFに対し固定式機関砲で抵抗を試みる。
だが、そのような豆鉄砲如きに臆するレガリアではなかった。
「(やはり、物理攻撃だけじゃ無力化はできないか……ならば!)」
昨今の有人兵器は純粋な防御力はもちろん、搭乗者の防護に対しても力が入れられている。
レガリアが軍人だった頃のMFは徒手空拳でベコベコにできるほど脆かったが、今の機体はその程度の攻撃ではなかなか決定打にならないのだ。
もちろん、リゲルのリグエルⅡのような格闘特化の機体なら話は別だが……。
「これでトドメよ!」
ドロップキックでは仕留め切れないと判断し、レガリアのバルトライヒは右手首に内蔵されている専用ビームソードを抜刀。
そして、敵機が反応するより先に彼女は蒼い光の剣を振るった!
「間に合……うわぁぁ――!?」
武器を持ち替えようとしていたツクヨミのコックピットにビームソードが突き刺さり、エイシを無力化された機体は制御不能状態のまま急降下していく。
「ああッ! リオの機体がやられた!」
「落ち着け、レイ! 作戦変更だ……あの紅いヤツから先に片付けるぞ!」
僚機を撃墜されたことでサキモリ部隊の敵意は深紅のMF――バルトライヒへと向けられ、彼女らは機体を反転させて仲間を殺した怨敵に襲い掛かる。
敵討ちに燃える彼女らの眼中に、ソフィのスパイラルはもう映っていなかったのだ。
しかし、裏を返せばそれはレガリアにとって理想的な展開でもあった。
「あなたたちの相手は私よ! 力不足だった戦友の仇を取りたければ……何人でも纏めてかかって来なさい!」
彼女はオープンチャンネルの通信で相手を挑発し、敵機の意識をソフィから逸らさせることに成功する。
正直なところ、2対1程度の戦力差ならレガリアは全く負ける気がしなかった。
「こいつ……命を奪うだけでは気が済まず、死人を侮辱するとは……!」
「隊長、もう我慢なりません! 私があの娘の仇を討ちます!」
「待て、早まるなッ! そのモビルフォーミュラに乗っている奴は相当の手練れだぞ! ……チッ、私も援護に入る!」
隊長機の制止を振り切り、レイという名のエイシの駆るツクヨミがバルトライヒに強襲を仕掛ける。
2機のツクヨミによる巧みな連携攻撃に晒される深紅のMF。
「なるほど、勢いの良さと仲間想いな点は評価できるわ……だけど、ね!」
だが、それに慌てること無くレガリアは冷静に状況を見極め、背後から斬りかかろうとしていた隊長機を逆手持ちにしたビームソードで串刺しにする。
この時、彼女の深紅の瞳は正面から迫り来るレイのツクヨミを睨みつけていた。
……そう、レガリアは経験と直感だけで死角にいる敵機を察知していたのだ。
「ぐふッ……何だと……背中に目が付いているとでも――」
乾坤一擲の奇襲を完全に見切られ、レガリアの実力に驚愕しながら力尽きるサキモリ部隊の隊長。
「隊長!? クソッ……もう許さねえからなぁ! こうなったら相討ち上等だ!」
僚機と隊長機を失ったうえ、圧倒的実力差まで見せつけられたレイは特攻紛いの攻撃を敢行する。
正攻法のタイマン勝負では勝ち目が無いと判断したからだ。
隊長機への攻撃で硬直している今ならまぐれ当たりに期待できるかもしれない。
「確実に仕留める!」
「フフッ……止まって見えるわよ!」
2機の攻撃が交錯した直後、胴体を貫かれていたのはレイのツクヨミのほうであった。
彼女が特攻を仕掛けてくると察したレガリアはリーチが長いビームジャベリンで応戦し、機体の左腕を大きく前に出すことで元々長いリーチを更に稼いでいた。
「やはり、動きが若いわね……今回はその将来性に免じて見逃してあげるわ。次はもっと強くなってから私に挑むことね」
あまりにも若すぎる命を奪うのは気が引けたのか、レガリアのバルトライヒは得物を引き抜くとファイター形態に変形しながら飛び去ってしまう。
「(あれが……私たちの敵……? あんな強い奴と互角に戦える日が来るのか……?)」
強者特有の余裕綽々とした態度に呆然とするレイだったが、すぐに正気を取り戻し射出座席のハンドルを引くのであった。
ソフィに纏わりついていた敵部隊を全滅させた頃、ようやく援軍として要請していたγ小隊がレガリアたちの担当戦域に到着する。
「シルフシュヴァリエよりバルトライヒ、貴様の予想通り150秒で到着だ。んで、ソフィのヤツは大丈夫なのか?」
「今のところはね。でも、あの状態でワルキューレまで連れ帰るのは少し難しそうだわ」
「……あの損傷状況だからな。突然推進剤に引火して誘爆を起こしても不思議じゃない。私はさっさとベイルアウトさせて回収すべきだと思う」
α及びβ小隊と合流して戦う旨を伝えつつ、γ小隊を率いるサニーズはソフィに対するベイルアウト命令を提案する。
彼女の提案には一理あるし、仮に戦場のど真ん中でなければそれが模範解答だったに違いない。
だが、レガリアはサニーズとは異なる解決策を導き出そうとしていた。
「(弾が飛び交う戦場のど真ん中にソフィをベイルアウトさせるのはリスクが高すぎるわ。こっちの回収部隊が向かうよりも先に敵に見つかってしまうかもしれない――そういえば、ワルキューレの格納庫には『あの機体』があったわね……」
レガリアの言う「あの機体」とは一体……?
【ポストストールマニューバ】
失速状態で行う戦闘機動のこと。
飛行時に揚力が必要な戦闘機の場合は推力偏向ノズルが必須だが、推力重量比や姿勢制御能力に優れるMFならば特別な装備無しで行える。
ただし、完璧に使いこなすには高い操縦技量が要求されることは言うまでも無い。




