【MOD-30】砂塵の脅威(前編)
一旦後退して態勢を整えたスターライガMF部隊は再出撃を行い、母艦スカーレット・ワルキューレの前方を飛びながら「ランドシップ」こと陸上戦艦タケハヅチとの交戦に備えていた。
MF部隊が開幕航空戦で先制攻撃を与えた後、ワルキューレが4基16門の51cm主砲による一斉射を叩き込む。
そして、敵艦の戦闘能力を削いだところで無理矢理接舷を行い、武装した保安部を突入させ内部からの制圧を試みる――という作戦だ。
あえて撃沈ではなく鹵獲を狙うのは、「ルナサリアン驚異のメカニズム」とされる超兵器を手に入れることで月の先進技術を吸収し、今後の兵器開発競争で優位に立つためである。
また、敵兵器の能力が分かれば対策が立てやすくなり、幾分か戦いやすくなるかもしれないという期待感もあった。
いずれにせよ、今回の作戦では「自沈を決断させない程度にダメージを与え、尚且つ戦闘能力は喪失させる」という絶妙な手加減が要求されていた。
一方その頃、サウジアラビア国内で唯一壊滅を免れたキング・ファイサル空軍基地では、残存戦力による決死の航空作戦の準備が進められていた。
本来はF-15XSA ストライクイーグルとホーク練習機しか配備されていない辺境の基地であるが、今はタイフーンやトーネードIDSⅡといった「帰る場所を失った機体」とそのパイロットたちも多数身を寄せている。
そのため、急増した人員や航空機の数に基地施設の規模が見合っておらず、戦力として計上できないホークをやむを得ず野外へ駐機し、空いた格納庫に主力機を詰め込むという窮余の策を講じるほどであった。
「しかし、お偉いさんも相当無茶な指示を出すよな。超兵器とスターライガを同時に相手取るなんて……冗談じゃないぞ」
「ああ、全くだ。冗談ならもっと面白いことを言わないとな」
我が国の領土内で戦闘行為に及ぶルナサリアン及びスターライガを排除せよ――。
基地司令を介して伝えられた国王の勅命に対し、戦闘機のコックピット内で愚痴り始めるサウジアラビア空軍のパイロットたち。
彼らはルナサリアンの情け容赦無い戦い方をその身を以って味わっており、真っ向勝負など無謀もいいところだと分かり切っていたのだ。
「艦長! 対空電探に敵航空機の反応多数! また、その後方には戦艦級1隻が展開している模様です!」
「スターライガめ、航空戦力を集中させてきたな。おそらく、後方の戦艦級が連中の母艦『スカーレット・ワルキューレ』と見た」
レーダーシステム全般を担当する電探操作士官からの報告を聞き、気合を入れる儀式として両手を組んでクラッキングを行うルネ。
「ミッコ・サロ――かつてはオリエント国防海軍に所属していた名将か……ならば、相手にとって不足無し! 総員、第一種戦闘配置! 戦車大隊及び艦載機を全て発進させろ! この砂漠を奴らの墓場にしてくれる!」
「「「了解!」」」
戦闘開始を指示した彼女は一旦艦長席に腰を下ろし、携帯情報端末で上級士官向けに配信されている報告書へ再び目を通す。
ルーティーンとして今朝起きた直後に確認したのだが、その内容を俄かには信じられなかったからだ。
「(あの『ナキサワメ』がたった6機のモビルフォーミュラに沈められ、翌日にはチューレとフォート・セバーンが陥落するとはな……だが、我らが陸戦旅団はそう簡単には倒れんぞ)」
地球側の猛攻の前に敗れた超兵器潜水艦「ナキサワメ」と二つの前線基地――。
志半ばにして倒れた同胞たちの無念を晴らすべく、ルネは心の中で必勝の決意を固めるのだった。
「作戦目標を視認! やはり実物を見ると大きいわね……!」
「陸上戦艦というより、ここまでくると『軍艦島』という表現が適切だな」
スターライガMF部隊の先頭を飛んでいたレガリアとライガはタケハヅチの艦影を視認し、そのスケールのデカさを改めて痛感させられていた。
タケハヅチの全長は280m程度と考えられているため、それに比べたらMFなど鬱陶しいハエのようなモノだろう。
ただし、その戦闘能力はハエというより凶暴なスズメバチに喩えるほうが適切だ。
「さあ、始めましょうか……スターライガ全機、射程距離に入り次第攻撃を許可する! 槍を放て! ファイア、ファイア、ファイアッ!」
レガリアによる交戦許可と同時に彼女のバルトライヒを含む数機から大型対地ミサイル「ロンギヌススピア」が放たれ、白い飛跡を残しながらタケハヅチへと向かって行く。
これは対艦攻撃時に使用する「トップアタックモード」と呼ばれる軌道で、目標に接近するまでは高高度飛行で迎撃されるリスクを抑えつつ、攻撃直前に一気に急降下して比較的脆い甲板上を直接狙うものだ。
十分な密度の飽和攻撃とは言えないが、果たして……?
十数発のロンギヌススピアが目標に接近したその時、砂漠の空を睨んでいたタケハヅチの対空砲が一斉に火を噴き始める。
「ひゃー、すんごい対空砲火だ! 迂闊に突っ込んだら蜂の巣にされちゃうね!」
濃密な弾幕を見たΖ小隊のコマージ・ハルトマンが驚いている間にロンギヌススピアは次々と迎撃され、最終的に命中弾は一発も与えられなかった。
「チッ、ハリネズミみたいな対空兵器は伊達じゃねえってことかよ……!」
タケハヅチの驚異的な防空能力に思わず唇を噛み締めるルミア。
彼女の愛機シャルフリヒターもボックスミサイルランチャーで攻撃を仕掛けていたのだが、案の定タケハヅチの対空砲火には勝てなかったのだ。
「面白れえ……! そのぐらいやってくれねえと張り合いが無いってもんだ!」
「随分と楽しそうだな、リン! やはり、WUSAのヤンキーどもじゃ私らの相手は務まらないもんなぁ?」
一方、エレブルーの戦いで充実感を得られなかったリュンクスは超兵器の強大さに心を躍らせており、二次攻撃の準備に取り掛かったルミアもそれには一定の理解を示していた。
「うん? ランドシップの後部から車両多数……?」
タケハヅチが飛ばしてくる対空ミサイルの迎撃を行っていた時、リリカは船体後部のウェルドックから多数の戦闘車両が発進したことを確認する。
その中には機関砲とミサイルを搭載した自走式対空砲も含まれていた。
「ベーゼンドルファーよりストラディヴァリウスへ! ルナール姉さん、あいつら戦車と対空車両を繰り出してきたぞ!」
「ああ、こちらからも確認した! ε各機、地上部隊の相手は私たちが引き受けよう! これより地上戦へ移行する!」
妹の報告を受けたルナールは「戦闘車両の排除」を僚機へ指示し、高度を落としながら愛機ストラディヴァリウスの移動モードを「地上・ホバー」に切り替える。
これは脚部スラスターによって地上から1フィート(=約30cm)ほど浮かびながら移動するモードで、特に砂漠のような地形では最速となり得る移動方法だ。
「こちらベーゼンドルファー、了解!」
「ユーフォニアム、了解! 味方のために対空車両からやっちゃいましょうか!」
「シューフィッター、了解」
リリカ、メルリン、そしてレカミエの機体も着地直前にホバー移動へ切り替え、少し乱れたフォーメーションを交戦までに整え直す。
「みんな、車両を撃破しながらまかり通るぞ! 私は立ち止まらずにランドシップへ近付くつもりだから、しっかり追従するんだ!」
対空車両の放つ曳光弾が飛び交う中、ルナール率いるε小隊は臆する事無く敵陣中央へ突撃するのであった。
ε小隊を筆頭にいくつの部隊が地上戦闘を開始した頃、レガリア率いるβ小隊はタケハヅチに対する直接攻撃を仕掛けるタイミングを窺っていた。
「くッ……少しでも対空砲火の射程内に入ったら狙われる――うわッ!?」
「ニブルス! 大丈夫か!?」
「え、ええ……高射砲弾が間近で炸裂したけど、何とかかわせました」
高射砲に狙われていたニブルスの悲鳴に驚き、咄嗟に彼女の安否を確かめるブランデル。
幸い、ニブルスの愛機ベルフェゴールは高射砲弾の爆風を受けただけで済み、未だ砂漠の空に健在であった。
「5種類の対空兵器による迎撃だなんて、弾幕シューティングの高難易度版みたいね」
「しかも、直撃したらあの世逝きのハードコア仕様だ。ここまで激しい対空砲火は久々に見たな」
一方、α小隊のリリーとライガは頑張って地道に対空兵器を潰していたが、それでも直接攻撃を敢行するだけの時間を稼ぐには至っていない。
リリーが指摘しているようにタケハヅチは5種類の対空兵器――対空機関砲、近接防空墳進弾、対空光線銃、高射砲、艦対空誘導弾で守りを固めており、このハリネズミ的な防空能力がある以上ライガやレガリアも簡単には近付くことができなかった。
「どうするのよ? このままじゃ埒が明かないわ」
スカーレット・ワルキューレを射程圏内に収めたのか、大口径副砲による艦砲射撃を開始したタケハヅチを牽制しながら指示を仰ぐサレナ。
対するワルキューレも砲撃戦に突入しているらしく、「陸上戦艦」と「宇宙戦艦」の間を多数の砲弾と艦対艦ミサイルと極太レーザーが飛び交っていた。
彼女の言う通り、対空砲火を前に尻込みしていたらいつまで経っても次の段階へ進めないだろう。
もちろん、ライガとレガリアはこの状況を打開するための策を既に考えついていた。
「そうだな……誰かがあの対空砲火を引き付けてくれれば、他の奴が対艦攻撃を仕掛けるチャンスを作れるかもしれない」
「そうね、濃密な弾幕に僅かばかりの隙間ができれば……」
誰かが対空砲のターゲティングを引き付け、弾幕に隙間が生じれば残りの面子で攻勢を掛けられる――。
共通した考え方のもと、ライガとレガリアは互いに頷き合いながらサレナの愛機クリノスを見つめるのだった。
「……は? 私?」
貧乏くじを引かされそうなことを本能的に察したのか、サレナは機体の身振り手振りを使ってまで全力で拒否しようとする。
「私はやらないわよ! そういう困難な仕事は腕の良いドライバーがやるべきでしょ?」
とにかく必死に貧乏くじから逃げようとするサレナだったが、彼女の意見に同調してくれる者は姉のリリーを含めて誰もいなかった。
「あーあ、俺やリリーが小さい頃はもっと頼りがいのある女の子だったのになぁ……」
「ぐぬぬ……!」
幼馴染であるライガから遠回しに責められ、反論できずに唸るしかないサレナ。
そして、今度は血の繋がった姉による便乗という名の援護攻撃が始まる。
「あれれー? 私の自慢の妹は困難な仕事にも率先して取り組んでくれる子だったんだけど、歳を食って衰えちゃったのかな?」
「くッ、歳は私と変わらないくせに……!」
幼馴染と実の姉による波状攻撃を食らった結果、とうとうサレナは貧乏くじから逃れることを諦めてしまう。
とはいえ、これまでは気が付いた時にはくじを引かされていたため、今回は多少なりとも抵抗できただけマシであった。
「はっー……! 分かった分かった! みんなのご希望通り、対空砲火のターゲティングを引き付ける役……私がやってやるわよ!」
「さすがはサレナちゃん! 出来の良い妹がいてお姉ちゃんは幸せ者ね!」
妹の開き直りっぷりを姉として称賛するリリーだったが、当のサレナ自身は機体のマニピュレータで姉の愛機フルールドゥリスをビシッと指し示していた。
「……ただし! 私一人じゃリスクが大きいから、姉さんも付き合いなさい!」
「ええッ!? リリーもやるの?」
突然の指名を受けたリリーは少しだけ困惑したものの、すぐに「まあいいか」といった感じのジェスチャーで妹の要望を受け入れる。
なぜそんな動作がMFの制御プログラムに仕込まれているのかは謎である。
「よし……じゃあ私はブリッジの近くを掠めるように飛ぶから、姉さんは艦首の方の対空砲火を引き付けて!」
「オッケー! 任せといて!」
タケハヅチの対空兵器への攻撃を止め、フルスロットルで危険な仕事に赴くラヴェンツァリ姉妹。
「……あの姉妹の遣り取り、やっぱり見ていて面白いわね」
「ああ……俺もあいつらも随分歳を取ったが、そこは子どもの頃から変わってない」
その後ろ姿をレガリアとライガは戦闘を続けながら見守るのだった。
【ボックスミサイルランチャー】
MF用の多連装ミサイルランチャーのうち、MLRSのような箱型発射機を採用しているタイプを指す。
なお、MF界隈においては「ランチャー」という呼称自体が携行式重火器を意味するため、「携行式ミサイルランチャー」といった言い方はしない。
【ウェルドック】
本来は揚陸艦の艦尾に配置されているドック式格納庫を指す言葉。
タケハヅチの場合は戦闘車両の格納庫にすぎないが、用途自体は比較的近い。




