【MOD-29】砂漠を闊歩する者
Date:2132/04/16
Time:09:23(UTC+3)
Location:The Border of Jordan-Saudi Arabia
Operation Name:DESERT STRIDER
皆さん、この写真を見てください。
これは開戦後から存在が確認されているルナサリアンの「陸上戦艦」です。
正規軍は「ランドシップ」というコードネームで呼んでいるとのことなので、今後は私たちもそれに倣いましょう。
いや……私も最初は目を疑ったんですけど、ホバー推進で砂漠を走る映像や被害報告が多数出回っている以上、真面目に実戦投入されていることは間違いありません。
この「ランドシップ」が持つ詳細な能力については判明していない部分も多いのですが、現時点での情報を纏めると「戦艦並みの攻撃力」「軽空母並みの艦載機運用能力」「強襲揚陸艦としての輸送能力」を併せ持っているようです。
先日行われたオーストラリアの首都キャンベラを巡る戦いを例に取ると、「ランドシップ」は同艦を中心に直属の地上部隊を擁する「陸戦旅団」を構成しており、その戦闘能力は極めて高いと推測されています。
「ランドシップ」自体の戦闘力は当然ですが、直掩として展開される地上部隊の動向にも気を付けてください。
地上部隊には対空車両の配備が確認されているため、油断していると下から撃ち抜かれますよ。
さて、ルナサリアンが実戦投入している3隻の「ランドシップ」のうち、私たちスターライガは中東の砂漠地帯で活動している艦へ奇襲攻撃を仕掛けます。
この艦はサウジアラビアやクウェート、イラク、イランといった所謂「二等産油国」の油田及び重要施設を襲撃した張本人と見られており、近いうちに更なる打撃を与えるべく二次攻撃の準備を進めているようです。
中東諸国の正規軍は既に甚大な被害を受けており、超兵器に対し組織的な抵抗ができる状況ではありません。
私たちはスコットランドのクライド海軍基地を出港後、ルナサリアンの占領地域を避けるためバルト海~ロシア上空~カスピ海を通過する大回りルートでイランへ移動。
そこからアラビア半島で活動中の「ランドシップ」を発見次第作戦行動に移り、私たちの全戦力をぶつけて撃沈を狙います。
なお、中東諸国の多くはオリエント連邦と国交を結んでいないことは知っていると思います。
……何が言いたいかというと、私たちの作戦行動を「領空侵犯」と見做して迎撃機が上がってくる可能性があるのです。
オリエント連邦政府を通して事前通告は行う予定ですが、場合によっては三つ巴の混戦になる可能性も念頭に置いてください。
「ランドシップ」との戦いはかなりの激戦になると予想されます。
修理や補給が必要な場合は自己判断で帰艦し、無理をして撃墜されることが無いよう気を付けてください。
また、オリエント人にとっては慣れない砂漠地帯での戦闘となるため、機体・ドライバー共に可能な限り調整を進めるようお願いします。
最終確認は作戦当日に行うので、本日のブリーフィングは以上です。
それでは……解散!
4月16日未明、約5555kmに及ぶ大回りルートでイラク領空へ進入したスカーレット・ワルキューレは、機動力に優れる可変機を複数発艦させて周辺地域の偵察を行っていた。
「ランドシップ」がアラビア半島のどこかにいることは分かっているので、ここから先はワルキューレのレーダーや偵察要員の実力で詳細な居場所を突き止める必要がある。
「――これまでの偵察や目撃情報を纏めると、『ランドシップ』の行動範囲は大体このエリアに絞られてくるな」
「サウジアラビアとヨルダンの国境付近だな……攻撃目標はアンマンか、あるいはエルサレムのどちらかと見た」
熱心な偵察活動で集まった情報を基に地図へマーキングを行い、「ランドシップ」の居場所と攻撃目標を絞り込んでいくライガとサニーズ。
今回は可変機乗りのレガリアが自ら偵察に赴いているため、彼女の代わりにサニーズがライガの補佐を務めていた。
「アンマンはともかく、エルサレムは色々とデリケートな場所だぞ。そこが攻撃される前に手を打ちたいが……」
三つの宗教の聖地とされるエルサレム――。
オリエント人には関係無い話とはいえ、地球上で最も繊細なこの地へのダメージは避けたいと考えるライガだったが……。
夜通しの偵察活動により捜索範囲が絞られた結果、16日午前の時点でスターライガはサウジアラビア~ヨルダンの国境付近へ斥候を出すようになっていた。
複数のドライバーが「砂嵐でよく分からなかったが、それらしき物体を見た」という情報をもたらしたからだ。
それまでは可変機に戦術偵察ポッドを装備して情報収集を行わせていたが、現段階では非可変機も広大な砂漠地帯でのしらみ潰しに駆り出されている。
「くっそー、こりゃメルンハイムの砂嵐よりもタチが悪いぞ。地上じゃ何も見えねえよ」
「ったく、レガリアさんも随分と酔狂なことをするよねぇ」
これまで経験したことが無い砂嵐に苦戦を強いられ、思わず悪態を口にするリュンクスとアレニエ。
Η小隊はこの二人が地上組、残りのヒナとパルトネルが空中からの捜索という役割分担を行っている。
ちなみに、辛いことが目に見えている地上組は誰もやろうとしなかったので、じゃんけんに負けたリュンクスたちが仕方なく担当していた。
「あーあ、パルティは楽でイイよなぁ。隊長の機体に乗っかってるだけでよ」
「そうでもないぞ。振り落とされないように時々バランス調整をしないといけないし、地平線まで砂嵐が広がっているせいで目がおかしくなりそうだ」
「こっちはもう目がおかしくなってる。早く『ランドシップ』を沈めてシャワーを浴びてえ」
じゃんけんに勝ったおかげで空中組になったパルトネルを羨むリュンクス。
それに対してパルトネル自身は「空は空で難しい」と切り返す。
まだ一度も会敵していないためか、Η小隊の面々は随分とリラックスしているように見える。
「……ん? 今、何かいなかっ――!?」
そんな会話を聞いていたアレニエが砂嵐の中に戦車のような影を認めた次の瞬間、彼女のスパイラル・カスタムの真横を赤い火球が掠めていくのだった。
「おい、アレニエ! 大丈夫か!?」
赤い火球――何かしらの砲撃を確認したリュンクスはすぐに仲間の安否を気遣う。
「あっぶねー! 何とか回避できたけど、こっちからは敵の位置が分からない! 罠に誘い込まれたんだ!」
間一髪のところで攻撃をかわしていたアレニエ機はすぐに反撃へ移るが、激しい砂嵐のせいで敵影を捉えることができない。
敵に関する情報が何も掴めない以上、無闇に突出するべきではないだろう。
「ヒナ、パルティ! 敵襲だ、敵襲! そっちから敵影を探し出せるか!?」
「こちらトリアキス、地表付近は砂嵐に覆われていて目視できないわ! レーダーでは何とか捕捉しているから、ミサイルでやってみる!」
リュンクスから敵襲の報告を受けたヒナは既に敵戦車をロックオンしており、元々は「ランドシップ」と戦うために持って来ていたMF用大型対地ミサイル「ロンギヌススピア」による攻撃を試みる。
視界を奪われるほどの砂嵐になると照準精度の低下は免れないが、今回は戦術偵察ポッドを装備していたおかげで多少は緩和されていた。
「(敵車両の数は4両1個小隊……おそらく、あっちも哨戒任務中に偶然私たちを見つけたという感じね)」
敵戦車たちが潜んでいるであろう場所の上空を旋回しつつ、周辺に彼女らの母艦――すなわち「ランドシップ」がいるはずだと睨むヒナ。
アラビア半島にあるルナサリアンの前線基地といえば、サウジアラビア領内のキング・ハリド軍事都市が挙げられる。
しかし、同基地はクウェートとの国境付近に位置しているため、戦車隊がそこから遥々ヨルダン方面まで走ってくるとは考えにくい。
……つまり、この戦車隊の戦闘行動半径内に「ランドシップ」も隠れている可能性が高い――ヒナはそう予想していた。
「パルティ、戦闘態勢に入るから私の機体から降りて! ついでにワルキューレへの通報もお願い!」
「具体的に何を伝えればいい?」
「『我ガ隊ハ敵戦車小隊ト交戦セリ! 周辺ニ【ランドシップ】ガ存在スル可能性アリ、味方部隊ノ応援求ム!』」
「了解、通信を送ったらボクはリンとアレニエに合流する!」
ヒナの愛機トリアキスから飛び降り、砂嵐の中へと消えていくパルトネルのスパイラル・カスタム。
「(ライガさんたちはルナサリアンの偉い人と話をしたみたいだけど、相手が手を出してきたのなら仕方ないわね……!)」
その様子を見届けたヒナはすぐに機体を急旋回させ、敵戦車を正面に捉えている状態で対地ミサイルを放つのだった。
「! 艦長、Η小隊より入電! 『我ガ隊ハ敵戦車小隊ト交戦セリ! 周辺ニ【ランドシップ】ガ存在スル可能性アリ、味方部隊ノ応援求ム!』とのことです!」
「ビンゴ! 夜通しの偵察で範囲を絞り込んだ甲斐があったわね!」
オペレーターのキョウカの報告を聞いたミッコは思わずガッツポーズを決め、すぐに出撃中の全MF部隊へ新たな作戦目標を伝達する。
「ワルキューレよりスターライガ全機、Η小隊が担当している戦域へ急行せよ! 『ランドシップ』はその辺りにいる可能性が極めて高いわ!」
「α小隊、了解!」
「こちらβ小隊、了解しました!」
「γ小隊、了解。すぐに向かう」
「Δ小隊了解! ようやく本命のお出ましか!」
「こちらε小隊、了解! まずはΗ小隊のカバーに入る!」
「……Ζ小隊、了解」
全部隊へ指示が伝わったのを確認し、次にミッコは操舵士のラウラ・ルーデンドルフへ前進を命ずる。
「ラウラ、最大戦速! 私たちもΗ小隊の所へ向かうわよ!」
「あいよッ、艦長! 最大戦速!」
「総員、第1戦闘配置へ移行! 保安部は白兵戦の準備急げ!」
慌ただしくなるCICの動きをよそに、手元のタブレットでこれまでの情報にもう一度目を通すミッコ。
「艦長……僭越ながら申し上げますが、保安部を突入させる必要があるんですか?」
白兵戦準備という判断に不安を抱くキョウカに対し、ミッコは微笑みながらこう答えるのであった。
「大丈夫よ。だって、ウチの保安部は腕利き揃いなのだから」
一方その頃、こちらはランドシップ――正式名称「陸上戦艦タケハヅチ」の戦闘指揮所。
「艦長! 第5戦車小隊より『我、敵部隊ヲ発見セリ。敵本隊ガ付近ニイル可能性高シ』との報告です!」
「ほう、中東諸国の正規軍は完膚なきまでに叩きのめしたはずだがな。んで、敵はどうせイスラエルかサウジアラビアのF-15だろう?」
通信士からの報告を艦長はふんぞり返りながら聞いていた。
彼女の名はウミヅキ・ルネ。
上級士官用の制服を着崩していることからも分かる通り、戦車兵出身のルネは結構ズボラな人物である。
反骨精神が強い性格なので上層部との折り合いはイマイチだが、1個陸戦旅団の戦力だけで中東戦線を押さえ込んでみせるなど、軍人としての能力には疑いの余地は無かった。
「そ、それが……敵部隊は戦闘機ではなく、『スパイラル』と思わしきモビルフォーミュラだそうです」
「それを先に言わんかッ!」
「ひッ……す、すみません!」
敵部隊は戦闘機にあらず――。
その報告を聞いたルネは艦長席から立ち上がり、背もたれに掛けていた軍帽を被り直すことで気合を入れる。
「我らが陸戦旅団に好き好んで喧嘩を売る連中といえば、スターライガ以外にありえん。参謀本部から送られてきた情報が早速役立つとはなぁ……!」
同胞たちの間で噂になっている強敵の襲来を感じ取り、気分の高揚を抑え切れないルネ。
そんな彼女が持っている携帯情報端末には、なぜかスカーレット・ワルキューレの詳細なスペックシートが表示されていた。
【二等産油国】
オリエント連邦独自の国家格付けの一つで、産油国のうち何かしらの問題(政情不安など)を抱えていたり、単に関係が良くない国が該当する。
自らも産油国であるオリエント連邦が石油輸出で優位に立つために設けたとも云われており、中東諸国との国交が未だ結ばれていない最大の原因と噂されている。
ちなみに、流通に大きな制限が無い「一等産油国」には自国以外にロシアやノルウェーが該当している。
【三つの宗教の聖地】
現実世界と同じくエルサレムはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地とされる。
なお、オリエント連邦はイスラエルとの国交を結んでいないため、エルサレムの首都問題には全く触れないことが多い。




