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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第1部 BRAVE OF GLORY

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【BOG-10】戦乙女と若き騎士

 オリエント国防海軍第8艦隊旗艦「アカツキ」―。

改アカツキ級正規空母を名乗るこの(ふね)は事前の打ち合わせ通り、母艦へ戻ることができないスターライガの機体を一時的に受け入れるための準備を進めていた。

予定ではイギリスのポーツマス海軍基地にスターライガを含む多くの艦艇が集結するため、「乗客」とはそこまでの付き合いになる。

「艦長、間も無くスターライガ各機が本艦へ着艦するとのことです」

「分かった、あまり飛行甲板が散らかっている姿は見せたくないがな」

CDC(戦闘指揮所)からブリッジへ上がっていたサビーヌは副艦長からの報告を聞くと、手元のヘッドセットを装着し甲板上の全乗組員に声を掛ける。

「手が空いている者はスターライガを敬礼で歓迎しろ。おてんば娘だらけの海軍でも礼儀ぐらいは知っていることを示すんだ」

それを聞いた一部の乗組員は思わず吹き出してしまったが、同時に来賓を出迎えるため身だしなみを整え始めるのだった。


「みんな、ワルキューレよりも甲板が広いから多少大雑把な着艦でも大丈夫よ。順番は適当に決めてちょうだい」

着艦進入を行う少し前、レガリアは仲間たちにアカツキへ降り立つ順番を考えるよう促す。

操縦技量が高い彼女は元々最後に降りるつもりであるため、残る4人で急遽話し合うことになった。

「私の機体さぁ、やっぱりスラスターが調子悪いんだよね。だから、トラブルが起きないうちに着艦していい?」

結局トラブルが直らなかったクオリアを最初に着艦させることは満場一致で決まり、コマージは推力が不足気味の機体を丁寧に操りながらアプローチを開始する。

「次は私が行きます。空母に着艦するのは生まれて初めてだから、ちょっと不安で……」

「着艦を経験する人間自体そうそういないけどね」

2番目は技量にあまり自信が無いニブルス。

正論を述べるレガリアの直前に回してプレッシャーを与えるのは良くないと判断されたからだ。

「んじゃ、ヒナが先に行きなよ。私の腕なら着艦なんて目を瞑ってできるしさ」

「そう? では、お言葉に甘えて」

ブランデルの独断で3番目はヒナのトリアキスになり、ニブルスのベルフェゴールが無事着艦したのを見計らい高度を落とす。

これで残りの着艦順は必然的にブランデル→レガリアで確定する。

「さーて、降りたらシャワールームでも借りようかなっと……」

先ほどの発言は決してブラフではないらしく、ブランデルのプレアデスは模範的と呼べるほど綺麗な着艦進入をみせた。

「(そうそう、仲間の帰還を見守るのもリーダーの役目なのよ)」

そして、レガリアは妹以上の卓越した技量を見せつけるように愛機バルトライヒをアカツキへ着艦させるのであった。


 アカツキへ降り立ったスターライガの面々は瞬く間に現役軍人たちに取り囲まれ、乗っていた機体の性能やバイオロイド事件での武勇伝について聞かれるハメになる。

「いやー、こんなに話をせがまれるのは謝罪会見以来かなぁ……ははは」

「何かやらかしたことあるの?」

「頭を下げといたほうが穏便に済むこともあるからね!」

ブランデルとコマージのやり取りで笑いが起こり、気さくな彼女らは既に乗組員たちと打ち解けていた。

一方、真面目な性格のニブルスとヒナはこの雰囲気についていけないようである。

「ヒナちゃん、レガリアお嬢様はこの艦の艦長と何を話してるんだろうね?」

「サビーヌ・ネーレイスといえば海軍の次期総司令官と目される優秀な人物よ。彼女と顔パスで対面するレガリアさんだから……さぞかし重要なお話だと思うわ」


 ヒナが年上のニブルスに対し敬語を使っていないのは決して礼儀知らずというわけではなく、オリエント圏独特の文化が関係している。

日本語と同じくオリエント語にも敬語は存在するが、実際に使用される状況は限られることが多い。

これはオリエント圏では公私の切り替えが徹底されており、敬語は原則として「公」の場面でしか使われないことが一つ。

また、敬語は「神様と話すために生まれた言葉」という言い伝えがあるため、人間同士の会話で安易に使うべきではないと伝統的に考えられてきた。

そして、「私」の言葉が世代や立場が全く異なる人間同士のコミュニケーションをフランクなものとし、より良い関係を築かせることでギャップを埋めているからとされている。

……まあ、単に年齢や多少の無礼は気にしない気性が大きいのだが。


 その頃、艦長室へ案内されたレガリアはサビーヌと握手を交わし、自分たちを受け入れてくれたことについて感謝を述べていた。

「サビーヌ中将、我々の着艦及び補給を許可していただきありがとうございます」

「いえ、感謝すべきはむしろこちらの方です。ジブラルタル基地の攻略―世間には国防軍の戦果として流布されるだろうが、貴女方の獅子奮迅の戦いはあの場にいた全ての将兵が覚えていてくれるでしょう」

ソファーへ腰を下ろした二人はホットティーを味わいながら大まかな戦局やオリエント国防軍の近況、そして他愛のない世間話について語り合う。

「そうですか……ミッコ先輩が元気にやっていると聞いて安心しました」

「説得にはなかなか苦労しましたよ。しかし、彼女はそれだけの価値がある優秀な艦長ですわ」

今回の共闘を実現させたミッコのことが話題に挙がる中、思い出したようにレガリアは全く別の質問をサビーヌへぶつけた。

「ああ、そういえば人探しをしてまして」

「人探し? この艦の乗組員が粗相でも?」

「いえ、是非ともこの目で見たいドライバーがいるのです。名前は確か……『セシル・アリアンロッド』だったかしら」

次の瞬間、サビーヌは飲んでいた紅茶を思わず噴き出しそうになり、相手に浴びせないよう全力で耐える。

「んんっ……!? 彼女は……ゴフッ……別の艦に乗っております」

「大丈夫!? 今のってそんなに驚くことだった?」

(むせ)ながらもデスクから艦隊の配置図を取り出し、サビーヌはセシルが乗っている艦―アドミラル・エイトケンの位置を指し示すのだった。


 ここはアドミラル・エイトケンのMF格納庫。

他部署の乗組員が美味しい昼食にありつく中、メカニックたちは帰艦した3機のオーディールMの損傷チェックに追われていた。

「みんな、食堂からサンドイッチを持って来たぞ。『仕事よりも食事を優先しなさい』という艦長命令だ」

愛機の様子を見に来るついでにセシルは食堂のスタッフから持たされた昼食を手渡し、仕事に打ち込むメカニックたちを労う。

そして、自身もホットチョコレートが入った紙コップを手に近くのパイプ椅子へ座った。

「ありがとよ。そういえば士官用の昼食は何だったんだ?」

作業用デスクに腰掛けたミキはコーヒーを飲みながら親友へ尋ねる。

「ジャパニーズ・スタイルのカレーライス。まあ、今日の私はブリティッシュ・スタイルの気分だったんだが」

あまりカレーに興味が無いのか、やけに反応が薄いセシル。

そんな彼女は椅子をミキの近くへ寄せ、最大の目的といえる「頼み事」について話し始めた。


「なあ、ミキ。『あの件』については……」

「分かってるって。マズそうな通信記録は深夜作業の時に私が責任を持って消去してやるよ」

サンドイッチを頬張りながらミキはウインクで応える。

それを聞くとセシルは安心したのかホッと息を()いた。

というのも、彼女から戦場での出来事を話してもらったミキは「該当する通信記録が外部に漏れたら厄介なことになる」と考え、親友の経歴を守るために「裏工作」を提案していたのだ。

具体的にはセシルのオーディールMに搭載されているコックピットボイスレコーダー(CVR)のデータを弄り、問題の部分を「トラブルで元々記録できていなかった」ように見せかけるのである。

CVRを内蔵する「ブラックボックス」に独断で触れられるのはチーフエンジニアのミキだけであり、彼女の腕前なら違和感無く工作ができるだろう。

仮に上層部から言及されたとしても「敵超兵器がすぐ近くで着弾した影響を受けた」と言い逃れすればいいし、そういった事態を想定してスレイとアヤネルの機体にも細工を施すつもりだ。

もっとも、今や敵味方双方で名の知れた存在となりつつあるセシルが即座に軍法会議へ召喚されるとは思えないが、念には念を入れる必要がある。


「―あらあら、何か隠し事かしら?」

その声を聞いたセシルとミキは飲み物を噴き出しそうになるが、必死に我慢しながら後ろを振り返った。

「はぁ、やっぱり私が声を掛けるとそういう反応なのね」

やれやれといった感じのジェスチャーをみせる一人の女性。

ハーフアップで纏め上げた空色の髪にワインレッドの瞳、そして穏やかさを感じさせる美しい声。

気品溢れるその姿を知らぬオリエント人などいない―彼女の名はレガリア・シャルラハロート。

一般人にとっては雲の上の存在であり、国防空軍軍人にとっては偉大な大先輩である。

「はっ……いえ、隠し事など……無いです!」

憧れのエースドライバーを前にしたセシルは興奮を抑えきれておらず、普段の冷静さを失っていた。

対してミキは特に言葉を発すること無く敬礼している。

「べつに私はあなたたちの上官ではなくてよ。手を降ろしてくれないと居心地が悪いの」

緊張する後輩たちを見かねたレガリアはその言葉でリラックスさせ、アドミラル・エイトケンのMF格納庫をゆっくりと見渡した。

「懐かしい感じね……。推進剤の匂いなんかは若い頃と全然変わってない」

若かりし頃の思い出に浸るレガリアだったが、やがて現実へ戻って来ると近くに佇んでいたセシルの黒い瞳を凝視し始める。

「あの、私の顔に何か付いているのでしょうか……?」

視線が気になるのかやけにソワソワするセシル。

「へぇ……噂通り、いい目をしているのね。今日の戦いを見た限り才能も大したものよ……だけど―」

そう言うとレガリアは若きエースの肩に右手を置き、耳元で囁くように言葉を続けた。

「高いプライドは命取りになるわよ。騎士道精神を貫くのも程々にね」


 入口付近で待機していたメルト艦長に促され、名残惜しそうに格納庫から立ち去るレガリア。

「セシル……いえ、セシル・アリアンロッドにご興味があるのですか?」

「そうねえ、うちに移籍させてくれれば彼女のポテンシャルを最大限発揮できる環境を与えられるのだけれど」

「……私の権限では答えられません。レティ総司令官に直談判してください」

その去り際、レガリアの視線が一人の女性士官―ミキ・ライコネンに注がれる。

「……なるほど。(あの娘の雰囲気……似ているのはあの女か?)」

怪訝そうな表情を浮かべるミキに対し微笑み返すと、レガリアは今度こそ格納庫を後にするのだった。

「(あの人の視線が突き刺さった時の寒気……何だったんだ?)」

一方、ミキも言葉にし難い「感覚」と警戒心を抱いていた。


 数日後、ここはイギリス南部の都市ポーツマスの沿岸部。

第8艦隊はポーツマス海軍基地で一通りの補給を受けるだけでなく、損傷した艦の後退や航空機の補充、それに伴う再編制のため沖合での待機を命じられていた。

特にドック入りのためオデッサ派遣に間に合わなかった正規空母「マグノリア」の合流は今後の厳しい戦いを生き残るうえで重要な戦力アップとなるだろう。

そのついでにオーディールのアップデートパーツを持ってきてくれるのもゲイル隊にとっては良いニュースだ。

「各員、手が空いていたら外を見てみなさい。ロイヤル・ネイビーの(ふね)が停泊しているわよ」

ブリッジの艦長席で予定表をチェックしていたメルトが気分転換に外を見ると、第8艦隊と同じく補給や再編制を目的にポーツマスへやって来た艦艇が大勢並んでいた。

大半はドーバー海峡やスカパ・フローの防衛に参加したイギリス艦だが、共闘したドイツ海軍やオリエント国防海軍の艦艇もそれなりに見受けられる。

「観艦式みたいな光景だな」

「あの古典的な戦艦が『ウォースパイト』で、隣にいる最新鋭空母が『インヴィンシブル』かな?」

「違う違う、その空母は『アーク・ロイヤル』だと思うぞ」

イギリス艦のシルエットクイズに興じるブリッジクルーたち。

そんな中、操舵士を務めるマオ・メイロン中尉はある艦艇を指差した。


「艦長、あれはウチの軍の航空戦艦でしょうか?」

マオが言及しているのはオリエント国防海軍唯一の航空戦艦「レミリア級」によく似ているが、細部が微妙に異なる艦のことだ。

2126年就役の新型艦である「レミリア」に対し、彼女と瓜二つの姿を持つ謎の戦艦はわずかに古臭い印象を受ける。

気になる答えはメルトが出した。

「ああ……スターライガの母艦じゃない? 噂には聞いていたけど、プライベーターの所有物とは思えないほど丁寧に整備されているわね」

母艦を所有するプライベーターはスターライガ以外にもいくつか存在するが、手が届くのは重巡洋艦が精一杯で中身はともかく外見まで小綺麗にする余裕は無い。

一方、豊富な資金や国防軍との強力なコネクションを持つスターライガは大型艦を用意できるだけでなく、常に万全の状態で運用可能な整備技術を有しているらしい。

バイオロイド事件の頃は払い下げられた護衛空母を使っていたというが、いつの間に航空戦艦へ変わったのだろうか。

「(『スカーレット・ワルキューレ』か。できれば敵に回したくない相手ね……)」

そんな「起こり得ない事」を考えながら帽子を被り直すメルト。

彼女の脳裏に浮かんだ「敵に回したくない」の意味とは……?


 ポーツマス海軍基地での補給及び再編制終了後、第8艦隊は大西洋を渡り北米大陸の救援へ向かうよう命じられる。

「艦隊抜錨! 我々は大西洋を越えカナダの大地を目指すぞ!」

指揮下に入っている約30隻の艦艇へ号令を出すサビーヌ。

全ての補給作業と乗組員の昼食を終えた翌日の正午過ぎ、第8艦隊はイギリス海軍に見送られながらポーツマスを出港するのだった。

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