【MOD-24】スカンディナヴィアの風(後編)
「くッ……何だこの状況は!?」
ユキヒメが見上げているのは幾筋もの飛行機雲が交差する北欧の青空。
飛行機雲の中にはかなり複雑な軌道を描いているモノも確認できる。
「あ、危ない! みんな伏せてッ!」
ライカが全員に向かって警告した次の瞬間、彼女らの頭上数メートルを2機のMFが物凄い速さで通過していく。
先行していた灰色のMFは操縦ミスを犯したのか、眼前に迫るエレブルー城を回避できずにそのまま激突してしまう。
……あれだけの速度で城壁に叩き付けられたら無事では済まないだろう。
一方、もう一機の白と蒼のMFは冷静に引き起こしを行い、上空待機中の僚機と思わしきMFたちと合流を果たす。
ほんの一瞬の出来事ではあったが、このワンシーンだけでも白と蒼のMFを駆るドライバーの操縦技量を窺い知ることができる。
「(白いボディにスターライガのマーク――間違い無い、今のは父さんの機体だ!)」
そして何より、ライカは白と蒼のMF――パルトナ・メガミに乗っているであろうドライバーのことをよく知っていた。
「(マニューバキルで1機か……つまらん死に方をしやがって)」
追跡していた敵機の自滅を確認した後、パルトナ・メガミのドライバー――ライガは上空で遊撃させていたα小隊の面々と合流する。
「(地面すれすれを飛んだ時に見えた人影……あれはライカとフミさんとオフィーリア首相じゃないのか? しかも、スウェーデン国王とアキヅキ・オリヒメも一緒とはどういう状況だ?)」
そう、動体視力が優れているライガも地上で伏せていた娘たちの姿をしっかり捉えていたのだ。
「どうしたの?」
「ん? いや……何でもない」
「ホント?」
リリーからの追及を軽く受け流そうとするライガだったが、こういった場面でのリリーの「嗅覚」は凄まじいモノがあり、彼女は納得のいく答えを得られるまでしつこく食らい付いてくる。
結局、別に隠すような情報ではないと判断し、ライガは先ほど見かけた人影について正直に伝えることにした。
「お前にはお見通しか。ああ、娘やオフィーリア首相らしき人影を見つけたのさ。なぜ戦場の真っ只中をうろついてるかは知らないがな」
「それってとても重要な情報じゃない? ねえ、ライカちゃんたちを助けに行ってあげようよ」
「そうしたいのはやまやまだが、個人的な理由で行動するわけにはいかん。だいたい、お前はこないだのドーバー海峡で独断専行して滅茶苦茶怒られたのを忘れたのか?」
ライガとリリーが押し問答を繰り広げていると、通信傍受のために開いていたオープンチャンネルに何者かの音声が紛れ込んでくる。
「――、『JFK』を――せよ」
「ターゲット以外の――も――が、どうする?」
「多少の――は必要悪だ。躊躇うな、お前は――を――ばいい」
彼らが使用している言語は一見すると英語のようだが、ノイズ混じりの音声をよく聞いてみると「アメリカ訛り」であることが分かる。
つまり、この会話を繰り広げている連中はアメリカ人である可能性が高い。
「(アメリカ英語だと? 奇妙だな……ここはヨーロッパの端っこだぞ。なぜ戦場にアメリカ人がいる?)」
アメリカ人主体のMF部隊が存在していることはもちろん、彼らがエレブルー城を襲撃する理由が見当たらず戸惑いを隠せないライガ。
……いや、一つだけ心当たりがあった。
「(……ホワイトウォーターUSAか! 奴らはアイスランドに秘密基地を構えているから、そこからわざわざ飛んで来たのか。しかし、そうだとしたら目的は一体何なんだ……?)」
スターライガとホワイトウォーターUSA――。
「退役軍人によって創設されたプライベーター」「航空戦力の中心はMF」という共通点を持つ両者だが、彼らの関係は控えめに言っても最悪である。
そもそも両者が本拠地を置く国同士(オリエント連邦とアメリカ)の関係が良くないことに加え、競合他社として受注の奪い合いを繰り広げることが多いからだ。
また、ホワイトウォーターUSA(WUSA)のメンバーにはコンサバティブな政治思想を持つ者が多く、組織自体が反オリエント的な立場を取っている点も少なからず影響していた。
「(機体照合――RM5-20Bか。奇妙だな、なぜこの機体をWUSAの連中が運用している?)」
敵機の機種を確認したライガは眉をひそめる。
RMロックフォード・RM5-20B――俗に「スパイラルB型」と呼ばれる機体は正規軍での採用を見込んだメーカー純正の量産型であり、本来なら正規軍以外が運用していることはありえないはずだ。
つまり、WUSAは何かしらの非合法的な手段でスパイラルB型を入手した可能性が高いが、具体的な経路についてはまだ分からなかった。
「(まあいい……その辺りの調査は後からやろう。まずはWUSAのヤンキーどもを片付けないとな)」
次々と浮かび上がってくる疑問を一旦振り払い、ライガは僚機と共に残敵の掃討を再開するのだった。
一方その頃、城外へ脱出したアキヅキ姉妹は専用車が迎えに来るのを物陰で待ち侘びていた。
各国首脳を送迎するための専用車は指定された駐車場に止められており、遅くとも5分ほどでエレブルー城まで辿り着くだろう。
……もちろん、WUSAの襲撃で撃破されていなければの話だが。
「姉上、こいつらを連れて来る必要はあったのか?」
こいつら――ライカとフミの姿を顎で指し示すユキヒメ。
オフィーリア首相とマティアス国王は「然るべき相手」に託すことができたのだが、立場上は一般国民であるライカたちはそうもいかなかったのだ。
「仕方ないでしょ、ここまで来て見捨てるわけにもいかないし……」
「あの……私たちのことは気にしないでください。戦場ジャーナリストの端くれである以上、自分の身は自分で守れますから」
アキヅキ姉妹に気を遣わせていることを悟ったライカが頭を下げると、オリヒメは微笑みながら年下のジャーナリストの肩をポンっと叩く。
「赤の他人の生死なんて正直言ってどうでもいいけど、目の前で死なれると気分が悪くなるのよ。だから……今はこの状況を脱することを考えなさい」
「……ありがとうございます」
冷酷非情で犠牲を躊躇わない性格――。
多くの地球人はアキヅキ・オリヒメをそういう人間だと決めつけているが、彼女と直接向き合ったライカは自らの考えを改めつつあった。
「(地球人もルナサリアンも同じ人間だ。なのに、私たちはなぜ殺し合いをしているのだろう……?)」
物陰に身を潜めてから7~8分ほど経っただろうか。
エレブルーの上空に描かれていた飛行機雲は薄くなり、MFや戦闘機が飛び交う音も随分と落ち着いたように思える。
「――みんな、ようやく迎えが来たぞ」
周囲の様子を窺っていたユキヒメがこう告げた直後、一台の自動車がかなりのスピードで駐車場へと入って来る。
その車両――ルナサリアンの皇族専用車は鋭いブレーキングで停車するが、停まった場所はよりによって駐車場のど真ん中であった。
情報伝達のミスでユキヒメたちが隠れている場所が伝わっていなかったらしい。
「おい! そこで停まったらいい的になるだろうが!」
情報端末――厳密には通話相手の運転手に対してそう怒鳴りつつ、勇敢にも物陰から飛び出して安全確認を行うユキヒメ。
敵はいないと判断した彼女は姉やライカたちの方を振り向き、手招きのジェスチャーで移動開始を促す。
「ライカさん、フミさん、行きましょう! 安全な場所までは我々の公用車でお送りしますわ!」
それを見たオリヒメもライカとフミの手を強引に掴み取り、妹が立っている所へ向かって一目散に走り始める。
あまりの行動の早さにジャーナリストコンビは流れに身を任せるしかなかった。
皇族専用車までの距離はたったの数十メートル。
頑張って全力疾走すれば20秒も掛からないだろう。
だが、それと同時に20秒というのは「索敵→攻撃」を行うのに必要十分な時間でもある。
「……ッ! モビルフォーミュラの足音だ!」
ライカたち3人が物陰を飛び出してからわずか数秒後、車両の前で待機していたユキヒメのウサ耳がピクッと動く。
彼女に限らず人型の耳と獣耳の両方を持つルナサリアンは聴覚に優れており、地球人よりも正確に音を感知できると云われている。
「もっと速く走れッ! こっちに近付いて来るぞッ!」
ユキヒメが右手を上げて急かしてくる中、ライカは見てしまった。
建物の角から現れたMFのマシンガンが、自分たちの方へ向けられていることを。
「走れ! 走れッ! 走れッ!!」
マシンガンが火を噴くのとユキヒメが声を荒げるのはほぼ同じタイミングだった。
「(ダメだ……あれに当たったらお陀仏だ!)」
戦場という死線を何度も潜り抜けてきたライカも、今回はさすがに死を覚悟したが……。
所属不明機から放たれた大口径弾がライカたちに直撃しようとしたその時、別方向から現れた黒い影が滑り込むように射線へと割り込んでくる。
倒れそうになりながらもシールドで銃撃を弾いた黒い影はすぐに態勢を立て直し、レーザーライフルによる威嚇射撃で所属不明機を追い払う。
黒い影――いや、厳密には白い塗装のMFなのだが、ライカとユキヒメはその機体に見覚えがあった。
「パルトナ・メガミ……父さんなの!?」
「この機体……間違い無い、先日の空戦で剣を交えた奴だ!」
彼女たちが突然の再会に困惑する中、白い塗装のMF――パルトナ・メガミはライカの前へ近付くと片膝立ちの姿勢で停止。
「父さん!」
ライカからの呼び掛けに対し、パルトナのドライバー――ライガ・ダーステイはヘルメットを脱ぎ素顔を晒すことで答える。
「奇遇だな、ライカ。こんなところでバッタリ会うとはな」
「私が首脳会談の取材に行くのかって散々尋ねてたじゃない。ホントは知ってたくせに」
戦場慣れした二人による親子水入らずの会話。
「(なん……だと? こんな大人しそうな男が、あの時私を苦しめた強者だと言うのか? というか、意外と小柄なんだな……)」
その光景――地球の撃墜王の正体にユキヒメは呆れるしかなかった。
「それにしても……フミさんはともかく、それ以外の二人は随分と高貴なお客さんを連れているようだな」
アキヅキ姉妹からの視線に気付いたのか、愛娘と言葉を交わしつつも目線は「高貴なお客さん」の方へと向けるライガ。
「貴様……本当にドーバー海峡で戦ったモビルフォーミュラに乗っていた男だな?」
彼と「強者」の姿を同一視できないユキヒメは白いMFへ無理矢理よじ登り、コックピットに座るライガを問い詰め始める。
「あの時のせっかちなお嬢さんか。いやはや、まさか月の姫様の妹さんだったとはね」
「そんなことはどうでもいい! 私と姉上の存在を知って……どうするつもりだ? たとえ敵の手に堕ちたとしても、我ら誇り高き月の民は――うぐッ!?」
「まあ、少し落ち着けよ。敵の大将を捕らえて何かしようってワケじゃない」
少し騒がしいユキヒメの口を右手で塞ぎ、ライガはオリヒメと直接話をするためにあえて「MFから降りる」という決断を下す。
「(これがパルトナ・メガミとやらの操縦席か。他の地球製モビルフォーミュラとは一線を画す作りだな……本当に同じ星の機動兵器なのか?)」
その間、ライガに気付かれないようパルトナのコックピットをコッソリと覗き込むユキヒメ。
無駄を省きながらも人間工学を重視した優秀な設計を目の当たりにし、彼女は地球側の技術水準に対する認識を改めざるを得なかった。
愛機パルトナから降りたライガは丁寧にルナサリアン式のお辞儀をした後、オリヒメに対して右手を差し出す。
「貴女が月の絶対君主、アキヅキ・オリヒメ様だな? 俺――いや、私はライガ・ダーステイという者です。このなりを見れば分かる通り、今は戦争屋として生計を立てています」
それを見たオリヒメは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべながらライガの握手に応じる。
「いかにも、私がアキヅキ・オリヒメです。それにしても……率直に言って驚きましたわ。我々の礼儀を知るだけでなく、それを実行できる地球人がいたとはね」
「フッ、曲がりなりにも祖国では名門と呼ばれる一族の出自ですから。異国人に対する礼儀は心得ているつもりです」
「それは頼もしいけど……でも、少し緊張し過ぎているわね。私としては貴男の『ありのままの姿』を見てみたいのだけれど、小さな撃墜王さん」
そう指摘されてしまったライガは「降参した」といった感じの苦笑いを浮かべ、少しだけ姿勢を崩して肩の力を抜くのだった。
「……そう言ってもらえるとありがたい。身分が高い人と母国語以外で面と向かって話すのは、なかなかに疲れるんでな」
「(なんだあの男……姉さんと馴れ馴れしく口を利きやがって)」
たった一人の肉親と地球人の男が良い雰囲気になっているのが気に食わないのか、パルトナの設計を観察していたユキヒメは白いMFから飛び降り、まるで戒めるかのように地球人の男――ライガの左肩を背後からガシッと掴む。
「ライガ殿といったか? 貴様が我々と接触した目的は何だ? もし、混乱に乗じて闇討ちをするつもりならば……!」
「いててッ! 俺はそんな卑怯な真似をするつもりは無いから、肩を潰そうとするのはやめてくれ!」
左肩を掴むユキヒメの手をあくまでも丁寧に払い除け、ライガは一つの「取引」をアキヅキ姉妹へと持ち掛けるのであった。
「まあ、そんなことよりも……だ。俺の操縦技術なら、あんたたちを専用機が待機している空港まで『確実』に送り届けられる自信がある。どうだ、俺に賭けてみないか?」
「そうね……」
その交渉に対するアキヅキ姉妹の――というより、オリヒメ個人が出した答えは……。
【マニューバキル】
直接攻撃ではなく追跡中の自滅などで敵機を倒すことを言う。
状況証拠が揃っていれば撃墜数としてカウントされるものの、実戦における事例は極めて少ないらしい。




