【MOD-23】スカンディナヴィアの風(前編)
Date:2132/04/03
Time:14:05(UTC+1)
Location:Örebro,Sweden
Operation Name:PEACECRAFT
「――ペンデュラムよりα小隊へ、こちらの空域に異常は見られない」
エレブルー市街地の南側を飛行する2機のMF。
この時間帯に会場周辺で活動できるのはスターライガ及びスウェーデン軍だけのはずだが、「ペンデュラム」なる人物が駆る機体――スパイラルC型には「白いハスの花」が描かれていた。
彼女の名はナスル・ペンデュラム。
スターライガと提携関係を結んでいる小規模プライベーター「ロータス・チーム」に2人しかいないMF乗りの一人にして、ロータス・チームのスポンサーを務めるサルベージ企業「ダウザー・サルベージ」の社長令嬢である。
「こちらパルトナ、了解。引き続き警戒を行ってくれ。不審な動きがあったらすぐに伝えろよ」
「了解、ライガさん。監視なら任せてくれ」
スターライガだけではカバーできない空域を担当してくれているナスルとの通信を終え、仲間からの定時報告をまとめながら状況を確認するライガ。
「(このまま何事も無く終わればいいんだがな……どうも悪い予感がするぜ。ライカ、気を付けろよ)」
そんな彼の耳に衝撃的な知らせが飛び込んで来るのは、それから数分後のことだった。
スターライガ及びロータス・チームに情報が伝わり始めた頃、首脳会談の会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「各員、首脳たちの安否確認を急げ!」
「瓦礫に何人か押し潰されたぞ! 救護班との連絡は取れないのか!?」
「これは誰の身体だ……チクショウ、ミンチよりひでぇことになってやがる」
幸運にも難を逃れた警備係たちが救助活動を開始するが、人力で重い瓦礫を取り除くのは無理に等しい。
いずれにせよ、あれだけの量の瓦礫に潰されたら生存は絶望的だろう。
「フミ先輩……!」
「ええ、自分の身は自分で守らないとね。ちょっと暗くて見辛いけど……ここを脱出しましょう!」
ライカとフミは顔を見合わせながら互いに頷き、携帯電話のフラッシュライトを懐中電灯代わりに行動を開始する。
「まずは出入口の確保を……いてッ!」
瓦礫の山の向こうにある出入口へと歩き始めた直後、周囲の確認を怠っていたライカは誰かにぶつかってしまう。
「すみません――って、貴女はアキヅキ姫!?」
ぶつかった右肩をさすりながらライカが一言謝ろうとしたところ、その相手はネクスマートフォンらしき通信端末で誰かと連絡を取っているオリヒメであった。
「あらあら、戦争終結の可能性を模索する場でこんなことになるとはね……」
肩がぶつかったことに関しては気にしていないようだが、この状況を目の当たりにしたオリヒメは深刻そうな表情を浮かべている。
こんなことになってしまっては講和条約締結どころの話ではない。
「そういえばアキヅキ姫、貴女の傍に仕えていた護衛の女性はどちらへ?」
「ああ、あれは私の妹ですわ。今日はお腹の調子が悪いみたいでさっきもお手洗いに行ったのだけれど、最悪のタイミングで分断されてしまったわね」
「妹さん……ですか」
フミとオリヒメが暢気に言葉を交わしていると、オリヒメの通信端末から誰かの声が漏れてくる。
少し離れた所にいるライカも辛うじて聞き取れるほどの音量であるため、通信端末の向こうでは相当の大声で叫んでいるのかもしれない。
「ちょっと待って……ええ――本当? 分かったわ、こちらからもやってみましょう」
通信端末で誰かとの会話を終え、フミたちの方を振り向きながら不敵な笑みを浮かべるオリヒメ。
どうやら、この危機的状況を脱する方法を思い付いたらしい。
「お二人さん、少し手を貸してもらえるかしら? まずはこの暗闇から抜け出しましょう」
「ええ、アキヅキ姫……私たちでよろしければ」
「『オリヒメ』でいいわよ、お嬢さん」
オリヒメにそう促され、ライカとフミは3人で手を合わせる。
こうして、月と地球の奇妙な協力関係が構築されるのだった。
「……! スターライガ全機、戦闘態勢! 敵襲よッ!!」
一方その頃、エレブルー城周辺の異常に気付いたレガリアはすぐさま戦闘態勢への移行を指示し、自らもスウェーデン軍が担当している空域へと急行する。
機上レーダーが所属不明機を捉えたのがその空域だったからだ。
「地上の様子をラジオで聞いていたんだけど……何だか騒がしいみたいだね」
「警戒網の外側ではなく、内側から突然湧いてきた――これはどういうことかしら?」
「姉さんはこの襲撃に計画性があると考えているの?」
ブランデルからの問い掛けに対し、あくまでも即答は避けるレガリア。
彼女自身としては「獅子身中の虫」による犯行だと予想していたが、首脳会談に反対するルナサリアン過激派の仕業である可能性も否定できない。
つまり、ここで結論付けることは難しいと彼女は考えていた。
「……少なくとも、チンピラの突発的な行動とは思えないわね。とにかく、まずは事態の鎮静化を優先しましょう。各国首脳たちの安否が気になるわ」
「ああ、ここで偉い人たちが殺されたなんてニュースが流れたら……戦争は本当に泥沼化するぞ」
「そうならないために私たちが戦うのよ」
お互いの愛機を見ながら頷き合うシャルラハロート姉妹。
戦争終結の芽を摘ませないため、レガリア率いるβ小隊は全速力でエレブルー市街地中心部へと向かうのであった。
「(情けない……! 私の腹の調子が悪いばかりに、姉さんを危機に晒してしまうとは……!)」
エレブルー城に異変が起きた時、前日の夕食で食中毒にあたってしまったユキヒメはトイレに籠もっていた。
彼女は突然の地震を受けてトイレから飛び出し、姉のオリヒメと通信端末で会話しながらグレート・ホールまで戻ろうとしていた。
「おい、貴様ら! グレート・ホールの中はどうなっている!?」
「あ、貴女は……どこにおられたのですか!?」
「お手洗いに行ってたんだぞ! 女になんてことを言わせるんだ!」
状況確認のために奔走している警備係たちを押し退け、ひたすらにグレート・ホールを目指すユキヒメ。
トイレからグレート・ホールまでの距離は決して遠くないはずだが、こういう時に限って永遠のように長く感じられた。
「トンデモないことをしてくれたな……そんなに私たち月の民が憎いか?」
後ろから付いてくる警備係たちの姿をチラリと見やった後、ユキヒメは彼らに対し声のトーンを落としながら尋ねる。
当然、身に覚えの無い警備係たちは次のように答えるしかなかった。
「そりゃ、ルナサリアンのことを完全に信用しているわけではありませんが……でも、首脳会談の場で凶行に及ぶほど俺たち地球人は愚かじゃない!」
「(こいつらも突然の出来事に動揺しているようだ。つまり、私と姉さんの謀殺を謀った黒幕は他にいる――というわけか)」
それを聞いたユキヒメは少しだけ考え込んだ末、彼らの言い分を信じてみることにした。
「……分かった、ならば少し手を貸してくれ。要人たちを助け出すぞ!」
「「F...Förstått!(り、了解!)」」
ユキヒメの迫力に気圧され、警備係たちは彼女の協力要請を仕方なく受け入れるのだった。
ユキヒメと警備係たちがグレート・ホールへ向かっていた頃、オフィーリア首相やマティアス2世と合流したライカは外に繋がる唯一のドアをこじ開けようと悪戦苦闘していた。
「この! このッ!」
「いやいや、それじゃさすがに開かないでしょ……マティアス国王、他に出入口とかは無いのですか? ほら、こういう城にありがちな隠し通路とか……」
瓦礫が引っ掛かっている内開きドアと戦うライカにツッコミを入れつつ、マティアス2世に対し他の脱出口が無いかを尋ねるオフィーリア。
「いや……そういったものがあるという話は知りませんな。築城から既に600年以上経っているうえ、当時の設計図といった資料は散乱してしまっているのです。この城の全貌はもはや我々にも分かりません」
「そうですか……」
脱出するにはこの扉を開くしかない――。
オフィーリアがそう割り切ろうとした時、外に繋がる唯一のドアを誰かが叩いている音が聞こえてくる。
「誰か! 無事ならば返事を!」
「ドアが開かん! どうなってるんだ!?」
「内開きなんだろう? ならば力尽くで蹴り破ればいい!」
外にいる誰かの大半が英語とスウェーデン語を使っている中、ただ一人だけ地球では聞き慣れない言語――ルナサリア語を話す女性がいるようだ。
「ユキヒメ!? よかった……そっちは無事だったのね!」
もちろん、その女性の声をオリヒメは誰よりも知っていた。
「姉さ――いや、姉上! 今から扉を無理矢理蹴り破る! 少し離れてくれ!」
姉からの返事を待つよりも先にユキヒメは少し後退し、勢いを付けてから木製ドアへ強烈な前蹴りを叩き込む。
「フンッ! フンッ!」
武人として身体を鍛え上げているユキヒメの蹴りは相当の威力を持っているはずだが、彼女の脚力を以ってしてもドアはなかなか開かない。
本当に木製なのかと疑いたくなるほど頑丈な扉だ。
「何かが引っ掛かっているのか? まあいい……おい、そこの図体が大きい男。お前も手伝え」
「ぼ、僕ですか?」
一人で延々とキックしていても埒が明かないと判断し、ユキヒメはその様子を見守っていた警備係たちの中で最も大柄な青年を指名する。
彼は身長2m・体重100kgを超える巨体を持つわりには気が弱いらしく、突然の呼び出しに明らかに困惑していた。
「お前以外に誰がいるというんだ。いいか、その図体を活かした体当たりで扉を破壊するぞ。右側は私がやるから、お前は左側にぶちかませ!」
「え、ええ? そんな乱暴なことは……」
「貴様ァ、この状況で弱音を吐いている場合かッ!! 黙って私の指示に従え!」
荒事は苦手だと言う青年を凄まじい剣幕で怒鳴りつけ、体当たり攻撃の準備に入るユキヒメ。
それを見た青年もビビりながら配置に就き、趣味で観ているアイスホッケーのタックルを思い出す。
「私の合図で突っ込むぞ。3、2、1……トッテ(突撃)!」
「う、うわぁぁぁッ!」
ユキヒメのカウントダウンに合わせて青年はショルダータックルを放つ。
二人分の突進を受けたことでついに木製ドアの蝶番が外れ、ユキヒメと警備係たちはグレート・ホールの惨状を目の当たりにするのだった。
「姉上! 怪我はしてないか!?」
「ええ、私は大丈夫よ」
お互いの無事を確かめ、肩を抱き合うアキヅキ姉妹。
「感動の再会をしているところ申し訳ないが、一刻も早くシェルターへ避難しましょう。この城は現代兵器による攻撃には到底耐えられませんからな」
「了解しました、国王陛下――お前たち、陛下とカラドボルグ首相とMs.アキヅキを御守りしながらシェルターまで向かうぞ! この3人は何としてでも護り抜け!」
「「Förstått!」」
警備係のリーダー格と思わしき男性の指示を受け、先ほどの青年を含む男たちは「護衛対象」を取り囲むように陣形を展開する。
前後左右どの方向から襲撃されても対応できるようにするためだ。
「マティアス国王、セーデルグレーン首相とは逸れたのですか?」
ライカの問い掛けに対しマティアス2世は少しだけ俯いた後、セーデルグレーンの最期を正直に語り始める。
「……彼は死んだ。私の目の前で瓦礫に押し潰され、人の形を失っていたのだ」
「すみません……」
「いや、気にしないでくれ。謝るべきは何もできなかった私のほうだからな」
無礼な質問をしてしまったと謝罪するライカに対し、気に病む必要は無いとマティアス2世は彼女のことを励ます。
この寛容さこそマティアス2世が「22世紀の名君」としてスウェーデン国民から慕われる理由であった。
一行が最も近場のシェルターに差し掛かった時、更なる困難が彼らに牙を剥く。
「……!? ダメッ、それ以上進んだらいけないッ!」
「いてッ! 何をするんだ姉上――!?」
後ろから付いてくる姉に突然襟首を引っ張られたユキヒメはさすがに怒ったが、その怒りをすぐに収めざるを得ない事態が発生する。
次の瞬間、地震のような揺れと同時に天井がガラガラと崩落し、せっかく辿り着いたシェルターへの入り口を塞いでしまったのだ。
また、扉を開けようとしていた者が数名押し潰されたほか、アキヅキ姉妹よりも先行していた警備係たちの多くが不幸にも巻き込まれてしまった。
以上の出来事はユキヒメの目と鼻の先で起こったものであり、オリヒメの制止が無ければ彼女も犠牲になっていたかもしれない。
「――姉さん、よく今のを察知できたな。あなたが止めてくれなかったら私は……」
「感謝の言葉は別に要らないわ。それよりも今はこの城から脱出することを優先しましょう」
「……ああ!」
崩落を逃れた一行は態勢を立て直し、「シェルターへの避難」ではなく「城外への直接脱出」に方針転換を図る。
エレブルー城の正門――600年前から出入口として使われている場所はすぐそこだ。
「(瓦礫に紛れ込んでいた鉄の塊……あれはコックピットを潰されたMF?)」
だが、戦闘の痕跡を目の当たりにしたライカは一抹の不安を抱くのだった。
命からがら脱出を果たした一行が外で見た光景とは……?
【ダウザー・サルベージ】
オリエント連邦のスペースコロニー「S.C.01 アーク」に本社を置く企業で、スペースデブリ回収業においては世界トップシェアを誇る。
なお、社名の「ダウザー」とはオリエント連邦の伝承に登場する妖精に由来している。




