【MOD-22】エレブルー首脳会談
皆さん、もしかしたらニュースでご覧になったかもしれませんが……今から6日後の4月3日に地球・月双方の指導者による初の首脳会談が行われます。
スウェーデン中部の都市エレブルーで開催されるこの会談には月の指導者アキヅキ・オリヒメはもちろん、世界各国のトップが「戦争の早期終結」を議論するために参加する予定です。
ちなみに、これは噂ですけどアメリカは大統領の代わりに副大統領を代理出席させるそうですよ。
全く……こういうことはあまり言いたくないけど、本当にあの国は歴史が浅いくせにやること為すことが身勝手ですね。
他の国は国家元首が直々に出席するというのに……マナーが成ってないと気付かないのかしら?
まあ、ここで愚痴っても仕方ありません。
これよりブリーフィングを開始します。
今回の依頼主は首脳会談のホスト国を務めるスウェーデン政府です。
彼らは私たちに対し「会談が行われるエレブルー周辺の警備」という仕事を依頼してきています。
実際の会場となるエレブルー城及び市内中心部にはスウェーデン軍が展開する予定ですが、このご時世何が起こるか分かりません。
そこで、スウェーデン政府はカバーが難しい郊外の監視を私たちに頼みたいと言ってきたのです。
……この地図を見てください。
赤く塗られているエリアがスウェーデン軍の担当範囲で、私たちは青く塗られている郊外のエリアで警戒任務へ就くことになります。
もちろん、これだけの広範囲をスターライガだけで監視することは難しいため、今回は「強力な助っ人」として同業者が参戦してくれる予定です。
彼女たちと共にアリ一匹通さない警戒管制を構築し、今回の首脳会談を必ず成功させましょう!
それが戦争の早期終結に繋がるのならば……。
スターライガの担当範囲内におけるエリア割り振りは遅くとも4月2日までには決まるでしょう。
今回の作戦は全力出撃とします。
作戦当日はスカーレット・ワルキューレはエレブルー東部のイェルマレン湖に待機させるため、修理や補給が必要な場合は各自の判断で適宜対応してください。
スウェーデン内陸部の気候はオリエント連邦に比較的近いので、機体の調整は最低限で済むと思いますが……万全の状態で作戦に臨めることを期待しています。
本日のブリーフィングは終了です。
また作戦当日に最終ブリーフィングを行うので、それまでは休養やトレーニングに励んでくださいね。
以上……解散!
2132年4月3日――。
スウェーデンの首都ストックホルムから160kmほど西に位置している地方都市エレブルー。
普段は落ち着いた雰囲気の町だが、ここ2~3週間は警察当局や軍関係者が多数配置され物々しい空気に包まれていた。
「来たぞ……あの黒塗りの装甲リムジンがアメリカ『副大統領』の車両か」
「ああ、その通りだ。ギーズ大統領はキャンプ・デービッドでサボタージュでもしているのか?」
「知らねえよ、アメリカ人の考えていることは特にな」
本国から遠路はるばるやって来たシークレットサービスによる厳重な警戒態勢の中、目の前を走っていくアメリカ大統領専用車の旧モデル――通称「オールド・ビースト」を眺めながらスウェーデン軍の兵士たちは陰口を叩く。
現職のアメリカ大統領であるギャリー・ギーズは上院議員時代からタカ派の政治家として知られており、「地球と月の間には憎悪しか存在しない」「我々地球人には徹底抗戦あるのみ」という理由で首脳会談出席を拒否していた。
結局、他国の説得により副大統領のセバスチャン・リプスコムを参加させることになったが、国際的な影響力が強いアメリカの態度は首脳会談における懸念事項とされている。
戦争の泥沼化は彼らにとっても望ましいものではないはずだが……一体何を考えているのだろうか?
その後も各国首脳を乗せたスウェーデン製高級セダンが次々と会場入りしていく中、それらの車両とは全く趣きの異なる白い車が姿を現す。
近未来的なデザインが特徴的なその車――アークバード・ケツァールはオリエント連邦の国旗を掲げていた。
「あれはオリエントの……カラドボルグ首相の車だよな?」
「相変わらず、アークバードの車は同じ雪国のメーカーとは思えないデザインだ」
「そりゃ、お前……戦闘機やMFの軍事技術をスピンオフしているんだから当たり前だろ」
先ほど「オールド・ビースト」を見送った時に比べると、スウェーデン軍兵士たちの表情は少し明るい。
というのも、スウェーデンとオリエント連邦は雪国という共通点から盛んに交流が行われており、両国間の関係は決して悪いモノではないからだ。
そして何より、「美人なうえに有能」なオフィーリアは国外でも一定の人気を誇っていた。
「んで、最後にやって来るのが……」
「ルナサリアンの指導者――俺たち地球人が戦っている相手……か」
オリエント連邦首相専用車が走り去った後、明らかに異質な「月の車」がエレブルー城へ繋がる唯一の道路に入って来るのだった。
今回の「エレブルー首脳会談」は全世界に向けて話し合いの様子が生配信されるほか、僅か50人程度であるが招待者を除いた報道関係者向けの傍聴席チケットも発売されていた。
もちろん、傍聴席は予約開始から数時間で完売してしまったため、倍率32倍という狭き門を突破したラッキーマンだけがエレブルー城内で首脳会談を直接取材することができるのだ。
「良かったですね、フミ先輩。まさか、私とあなたの両方が傍聴席チケットを取れるなんて……」
「ええ、どちらかが取れれば御の字だと思ってたけど……この幸運は大切にしないとね。今日の取材を基に良質な記事を書くことができれば、ジャーナリストとしての評判を上げられるわよ」
警備担当の警察官へ身分証明書を提示し、ボディチェックを終えた2人のラッキーガールが首脳会談の舞台となる大部屋に入っていく。
先輩と呼ばれている方の名前はフミ・スマヨン。
オリエント連邦出身のフリージャーナリストで、約100年前の第1次フロリア戦役の時代から取材活動に身を投じている大ベテラン――ジャーナリズム界においては「生ける伝説」と呼ばれる女性だ。
ジャーナリストの中には深入りし過ぎて「消される」者も少なくないため、フミのように長らく一線で活躍している者は極めて珍しい。
「分かっています。父がMFに乗り、祖母が軍隊を動かして戦うのなら、私はボイスレコーダーとメモ帳を手に真実を発信していくつもりです」
そして、サーバルキャットのような獣耳が特徴的なもう片方はライカ・ダーステイ。
スターライガのエースであるライガ・ダーステイを父、オリエント国防軍総司令官のレティ・シルバーストンを祖母に持つ、育ちの良さに定評があるベテラン戦場ジャーナリストだ。
かつてグレート・ホールとして使われていた大部屋の傍聴席でフミとライカがしばらく待っていると、会談に参加する各国首脳たちが続々と入室してくる。
基本的には1か国につき1人だが、ホスト国のスウェーデンは特例により国王マティアス2世とクリスティアン・セーデルグレーン首相の2名を出席させていた。
「現地時間の午後1時28分。紺野総理大臣を含む各国首脳が次々と着席していきます」
「このエレブルー首脳会談が終戦への道筋となるのか……それはまだ分かりません。ですが、ルナサリアンの指導者オリヒメ・アキヅキを含む各国首脳は戦争終結のためにこの地へやって来たのです」
「はい、こちら連邦放送協会のスズカです。我々は『地球と月の話し合い』という歴史的瞬間に立ち会うために――」
傍聴席の反対側にあるエリアでは、国の指定を受けた報道関係者たちがテレビカメラに向かって状況説明を行っている。
時差を考慮するとオリエント連邦は午後6時ぐらいのはずだが、ライカがツ○ッターを確認したところ多くのオリエント人が首脳会談をテレビで観ているそうだ。
「――あ! たった今ルナサリアンの指導者アキヅキ・オリヒメ氏と警護担当者が入室して来ました!」
グレート・ホールの空気が突然張り詰め、ガヤガヤとしていた話し声が急速に静まっていく。
一番最後に入室してきたオリヒメは笑顔でテレビカメラに応えていたが、それを見ている各国首脳に圧しかかるプレッシャーは相当のモノであった。
「……皆さん、静粛に。私は本日の会談の司会進行を務めさせていただくスウェーデン王国国王マティアス2世であります。まず、議論へ入る前に一つだけ確認したいことがあるのですが――」
司会進行役を務めるマティアス2世は円卓に着席している各国首脳を見渡した後、自身の反対側に座るオリヒメへ次のように尋ねる。
「Ms.アキヅキ、本日の会談は地球の共通語である英語を使用します。貴女は英語を話せますか? もし自信が無ければ信頼できる通訳をお付けしますが」
その質問に対しゆっくりと首を横に振るオリヒメ。
第一印象はお淑やかで温厚そうな女性だが、一方で冷酷非情且つ目的達成のためならば犠牲を厭わない性格だとも云われている。
もちろん、所詮は噂なのでどこまでが真実かは分からないが……。
「いえ、結構。私は月の技術が誇る超高性能小型翻訳機を身に着けていますので、あなた方が話す言葉は手に取るように理解できますわ」
「なるほど、それは心強い。私の質問に流暢な英語で答えて下さったのを見る限り、意思疎通に関しては何ら問題無さそうですな」
「ええ、今日のために『イングリッシュ』という言語を少々かじってきましたから」
オリヒメとマティアス2世の遣り取りを聞いた各国首脳はホッと胸を撫で下ろす。
少なくとも言語面に関しては特に問題無い。
むしろ、首脳会談に対する力の入れ様を見る限り交渉は順調に進むかもしれない――と。
「――ですから、あなた方がマダガスカル島から軍隊を撤退させない限り、移住地を提供するわけにはいきません」
「でも、島民たちは『先進国の金持ちどもは我々の島に全く関心が無い。環境保護団体や研究者がたまに訪れるぐらいだ』とため息を吐いておられましたわ。なのに、この期に及んで地球の同胞扱いだとは……掌返しがお上手なことで」
だが、期待とは裏腹に早い段階で話し合いは暗礁に乗り上げてしまった。
戦力の撤収、これまでの戦闘の補償、和平交渉の条件すり合わせ――有利な状況で会談に臨んでいるオリヒメは全く妥協する気が無く、好条件を引き出すため地球側に対しプレッシャーを掛けていたのだ。
見た目の雰囲気と裏腹にオリヒメの交渉術は非常にタフであり、地球側は今更になって主張を再確認する有り様だった。
「なッ……あんたは和平交渉に来たのか我々を挑発しに来たのか、一体どっちなんだ!?」
「バカ首相、少し黙ってくれ」
膠着状態にしびれを切らしたスペインのガスパル・バカ首相を一喝し、ついにオリエント連邦のオフィーリア首相が重い腰を上げる。
彼女は戦争の早期終結を望む穏健派の筆頭格と云われる人物であり、講和条約締結の切り札だと考えられていた。
「……アキヅキ姫、話を遮って申し訳ない。貴女の発言内容については否定できないが、マダガスカル共和国の人々も地球人類であることは事実です。そもそも、時に自分以外を切り捨てる覚悟が無ければ金持ちには――」
オフィーリアが場の雰囲気を落ち着かせようとしたその時、照明が突然消灯しグレート・ホールに暗闇が舞い降りるのだった。
「な、なんだ!?」
「警備係、まずは各国首脳の安全を確保しろ! 城内の状況が確認できてから避難を開始する!」
「予備電源への切り替えを急がせろ! 電気室に係員を向かわせてくれ!」
窓が無いため陽の光が射さない状況の中、懐中電灯を照らしながら冷静に行動を開始する警備係たち。
人間の命の重さは平等である以上、社会的地位の高い者が優先されるのは当然のことだ。
優先順位が低い傍聴席のジャーナリストたちは一旦待機するしかなかった。
「今の停電……少し奇妙じゃありませんでしたか?」
「ええ、電気系トラブルなら何かしらの予兆があるはずだけど、今のは本当に突然だったわ。まるで電線を物理的に切断されたみたいにね……」
グレート・ホール内に少なからず動揺が広がる一方、ライカとフミのベテランジャーナリストコンビは取り乱すこと無く冷静に状況を分析していた。
「――何だと!? ……分かった、シェルターまでの最短且つ安全な経路を確保しておいてくれ」
「首脳の皆様、警備係の誘導に従って避難を……って、うわぁ――!?」
若い警備係が避難誘導を開始しようとした次の瞬間、地震のような衝撃と同時にグレート・ホールの天井がガラガラと崩れ落ちてくる。
轟音と共に降って来る大量の瓦礫は……今まさに避難しようとしていた各国首脳たちを容赦無く呑み込んでいった。
【キャンプ・デービッド】
アメリカ・メリーランド州サーモントにある大統領の別荘兼避難所。
訪米してきた外国の要人をもてなすためにも使用されている。
【アークバード・ケツァール】
アークバード社の自動車部門が生産販売する高級車で、一般的にはフラッグシップモデルとして扱われる車両。
同じフラッグシップモデルのアークバード・フェニックスが2人乗りクーペであるのに対し、4人乗りセダンのケツァールは実用性に優れており、オリエント圏では公用車(受注生産の特別仕様車)としても人気が高い。
【連邦放送協会】
オリエント連邦において最も歴史ある放送局。
大元のルーツは連邦時代に創設された国営放送であり、1990年代までは連邦放送協会によって全てのマスメディアが掌握されていた。




