【MOD-21】終戦への道筋
フランス西部の都市ルーアン――。
ジャンヌ・ダルク最期の地として有名な歴史ある古都だが、現在は都市全域がルナサリアンの占領下に置かれており、ルーアン=ジャンヌ・ダルク空港を中心に軍事都市化が推し進められていた。
「お帰りなさい、ユキヒメ様」
耐爆コンクリートで再舗装されたルーアン=ジャンヌ・ダルク空港の滑走路に1機のサキモリ――ユキヒメのツクヨミ指揮官仕様が着陸する。
「何か収穫はございましたか?」
「ああ……地球の空は広いな。戦場へ向かう度にまだ見ぬ強敵が現れる」
滑走路へ無事に降り立ったことを確認し、ヘルメットを脱ぎながら一息入れるユキヒメ。
頬を撫でる爽やかな風が心地良い。
「ユキヒメ様、本国政府より貴女宛てに電文が届いています。後で通信を行うべきでは?」
「姉上が……? うむ、分かった。ちょうど通信室へ向かおうと思っていたところだ」
管制官からの伝言を聞いたユキヒメは一瞬だけドキッとするが、すぐに冷静さを取り戻し「本国と連絡を取る」という意志を伝えるのであった。
ルナサリアンが地球各地に建設している前線基地のうち、一定以上の規模を持つ基地は月との超長距離通信が可能な通信施設を必ず備えている。
そのため、必要であればいつでも本国から指示を仰ぐことが可能なのだ。
一説には「各地の戦場を視察という名目で渡り歩くユキヒメを見失わないよう、姉のオリヒメが超広域通信システムの確立を命じた」とも云われているが、前線の将兵たちはこの通信施設を何だかんだで有効活用していた。
「あーあー、ルーアン基地より『カグヤヒメ』、聞こえているか? 私だ、アキヅキだ」
ルーアン=ジャンヌ・ダルク空港の管制塔に増設された通信室へ赴き、ユキヒメは「カグヤヒメ」という秘匿名称で呼ばれる月の宮殿に向けて通信回線を開く。
本国からユキヒメ宛てに直接電文を送りつけてくるような人物といえば、オリヒメぐらいしか思い浮かばないが……。
「ええ、よく聞こえているわよ……オリヒメの妹さん」
目の前の大型ディスプレイに映し出されているのは一人の女性。
ルナサリアンの証であるウサ耳が無いことからも分かる通り、彼女はオリヒメではない。
「チッ、貴様か……姉上は不在なのか? 電文を寄越したのはどうせ彼女なのだろう?」
その姿を見たユキヒメは露骨な舌打ちを行いつつ、姉が自分宛てに電文を送った理由について尋ねるのだった。
「そうよ。あの娘は荷造りを進めていて、ちょっと今は手が離せないらしいけどね……」
「荷造り? まさか、戦争真っ只中のこの時期に旅行をするわけでもあるまい」
ユキヒメが通信に応じた女性を毛嫌いしているのには大きな理由がある。
この女は地球出身の科学者であり、今から30年ほど前に月面へ漂着していたところを保護された。
豊富な技術知識と先鋭的な思想を持つ彼女に興味を抱いたオリヒメは月の宮殿へ女科学者を招待し、月と地球の差異などについて対談したと云われている。
その結果、女科学者のことを気に入ったオリヒメは彼女に「客将」という待遇を与え、地球侵攻作戦を進めるためのアドバイザーとして重用していたのだ。
女科学者が現れたことで外部から新鮮なインプットが行われ、月の軍事技術のレベルが底上げされたことは否定しない。
しかし、ユキヒメはどうしても地球出身の女科学者を信用することができなかった。
嘘吐きだとか経歴詐称などという話ではない。
おそらく、彼女の経歴や知識が本物であることは実績が反映している。
ルナサリアンが機動兵器を運用するために必要な基礎理論を構築したのも女科学者の功績だ。
「(地球人でありながら我々に与する女……何が目的なのか分からん奴は苦手だな)」
ただ、彼女が真意を隠し続けていることにユキヒメは不信感を抱いていた。
「――まあ、旅行とは言わないけどちょっとした観光ならいいでしょ?」
「姉上……!?」
その時、荷造りを終えたと思わしき姉上――オリヒメの姿が通信室の大型ディスプレイに映り込む。
まさか本人が現れるとは思っていなかったので、ユキヒメは完全に油断していた。
「観光って……水族館にでも行くのか? それとも釣り堀で魚釣りでも楽しむのか? いずれにせよ、指導者とはいえ良い御身分だな」
事情を全く知らない妹からの糾弾に対し、一生懸命首を横に振ることでそれを否定するオリヒメ。
「違うわよぉ、そういうことじゃなくて……じつを言うとね、私も地球へ向かおうと思っているのよ」
「は?」
姉の発言に耳を疑ったユキヒメはもう一度聞き返してみる。
何回聞き返しても答えは変わらない気がするが……。
「あなたが出撃していたから説明が遅れたんだけど、地球の穏健派たちが戦争の早期終結に向けた首脳会談を提案してきたの」
「ふむ……諜報部の報告では聞いていたが、そこまで進展していたとはな。理想論者の戯言だと思っていたのだが」
長話になるかもしれないと判断し、近くに置いてあった椅子を手繰り寄せて腰を下ろすユキヒメ。
「現在、戦局は我が方に傾いている――この優位を利用して地球人に降伏勧告を突き付けるのよ。長期的な総力戦に持ち込まれたら不利になる以上、勝つためにはここで決着を付けるしかないわ」
そう語るオリヒメは「指導者」に相応しい、固く引き締まった表情で妹の姿を見つめていた。
一方その頃、ここはスターライガの母艦スカーレット・ワルキューレのブリーフィングルーム。
「――それは本当か!?」
戦場から戻って来たライガとレガリアは互いに状況報告を行っていたが、ライガの携帯電話(私物)が鳴ったことで話し合いは一時中断されていた。
「(私物の携帯電話ってことは相手は身内? 誰と話しているのかしら……)」
紅茶を飲みながら戦友が電話に応じる姿を見守り続けるレガリア。
内容が気になった彼女は失礼だと思いつつも聞き耳を立てることにした。
「――ああ、頼ってくれるのは嬉しいが……本当に俺たちに任せていいのか? こういう時こそ正規軍が身体を張るべきだと思うがな……」
通話相手が誰かはまだ断定できないが、ライガが仕事に関する話をしていることは明らかだ。
「(親しい間柄且つ仕事で関わるかもしれない相手……彼の立場から考えると『あの人』のようね)」
だが、レガリアは断片的な情報からライガの通話相手を既に見抜いていた。
「――分かってる、戦争の早期終結を願う気持ちは俺も同じだよ。レガリアはこの場に居合わせているから、電話が終わったらすぐに内容を伝えておく。それじゃあ……体には気を付けてな、母さん」
「(戦争の早期終結ですって……!? 穏健派による首脳会談の計画がそこまで進んでいたとはね……!)」
母さん――オリエント国防軍総司令官レティ・シルバーストンとの通話を終えたライガは電話を切り、戦友に向かって微笑みながらこう告げるのであった。
「……レガリア、次に向かうべき場所が決まった。もしかしたらそこで戦争を終わらせることができるかもしれん」
ルナサリアンが地球上の全国家に対し宣戦布告を行ったことで戦争が始まったのは周知の事実だ。
公的には超大国から小国まであらゆる国家が戦争状態に入っているが、実際に出兵しているのはその中のごく一部にすぎない。
例えば、永世中立国を標榜するスイスは「自国及び周辺諸国の防衛を目的とした戦闘行為」だけを行っているし、戦略的な価値が無いとして蚊帳の外に置かれている小国も決して少なくない。
現在、ルナサリアン相手に真っ向から戦えているのは日本、アメリカ、オリエント連邦、ロシアといった軍事大国だけであり、莫大な国力を持つ彼らは侵略者を地球から追い出すまで戦うつもりでいる。
一方、緒戦で大きなダメージを受けたドイツやフランスといった国々には戦争継続の余裕など無く、まずは可能な限り早い段階で戦争を終わらせることを望んでいた。
……つまり、今後の対ルナサリアン戦略について国家間で意見の食い違いがあるのだ。
この侵略戦争が終わり無き総力戦――しまいには一般市民をも巻き込む血みどろの殲滅戦となる可能性を危惧した「穏健派」と呼ばれる人々は、インターネット上で世界規模のネットワークを構築しながら各国首脳を話し合いの場へ引きずり出す方法を模索。
そこへ戦争の早期終結を狙う国家が支援を行ったことで穏健派の活動に弾みが付き、彼らの影響によりオリエント圏では大規模な反戦デモが起こったりもした。
結局、戦争を主導してきた日本、アメリカ、オリエント連邦の所謂「ビッグ3」も国内外からの非難を無視するわけにはいかず、地球・月双方の指導者が集まる首脳会談へ参加することになったのである。
「――ようするに、首脳会談を穏便に進めるために私たちが警備しろというわけね」
「ああ、ルナサリアンを警戒させないよう正規軍の動員は必要最小限に留めるらしい。詳しい内容については秘密通信で後日送ってくるそうだ」
背筋を伸ばしながらライガは椅子へ座り、報告書に目を通しつつレガリアへ通話内容の詳細を伝える。
実際のところ、スターライガの実質的な代表者はレガリアなので、まずは彼女の判断を仰がなければならなかった。
「戦争の早期終結を願う気持ちは私たちも同じだから、レティさん直々の頼み事を断る理由は無いけれど……」
依頼を請け負うことについては乗り気なレガリアだが、その表情はどことなく険しい。
「……ねえ、ライガ。あなたは今回の首脳会談で本当に戦争が終わると思う?」
「……」
しばしの沈黙の後、戦友の厳しい質問に対しライガは率直な意見を述べる。
「……たとえ会談が順調に進んだとしても、そこで大団円というわけにはいかないだろう。だが、俺の場合は娘が取材でやって来るらしいからな。少なくとも会場が地獄絵図になるような事態だけは避けたい」
「あなたの娘さんって確か戦場ジャーナリストよね? スウェーデンで首脳会談が行われること……知っていたみたいね」
レガリアの指摘には頷くことで肯定の意を示すライガ。
「黙っていて悪かった。余計な希望を抱かせないよう、公式発表が出るまで言わないようにしていたんだ」
首脳会談が行われるというニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、好意的・否定的問わず様々な反応が見受けられた。
「Mr.プリンツ、首脳会談のニュースはご覧になられましたか?」
書類に目を通していたMr.プリンツ――エーリッヒ・プリンツは顔を上げ、自身の執務室へ入って来た部下の姿を見つめる。
「うむ、無知な一般市民どもは戦争終結のチャンスだと期待しているようだが、我々ホワイトウォーターUSAにとってはビジネスチャンスにすぎない。マスカエフ君、アイスランド支部にコード『ME9』を送信してくれ」
「ハッ、了解しました!」
プリンツの指示を受けた部下――ヨシフ・マスカエフは足早に執務室から立ち去っていく。
テキパキとした要領の良さは彼の強みである。
「(我々はまだ利益を出せていない以上、ここで戦争を終わらせるわけにはいかんのだよ)」
執務室のドアが閉じられるのを見届けつつ、プリンツはドミニカ産高級シガーに火を点けるのだった。
【ルーアン=ジャンヌ・ダルク空港】
かつては「ルーアン・ヴァレ・ド・セーヌ空港」と呼ばれていたが、ジャンヌ・ダルク没後600年となる2031年に現在の名前へ改名された。




