【MOD-20】銀色の刃
ライガのパルトナから放たれた蒼い光線が雷雲を貫いた次の瞬間、1機のMF――ツクヨミ指揮官仕様が真っ黒な雲海の上に飛び出してくる。
「! 見えた、そこかッ!」
敵機影を捉えたライガは再び操縦桿のトリガーを引くが、敵機はヴェイパーを纏いながら驚異的な回避運動でかわしていく。
「(外れただと!? クソッ、ならば当たるまで撃ち続けるまでだ!)」
敵機の運動性に驚愕しながらもすぐに擬似スコープを覗き込み、未来位置を予測しながらの偏差射撃で対抗しようとするライガ。
この短時間で相手の動きのクセを見抜き、確実に当てられるタイミングでのみ攻撃を仕掛ける。
爆撃機部隊や巡航ミサイル群との戦いで弾薬をかなり消費しており、無駄撃ちをする余裕はほとんど残されていないからだ。
「敵にしておくには勿体ないほどの腕をしているが……ここで墜ちてもらう!」
相手の卓越した操縦技量を認めつつもライガは操縦桿のトリガーを引く。
完璧なタイミングでの偏差射撃に彼は「手応え」を感じていたが……。
「かわせるか……!? いや、ここは切り払う!」
今度ばかりは回避運動が間に合わないと悟り、慌てふためくこと無く武装をサキモリ用実体剣「カタナ」へと変更するユキヒメ。
かわせないのならカタナで受け流すまで――。
蒼い光線が目前まで迫ったその時、ユキヒメのツクヨミ指揮官仕様が右腕を思い切り振り下ろす。
カタナの刀身に直撃したレーザーは真っ二つに分かれ、急激にエネルギー量が減ったことでそのまま消滅してしまった。
「切り払ったのか! やるな、ルナサリアンのエース!」
ライガは切り払われたこと自体には全く驚いていない。
格闘武器でレーザーを受け流すのは少しコツがいるが、そのコツを掴みさえすれば比較的簡単に行えるからだ。
問題は敵機のドライバー――ユキヒメがそれをいとも簡単にやってのけたことである。
やり方自体は頭の中で分かっていても、戦場という極限状況で実行するのは容易ではない。
「こっちも推進剤に余裕が無いからな……さっさと決着を付けさせてもらう!」
推進剤が尽きる前に戦闘を終わらせるべく、レーザーライフルの連射による飽和攻撃を試みるライガ。
だが、彼の攻撃をユキヒメは悉く切り払ってしまうのだった。
「(あの白と蒼のサキモリ――『星落とし』に参加した連中の報告書にあった敵の撃墜王の機体か)」
一方、自慢の操縦技術でレーザーをかわしつつ、ユキヒメは「星落とし」から生還した部隊の報告書を思い出す。
開戦前の非公式戦闘で甚大な損害を被りながらも生還した部隊曰く、「仮想現実訓練の最高難易度よりも遥かに強い敵機」とのことらしい。
また、別の報告書には「長距離射撃の技術に長けており、巧みな連携と合わせて非常に厄介な存在」とも記されていた。
「(奴は遠距離戦を得意としているはずだ。どうにかしてこちらの間合いへ持ち込まなければ……)」
自らが得意とする格闘戦に持ち込むための方法を模索していた時、ふと眼下に広がる雷雲へと視線を移すユキヒメ。
「(少し危険な賭けになるかもしれんが……やってみる価値はありそうだ)」
そうと決まれば行動に移すのは早いほうが良い。
「(雲の下に逃げるなら今しかない!)」
リロードのために相手の攻撃が止んだタイミングを見計らい、ユキヒメはスロットルペダルを踏み込み愛機ツクヨミを加速させる。
「ッ! 雲隠れとはやってくれる!」
最後の弾倉をレーザーライフルに装着したライガのパルトナが攻撃を再開した時、彼の視界にツクヨミの姿は無かった。
周囲を少しだけ見渡した後、ライガはユキヒメの意図を察する。
「(なるほど、雲の下から奇襲を狙う腹積もりか)」
相手が雷雲の下にいると読んだ彼はレーザーライフルの出力を最大まで引き上げ、一見すると何も無さそうな場所へと銃口を向ける。
「この辺りか!?」
次の瞬間、長年の実戦経験と直感を頼りにライガは操縦桿のトリガーを引く。
フルパワーモードと言えどレーザーで分厚い雷雲を貫くことは困難だが、それでも蒼い光線が通過した周囲にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
レーザーによって大気が一時的に加熱され、その影響で雲を構成する成分が大気に取り込まれてしまったためだ。
「チッ、外した! このタイミングだと思ったんだがな……」
舌打ちしながらも気を取り直して別の場所を狙うライガ。
傍から見ると適当に狙っているように見えるが、彼は実戦経験と直感を基に「敵機がいるかもしれない場所」をしっかりと計算していたのだ。
……もちろん、戦闘において敵が「計算通り」に動いてくれることは滅多に無いのだが。
「(さあ、どこから飛び出して来る? いつでもかかって来やがれ……!)」
水平線の果てまで広がっている雷雲のカーペットを見渡し、ライガはいつ敵が現れても対応できるよう警戒を続ける。
おそらく、相手も雲の下から好機を窺っていることだろう。
こういう状況下では先手先手を取れるように行動し、相手にペースを掴ませないことが重要だ。
「ッ! 今度こそ直撃させるッ!」
その時、ライガの脳裏に電撃が奔る。
彼のパルトナもそれに突き動かされるように右腕を動かし、フルパワーモードのレーザーライフルを放つ。
雷雲に穴を開けたのはいいが、今回も敵機には掠りもしなかった――かと思いきや、ライガは明後日の方向を見ながら口元に笑みを浮かべている。
「俺の目の良さを侮るなよ……居場所が割れている以上、お前はもう避けられない」
そう、彼はこれまでの戦闘でユキヒメの「癖」を完全に見抜いていたのだ。
ライガの長距離射撃を警戒するあまり、回避運動が単調になり過ぎていた――。
ユキヒメには自覚が無かったかもしれないが、レーダーの僅かな反応でそれを追っていたライガはハッキリと分かっていた。
「3度目の正直だ! こいつで決めさせてもらう!」
雷雲の流れが乱れている場所――超高速で動く物体がいるであろう位置に狙いを定め、ライガのパルトナは最後のフルパワーレーザーを放つのだった。
弾倉内の全エネルギーを懸けたレーザーが雷雲に当たった次の瞬間、1機のサキモリ――ユキヒメのツクヨミ指揮官仕様が真っ黒な雲の中から飛び出して来る。
「(バケモノめ……! あの距離から正確に狙ってきただと!?)」
ユキヒメが被弾を免れたのは非常に幸運であった。
ライガが正確な位置までは掴めていなかったことや雷雲の存在に助けられただけであり、これらの要素が無かったら確実に狙い撃たれていただろう。
逆に言えば不利な条件がいくつか重なったうえでもなお、彼の照準はニアミス程度の正確さを誇っていたことになる。
「やっと姿を現したな! 俺のパルトナが射撃戦だけのMFだと思うなよ!」
本来ならレーザーライフルを撃ちつつ間合いを詰めるべきだが、先ほどのフルパワーモードでエネルギーを使い尽くしてしまったため、やむを得ず格闘戦へと移行するライガのパルトナ。
左腰のハードポイントから格闘戦用の長柄武器「ツインビームトライデント」を抜刀し、白と蒼のMFは威嚇するように頭上で数回転させながら槍を構える。
これは両端の柄先から三叉のビームを出力する光の槍であり、母親の影響で長柄武器の扱いに長けるライガのために開発された格闘武装だ。
副兵装として装備しているビームソードに比べると小回りが利かないが、機体の全高に匹敵する長さを持つことからリーチでは大きく上回っており、ライガの技量を以ってすれば様々な応用が利く武器となっている。
「こいつで貫いてやる!」
ツインビームトライデントの穂先を敵機へ差し向け、ライガはスロットルペダルを思い切り踏み抜く。
その蒼い瞳は光の槍が向かう先――ユキヒメのツクヨミ指揮官仕様を真っ直ぐに見据えていた。
「くッ……まだだッ! そう簡単に貫かれてたまるかッ!」
もちろん、ユキヒメも無防備なまま刺突を受けるつもりは無い。
僅かな時間を活かして予備のカタナを抜刀し、二刀流で防御態勢を整える。
「いっけぇぇぇぇッ!」
ライガの気迫に応えるかの如くパルトナはツインビームトライデントを前方へ突き出し、ユキヒメのツクヨミが取っている二刀流の構えを切り崩そうと試みる。
パルトナ自体の強大なパワーにツインビームトライデントの出力――そしてフル加速で得た運動エネルギーを全て乗せた一撃の重さは凄まじく、光の槍の穂先はユキヒメの目と鼻の先にまで迫っていた。
「ぐぅッ!? なんて攻撃力なんだ……!」
攻撃を受け止めた際の衝撃で身体を激しく揺さ振られ、女とは思えない呻き声と共に戦慄を抱くユキヒメ。
カタナを交差させている部分で刺突を止めることはできたが、運動エネルギーを完全に逃がすまでには至らず、ツクヨミとパルトナは組み合った状態のまま雷雲の中へと落ちていく。
「(雲の中は何も見えん……高度はどんどん下がっていく……このままでは海に叩き付けられる!)」
計器投映装置に表示されている高度計を見ながらユキヒメは考える。
おそらく、相手も海上へ真っ逆さまに墜ちていることは分かっているはずだ。
このまま道連れにするつもりならばともかく、まともな思考を持っているのなら必ず引き起こしで墜落を避けるだろう。
……ならば、こちらが先に引き起こしを行って可及的速やかに自由に動ける状態へ移行したほうが良い。
「(頭を燃やせ、アキヅキ・ユキヒメ! 勝つための道筋を何としてでも考えろ!)」
そう決断したユキヒメは左右の操縦桿を少しだけ外側へ倒し、取っ組み合いの膠着状態を意図的に解除する。
当然、ツインビームトライデントの穂先が瞬く間に近付いてくるが、スロットルペダルを蹴ることで回避運動へと移行。
僅かな隙を突いてパルトナとの位置関係を逆転させた結果、相手の背後を奪うことに成功した。
白と蒼のMFはまだ態勢を立て直せていない!
「良い腕をしていたが……ここまでだな!」
ユキヒメのツクヨミは右手のカタナをマニピュレータの中で回転させ、逆手持ちのスタイルに持ち替える。
「アキヅキ流が第十一の奥義! 『霜月の太刀』が貴様を突き殺す!」
次の瞬間、まだ背を向けている敵機に対しツクヨミはカタナを投げ飛ばす。
カタナを投擲して攻撃する搦め手――それがアキヅキ流奥義「霜月の太刀」である。
「武器は常に手に持つべし」という決まりなど戦場には無い。
「(我が刃が貴様の魂を貫く……!)」
土砂降りの雨が降りしきる中、敵機の反応の遅れを見たユキヒメは勝利を確信していた……だが、彼女の見積もりはほんの少し甘かったのだ。
「(後ろから投擲か!? ……フッ、それで勝ったつもりとは若いな!)」
ユキヒメの巧みな操縦技術と好判断を目の当たりにしたライガは一瞬だけ驚くが、それと同時に不敵な笑みを浮かべる。
背後からの一突きにやられるほど彼は素人ではなかった。
「そんなもの、蹴り払ってやる!」
銀色の刃が自機に向かって飛んで来るのを確認すると、ライガは操縦桿及びスロットルペダルを同時に操作して愛機パルトナを素早く反転。
白と蒼のMFは振り向きざまに回転蹴りを繰り出し、右脚の脛を掠めさせることでカタナをそのまま叩き落とす。
それなりに質量を持つ物体を無理矢理弾いたため、「バキンッ!」という嫌な音と共に脚部の装甲が吹き飛んでしまったが、機体その物にまだ異常は出ていない。
「なッ……!? こいつ、やってくれる!」
不安定な姿勢からの回転蹴りという驚異的な機動を目の当たりにし、戦闘中にもかかわらず呆気に取られるユキヒメ。
だが、すぐに集中力を取り戻した彼女はもう片方のカタナを構え、その剣先を白と蒼のMFに差し向けるのだった。
互いの得物を手に相対する2機の機動兵器――。
「……そろそろ頃合いか。戦っていて面白い相手だったが、本気でやり合うのは勘弁したいところだな」
しかし、稼働時間の限界を迎えつつあるライガのパルトナは武器を収め、そのまま東の空へ飛び去ろうとする。
「待てッ! 貴様……名を名乗れ!」
雌雄を決するつもりでいたユキヒメはそれを認めることができず、地球側が使用している無線周波数で咄嗟にこう問い掛けていた。
違う星の人間なので言葉が通じることは期待していなかったが、白と蒼のMFからは意外な言葉が返って来る。
「お前に名乗る名前は無い。ただ……次に戦場で会うことがあったら教えてやってもいい」
「! お、男だと……」
「? 何だその反応は? まるで初めて男を見た、生粋の箱入り娘みたいな感じだな」
「む、私の……月の民の言葉が分かるのか!?」
次から次へと出てくる驚きに口をあんぐりと開けるユキヒメ。
普段冷静沈着な彼女が間抜け面を晒すのも決して無理はなかった。
ユキヒメが驚いている理由について一つずつ説明すると、まずルナサリアンには生物学上「オス」が存在しない。
彼女たちはメス同士で生殖できるため、進化の過程でオスが淘汰されてしまったのだ。
ルナサリアンは女だけの文明になってから永い時が経っており、男――いや、性別という概念自体を「下等生物の特徴」程度にしか捉えていない者も多い。
それゆえ、ルナサリアンは未だにジェンダー論でいがみ合い続ける地球人を「野蛮人」だと嘲笑っているのである。
次に、異星人同士であるはずのユキヒメとライガが意思疎通できた理由についてだ。
「まあ、おぬしたちの話す言葉は余の国言葉の古き姿に近いのじゃ」
ユキヒメの疑問に対して彼女をおちょくるような古い言葉遣いで答えるライガ。
「確かに……今の話し方は露骨だが我々の言葉によく似ている。貴様……一体何者なんだ!?」
ライガの母国語である現代オリエント語――その古い姿にあたる「オリエント古語」とルナサリアンの母国語は極めて系統が近く、大雑把なコミュニケーションならそれなりに言葉が通じるのだ。
もちろん、細かな言い回しは全く異なるが、ユキヒメにとっては少なくとも英語や日本語よりは遥かに「聞き取り易い」言語であった。
「だから、お前に名乗る名前は無いと言ったろ? 随分とせっかちなお嬢ちゃんだな……」
呆れるように両手を上げる動作を見せ、ライガのパルトナは再び東の空へ飛び去ろうとする。
「あの男……」
ユキヒメがうわ言のように呟いた時、白と蒼のMFの姿は既に見えなくなっていた。
二度も引き留められるのが嫌で逃げ出したのだろう。
「(姉上が地球から招いたという客将が言っていた、『警戒すべき者』の一人なのか……?)」
地球特有の冷たい雨が彼女に質問に答えてくれることは無い。
【ヴェイパー】
高機動戦闘時などに機体周囲に発生する、飛行機雲の一種に対する俗称。
運動性が非常に高いMFではよく見られる現象である。
※日常生活では聞き慣れない用語なので念のために記載
【仮想現実訓練】
ルナサリアンにおけるシミュレータ訓練のこと。
ルナサリアンはコンピュータシミュレーションを重要視しており、地球侵攻作戦もそのデータを基に立案されたと云われている。




