【MOD-19】嵐の予兆
パルトナのレーザーライフルから放たれた蒼い光線は雷雲を貫き、曇天模様の空を翔ける。
「ああ、ダメ! 微妙に弾道がズレているわ!」
それを見ていたリリーは直感的に「攻撃は当たらない」と悟るが、トリガーを引いた本人であるライガは「当たる」と確信していた。
……いや、より正確には「当てる」という強い意志を持っていたと言うべきか。
「必ず当ててみせる!」
彼の願いに応えるかのように蒼い光線は空を突き進み、発射時のエネルギー量を維持したまま飛翔体の前へと躍り出る。
次の瞬間、レーザーの直撃を受けた飛翔体は蒼白い閃光と共に爆発四散するのであった。
その間近にいたライガとリリーの安否は……?
「飛翔体の消滅を確認――ライガさんたちは……」
スカーレット・ワルキューレの戦闘指揮所(CIC)で顛末を見届けていたオペレーターが肩を落としたその時、彼女のヘッドセットにライガからの通信が入って来る。
「勝手に殺すんじゃねえよ、若いの。俺もリリーもピンピンしてるぜ……今回は人生で4番目ぐらいに肝が冷えたがな」
「リリーも平気だよ。さすがに今日はもうダメかと思ったけどね」
「何が『平気だよ』だ! 元はと言えばお前が独断専行するからこうなったんだぞ! ったく、俺じゃなかったらどうやって場を凌いでいたことやら……」
「……ごめんなさい」
幼馴染を巻き込んでしまったことを悔やみ、本当に落ち込んだ様子で謝罪の言葉を述べるリリー。
普段生意気な部分のある彼女がここまで素直に謝ることは比較的珍しい。
「はぁ……もし、ここで死んでいたらこうやって説教することもできなかった。帰艦したら反省文を書いてサレナやメカニックたちに謝り、部屋でゆっくりと休め……な?」
こういう時、ネチネチと説教を続けずに「次は気を付けよう」と割り切れるのが良くも悪くもオリエント人である。
ライガがリリーの謝罪を受け入れたことで、ようやく作戦が終わる――かと思われたが……。
ドーバー海峡の天候が急速に崩れていく中、ライガとリリーは雷雲を避けるルートを飛びながら帰路に就いていた。
想定外のアクシデントで推進剤をかなり消費してしまったが、母艦のスカーレット・ワルキューレが前進してくれるおかげで何とか帰り着くことはできそうだった。
「しかし……あの時はよく命中させられたわねぇ」
その道中、リリーは幼馴染が超長距離射撃を成功させたことを感慨深げに思い出す。
「特に最後の気迫で弾道を曲げてみせたところ……アニメやマンガを見てるみたいで凄かったなあ」
「おいおい、俺はフィクションのキャラじゃないぞ。長年の経験と優れた火器管制システムの賜物だ」
「ふーん……最後の瞬間は相当気合が入ってたように見えたけど」
リリーの発言をライガは完全には否定できなかった。
「まあ、この歳になっても気合でどうにかしようとしたがるのはあるな。でも……MFってのはそういうモノだ。ドライバーの強い意志に応えてくれる――それが名機の条件だと俺は思う」
「人の意志に応えるマシン……か。それこそアニメやマンガの世界だね」
「いや、いつかはそういったMFが戦場を支配する時が来ると思うぜ。技術者たちの頑張り次第じゃそう遠くない未来かもな……」
MFが秘めている可能性に想いを馳せるライガ。
「(人の意志にマシンが応え、それが人の力を更に引き出す――互いを高め合った先にあるのは何なんだろう?)」
一方、人類とモビルフォーミュラが行きつく先にリリーは少しだけ不安を抱いていた。
その頃、ピンチを切り抜けたスカーレット・ワルキューレのCICは戦場特有の緊張感から解放され、ブリッジクルーたちはこの間に休息を取っていた。
戦闘自体は既に終結しているが、彼女らには「戦闘データの整理」という今後に繋がる大事な仕事が残されている。
「……一時はどうなるかと思ったけど、こっちの方は損害ゼロで済みそうで良かったわ」
淹れてきたコーヒーを飲みながら艦長席に腰を下ろし、ブリッジクルーたちを労うミッコ。
「ええ、レガリアさんたちも謎の飛翔体の攻撃を受けたとのことですが、上手く耐え凌いだみたいです」
それに対しデータ整理を行っていたキョウカが同意するように頷く。
ちなみに、同じオペレーターだが彼女は艦内放送など裏方業務が中心であり、戦闘中にMF部隊と遣り取りしている人(こちらは管制官のような扱い)とは専門分野が異なっている。
「そうそう、問題はその飛翔体よ。今回得られたデータを基に対策を練らないと、今後の戦いにおいて大きな脅威となるでしょうね。キョウカ、TSG(戦術シミュレーション班)による解析が終わったらオリエント国防軍やヨーロッパ諸国の正規軍にデータを提供してちょうだい。こういう実戦データは人類共通の『武器』になり得るわ」
「分かりました。すぐに解析へ当たらせます」
CICから退室していくキョウカを見送りつつ、ミッコは専用タブレット端末で「ペルセウス作戦」の進捗状況を確認する。
「み、ミッコ艦長! レーダーに敵増援を捕捉! 数は……MFが1機だけ!?」
そんな彼女の思索を遮ったのは、レーダー画面を監視していたオペレーターの報告であった。
「ユキヒメ様、戦線が後退しています」
「護衛対象の爆撃機を全てやられた挙句、敵機を落とすこと無くおめおめと逃げ帰って来るとは……懲罰部隊送りとは言わんが、後でシメる必要がありそうだな」
既に大勢が決した中、遅れて戦場に現れたのは1機のMF。
……いや、厳密にはルナサリアンが運用するMFに酷似した機動兵器「サキモリ」だ。
開戦後に各戦線でデータ収集や鹵獲機の調査が進んだ結果、ルナサリアンの機動兵器は「MFと同じ技術体系を持つ、限り無く近い存在」ということが判明している。
更に言うとその中でもオリエント系MFに近いとされており、巷では「オリエント連邦が秘かに技術供与しているのではないか」という根も葉も無い噂さえ流れていた。
「しかし、搬入されたばかりの機体に飛び乗って出撃だなんて……一体どういう風の吹き回しなんですか?」
半ば呆れたようにそう尋ねてくる管制官に対し、ユキヒメ様――アキヅキ・ユキヒメは次のように答えるのだった。
「そこそこ腕が立つ爆撃機部隊を退けたばかりでなく、その後の戦略兵器による波状攻撃を防いだ連中に興味がある。先日イタリアで剣を交えた小娘といい、この星には戦い甲斐のある強者が沢山いて心が躍っている」
アキヅキ・ユキヒメ――。
ルナサリアン地球侵攻部隊の総司令官にしてアキヅキ・オリヒメの妹である彼女は、優れた戦術家にして極めて高い操縦技量を持っている。
それだけなら別に何ら問題無いのだが、実力の高さゆえに強敵が現れると興奮を抑え切れないのが玉に瑕であった。
「はぁ……オリヒメ様が心配していると兵たちの間で噂になっているので、気を付けてくださいね」
「フッ、案ずるな。イタリアの戦いでは乗り慣れない戦闘機で少々後れを取ったが、今日は本職のサキモリに乗っている。ツクヨミにさえ乗っていれば負けはせん!」
何かと気遣ってくれる管制官に対し力強く答えた後、集中力を高めるためにユキヒメは全ての通信をシャットアウトする。
彼女は雑音があるとコンセントレーションが上手くいかないタイプなのだ。
「(これだけの悪天候でまともに飛んでいられる奴だ。おそらく、大嵐など物ともしない実力者なのだろう。いつも以上に気を引き締めて行かねばなるまい……!)」
冷たい雨が打ち付けてくる中、ユキヒメの愛機「アメハヅチ・モ-01 ツクヨミ指揮官仕様」は荒れ狂うドーバー海峡上空へと向かうのであった。
「――敵増援だと? こっちのレーダーじゃ捉えられんぞ。クソッ、天候悪化の速度が予想以上に早いからな……」
敵増援の報告はライガたちにも既に伝わっていたが、彼は雷雲に起因する機上レーダーの不調に悩まされていた。
雷が迸る際に生じる電磁波が空間に悪影響を及ぼし、放射したレーダー波が帰って来る確率が低下するためだ。
雲が無い高高度ならともかく、真っ黒な雷雲の下の状況は全く把握することができない。
「CIC、敵増援が1機だけってのは確かな情報なのか? 見間違いでこれ以上戦闘続行させるのは勘弁してくれよ」
「はい、雷雲によるノイズがかなり激しいですが……そちらに向かっているアンノウンを捉えています」
それを聞いたライガはリリーに通信を繋ぎ、彼女へ自分を置いて先に帰艦するよう促す。
「リリー、お前は先に帰還してくれ。ここから先は一人でも大丈夫だろ」
「それは別にいいんだけど……敵増援と一人で戦うつもりなの?」
「ああ、これだけの悪天候の中を飛んで来る奴だ。顔ぐらいは拝んでやろうと思ってな」
「そう……うん、あまり心配はしてないけど気を付けてね」
互いにハンドサインを送り合って別れを告げ、リリーのフルールドゥリスは母艦が待つ方角へと飛び去って行く。
「(この胸の騒めきは何だ……? まだ見ぬ強敵が俺を待っているとでも言うのか……)」
幼馴染の機体を見送った後、ライガの胸中に残されたのは何とも言い難い「悪い予感」だった。
天候が刻一刻と悪化していく中、ライガは限られた推進剤を遣り繰りしながらレーダーが反応を示す方向に飛んでいた。
この空域に彼のパルトナ以外の機体がいない場合、「レーダーの反応=敵機の存在」となっている可能性が極めて高い。
「(確実に近付いているはずだ……どうやら、相手も手探り状態でこちらを探しているようだな)」
その時、大気を切り裂くような轟音と共にパルトナの真横を紫色の稲妻が掠めていく。
「(ヒュー! あんな雷には当たりたくないぜ、丸焦げになっちまう)」
四方八方で迸っている雷に注意を払いながら機上レーダーの出力を上げると、これまでよりも「手応え」があることにライガは気付く。
「(全神経を研ぎ澄ませ、ライガ・ダーステイ! 姿は見えずともこの辺りにいるはずだ!)」
集中力を極限まで高め、彼がすぐ近くを飛んでいるであろう敵機の気配を探り当てようとする。
自分から見て2時の方向……いや、もう少し低高度――!
「ッ! 見つけた、そこか!」
次の瞬間、言葉では表現し辛い「敵意」を感じ取り、ライガは反射的に操縦桿のトリガーを引いていた。




