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【MOD-17】バトル・オブ・ブリテン(後編)

「見つけたぞ、こいつらが噂の巡航ミサイルか!」

フランス沿岸部から放たれた巡航ミサイル群――。

それと最初に接触したのは、たまたま戦闘空域南東部で行動していたルミア率いるΔ(デルタ)小隊であった。

「ねえ、もしこれが核弾頭だったらどうすんのさ? 下手に攻撃したらみんな吹き飛んじゃうよ」

巡航ミサイルが国際条約で禁止されている「核兵器」ではないかと警戒しているのは、Δ小隊の4番機を務めるミノリカ・オータムリンク。

彼女は30年前の戦いにも参加した最古参メンバーであるほか、実家が農業を営んでいることからスターライガに対する食糧供給という点でも大きな役割を果たしている。

「いや、僕は核弾頭ではないと思う。『クロスロード条約』云々の話というより、単に通常弾頭を用いた飽和攻撃を狙っているのだろう」

一方、ミノリカの心配事を冷静且つ論理的思考で解決しようとしている僕っ娘はリゲル・ナイメーヘン。

ライガやレガリアに匹敵する実戦経験を持つ彼女は隊長をやれるだけの実力を有しているが、搭乗機が特殊すぎることから2番機として親友のルミアを補佐している。

「ま、宇宙人からすれば地球の条約なんざ知ったことじゃないし、私たちにとっても関係無い。核ミサイルだろうが何だろうが、民間人に手を出すつもりなら全て叩き落とすまでだ」

そして、「そんなこと気にするな」とばかりに戦いたくてウズウズしているのはシズハ・オータムリンク。

名前を見れば分かる通り、彼女はミノリカの双子の姉である。

双子で容姿もそれなりによく似ているが、性格に関しては温厚なミノリカとは比べ物にならないほど気が強く、しかも負けず嫌いなことで知られていた。


 ルナサリアンの巡航ミサイル――正式名称「巡航長距離誘導弾」には回避運動用のプログラムが組み込まれていないのか、スターライガMF部隊が近付いてもひたすらに攻撃目標への飛行を続けている。

世の中には高い運動性で動き回る巡航ミサイルもあるため、そういうシロモノが相手ではないというだけでルミアは少し安心していた。

「真っ直ぐ飛ぶヤツの相手なら楽勝とはいえ、如何せん数が多いのが厄介だな……よし! Δ小隊各機、ここからは2機のエレメントで行動するぞ! 4機でつるんでたら効率が悪すぎるからな!」

だが、個々の回避能力が低くても物量作戦で押してくるのなら話は別だ。

最終防衛ライン付近にはイギリス空軍が展開しているとはいえ、軍縮の影響をもろに受けている彼らにスターライガの面々はあまり期待してなかった。

「シズハ、お前は私についてこい! ミノリカはリゲルと組め!」

そこで、ルミアは部隊を2機1ペアに分割しての散開行動を決断するのだった。


「いいか、エレメントっつーのは二人一組だからな? 勝手に飛び回らず私をカバーしてくれよ」

「こちらアゲハ、了解」

見張っておかないと少々不安なシズハを自分と組ませ、単独戦闘は基本的に認めないことを改めて伝えるルミア。

シズハの搭乗機「SZ-120RS アゲハ」はシルフシュヴァリエ(サニーズの愛機)の派生型にあたる高機動型格闘機であり、2枚の大型ウィングバインダーのおかげで非常に高い運動性を発揮する。

運動性能の凄まじさは特に大気圏内において発揮されるが、その代償として低翼面荷重を重視したバインダーが抗力増加を招いているため、飛行速度がどうしても遅くなってしまい機動力はあまり高くない。

また、武装も近距離特化でショットガン以外のまともな射撃武器は装備できないので、今回のような追撃戦には致命的に向いていなかった。

……もっとも、ルミアの愛機「RUM-XF7 シャルフリヒター」も足が速い機体とは言い難いのだが。


「リゲル、何か射撃武器を貸してあげようか? 『プチ・バズーカ』なんかどう?」

「いや……厚意はありがたいが結構。僕と『リグエル』に銃は必要無い」

豊富な銃火器を擁する射撃機「AMX-110 クシナダ」を駆るミノリカの申し入れを断り、リゲルはあくまでも徒手空拳で戦い続ける意思を強調する。

先ほど述べた通り、リゲルの愛機「WRI-RST6 リグエルⅡ」はMF史上でも類を見ないほど特殊な設計思想を持つ機体である。

というのも、リグエルⅡは先代機「XWRI-4 リグエル」と同じく徒手空拳を主兵装としており、固定式機関砲を除く射撃武装を完全にオミットしているからだ。

他の格闘機はハンドガンやショットガンといった最低限の射撃武器を持っていることを考えると、リグエル系統がいかにクレイジーな設計思想で作られているのかよく分かる。

「レーザーやミサイルが飛び交う戦場で素手?」と思われるかもしれないが、柔軟な関節可動域と強大なパワーから繰り出される格闘技の威力は決してバカにならない。

リグエルⅡが得意とする至近距離へ迂闊に飛び込んだ場合、並のMFであれば強烈なパンチやキックを浴びてボコボコにされるだろう。

もちろん、距離を詰められインファイトに持ち込まれた時は……どうなるか想像に容易い。


 申し入れを謝絶されたミノリカは「まあ、そうなるな」といった感じで特に気にしていなかったが、よくよく考えると一つの疑問が浮かび上がる。

「……まさかとは思うけど、素手で巡航ミサイルを叩き落とすつもり?」

「巡航ミサイルぐらいなら何とかなるさ。要は弾頭だけを無力化すればいい」

「ほ、本当にできるのならクレイジーね……あははは……」

無茶苦茶な無理難題をこなすつもりでいるリゲルの回答に対し、ミノリカは呆れることさえできず苦笑いで応じるしかなかった。

無論、真面目な性格のリゲルは「必ずやってみせる」という前提で発言している。

「伊達や酔狂でこんな機体に乗っているわけじゃない。行くぞ、追撃戦においては一分一秒がとても重要だ」

「はいはい、分かってるわよ。遠距離攻撃が必要な状況なら任せといて」

何だかんだ言いながらリゲルとミノリカは編隊を組み直し、巡航ミサイル群とのヘッドオンを試みる。

他の空域では仲間たちが既に戦果を挙げ始めていた。


「プログラム通りに飛んでやがるぜ……逃がさねぇからな!」

巡航ミサイルと相対しながら無反動砲を構え、必中のタイミングを計るルミアのシャルフリヒター。

彼女はどちらかと言うと格闘戦が得意なドライバーであるが、射撃をそれなりにこなせる程度の器用さも備えている。

「ファイアッ! ファイアッ!」

(あらかじ)め計っていたタイミングが来た瞬間、ルミアは操縦桿のトリガーを引きつつスロットルペダルを操作することで機体をバレルロールさせ、命中確認を行わずに次の巡航ミサイルへと狙いを定める。

もっとも、無反動砲から発射された散弾の信管が正確に作動し、大きな爆発が起きたところまでは確認できているので、撃墜は上手くいったものだとルミアは考えていた。

「2機目も頂きだ!」

バレルロールでクルクル回っている間に次発装填を終え、漆黒のMFはすれ違いざまに再び無反動砲を撃つ。

今度はばら撒かれた散弾が巡航ミサイルへ襲い掛かる瞬間を目視確認することができ、鉄の雨を浴びた巡航ミサイルは大きな損傷を受けたことで勝手に爆発してしまう。

「(次のヤツはこっちが追いかける番か。シャルフで追撃戦は少々きついが、そうも言ってられんな)」

巡航ミサイル群と完全にすれ違ったルミアはインメルマンターンで愛機シャルフリヒターをUターンさせ、そのまま追撃戦へと移行するのだった。


 一方その頃、シズハは巡航ミサイルへの接近ができないという困難に直面していた。

「クソッ、タービュランスで機体が振られる! このままじゃショットガンの間合いにも近付けない!」

これは彼女の操縦技量に問題があるわけではなく、搭乗機のアゲハの空力特性に起因するものだ。

大型ウィングバインダーを持つアゲハは風の影響をどうしても受けやすく、乱気流が発生する状況下では特に操縦性が低下しやすい。

後方乱気流自体はどのMFにとっても厄介な存在だが、空力依存度が高いアゲハはエアロパーツ追加等の対策を施したうえで「致命的」とされるほど乱気流に弱かった。

本来なら抜本的な見直しを図るべきところであえて実戦投入されたのは、シズハが欠点を理解したうえで「運用中に随時改良すればいいから、早く私に機体をくれ」とワガママを言ったからである。

逆に言えばアゲハはまだ発展途上の機体であり、今後の開発次第で更なる性能向上を期待できる可能性があった。


「何やってんだよ、シズ! ビビらずにもっと機体を近付かせろ!」

「これ以上は無理なんだって! 下手に近付いたら操縦困難になる!」

「そんなの見りゃ分かる! それでも突っ込めって言ってんだよ!」

シズハの言い分についてある程度理解を示しつつも、歴戦のMFドライバーとしてあくまでも厳しい態度を取るルミア。

言い方は多少変わるかもしれないが、ライガやレガリアやサニーズもおそらく同じようなことを言うだろう。

戦場には後方乱気流よりも遥かに厄介な要素がたくさんあるのだ。

「巡航ミサイルの周囲全てがタービュランスというわけじゃない。空気の流れを上手く読み取り、安全に近付ける角度を探ってみろ。冷静に考えれば分かるはずだ」

「なるほど……少し機体に振り回されていたみたいだな」

ルミアのアドバイスを受けたシズハは冷静さを取り戻し、乱気流の発生源である巡航ミサイルと少し距離を置く。

もちろん、離れすぎると飛行速度が遅いアゲハでは追い付けなくなってしまうため、何かあってもすぐに対応できる位置へ留まり続けなければならない。

「(アゲハ、お前のデリケートな操縦特性と真剣に向き合うのは初めてかもな。シミュレータだけじゃ分からない癖を今から教えてくれ)」

操縦桿を握る手に力を込め、シズハは初めて「愛機との繋がり」を意識し始めるのだった。


 アゲハの空力に敏感な点は開発側も当然把握しており、その対策として乱気流に捕まるとドライバーへ警告を促すシステムが搭載されている。

これはMFが一般的に採用している失速警報装置を発展させたもので、不安定な状態を事前に知らせることで操縦不能へ陥る可能性を減らす安全装置だ。

本来は各種電子制御と連動することで操縦性を高める機能を有しているが、実戦投入を急いだことでソフトウェアにバグが発生しており、戦闘モード時は誤作動を起こさないよう電子制御が封印されていた。

アゲハの操縦安定性の低さは「電子制御に頼れない」という点にも起因している。

「(分かってはいたが、やはりこの角度だとタービュランスに捕まるか。真っ直ぐ飛ばすことさえ難しいぞ)」

試しに巡航ミサイルの斜め後ろ辺りを飛んでみたところ、乱気流の直撃により機体が急激にふらつき始めたため、シズハはすぐにスロットルを緩めて間合いを取り直す。

かなりいいところまでは近付けたが、それでもショットガンの有効射程には少しだけ足りなかった。

「(そうだ! 巡航ミサイルの真後ろならタービュランスの悪影響を受けにくいかもしれない! ヤツが空気を掻き分けた後に入れば……!)」

妙案を思い付いたシズハはスロットルペダルを踏み込み、今度は巡航ミサイルの真後ろ――排気熱が感じられるほどの至近距離まで機体を近付けるのであった。


「姉ちゃん、いくら何でもそれは近付きすぎじゃない!? こないだみたいにカマ掘っちゃうわよ!」

「大丈夫だ! 今度は雪道じゃないからな!」

2か月ほど前に地元でやらかした交通事故を引き合いに出して無茶を咎めるミノリカに対し、自信たっぷりな返事でそれを一蹴するシズハ。

「私のことはいいから、お前は自分の仕事をやれ。ちゃんとリゲルのフォローをするんだぞ」

妹には申し訳ないと思いつつ彼女からの通信をミュートし、シズハはHISで機体情報の確認を行う。

何かにつけて心配してくれるのは母親みたいでありがたいが、たまには黙ってほしい時もある――。

そして、シズハにとっては今がその時だった。

「(全体的にオーバーヒート気味か……外気がほとんど入ってこないうえ、排気熱に当てられているのなら致し方無い)」

彼女がHIS上に表示しているのは機体各部の温度情報。

スターライガ製MFは高緯度地域や宇宙空間といった低温環境を得意としているため、パフォーマンスを維持するためには比較的シビアな温度管理が重要となる。

慢性的なオーバーヒートは機体の消耗に繋がり、運が悪ければメカニカルトラブルを引き起こす原因にもなりかねない。

アゲハはそこまで冷却能力が求められる機体ではないが、温度センサーは目に見える形でオーバーヒートの可能性を警告していた。


「(よしよし……この位置なら巡航ミサイルが風除けになってくれるおかげで飛びやすいな。オーバーヒートが深刻化しないうちにさっさと片付けるか)」

皮肉にも「温度管理が一番難しい位置取り」が「後方乱気流の影響を一番受けにくい位置取り」であることを発見し、シズハのアゲハは使用武器の中で最も長射程なショットガンを構える。

長射程と言っても命中率が安定するのはせいぜい100m程度なのだが、格闘戦に特化した機体ならば必要十分な射程であった。

「(食らいついた! あと30mほど距離を詰められれば……!)」

少しでも位置取りを誤ったら機体がふらつく中、慎重な操縦で攻撃態勢を整えていくシズハ。

幸いアゲハは加速力が良い機体なので、30m程度の距離ならスロットルペダルを一踏みするだけで詰めることができる。

「そこだッ! ファイアッ! ファイアッ!」

巡航ミサイルの後ろ姿がレティクルに入った瞬間、シズハはすぐに操縦桿のトリガーを引くのだった。

【クロスロード条約】

研究目的及び平和利用を除いた核開発を全面的に禁ずる国際条約。

核戦争による人類滅亡を防ぐための条約だが、「核兵器解体処理訓練」や「巨大隕石迎撃」といったグレーゾーンを突くカタチでより強力な核兵器が開発されており、一部の国々は条約の法的拘束力強化を求めている。

なお、条約名は20世紀に行われた人類史上最大の核実験「クロスロード作戦」に由来する。


【プチ・バズーカ】

クシナダなどが装備している無反動砲「REG-4」の愛称。

シャルフリヒターなど重量級機体が運用する「REG-2B」よりも小型軽量なため、フランス語で「小さい」を意味するプチと呼ばれている。

口径は小さいが取り回しに優れており、実戦においては度々二丁持ちで使用される。

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