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7話

--その頃、帰宅途中のリサは、すでにとっぷりと日が落ちた道を歩いていた。

MSO本部から、薄暗い林道を通りぬけ、シャッターしまった商店街を歩く。。

途中の自動販売機で、飲み物を買おうと立ち止まった。

自動販売機の稼働音と、光に集まった虫の羽音が妙に大きく聞こえていた。

コインを投入口に入れるとき、自分の手が震えていることに気が付いた彼女は、これが、先ほどの東山の話のせいなのか。

 それともサイに、自分の気持ちを伝えようとしたからなのか、彼女にもわからない事だった。

ただ一つ、はたから見ても、はっきりとしていることは、赤井リサは、黒麹サイが好きだということだ。


サイだけは、私を見てくれる。

サイだけは、私を見つけてくれる。

彼女の強い承認欲求は、黒麹サイという一人の男に執着していた。

彼女は、普段から、あまり人の意識に残らない。


一時期は、まったく人に認識されない時もあった程だ。

まるで、テレビ画面の外にいるかのように、誰も彼女の存在を知覚できないのである。

それは、彼女、赤井リサが、現代に残る本物の魔女の数少ない生き残りであることが起因していた。

彼女の家系は、古い魔術の家系。


 生まれる子は、皆娘が生まれ、そして一つだけ魔法の才能を授かる。

それは、現代に蔓延するマナによる魔法とは違う、親から子へと受け継がれる本物の魔法。

リサも、彼女の母も、祖母も、そうして、受け継がれてきた力だった。

リサの魔法は、人に認識できなくなる魔法。


しかし、幼い頃の彼女は、この力を使いこなせなかった。

母も祖母も、友達も、みんな自分を認識してくれない恐怖。

ここにいるのに、いないものにされる悲しみ。

様々な負の感情に潰されそうになったとき、サイだけは、リサを見つけてくれたのだ。

彼が、リサをからかう為につけたあだ名。


それが、実は彼女の真名であり、彼女の魔法の力を弱めたのだった。

「あの時からだったなぁ、ずっとサイにくっついてたのって」

リサはいつもサイと一緒にいるようになっていた。

一時でも、離れたくなかった。

しかし、ある時彼女は、自分の手から炎が出ることに気が付いた。

 彼女は感染していたのだ。

しかし、その事実を彼女は認めることができなかった。

これは、自分の魔法が進化したんだ、隠れていた力が目覚めたんだ、と。

その結果が、彼の誕生日での惨劇。

好きな人の記念すべき日に、彼の家族を、友を奪ってしまった。

なんとか、サイだけは助けることができたが、リサの炎に照らされた、彼の恐怖に彩られた表情が、いまだにリサを苦しめていた。


そんな、苦い思い出を振り返っていると、いつのまにか彼女は、自宅の玄関まで帰ってきていた。

二階建ての普通の家。ケージの中では、高級な部類に入るその家に、彼女の父と母はすでにいない。

彼女がケージに来る前、マナの感染により、魔物化してしまったのだ。

今は、リサとリサの祖母が二人で暮らしていた。


「ただいまー」


リサが、ゆっくりと玄関の扉を開ける。


「おばあちゃーん? もう、寝ちゃったのかな? 」


リサの声は、暗い廊下の闇に吸い込まれて行った。

 食事は、サイの病室でとったので、とりあえずシャワーを浴びることにしたリサ。

廊下の奥にある脱衣所で、MSO候補生指定の制服を脱ぎ始める。

ブレザーの上着を無造作に洗濯機の上に乗せ、ブラウスとスカートは床に脱ぎっぱなし。

普段の彼女からは想像もつかない、だらしない姿。

下着まで全て脱いだ彼女は、浴室の扉を開く。

そして、シャワーの蛇口をひねると、あたたかいお湯がリサを濡らした。

彼女は、壁に両手を当てて、後頭部からお湯を浴びる。


「あったかい……」


心地よいシャワーの暖かさに、思わずため息がでるリサ。

彼女の凹凸の少ない体を、湯気が包んでいく。

水滴が、赤い髪を伝い、そして彼女の長いまつ毛に溜まって落ちた。

水滴は、そのまま床まで落下し、排水溝に吸い込まれていく。


「……東山教官なら、胸に落ちたのかしら」


彼女がそう呟くと、両手の肘まで壁に当てて落ち込んだ。

たっぷり三十分、シャワーを浴びた彼女は、ピンク色のパジャマに着替えて二階にある自室の扉を開いた。

そこには、サイがいた。

正確には、等身大立体型サイ人形、通称【サイドール2号】である。

芸術家志望の友人にこっそり作ってもらったリサの宝物である。

ちなみに、1号は、興奮したリサの激しい扱いで爆発四散してしまった。

リサは、扉の前で大きく息を吸い、そして、サイドールへと渾身のタックルをぶつける。


「たっだいまー! サイたん、サイたん、寂しかった? 私も寂しかったよぉー。すぅー、サイたんいい匂い、すーはぁぁすーはぁぁ」


サイドールに抱き着き、足を絡めごろごろと床を転がるリサの顔は、日中ではまず見せないほど輝いている。

無表情なサイそのものの造形のサイドールは、リサにされるがままだった。


「はぁはぁ、今日は二回もパンツ見せちゃった。明日はどうしようかなぁ」


常人には理解できない愛情表現をするリサの脳内は、今日一日の中で最もハイな状態にトリップしていた。

常日頃、優等生の仮面をかぶっている彼女にとって、今だけが自分を開放できる唯一の時間。


「サイたたん、聞いて聞いて? 今日の実践演習で、こっちのチームの部隊長がすごいひどかったんだよ? 私の意見なんて全然聞いてくれなくて、結局負けちゃうし。でも、最後のサイたんは、かっこよかったなぁー」


まるで、幼女がぬいぐるみに話しかけるように、少女はサイドールに話かける。

日付が変わる頃までひとしきり語りつくしたリサは、明日に備えてベッドにもぐりこむ。


「お休みなさい」


彼女は、一言そう呟くと、リモコンのボタンを押して電気を消し、眠りについた。

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