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6話

消毒液の臭いが立ち込める白い部屋で黒麹サイは、目が覚めた。

 そこは、MSO本部の医療室。

これまでも何度か医療室に運ばれたことのあるサイは、もはや見慣れた天井に、特になんの感想もなかった。

初めて見たときは当然、知らない天井だ、と言った。 


「おはよう、サイ。体調はどう? 」


リサの鈴の音の様な声が、まだはっきりしないサイの頭に響く。


「ん、ああ。体中が痛い」


「そりゃそうでしょうね、あんたの体、青あざだらけだったもん」


サイの体は、上空から降ってきた水の塊で、全身打撲の状態だった。

骨折をしていなかったのは、運が良かったことと普段から体を鍛えていたおかげだろう。

腕を回すサイをリサは静かに見つめ、そして口を開いた。


「サイに、炎を向けたとき、昔の事を思い出しちゃった」


「そうか」


昔のこと、と言われただけだが、サイには何のことかすぐにわかった。

サイとリサ、二人がケージにやってきたきっかけの事件、そして、サイがあることを決意した事件、それ以外に考えられなかったのだ。


「リサ」


「なに? 」


サイの真剣な声色に、リサの心臓は少しだけ早くなる。


「ようやく、お前に勝てたよ」


「うん」


今日は、サイとリサがケージにやってきた日。

二人は、その日、ある約束をした。

友も、家族も、自由も失ったサイ。

その原因は、リサが感染していたことを隠していたことだった。

本来なら、憎んでも無理はない。けれど、彼は、リサを赦した。

彼女は、サイ以上に傷を負っていたのだ。

友も、家族も、自由も奪われたのではなく、奪ってしまった。

その事実は、ただ奪われた自分より、はるかに重いものではないかと、当時十歳だったサイは思った。

そして彼は、決意した。

もう、誰にも何も、奪われないし奪わせないと。

そして、約束した。

リサを守れるくらい強くなると。

それは、子供の口約束だが、サイは懸命に努力してきたのだった。

しかし結局、リサと比べてサイの魔法は貧弱だった為、ここまで来るのに八年もかかってしまったのだった。


「あの時の約束、まだ果たせそうにないけど、今日はその第一歩になった」


「うん」


リサは頷き、サイは照れくさそうに頬を掻く。


「だからまぁ、これからもよろしくな」


「うん」


一瞬の沈黙。

リサは、サイが次に言う言葉を待っていたつもりだったが、彼女の求める言葉は、彼から出てこない。


「え、他には? 」


「以上だが? 」


更に沈黙。


「ええ~、でも今日サイは私に勝ったんだよ? 」


リサは必死に優しい口調でサイに話しかける。


「ああ、でもダメだ、あんなんじゃお前を超えたとは言えない。結局俺は、周りの力を借りないとダメなんだ。だからこそ、もう一度心を入れ替えて鍛え直そうと思ってる」


サイの、彼らしからぬ真面目な顔と言葉に、リサは一瞬見とれてしまったが、すぐに気を取り直した。


「いやいやいや! サイはすごいと思うよー!? 今日なんてまさかあの状況から打ち返してくるなんて思いもよらなかったもん、あれはもうサイの実力だよ!」


「いや、あの時はもう意識が飛びかけてたし、当たったのは本当に偶然だ、しかもその後気絶しちまったし、実践なら死んでた」


「でもでも! あれは実践じゃないし! 」


妙に食い下がるリサに、サイは少しいらだち始める。


「あのなぁ、さっきから俺に何を言わせたいんだ? 」


サイがリサの赤い瞳を見つめる。

少し潤んだその瞳は、夕日の様だと彼は思った。

サイの言葉に、リサは少し、寂しそうな表情になる。

そしてリサは、はやくなる鼓動を抑え込むように胸に手を当て、口を開いた。


「ええ……それは……、わ、私……! 」


リサが言いかけたその時、勢いよく医療室の扉が開かれた。


「入るぞ、黒麹」


東山の突然の来訪に、リサは、毛を逆立てた猫のように身を震わせた。

そして、サイは、 独裁者にばったり出会ってしまった考古学者の様な表情になる。

このタイミングだったら、いっそサインでももらおうかなと、心の隅でこっそり思ったが、すぐに打ち消した。


「ん、ああ、取り込み中だったか? 」


妖艶な微笑をする東山に、相変らずこの人は小悪魔的だと、サイは思った。


「東山教官、もしかして、お見舞いに来てくれたんですか? 」


サイは、背筋を伸ばし、東山を見据える。


「ああ、硬くならなくていい。今日は、お見舞いも兼ねているが、仕事の話だ」


「仕事、ですか」


サイは、不思議そうな表情で東山をみつめた。

仕事、と聞いて彼は違和感を感じたようだ。

MSOの候補生は、あくまで訓練をするのが仕事だ。

それをわざわざ伝えにくるのだろうか、と。

東山は、壁に立てかけてあったパイプイスを勝手に開き、リサの隣に乱暴に置く。

そして、不自然な程リサに近い位置でどすんと腰を下ろした。


 「そうだ、仕事だ。赤井、お前も心して聞くように」


「私も、ですか」


リサは、虚を突かれたのか、府抜けた声を出していた。


「そうだ、むしろ、お前がメインだぞ。喜べ」


「は、はぁ」


喜べ、と言われて素直に喜べるものなどいない。

 東山にはそう言った配慮というものが根本から欠如していた。

だからこそ、彼女の拳は、迷いなく敵を打ち砕くのだろう。

二つ名の通り、鬼の如く。


「お前たちが、今度のMSOの任務に抜擢ばってきされた。チームは、お前たちを含めて七人、顔合わせは明日午前十時、MSO本部の第三会議室だ」


早口で言う東山に、サイもリサも唖然とした。


「え、十時? 会議室? 」


「ちょっとまってください教官! そんな急に言われてもわかりません! どうして、私とサイ候補生がMSO本部に呼び出されるんですか!? 」


怒りを滲ませたリサの頬を、東山は優しく撫でた。

その扇情的な手つきに、リサは鳥肌がたつ。


「私が、お前たちを推薦した。今回の作戦に適していると思ったのでな」


東山は、話を続けながらも手を止めず、リサの頬から顎を撫で続ける。


「昨日、MSOの部隊が、魔物の駆除の為に山岳地帯へ遠征に行った。もともとお前たちが行く予定だったミッションだ」


「はぁ、それとこれとなんの関係が? 」


リサの気持ちよさそうな表情に、サイはごくりと生唾を飲み込む。


「その部隊が、襲撃された。魔物によるものじゃない、人為的な破壊工作が確認できた」


「人為的、ですか」


それはつまり、誰かが意図的にMSO隊員を襲撃したということになる。

少なくともサイにとって、それはありえないことだと思った。

MSOがいなければ、今頃、このケージの中は、魔物が蔓延る混沌とした世界になっていただろう。

その人と魔物、その調停者ともいえるMSOを襲撃するということは、魔物の活動を後押しすることに他ならない。


「それで、その任務というのは、いったいなんなんですか? 」


サイは、いつになく真剣な表情で、東山を見つめる。


「ふっ、黒麹、本気の目になっているぞ。まぁ、それはいい。今回の任務は、そのMSOを襲撃した犯行グループの調査だ、私は抹殺したいがな」


「はは、犯人は、複数人で決定なんですか? 」


抹殺、という言葉に、サイは苦笑いを浮かべ、そして、自分の疑問を東山にぶつけた。


「ああ、それは間違いない。襲撃された地点に、多数の魔法を使った形跡があった」


「そうですか……」


「まぁ、詳しい事は明日にしよう。今日はゆっくり休むといい。私はまだ、仕事が残っているのでな、これで失礼させてもらう」


そう言うと、東山は、リサを撫でるのをやめ、出口へと向かっていった。

彼女が扉に手をかけたとき、一度立ち止まり小さな声で、すまない、と呟いて出ていった。


「一体、なにが起こっているのかしら? 」


「うぉ、急に復活すんなよ!? 」


先ほどまで、東山のテクニックで骨抜きにされていたリサは、いつの間にか普段どりの綺麗な姿勢で椅子に座っている。


「はぁ、なんだかいろいろありすぎて疲れちゃった。今日はもう帰るね」


リサは、そう言うと、自分の鞄を持ってさっさと出ていってしまった。


「あ、おい。はぁ、もうなんなんだよ」


一人医療室に残されたサイは、頭を枕に沈める。

痛む体をさするうちに、ぼんやりと天井を眺め、そして瞼を閉じる。


 「体いてぇし寝るか」


 そう言うとサイは、ものの数分で寝息を立て始めた。

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