4話
サイを含むAチームは、駆け足でコンクリートのステージに散らばった。
Aチームの基本戦略は、二人一組の二チーム行動。
先行チームが、敵を遊撃し、すぐに後退。各地に設置された塀と壁に隠れた後続チームが追ってきたBチームを迎撃するという戦法だ。
むろん、相手が追ってこなければこの作戦は通用しないが、相手チームにはリサがいることから、その他の有象無象は強気で攻めてくるだろう、という見立てでたてられた作戦である。
「ひとまず、先行チームは我々と一区画分の距離を開けながら進んでくれ」
部隊長の指示に従い、六人の先行チームが歩を進めた。
慎重に進む先行チームの後ろを、一区画分離れた位置で、ついていく後続チーム達。
開始から五分経過し、先行チームが演習場の半分ほどまで進んだとき、それは起きた。
突然、地面を揺らすほどの爆音が周囲に響く。
燃え盛る炎に視界を奪われ、Aチームは狼狽える。
その隙を狙ったのか、小さな破裂音が二回なり響き、先行していた二人の服にオレンジ色の塗料が塗りつけられた。
「『炎の聖槍』だ! 」
先行チームの誰かが叫んだ。
「黒麹! お前の『黒の目』で見つけられないか!? 」
部隊長に指示されたときにはすでに、サイの魔法は発動していた。
サイの目の周りに白い炎の様な揺らめきが纏わりつき、本来見えない煙の向こう側の景色を映し出していた。
そして、塀の後ろから全体を見ていたサイだけが、リサの姿をとらえていた。
炎に照らされ、更に赤く染まった髪。
猫のような軽やかな動きで戦場を駆け抜けるその姿は、どこか神秘的で美しさすら感じられる。
まさに、神話に出てくる戦乙女のように。
そして、リサが単独で《・》攻めてきている事を理解したサイは、額に汗を滲ませながら苦笑いをした。
「なめたことしやがって。あいつ、単独でせんてきてるぞ」
「なに!? 」
サイの言葉に部隊長は驚きを隠せなかった。
リサは、Bチームの要、それを単騎で特攻させるなど、酔狂という他なかった。
「恐らく、リサが戦場を掻き回して、後ろから総攻撃を仕掛けてくるつもりだろうな」
サイは早口で現在の状況と、今後の展開を部隊長に報告する。
「くそ! とにかく『炎の聖槍』をなんとかしない事にはどうしようもないな」
頭を悩ませる部隊長の目の前に、サイは静かに親指を突き出した。
「俺に任せろ! なんとかリサを撃退して、後方に下げる」
とん、と彼は自分の胸に親指を突きつける。
その自信に満ちた姿に、部隊長は、ゆっくりとうなずいた。
リサは、すでに四人の赤チームを退場させていた。そして、先行チーム最後の二人を炎の渦が囲い、逃げ場を無くす。
渦の隙間に小さな穴を作り、リサは勢いよく渦の中へと飛び込んでいった。そのとき。
「うおらああぁぁ! 」
リサとちょうど反対側から、サイが炎の中をつっこんできた。
「サイ!? 」
突然視界に現れたサイにリサは驚愕した。
彼は、少年漫画のヒーローのように、炎を突破してきたのだ。無謀ともとれるその行動は、リサの隙を作るには十分すぎる程衝撃的だった。
「アリッサァ! 」
しかし、舌をだしながら下卑た笑顔をするその表情は、ヒーローというより悪者的だった。
彼は、着地の寸前で、数発の弾丸をリサに打ち込む。サイよりも早く着地したリサは、すんでのところで再び炎の中に身を隠した。
「ぐへへへ、アリッサァ、隠れても無駄だ。俺の、『黒の目』は、炎でも防げない! 」
サイはそう言うと、炎に身を隠したリサに向かって発砲した。
すんでのところで、銃弾を躱したリサは、ひとまず物陰に隠れた。
「もう! なんでこのタイミングで! 」
リサは、苦虫をつぶしたような表情をして、増援が来るのを待つことにしようと考えた、その時。
じょわ、という音と共に、あたりが白い蒸気で埋め尽くされる。
どうやら、赤チームの水を扱う魔法使いが、炎を消したようだ。
リサは、小さく舌打ちをすると、振り返り、後方へと駆けていった。
「撃退成功ぉぉお! 」
「うおおおおおお! 」
サイとクラスメイト達は、強敵を退いたことに雄たけびを上げた。
「まだ、赤井を撃退しただけだ。Bチームはまだ誰も退場していない! 気を引き締めろ! 」
部隊長の言葉に、Aチームに再び緊張が走る。
現在、Aチームは六人、Bチームは十人という、圧倒不利な状況だ。
部隊長はなおも話を続ける。
「今後の展開は、最初の作戦とは違い、全員一緒に行動しようと思う。異論はないな? 」
この人数差では、当初の様な少数編成では、一気に囲まれて壊滅する可能性がある。
リサのような例外を除けば、一人の力では、数の暴力に勝つことなどできない。
全員で行動する、という案について、Aチームは、全員賛成した。
しかし、と部隊長は続けた。
「問題は、どうやって攻めるか、だな」
部隊長は、再び、顎に手をついて考え始めた。
そして、サイもまた、考え、そしてある疑問を尋ねた。
「なぁ、そもそも、今残ってるやつらは、どんな魔法が使えるんだ? 」
このクラスに配属されて、一ヶ月も経っていないサイは、誰がどんな能力を持っているのか把握していなかった。
そんな彼の質問に、クラスメイト達の表情は、餌を取り上げられた子犬のように寂しそうな表情になった。
「……みんな、言ってやれ」
部隊長の言葉に、クラスメイト達は渋々と自分の魔法を言いだした。
「水を出現させて降らせます」
「手から岩を発射します」
「オイラの名前は、藻弥史ヤスオ! 大量のもやしを生やせるぜ! 」
「岩を手から発射できます」
「岩率高くねぇか!? あともやしを生やすってなんだよ!? つーか、なんで名前言った? しかも昭和のギャグ漫画みたいな名前と髪型しやがって! どうなってんだそれ! 」
サイのくどすぎるツッコミにクラスメイトはげんなりしたが、正論なので言い返すことができないようだ。
そして、サイは酸欠で痛む頭を手で押さえながら部隊長を見た。
「部隊長! 部隊長の魔法はどんなのだ!? 」
部隊長の体がびくりと震える。
サイは最後の希望にすがる気持ちで部隊長を見た。
彼は、頑固なところがあるが今まで素晴らしいリーダーシップを発揮してきた。
そんな彼に対するサイの期待は、必要以上に大きくなっていた。
それゆえに気づかなかったのだ、なぜ彼が、ブリーフィングの時にみんなの魔法の説明をしなかったかを。
「俺か? 俺は……手から岩が出せるんだ……、これくらいの…… 」
部隊長は、申し訳なさそうに手の平を上に向けると、そこには拳より少し大きいくらいの岩が出現した。
サイは、膝から崩れ落ちる。
「マジかよ…… 」
絶望するサイの肩に、ぽんっと手が置かれる。
振り向くと、へへっと照れくさそうにもやしを差し出す藻弥史ヤスオがいた。
「ダンナ、これでも食ってちょっと冷静になりましょうぜ! 」
サイは、渾身の平手をヤスオの頬にぶちかました。