3話
二人は、昨日見たテレビの話で雑談をしながら訓練場を目指す。
五分程歩くと、コンクリートで作られた壁と塀だらけの迷路のような場所にでた。
すでに、クラスメイト達は整列し、全員体育座りで待機している。緊張しているのか、全員どこか硬くなっている様だ。
「やっときたか、待ちくたびれたぞ」
張りのある凛とした声が響いた。クラスメイト達の正面に背筋をピンと伸ばした戦闘服の女性が立っている。
「申し訳ありません、東山教官。小屋の扉が錆ついており少し手間取ってしまいました」
東山チホは、サイとリサの教官だ。
またの名を『鬼の拳』。
暴力と理不尽の権化。
そんな彼女の候補生の筋肉を破壊せんとする彼女のトレーニングメニューは、通称、『鬼の宴』と呼ばれ、恐れられていた。
そんな東山に、リサがつらつらと理由を述べる。
実際は、サイと、今朝の出来事についての謝罪などがあったために遅れたのだが、それを正直に言うつもりはない様だ。
「そうなのか? てっきり黒麹と逢瀬にふけこんでいたのかと思ったぞ」
にやにやと東山は、リサとサイを交互に見る。その瞳はどこかいたずらっぽく、小悪魔的だ。
「なっ、なんでそうなるんですか!? 」
リサは、少し顔を紅潮させながら東山に尋ねた。
「黒麹の頬にそんな真っ赤な紅葉をつけてきたら誰だってそう思うだろう。それで? なにがあったんだ? 」
東山は、自分の頬をさすりながら横目でサイ達を見つめた。
「いや! これは、そのぉ……」
リサが言い淀んでいると、サイは一歩前に出た。
教官の前だからか、先ほどまでより少しだけ姿勢がいい。
「この頬は、俺が赤井候補生の下着を見てしまったからです」
「はぁ!? 」
リサは、突然の暴露に唖然とした。
先ほどまで緊張で静まり返っていたクラスメイト達がざわめく。
「ほほぅ、なぜそんな事になったのかね? 」
東山は、先ほどより少しだけ真面目な口調でサイに問いかける。そのプレッシャーにサイは動じず、まっすぐな瞳で彼女を見つめ返した。
「は、それは、私が遅刻したことを謝罪した際に頭を下げ、そして起き上がろうとした際に誤ってリサ候補生のスカートを捲ってしまったからであります」
ざわざわとクラスメイト達のざわつきが大きくなった。東山は、なおも黙ってサイを見つめる。彼の次の言葉を待っている様だ。
「私は、その時、自分がなぜ、このような事態をひきおこしてしまったのか、なぜ女性の下着はこんなにも魅力的なのか、なぜ下着に食い込む太ももはあんなにも扇情的なの……」
「もういいわよ! ていうかなんの話してるの!? 」
「赤井、まぁもう少し聞いてみようじゃないか」
「なんで!? ですか!? 」
うっかり敬語を忘れてしまいそうになったリサは慌てて言葉を付け足した。それ以上に、なんで私がこんなに辱められているのかまるで意味が解らなかった。
「東山教官、ありがとうございます。つまり、私はあの時、宇宙の神秘を見たのです」
「宇宙の、神秘」
東山が、ごくりと生唾を飲み込む。
サイの横では、リサの顔がどんどん赤くなっていた。
「そうです、女性の下着とは、十八歳男性にとっていわば禁断の花園。それを迂闊にも覗いてしまった私は、さながら太陽に近づき過ぎたイカロスのように、己の傲慢さを知りました」
「その代償が、その頬だと? 」
「そうです」
東山はふぅ、と小さなため息をつき、なにかを考えているようだ。その表情は、まるでルノワールの猫を抱く少女のようにどこかもの悲しげで愁いを帯びていた。
そして彼女は再びゆっくりと口を開いた。
「下着を見たとき、どう思った? 」
「も、すんごい、興奮しました」
どさっ、と段ボールを地面に落としたサイは、親指をぐっと上げた。その表情はとても爽やかで彼の最高に下品な発言がなければ好青年といえただろう。
そして、サイの言葉を聞いた東山と、クラスメイトの男子達は、何も言わず、親指を上げた。
女子達は、どん引きである。
「それでは! これより実践演習を始める! 気を抜くなよウスノロ共! 」
イエッサー、とクラスメイト達が返事をした。
「なんなのよぉ……、これぇ」
耳まで真っ赤にしたリサの肩に、サイは手を置いた。
そして最高の笑顔でリサに、親指を向ける。
リサには、全部うまくいったな! ナイスファイト俺! とでも思っているサイの心情が伝わったのかぷるぷると肩が震えている。
「くたばれぇ! 」
リサの鉄拳が、サイの顔面を目指し放たれた。
「ぐぼぉ」
二人のそんなやり取りを、東山がじろりと睨み付ける。
「赤井、黒麹。遊んでないでさっさとくじを引け」
「了解です、教官」
リサは、拳についた血をハンカチで拭うと、サイの事など気にもとめずにくじを引いた。
「りょ、りょうかいです」
サイもまた、顔面を手で覆い、生まれたてのバンビのような膝を懸命に立たせながらくじを引く。
サイは赤、リサは青のくじを引いた。
各々が、戦闘服に着替え、そしてAチームが赤、Bチームが青のゼッケンをつけた。
実践演習は、 総勢二十名のクラスメイト達が十人ずつのチームに分かれて行われる。
先に相手チーム全員にペイント弾を撃ち、退場させた方が勝利というシンプルなルールだ。
気絶や行動不能になっても、ペイント弾が撃ち込まれなければ、退場にはならない。
場合によっては、仲間を救助し、再び戦線へ復帰させることも、この演習の重要な戦術だ。
魔法の使用は当然ルールの範疇であり、むしろ、いかに戦略に組み込むかを審査される演習でもあるため、各々が仲間と自分の能力を深く知る必要があるのだ。
チーム分けの後、およそ十五分のブリーフィングが行われ、その中で部隊長やチーム内の役割を決める。
サイは、今年の九月に、現在のクラスになったため、今回のメンバーでの演習は初めてだった。
しかし、以前までいた下位クラスでも、同じルールでやっていたため、演習の内容については問題ない。
サイ以外は、すでに何度もこのクラスのメンバーで経験しているため、部隊長が決まるのも、部隊の動きもすぐに決まった。
最後に、Bチームの部隊長が、作戦について質問があるかと聞いたとき、サイが手を上げた。
「リサの相手は、俺にやらせてくれないか? 」
部隊長は、顎に手を当ててうーん、と唸った。
「どうして黒麹がやりたいんだ? 効率を考えたら、お前より適任なやつは他にいるだろう? 」
部隊長の言っていることはもっともな意見だった。
赤井リサは、MSOの中でも少し有名な部類に入る。
彼女の炎の魔法を一言で表すと、圧倒的という言葉以外思いつかない。
それほどまでに、彼女の魔法は他の魔法使いよりも、頭一つとびぬけている。
その理由が、広範囲に爆炎をまき散らすことによる絶大な制圧力。
そして、炎を一点に集中させ、放つ技は、単体の敵に対して『絶対防御不可』の貫通力を持っていた。
そんな彼女の姿から、組織から与えられた二つ名は『炎の聖槍』。
そして、彼女自身、頭脳明晰で気立てもよく、男女共に慕われており、候補生の学級委員長までやっているアイドル的な存在だ。
本人は幼女体系を気にしているが、そこが逆にいい! という生徒も多い。
そんな彼女に対して、サイの魔法はとても貧弱だった。
彼の魔法は、煙幕や暗闇の中でも、普段通りに周囲を見ることができる。
ただそれだけだった。
固体は透かすことができず、気体や、液体、また、半分透けている、伸ばしたもちのような物ならみることができるだけ。
サイは、その貧弱な魔法を補おうと、必死に体を鍛えているが、人間の限界と魔法では、力の差が開きすぎていた。
そのことについて、サイも重々承知していたが、それでもなお、リサを仕留められるのは、自分しかいないと確信しているようだ。
「あいつは、昔からかくれんぼがうまいんだ」
「は? 」
部隊長は怪訝な表情をした。
彼の反応は当然である。候補生最強の魔法使いを倒す、という話になっていたはずが、急にかくれんぼの話になったのだから。
「ふざけているのか? 」
部隊長の言葉には、ほんの少し、怒りの感情が含まれていた。
この実践演習は、単なる訓練ではない。
ケージに暮らすルールとして、島民は仕事につかなければならない。
MSOの候補生とて、それは同じことだ。
だが、例外的に彼らは、訓練を行うことで給料をもらうことができる。
しかし、もらえる金額は各個人のポイント、つまり成績によって変わる。
教官の採点によって、給料が増えたり、逆に減ったりするのだ。
今回の演習もまた、重要な採点項目の一つであり、相手チームに勝利することで、大幅な加点となる。
更に、MSOの候補生から、隊員になるためにも、このポイントが一定数以上必要になるのだ。
それゆえ、部隊長が、サイの意味不明な発言に怒りを感じるのも無理はなかった。
「いやいや、ふざけるてるわけじゃない。あいつの、リサの最大の武器は、広範囲を覆う炎でも、ましてや炎の槍でもないってことなんだ」
サイの言葉に、クラスメイト達は首を傾げた。炎の魔法使いの武器が炎ではないと言われ、皆が考え込む。
そしてサイは、誰も答えがわからない事に少しだけ優越感を覚えた。
「みんな、あいつにやられた時、気が付いたらやられてたってパターンが多くないか? 」
確かに、と部隊長とクラスメイトは思った。
そして、サイは更に話を続ける。
「あいつは昔からかくれんぼ、というより、人の意識に認識されないようにするのが得意なんだ。だからみんな気が付かないうちにあいつにやられちまう。炎なんて目立つ釣り針にひっかかり過ぎなんだよ」
幼い頃から一緒にいた、サイだからこそ分かるリサの強み。
そしてそれは、逆に彼女を倒すきっかけになる部分だった。
そしてなぜか昔から、サイだけは、彼女をはっきりと見つけることができたのだ。
しかし、部隊長の反応は良くない。
「だが、そのことを知ったうえで、お前でなければならない理由はないだろう? 俺達も今知ったんだから、その部分に気をつければ……」
「あまい! 」
ぴしゃりと、サイが言い放つ。その気迫は、鬼気迫るものがあった。
あまりの迫力に、思わず部隊長も言葉を止めてしまう。
「あまいぞ部隊長、あますぎる。蜜原屋のデラックスチョコレートプリンケーキより甘い! 」
サイは、鼻がくっつきそうなくらい部隊長に詰め寄った。
「あいつは、いままでずっとそのことを悟られずにやってきたんだ。一朝一夕で見破れるはずがない。長年一緒にいた俺だからこそ、あいつの癖が解るんだ! 」
サイの言葉に、部隊長は一分程考え、そして口を開いた。
「そこまで言うなら黒麹に任せてみよう」
クラスメイト達はざわつく中、サイは小さくガッツポーズをした。
しかし、部隊長は、なおも話を続ける。
「ただし! もしも負けたら、全員に焼肉おごれよ」
「はぁ!? 」
ただでさえ、あまり成績の良くないサイにとって焼肉など一年に一度食べれるかどうかだ。
それを、クラスメイトの半分とはいえ、十人におごるとなれば彼の食生活は、河原の雑草に頼ることになるだろう。
サイは、考えた。
自分がリサに勝てる可能性は、高いと思っているが、それでも相手は自分よりもはるかに強力な魔法を使うのだ。確実に勝てるなど、断言できるはずがない。
しかし、サイは、今回の演習でどうしてもリサに勝ちたかった。勝たねばならない理由があった。
そんな彼の心は、すでに答えを出していた様だ。
「いいぜ、それで俺にチャンスをくれるなら安いもんだ」
おおー、とクラスメイト達の歓声が響く。
同時に、パンっという銃声が聞こえ、東山の怒声にも似た声が響いた。
「ブリーフィングタイムは終了だ! 各員、配置につけ! 」
サイを含むAチームは、駆け足でコンクリートのステージに散らばった。
切りどころが難しい
文字数がまちまちになりがち
カチカチな頭でタジタジ?