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9話

返事がない事に違和感を感じたのかサイは、リサの方を向くと。

彼女は、表情が表情が、というより、目と口が節穴のようにぽっかりと開いていた。


「あ、アリッサ? いや、リサさん? 」


サイは、本日二度目の野生的な勘を発揮させた。

サイが、一瞬固まっているその時。


「サイコラブハリケーン」


 「えええ! どうなってんのそれ!? うおぉ」


体だけを回転させ、炎に包まれたリサが、サイに突進する。

しかし、サイはすんでのところでそれを回避した。

しかし、そのまま前進を続けるリサは、あろうことか河原の苔のようにいじけている海道へとぶつかったのだだった。


「ぐあああ! 」


炎に包まれ、叫ぶ海道。


「いけない、すぐに消火だ! 」


高崎がが叫んだ次の瞬間、会議室の窓ガラスが甲高い音を立てて割れた。


「今度はなに!? 」


セラフィが動揺する。

飛び散るガラスの破片と共に、一人の少女が会議室に乱入してきた。

その少女は、その勢いのまま、いまだにムンクを叫び続けているリサにぶつかる。


「あいてて、あれ、リサちんひさしぶり~」


少女は、緊迫した場所に不似合なのんきな声を上げた。


「いたた、え、ナツミ!? 」


我を失っていたリサは、正気に戻った様だ。

そのことに、サイはほっとしたが、以前、海道は燃え続けている。


「どうしてここに!? 」


「えへへ、なにかいいネタがないかと思って散歩してたんだけど、魚屋さんに怒られてここまで飛ばされちゃったの」


どんな魚屋だよ、と海道を除く全員が思った。


「ところでこの文字通り燃えてるでっかい人はだ……、なにー? 」


誰と言おうとしてわざわざ言い換えるあたり、彼女の性格が垣間見える。


「この人は、海道先輩。こんど一緒の任務につくことになったんだ」


リサは、燃える海道を紹介した。


「へ~、海道先輩はでっかいど~」


「二人とも、それどころではないんじゃないか」


東山が冷静にツッコむ。

そんな彼女にリサは、丁寧な口調で言い返す。


「大丈夫です、東山さん。この炎は人を傷つける炎ではありません。その証拠にほら、もう頭が見えてきましたよ」


見ると、燃えている海道の頭部が炎の中から顔を出していた。

その表情は、地獄の責め苦を味わう罪人のように醜く歪んでいる。


「おおおお! 」


全員の視線が海道に集まったとき、不意に彼の炎が消えた。

彼の服と共に。


「ぐ、やっと消えたのか。ってうおおおおお!? 」


炎が消えた海道は、自分が素っ裸である事に気が付き絶叫した。

つられて、リサとセラフィも絶叫する。


「なんてもの見せるのよこのバカー! 」


セラフィが叫ぶと、床に散らばっていたセキの鼻血が動きだした、それは見る間に巨大な拳になって海道を殴り飛ばし、再び元の血に戻る。


「ぶへぁ! 」


殴られた勢いで壁に激突する海道。

そんな海道の股間を凝視するナツミ。


「う、うわぁ、海道先輩は、でっかいど~」


「女の子がそんなこと言っちゃダメだろ!? 」


サイがあわてて指摘した。


「そもそも、リサ! なんなんだあの炎は! 」


サイに睨まれたリサは、びくりと体を震わし、左手で後頭部を押さえ、右手で指を刺す、謎の決めポーズをする。


「これは、赤井家のもつ4つの奥義の一つ、サイコラブハリケーン。一度の炎で服を、二度の炎で肉を、三度の炎で魂を焼失させる禁じ手よ」


「そんなの俺に食らわせようとしたのお前!? ふざけんな! そもそも、お前しか炎をだせないだろーが! 」


「要は、服を脱がして肉体にダメージを与えて、魂を消せればなんでもいいのよ」


やってしまった罪悪感からか、開き直るリサ。

そんな彼女にサイは、ぷりぷり怒っている。

そんな二人の傍らで海道は、わけのわからない羞恥とセラフィに殴られた頬の痛みで、しくしくと涙を流していた。

その時、ぱんぱんっと手を叩く音が会議室に響く。


「はいはい、でっかいどうさんのでっかいぞうさんは置いといて」


「高崎、貴様ぁぁぁ! 」


高崎のジョークに海道はブチ切れた。


「とりあえず、君は誰かな? 」


高崎は、窓から突然乱入してきたナツミに尋ねる。


「私は、白波ナツミ。芸術家志望のアグレッシブな一七歳だよ! 」


ナツミは、自己紹介しながら海道の股間をスマホで撮影する。


「そうか、君は、MSOに所属しているわけじゃないよね? 本当は、部外者が入るときついお仕置きをしなくちゃいけないんだけど、今日は特別に見逃してあげるから早く帰った方がいいよ」


高崎の、優しいがどこか棘のある口調に気おされたのか、ナツミはこくりと頷き、とことこ窓際に歩いていった。

そして、窓の枠に腰かけると、会議室を見渡す。


「わかったよ~。今日来たのは、本当に偶然だったけど、刺激的な物も見れたし、帰るね。またね、リサちん! 」


そう言うと、彼女は、自然な動きで、窓の外へ落下していった。


「え、ここ三階だぞ!? 」


サイがあわてて窓に駆け寄る。

彼が、窓の外を見たとき、そこには滑り台があった。

MSO本部の壁から不自然に生える滑り台、ナツミはその上を、滑り降り、そして無事に地面にたどり着いた。

驚いた表情のサイに、彼女はひらひらと手を振ると、すぐ近くの林の中に姿を消した。


「なんだ、これ」


サイはあまりに非常識な光景に思わず呟く。


「あの子は、触れたものを自由に変形させるの。たぶん、勝手に建物の壁を変形させたんだと思う。いつも、あの魔法を使っていろんなところに忍び込んでるみたいなの」


リサは、そわそわと窓の外を見ながら説明した。

 彼女にとっても、白波ナツミという少女は、理解の範疇を超えているらしい。


「ふふ、やってくれたねあの子、少し恐がらせた腹いせかな? まぁ、とりあえずこれで元通りだ、自己紹介の続きをしよう。最後は、セラフィだったね? 」


 そう言うと、とすっと、椅子に座る高崎。

その横には、股間を悲しみのマイフェイスで隠す海道。

その表情はひどく暗い。

そして、終始、何事もなかったかのように椅子に座っていた東山。

続いて、疲れた表情をするサイと、苦笑いをしているリサが、椅子に座った。


「いや、全然元通りじゃないけどね」


セラフィが呟く。

実際、机は割れ、窓は割れ、壁はへこみ、床にはセキの鼻血が大量についていた。

最早、殺人現場と言われても納得できる程の荒れ様である。


「じゃぁ、まぁ、さっさと帰りたいし私の自己紹介をするわよ」


セラフィが、自分の長い金髪を掻きあげた。

さらさらしたその髪は、まるで月の光のように、時に白く、時に黄金色に輝いている。


「私の名前はセラフィ・ウィニー・ブラッディロード、二つ名は、『血の造形ブラッディ・モーディング』。魔法は、さっき見せた通り、自分の血でも、他人の血でも、生き血じゃなければ自由に操作することができるわ」


強い魔法だとサイは思った。

戦いになれば、敵も味方もほぼ確実に出血する。

それを自由に使えるということは、長期戦になればなるほど、彼女の戦術の幅は広くなることを、サイは直感的に理解した。

そして、彼女は、話を続ける。


「それと、私はヴァンパイアよ」


三度目の静寂が、会議室を覆った。

サイとリサだけでなく、高崎やあの東山さえも、目線を下に落とし、表情を殺している。

海道は、そもそも絶望のあまり、自分の世界に逃避していた。


「いたたたた、いたいよーチホにゃんなでてよー」


高崎が、耐えられなくなったのか、東山に助けを求める。


「ばかもの、これしきの気まずさ。いつもの気色悪い笑顔で乗り切らんか」


「だってーだってー、あの子キャラ作りに必死すぎて僕じゃ手に負えないんだー」


「キャラじゃないっていってるでしょ!? 」


高崎の発言が、彼女の逆鱗に触れたのか、セラフィは自分の事を語り始めた。


「いい? 私は、八十年の時を生きる、高貴なるヴァンパイアなのよ。日本に来日したエリザベス女王だって、この目で見たんだから! 」


熱く語るセラフィ。

八十年て、また微妙な歳だな、とサイは思った。

そしてふと、彼はあることが気になったのだ。


「そう言えば、セラフィは普通に日光に当たってるけどそれは大丈夫なのか? 」


サイの問いかけに、セラフィはげんなりした表情になる。


「う、それは、私がデイウォーカー、つまり半ヴァンパイアだからよ」


恥かしそうに言うセラフィ。

その様子に、この人は筋金入りなんだなと思う、リサとサイであった。


「さて、セラフィの自己紹介はこの辺にしておこうか。感染するかもしれないし」


「何言ってるのよ、ここにいるみんな感染してるでしょ? 」


意味のわかっていないセラフィは無視して、高崎は話を続ける。


「さて、それじゃあ、今度は、君たちに自己紹介をお願いしようかな。まずは、リサちゃんから」


はい、と返事をしながら立ち上がるリサ。

背筋を伸ばし、凛としたその表情から、緊張はしていないようだ。

彼女の赤みを帯びた白い肌は、日の光を浴びて更に血色を増したように見える。


「赤井リサです。現在は、MSO候補生の上位クラスで、二つ名は、『炎の聖槍フレイム・ランサー』。私の魔法は、炎を出現させることができます。まだまだ実力不足ですが、先輩方の足をひっぱらないよう、尽力させていただく所存です」


リサの優等生らしい自己紹介に、会議室の全員が思わず拍手をする。


「これだよ! これ! チホにゃん今の聞いた!? これが正しい自己紹介だぽごぉ」


「うるさい」


東山の鉄拳が、高崎の顔にめり込んでいた。


「いてて、じゃあ、次はサイくん、よろしく」


妙に頑丈な高崎に名前を呼ばれ、サイは立ち上がった。

まっすぐと高崎を見据えるサイ。

その瞳には、強い意志の炎が揺らめいていた。

数秒、何も言わなかったサイが、ゆっくりと口を開く。


「俺の名前は、黒麹サイ。二つ名は、『黒のブラック・アイ』です。魔法は、煙とか、水とか、気体だったり液体は透けて見ることができるけど、壁とか床みたいな固形の物は見えません。濡れたティッシュみたいな、もともと半分透けてる物なら、完全に透かすことができます」


次第に表情が暗くなるサイは、あと、と言葉を続けた。


「俺、帰ってもいいっすか」


「はぁ!? 」


彼の隣に座るリサが、驚きの声を上げた。

ばつの悪そうにしているサイに、高崎が尋ねる。


「君は、僕たちと一緒に任務にあたるのは不満なのかい? 」


「いや、別に先輩たちが嫌いなわけじゃなくて、むしろ楽しそうな人たちだな思いました。けど、正直、俺のレベルだとまだ力不足って言うか。さっきのリサの言葉じゃないっすけど、足を引っ張る気がするんです」


黒麹サイは、負けず嫌いだ。

そして彼自身、自分の魔法が、決して強力なものだとは思っていなかった。

暗闇を見通せる魔法。

しかし、物体は見通すことができない中途半端な力。

彼は、自分が強くなるために普段から筋力トレーニングに励むなどの努力を怠ったことはなかった。

しかし、この会議室に集まったメンバーのわかりやす過ぎる才能の違いに、自分は場違いな存在だと察したのだった。


「うーん、そう言えば、まだ、チホにゃんが君たちを選んだ理由、聞いてないよね? 」


「はい」


サイの返事は暗い。


「それを聞いてから、もう一度考え直してもらった方がいい気がするんだ。それでも無理だと思うなら、僕たちは強制しない。初めから諦めている人に、無理強いはできないからね」


高崎の言葉に、サイは無言で頷く。

それを確認した高崎は、にこにこと感情の見えない笑顔で東山に顔を向けた。


「ふん、お前がそんなに謙虚な男だとは知らなかったぞ、黒麹」


「すいません、東山様」


サイの返事にぶほっと、高崎が噴き出す。


「いや、謝らなくていい、自分の力量を把握しているということは、戦場に置いて重要な事だ。引き際を誤ればどんな屈強な戦士でも、命を落とすことになる。しかしな、黒麹、私がお前を推薦したのは、お前の目が気に入ったからなんだ」


東山の言葉に、サイは不思議そうな表情になった。


「目、ですか」


「そうだ、お前が、私の担当するクラスに入ってからここ一ヶ月。お前は、私のトレーニングに必死で食らいついてきたな」


サイは、東山のトレーニング。通称、『鬼の宴』を思い出した。

治癒魔法や身体強化など、一切の魔法を禁じられたその宴は、来る日も来る日も、体の限界を超えたトレーニングを支持する東山。

数々のクラスメイトが途中で脱落し、東山にシバかれる中、サイは最後の最後まで、自分を奮い立たせ、東山クラス初のトレーニング完遂を果たしたのだ。

その時の彼の目は、まさに獣だと、東山は感じた。

一匹の黒い狼が、そこに立っていると錯覚させるほどの威圧感に、彼女は、得体の知れない高揚感を感じたのだった。


「あの時のお前の目は、貪欲に力を求める者の目だった。私のトレーニングは、体が強いだけでは耐えられん、心と体、二つが揃って初めてクリアできるものなのだ。それは、誰でも得る可能性のあるものだが、得ている者はとても少ない。だが、お前にはそれがあると、私は感じたのだ」


「東山、様」


再びぶほぅと噴き出す高崎に、ついに東山が裏拳を当てた。

そして、何事もなかったかのように再びサイを見つめる。


「お前には期待している。先ほどのように迷うことも多いだろうが、私達の人生は短い。その人生を、少しだけ一緒に過ごしてみないか? 」


魔法使いの寿命は、どんなに長くとも非感染者の半分程しかない。

東山はすでに、二十代半ば、いわば人生の折り返し地点だ。

そんな彼女の言葉には、重みがある。


「う、うう、東山さまぁ! 」


サイは思わず涙を流していた。

普段厳しい人に急に褒められると嬉しくなってしまうことがあるが、今の彼はそれだけではなかった。

自分の努力が実を結んだことが嬉しかったのだろう。

その様子を、リサは、羨ましそうに見ていた。

魔法ではなく、自分自身を評価してもらうという、彼女の求めるものが、先ほどのやり取りの中にあったからだった。

サイは、ひとしきり泣くと、涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃになった顔を、袖で拭った。

そして、東山のを見つめ返す。

その瞳はもう、先ほどの迷いはなかった。


「俺、やります! 正直、ついていけるかなんてわかんねぇけど、全力尽くします! 」


海道とスマホをいじっているセラフィ以外の全員が、微笑み、サイを見つめる。


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