お兄ぃに似てる…
少し狭い空間に長き静寂が訪れた。
その静寂は狂化よりも気持ちを乱し、拳よりも痛い。
元々このようなことに耐性が無い俺には何よりも辛い時間である。
「な、なあ……ケトはなんで高いところが苦手なんだ?」
「理由……それは……」
「言いたくないなら言わなくていいぞ?」
「いや、ここは言っておく。それは昔、私が兄と過ごしていた日々が終わりを告げた日」
マズイ、これは聞いちゃいけないことを聞いてしまったやつだ。
「ある日、私と兄はいつもの日課の狩りをしていたの。その日はたまたまウィップフライを見つけて、狩りをしようとしたの」
ウィップフライって何だろうか…そもそもそこから知らないな…。
「ウィップフライは魔境サイモンで空を飛んでいる魔物で私たちの村では食用で兄と私はウィップフライを狩るために高いところに登って投擲で仕留めようとした………でも高いところに上がったのが間違いだった。私達が狩りに夢中になっていると突然ワイバーンが襲って来て、その時私は死ぬはずだった」
「死ぬはずだった?まさか……」
「そう、兄は私を庇いワイバーンに呑まれてしまった。それから高いところが苦手になったの」
「ごめん、そんな事知らなくて勝手に飛行船に乗せて。最低だな……」
「罰として目的地に着くまで一緒にいてね、おにぃ……な、何でもない」
「もしかして俺とケトのお兄さんって似てるのか?」
「見た目は違うけど雰囲気が似てる」
自分の言い間違いに赤面しながらフルフルと震えながら答えてくれる。
「一ついいか?ケトのお兄さんの代わりにはなれないけど俺の事をケトの仲間として頼りにして欲しい。」
少し自分でも臭い台詞を吐いたと思っているとケトが俺の胸に飛び込んでくる。その顔は見えないが服が濡れていく感覚がする。
「兄ぃ、兄ぃ………寂しかった…」
「まぁ、その、なんだ、俺はケトのお兄さんじゃないけど気が済むまでそうしてていいよ」
いきなりの事で頭が混乱するが今まで読んできたラノベを思い出して必死に正しい選択を見つけ出す。
「お兄ぃ、頭撫でて」
「だから俺はケトのお兄さんじゃない」
俺がそう返すとケトは目尻に涙を溜めながらむすっとした顔でこちらを見てくる。
「わかったよ、今だけはケトのお兄ちゃんって事にする」
いつもはあんなに態度が悪いのにこんなに甘えられたら好意を持ってしまう、これがいわゆるギャップ萌えってやつか。末恐ろしいな、ギャップ萌え……。
「お兄ぃ膝枕して」
「うぐっ、はぁ……はいはい、今回だけね」
〜〜〜
膝枕をしてからどれだけの時間が経ったかわからないが俺はふと、何かが起こるのではないかと思った。
何故なら俺は運値がかなり低めだ。
異世界転移やら転生した奴は殆どの確率でなにかに巻き込まれると相場が決まっている事だしな。
すると案の定飛行船が揺れ始めた、その揺れは風が起こすそれではなく、何かがぶつかってきた揺れである。
「魔物か?勘弁して欲しいものだがな…ケト、行ってみよう」
飛行船の展望スペースへ移動するとそこにはもう一機の飛行船があり、両方の間に板のようなもので橋を作ってある。
あちら側の飛行船にはでかでかとこの世界の鳥━前の世界では見なかったからそうなのだろうという独断と偏見━が描かれていた。
「おいおい、勘弁してくれよ…」




