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短編(恋愛)

舞台装置の独り言

作者: 鴨野朗須斗

 オッス俺平民。

 乙女ゲーム世界を円滑に回すためのモブ、属に言う舞台装置って奴だ。今回はローザリアってゲームに仕事しに来た。

 ローザリアは王族や貴族が存在する中世ヨーロッパ風ファンタジー世界だから、ここでは俺もそれに倣って平民Aと名乗っている。もちろんモブは俺だけではないので平民B~Gだって存在する。


 取りあえず俺はプロローグのちょい役である産婆をしている。

 一応便宜上自分のことは俺と呼んでいるが、年齢性別など存在しないのが俺たちだ。魔物どころか、にょろにょろ動く謎の草の役だってできるぜ。役柄を選ばず円滑に主人公たちを幸せにするために存在する、縁の下の力持ちってやつだ。老若男女全部をやらなくっちゃあならないってのがモブのつらいところだな。


 まずは俺こと産婆は、これから生まれる主人公ローズを取り上げてピカッと光る赤ん坊を見て「おぉ、何という……神の祝福じゃ……」とローズを拝む役だ。ローズが無事お偉いさんと結婚したなら、ローズは俺が取り上げたんだって叫んでやろう。

 おっと、無駄話をしていたらローズが生まれそうだ。俺も一仕事してくるか。






 オッス俺平民。生まれたばかりのローズに祝福と予言を与える司祭役を実行中。

 この役本当は平民Dがするはずだったんだけど、Dがやってたローズの父親の友人役が思いのほか友好を深めすぎちゃって親友になったので、Dもローズの祝福の儀に参加している。急きょお鉢が回ってきたのが俺ってわけだ。

 俺も次の役まで余裕がある訳じゃないので、何となく「ローズすごい! 神の祝福あるよ!」的なことを告げてそそくさと退場するとしよう。あ、言い回しはさすがにもっと仰々しいものにしてるよ。伊達にモブ職何十年もしてないからな。





 オッス俺平民。現在はローズの幼馴染のジャック役だ。

 使い捨て平民代表であるはずの俺がどうして主人公の幼馴染みたいな重大なポジションに収まっているかって? それはもちろん、これから先ジャックには天才的な剣武の才が発揮され、王国を代表とする騎士に――なんてならない。俺はローズの幼少期を面白おかしく彩ったら、10歳でローズをかばって死ぬ役なんだ。

 ジャックが死ぬことでローズは自分の無力さを痛感し、強くなるために王子をはじめとする攻略キャラクターがいる王都の学園へと通うことになる。ついでに、俺の死によって彼女の祝福された光の力が目覚め、王国どころかこの世界で数人しかいない癒しの力を得ることになるんだ。そもそもさ、ジャックなんてザ・モブっぽい名前の俺が出張る訳ないだろ? ちょっとは考えろよ。


 ところでさ、最近ローズの様子がおかしい。多分数日前につまづいて小麦の袋に頭から突っ込んでからだ。よくわかんないけど、突然語彙が増えた気がするし、本とか読み漁るようになった。

 台本(シナリオ)では5歳の頃のローズは天真爛漫で少しお転婆な女の子だったはずなんだけどなあ。まあ創造主(シナリオライター)も幼少期のどうでもいい話をそこまで詰めて考えてる訳じゃないし、誤差の範囲だよな。





 オッス俺平民。ローズも俺も8歳になった。

 頭を打ってからのローズは、なんというか、人が変わったみたいだ。ローズの両親も突然本の虫になった娘を心配して医者にかかったり神官に見せたりと、平民B、D、Gたちも突然のお呼ばれで大変だったらしい。

 ところでそのおかしなローズだが、既に癒しの力に目覚めていた。光魔法だけではなく、他の属性もそこそこ使えるらしい。

 この世界の魔法なんてものはそもそも平民には縁がなく、ジャックの母親は30を超えた今でも火打石を使ってるくらいだ。そんなものを裕福とはいえ平民の家庭に生まれたローズに誰が教えるんだ? 台本(シナリオ)から結構ずれてない?

 これが創造主(シナリオライター)がたまにいう「キャラがプロットを無視して勝手に動き出しちゃった」って奴なのか?





 オッス俺平民。10歳になった。

 ローズが街の外にでて魔物に襲われるイベントは台本通りに進んだよ。ローズが圧倒的な魔力をもって魔物を蹂躙して、彼女をかばって死ぬはずの(ジャック)が生きている以外はね。

 ……創造主(シナリオライター)、ごめん。何一つ無事に進んでいない。俺、生きてていいのかなあ。





 オッス俺平民。12歳。

 神の見えざる手のごとく、焦った創造主(シナリオライター)が紡いだ(ジャック)の死亡フラグはことごとくローズに打ち砕かれた。

 大きなケガをしてもローズの光魔法で完治するし、死病にかかっても擦り傷を作ったローズの謎の秘薬で完治するし、挙句の果てにはローズは俺を鍛えて剣も魔法も使えるようになっちまった。

 ローズが「いつ死ぬかわからないから!」って、色んな薬草やら魔剣やらを持たせて装備も王国の騎士以上に充実している。なあローズ、お前はいつ俺を舞台から退場させてくれるんだ。





 オッス俺平民。14歳だ。ローズの魔術学園まであと一年もない。

 なあローズ、お前学園に行かなくていいのか? 無力さは……確かに噛みしめてないけど、そこらの王宮魔術師より有能かもしれないけど、学園に行けば王子やお貴族様と結婚できるんだぜ?



「学園? 行かないよ」

「何でだよ、ローズには魔法の才能があるだろ? それに貴族がいっぱい通う学園だ。もし見初められたら、この先一生豪遊できるんだぞ!」

「うーん、別にお金は自分で稼げるし……」



 確かにローズはそこらの弱小貴族程度の金は持っているし、稼ごうと思えばいくらでも稼げる。魔物退治は騎士の仕事であり、民間にはあまり出回らない。魔法を使える人間が一握りしかいないこの世界では、富裕層の平民に魔物の肉や革を売りつけることで一財産が築けるのだ。



「それでもさ、ローズを同じ年には第三王子だっているんだぜ? すっげぇ美形だっていうじゃん。惹かれねーのか?」

「えー別にー。だって私にはジャックがいるもんね」



 ローズの笑顔がまぶしい。

 そのあとぼそりと聞こえた「むしろジャックには私がいないとダメじゃん」という男としては悲しくなる独り言は聞こえなかったことにしておこう。





 オッス俺平民。16歳だ。

 今日は(ジャック)とローズの結婚式だ。どうしてこうなった。

 なあローズ、お前は願えば貴族にだって、それどころか王妃にだってなれたはずだ。こんな王国の端にある小さな街の、しょぼい道具屋の息子に嫁いでしまってよかったのか。素材や道具は私がとってくるから、バンバン稼ごうねなんて満面の笑みで言わないでくれ。

 ああローズ、俺はお前の笑顔が曇らないことを願うよ。







 ある日の午後、小麦の袋に頭から突っ込んだ私は思い出した。前世をだ。

 頭を打っておかしくなったなんて思わないでほしい。自分が荒唐無稽な話をしているのは自覚している。しかしながら、私を取り巻く現状が前世の知識を偽りとはしなかった。

 私は前世では、しがないOLだった。いい年過ぎて独り身の、乙女ゲームが趣味という悲しい女だった。死因は覚えていないが、兎に角何かしらの事故で私は死んでこの世界に転生したのだろう。ローザリア、私が前世で一番はまったゲームに。

 前世の記憶を思い出した当初は浮かれて、誰を攻略しよう、第三王子かな、それとも宰相の息子かな、なんて会いもしないお貴族様たちを思い浮かべてはだらしない笑みを浮かべたものだ。取りあえず育成要素もあったローザリアに備えて、私は自分のステータスを上げることにした。

 本を読んで教養を増やし、ゲームの知識を利用して魔術レベルを上げる。8歳になる頃までには私はゲームを攻略できる程度の技量を備えていた。そりゃあそうだよね、ローザリアの中では一年で鍛えなきゃいけない数値だけど、私には幼いとはいえ3年以上時間があり、更には効率のいいレベルアップの仕方まで知っていたんだから。


 10歳の頃、私をかばって死ぬはずのジャックを助けたのはなるべくしてなった結果だった。

 そもそも私たちの街の周りに生息する魔物ごときに私が遅れを取るはずはなく、ジャックも私をかばう必要性はなくなる。もしシナリオ通りにジャックの身に危険がせまったら、光魔法で回復させればいいし。生まれてからずっと一緒に過ごしてきたジャックは、既に私の半身みたいな存在だ。

 私より後に生まれたくせにお兄さんぶるジャックは、まるで手のかかる弟のようだと思っていた。





 シナリオの補正力か、ジャックにはそれから何度も命の危機が訪れた。

 突然街を襲った魔物に切り裂かれたり、名医すらも匙を投げる死病にかかったり、果ては使用人をむごたらしく殺す貴族の元へ奉公に出されようとしたり。それらの危機を私はちぎっては投げちぎっては投げ、蹴散らした。

 もうだめかも、と思ったことが一度だけある。様々な偶然が折り重なって、まるでルーブ・ゴールドバーグ・マシンのように斧がジャックの体を引き裂いた。私は泣きながら光魔法を使用したが、二つに分かれたジャックの命をいたずらに引き延ばし、彼を苦しめることしかできなかった。私の力でジャックを生きながらさせ、街の名医であるブラック先生に彼の体を一つにしてもらった。

 死の淵から生還したジャックを見て涙が止まらなかった。あの時私は自覚したのだ。王子や貴族なんかじゃなくて、ジャックが好きなのだと。


 シナリオ修正力が諦めたのか、ジャックが強くなったのかはわからないが、彼が頻繁に死にかけることは減った。15歳頃にはジャックが魔法学園へと行くことをしきりに勧めたけど、イケメン王子の話を持ち出されても、これっぽっちも心は揺らがなかった。


 そして今日、私はこの国の婚礼衣装である青いドレスを着てジャックの隣に寄り添っている。

 ジャック、私のジャック。これでもうあなたは私のもの。少し跳ねている赤毛も、負けん気が強そうな瞳も、剣を持つことでごつごつしてしまった手も、お腹を横切る傷も全部私のもの。

 ジャック、安心して。これからも私があなたを守るから。

ルーブ・ゴールドバーグ・マシンは俗にいうピ〇ゴラ装置みたいなあれです。

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