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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
9/21

鳴高市の悪役事情⑨

「それでは、授業を始めます。先生、今日は本気出しちゃいますから、しっかりついてきてくださいね!」

 さて、そんなわけで授業が始まったが、集中して授業を聞いている者など皆無に等しい。

 ちらちらと、こちらを――伊月の方を気にしている素振りが見られる。ま、無理もない話だが。

 一方で、当の本人はそれらの視線を全く意に介すことなく、ひたすらにシャーペンを動かしているようだ。肩越しにちらりと見たところ、黒板の板書だけでなく、先生が口頭で説明する発音の違いや例文まで、一つ残らず書き記しているらしい。なるほど、確かにこの真面目ぶりなら、授業中のあの騒しさに対して、いい気はしないのも頷ける。

「ん?」

 なんて、一人納得していると、突然、開いていたノートの上になにかが落ちてきた。そっとつまみ上げてみると、四つ折りにされた小さなメモだった。

 一体誰が?

 周囲を伺っていると、机をこつこつと指で叩く音がする。出所は隣の席の女子。どうやらこの子が俺の机にそれを投げよこしたらしい。なに、というジェスチャーをすると、先生が板書している隙を見計らい、その子は教室の右方を指差した。

「……ああ、なるほどね」

 指の先には祭がいた。俺が顔を向けていると気づくなり、睨みつけてきやがった。

 なんなんだ、全く。

 祭からのプレゼントらしいメモを開く。

『なんで邪魔したんですか!』

 荒々しいお怒りの文章の後に、これまたお怒りの顔文字。相当ご立腹でいらっしゃる。……ま、知ったことか。

 くしゃりとメモを握り潰す。

「ん?」

 再び、投げ渡されるメモ。あらかじめ、複数用意されているのか。

『なんで無視するんですか!』

 おお、俺が無視するところまで予測済みとは恐るべし。

 くしゃり。

『なにか反応したらどうなんですか!』

 くしゃり。

『善斗くんってば!』

 くしゃり。

「……ねぇ、十代、面倒だから祭ちゃんからの手紙、纏めて渡していい?」

「……わかった」

 祭からの橋渡し役の女子が、ちまちまとした作業にとうとう痺れを切らしたらしく、メモが詰まった小さな袋ごと手渡してきた。その数、実に二十通近く。なんというか、めちゃくちゃ怖い。

「ん?」

 祭のいる右方向にばかり気にしていると、今度は左側から誰かにつつかれた。とはいえ、俺の席は教室の左端、すぐ隣は壁や窓に面している。左側をつつかれるということは、当然相手は同じ列で、尚且つ後ろの人間以外には他ならず。

「な、なに?」

 振り向くと、伊月が俺にノートの切れ端を差し出していた。

 今度は期待しながら、急いでそれを開く。

『いい加減目障り』

 淡い期待に反して、なんとも厳しい内容だった。

 あまりにも直球過ぎて涙が出そう。

 結局、この後、授業終わりのチャイムまで、俺は肩を落としたまま過ごすしかなかった。せっかく伊月といい感じになってたのに、祭のせいで……。

「おい、祭、いったいどういうつもりだよ?」

「善斗くんが、僕の邪魔をするからいけないのです。それよりも……」

 授業後、俺は祭に猛抗議した。だが、本人はまるで堪えていないどころか、詰め寄ってきた俺を適当にあしらい、待っていたとばかりに伊月へのアプローチを開始する。

 誰しもが話しかけたくてウズウズしている中、安定の無神経さで、次の授業の準備をしている伊月へと近づくと、勝手に俺の席を陣取る。

何事かと顔を上げた伊月。

「初めまして、僕は片桐祭。我が鳴高高校の新聞部に在籍しています。よろしくお願いします、永倉さん」

「ええ、こちらこそ」

 そっと差し出された祭の手を握りしめた伊月は、愛想よく返事をした。

「さて、先ほどは余計な横槍のせいで流れてしまったのですが、貴女にいくつか質問をしても構いませんか?」

 余計な横槍、といったところで、俺の顔をじっと睨み付ける祭。

「別にいいけど、授業に食い込むような大量の質問は止めてね?」

「もちろんです!」

 どの口がそれを言うか。

「なら、いいわよ。お手柔らかにね」

 自己紹介の段階で、祭の性格をある程度把握していたのか、こうして質問攻めにあう覚悟はできていたらしく、伊月は小さくはにかんで答えた。

「ではまず……」

 そんなこんなで、始まった質問会。生年月日に始まり、好物や趣味といった、プライベートに触れるものまで、祭の質問は多種多様だった。最も、祭は言葉足らずかつ暴走気質なために、俺がフォローに回ることが多かったのだが。

 いつの間にか、二人の周りにはギャラリーが集い、転校生の情報収集に努めている。全く、油断も隙もありゃしない。……なんて、言っている俺本人が伊月について興味津々なわけだけど。

「あ、次の質問です。永倉さんの家はどの辺りですか?」

「え? 椿通り方面だけど……」

「椿通り方面だと、善斗くんの家も同じ方向ですよね?」

「お、おう!」

 突然の祭から話を振られ、上擦った声が出てしまった。

「どうかしましたか、善斗くん。気持ち悪いですよ?」

「ほっとけ!」

「あれ、でも、あの辺りに新築の家なんてありましたっけ。マンションも特に……」

そこまで言いかけた祭の表情が、固くなった。なにかに気付いたらしい。そのなにかを十分に理解している俺は、その反応を楽しそうに見届ける。

「ま、まさか那由多(なゆた)ヒルズですか?」

「大正解」

「あ、悪夢です……」

 自分自身の体を抱きしめるようにして身震いし始めたインタビュアーを横目に、伊月が俺に尋ねる。

「那由多ヒルズ? あのマンション、そんな名前じゃなかったと思うけど?」

「あー、違うんだ。那由多ってのは、伊月と同じマンションに住んでる奴のこと。そいつがあまりにもアレだから、俺や祭はそう呼んでる。」

「アレって?」

 ちなみに今、祭がこんな状態になっているのは、あるトラウマが影響している。

「ま、その内わかるさ。見たらすぐに納得すると思うぞ、祭がああなっている理由」

「え、ええ」

 なんとなく釈然としない表情を見せる伊月に、俺は悪戯っぽく微笑んだ。

「ん?」

 いつの間にか、トラウマに震えていた祭が復活し、こちらをじっと見ていた。

「どうかしたか?」

「いえ、なんだか、善斗くんと永倉さん、とても仲が良さそうで。もしかして、前にも会ったことがあるんですか?」

 核心をつく質問。相変わらず、祭はこういう嗅覚は鋭い。ま、遅かれ早かれ突っつかれるだろうとは思ってたし。

「面識があるというか、昨日偶然会ったのよ。道に迷っていた私を助けてくれたってわけ」

「道に迷っていた、ですか。なるほど、その時の様子を詳しく!」

 状況を説明した伊月に対し、目をキラキラと輝かせ詰め寄る祭。

「詳しくもなにも、コンビニで出会って学校まで案内しただけ。お前が欲しがるハプニングやイベントはなにもなかったよ」

 なんて代わりに答えてはみたものの、伊月のあの豹変というか、ヒーローが嫌いという告白をハプニングととらえるなら、なにもなかったことはない。ただ、それを祭に話すかどうかは別として。

「ほ、本当でしょうね? 噂の転校生が、実は昔の幼馴染とか、許嫁とか、異星人とか半獣とか、そういった秘密は一切ありませんね?」

「……あるわけないだろ。昨日たまたま会ったんだよ。もちろん初対面だった。っていうか、なんだよ、その妄想は?」

「うむむ。こういう場合、噂の転校生にはなんらかの秘密があるのがお約束なのですが……」

なんの話だ、一体。

「ま、そうでしょう。善斗くんに限って、なにかあるということはないでしょうし」

「俺に限って、ってどういう意味だ、おい」

「善斗くんみたいな平凡な高校生男子が、アニメや漫画みたいな摩訶不思議体験をするはずがないのです!」

「なんだそりゃ……」

 なんて、祭といつもの軽口を叩き合っていると、どこからか掠れた息遣いが聞こえた。

 視線を落とすと、伊月が口元に手を当て、笑いを必死に堪えている。

「永倉さん?」

「ご、ごめんなさい。二人の話を聞いてたら、なんだか緊張して身構えてたのが馬鹿らしくなっちゃって」

 転校初日ということもあってか、平静さを装っているように見えても、緊張していたようだ。否応でも高まる期待と集まる視線。それらに晒され続けた心労は、 慣れない新生活とのダブルパンチも重なって、並大抵のものではないだろう。もっと早く気を遣ってやるべきだったのかもしれない。

「……良かった。やっと笑ってくれました」

 ようやくひと安心したように、祭は小さく囁いた。

「祭、まさかお前わざと……?」

 口に出してからハッとした。あ、これは黙っておくべきだったな、と。

「ぜ、ぜぜぜぜ、善斗くん。ど、どうしてそういうことをはっきりと言うですか!」

 祭の顔が、まるで風呂上がりを思わせるほどに赤く火照っていた。

「あー、悪かった。今のはマジでごめんなさい!」

 顔の前で手を合わせ、必死に謝罪してみたものの、当然許されるはずもない。怒って腕を組み、そっぽを向いてしまった。未だに顔は真っ赤になったままで。

「片桐さん、私のために?」

「ち、違います。相手の緊張をほぐしてあげるのも、記者の仕事だからです!」

 一層顔を赤くして、言い訳がましく口を動かす祭。顔を少しだけ伊月へと向け、再びそっぽに向けてはこう続ける。

「僕がぐいぐい質問するせいで、永倉さんが嫌な思いをしてるんじゃないかと……」

「あれ、自覚はあるんだ?」

しまった。また余計なことを。

「う、うるさいです、善斗くん!」

 顔の角度が段々と下がっていく。とうとう恥ずかしさに耐えきれなくなったみたいだ。

「ありがとう。そういう気遣い、凄く嬉しいわ」

 伊月の方も、その気持ちを汲み取ったようだ。

「き、気遣いとか、そういうのじゃないです!」

 とうとう祭が暴れだした。実に滑稽、いやいや、実に恐ろしい。

 それにしても、祭のことを警戒し過ぎていたのかもしれない。祭は祭なりに伊月を気にしてくれているようではあるし。

「そ、それにですね……」

 なんて、安堵しかけたのも束の間だった。

 続けて出たある名前は、その場の空気を震撼させた。

「相手を思いやれないような新聞記者の取材を、僕が敬愛するジョーカー伯爵様が応じてくれるとは思えません!」

 祭からしてみたら、それは恥ずかしさを誤魔化すための言い訳の一つ、それとも、自分の目標を高々と広言しただけ。はたまた、会話の糸口に過ぎないのか。ともかく、祭自身、その言葉に深い意味などなかったはずだ。

 ただ、少なくとも、伊月からすればそうではない。この場において、いや、いつであろうとも聞きたくはない名前。

 当然、面白くはないわけで。

 ちらりと伊月の反応を伺い見る。伏せられた顔、握られた拳。一体なにを考えているのだろう。

「伊月……」

 その呼び掛けに対し、顔を上げた伊月はなんと笑っていた。さっきまでと全く変わらない様子で。

「……片桐さんは、ジョーカー伯爵のこと、慕っているの?」

「し、慕っていると言いますか、その、いつか独占取材をするのが僕の夢です」

「……そう」

 夢を熱く語り、目を輝かせる祭の横で、寂しげに笑う伊月。やはり、ジョーカー伯爵という存在を受け入れ難いらしい。

「あ、チャイムが鳴ってしまいました。では永倉さん、ありがとうございました。これからもよろしくです」

「こちらこそ」

 差し出された祭の手を握り締めた伊月は、短く答える。

 先生が来る前にと、慌てて席へと戻る祭の背中を横目に、俺も席に着く。集まっていた人柄も、次第に散らばっていった。

「うまく、笑えてた?」

「え?」

 ふいに、伊月の声がした。それも、あまりにか細く、うっかりと聞き逃してしまいそうな程小さな。

「どうだった?」

「多分、大丈夫じゃないかな」

「……ならいい」

 それっきり、彼女は口を閉ざした。次の授業に備えて、教科書を捲っているようだ。

 なにがあったのか、と訊ねたら答えてくれるだろうか。今は無理だとしても、いつかはきっと。

 それまでは、絶対に正体を隠し通さなくてはならない。伊月の顔を見ていると、何故だか無性にそう思えた。



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