鳴高市の悪役事情⑦
「あーあ、人生ってのは、なんだってこう思い通りにならないのかね……」
教室の窓枠に頬杖をつき、ぼんやりと外を眺めながら、俺は何気なく呟いた。遅れてため息までついてくる。
好きになった女の子が転校生で、お向かいさんだったことには喜ばざるを得ない。だけど、その子が大のヒーロー嫌いで、その上ジョーカー伯爵をまるで親の敵とでも言わんばかりに非難するなんて。
やれやれ、俺の恋路は一体どうなるんだか。昨日から、これでもかとばかりに出てくるため息。
「おやおや、善斗くんともあろう方が、いつになく感慨深いお言葉を残していらっしゃるようで。この僕で良ければ、話を聞きますよ?」
伊月のことで頭を悩ませていると、背後から声をかけられ、肩を叩かれた。一人言までばっちりと聞かれているらしく、少しばかりこそばゆい。
「祭……」
振り向いた俺の顔を見るなり、声の主はにやりと口の端を持ち上げた。
片桐祭――俺の小学校時代からの同級生で、こうしてクラスが重なることも多い。いわゆる腐れ縁だ。小さい頃から噂話や秘密、謎なんかが大好きで、いつも忙しなく動き回っている。鳴高の隅から隅までを走り尽くし、もはや知らないところはないと豪語するほどだ。その性格が影響して、高校では新聞部に入部。その手腕を存分に奮い、一年生ながら先輩達から期待の有望株と目をかけてもらっているそうだ。ちなみに、今追いかけているのは、なんとジョーカー伯爵。その正体を暴き、ついでにサインをもらい、プロフィールや独占インタビュー、対談記事まで載せるのが夢だと熱く語っていた。良かったな、祭。その夢の半分はもう叶っているぞ。なんせお前は、俺の携帯の番号や自宅まで知っているし、こうして毎日話をしているんだからな。
「珍しいですね、善斗くんがため息だなんて……」
「ん、そうか?」
「はい、僕の知る善斗くんはいつも元気な能天気馬鹿……あ、いえいえ、悩み事などなさそうなのに」
どういう意味だ、そりゃ。
ちなみにだが、自分自身のことを僕なんて呼びながらも、祭はれっきとした女の子だ。百五十にも満たない小動物を思わせる小柄な身長に、凹凸が見られない体格。くりっとした大きな目と、動き易さを意識してか、顎の辺りで短く切り揃えられた柔らかそうな栗毛。その方面での需要はかなり高いのかもしれない。最も、本人としては本気で悩んでいるようで、あまり嬉しくない評価みたいだが。
「うるせえな。俺にだって色々あるんだよ」
「ふふふ。では、そんな善斗くんに、僕からとっておきの情報を教えてあげましょうか」
勿体ぶった物言いをしながら、俺の反応に期待する祭。どうやら、俺を心配して声をかけたというよりは、これを話したくて仕方がなかったみたいだ。なんとも現金な奴。
「とっておき?」
「はい。実はさっき、職員室で盗み聞きしたんですけど……、なんと今日、うちのクラスに転校生がやって来るらしいです。あ、これはまだ、皆には内緒でお願いしますよ」
人差し指を立てて、口元に当てる。友人ということで、一足早く俺にその情報を教えてくれたらしい。その時のこいつのドヤ顔といったらない。
だが、悪いな、祭。生憎とその情報は、既に鮮度が落ちているぞ。
「ああ、らしいな。それも女の子だろ?」
「え、そ、そうなんですか? というか善斗くん、なんでそんなことを知っているんですか?」
どうやら祭は、転校生が来るという情報だけは聞けたものの、名前や性別といった詳細な部分までは入手できなかったらしい。
生憎と、俺は性別だけじゃなくて名前や容姿まで知っている。
なんせ今、俺の頭を悩ませているた原因こそが、噂の転校生だからだ。
「秘密。それにしても祭、お前の情報も案外大したことないな」
「な、なんですって!」
話を逸らすついでにからかわれた祭は、鼻の穴を膨らませて憤慨している。相変わらずからかいがいのある奴。
「やれやれ、こんな調子じゃ、新聞部期待のホープなんて名乗れないな……」
「ぐ、ぐぬ。い、今に見ていてください、善斗くん。この片桐祭の名にかけて、ジョーカー伯爵の正体を暴き、校内新聞、いや、鳴高広報誌の一面をも飾ってみせます!」
「ああ、精々頑張ってくれ」
捨て台詞を残して教室を飛び出していった哀れな、もとい、面白い友人の背中を、ひらひらと手を振って見送った。
残念ながら、祭がジョーカー伯爵の正体を暴けることはおそらくないだろう。何故なら、あいつは毎回ジョーカー伯爵を待ち伏せしてシャッターチャンスを狙っているのだが、必ず待ち伏せポイントや作戦を、自慢気に明かしてくるのだ。他でもない、俺ことジョーカー伯爵に。申し訳ないが、君子危うきに近寄らず。当然のように、祭の待ち伏せポイントを華麗に回避して、遠慮なく暴れさせてもらっている。壁に耳ありとは、まさにこのことだろう。
よくもまぁ、あそこまでジョーカー伯爵を追うことに執念を燃やせるもんだ。なにがそこまであいつを駆り立てているんだ。いやまあ、熱狂的な追っかけがいてくれるのは、嬉しいんだけどな。
あーあ、追いかけてくれるのが祭じゃなく伊月だったらな。喜んで追いかけられてやるのに……。
夕べの砂浜を走る俺と伊月。まさに愛の追いかけっこ、なんちゃって。
……。
…………。
…………………。
……あれ、もしかして俺、段々と親父の昭和的センスに毒され始めてる?
ヤバい。ヤバい、ヤバい。しっかりしろ、十代善斗!
気持ちを切り替えるために、ぱんぱんと両頬を挟み込むように叩く。痛かったけれど仕方がない。これも、親父のセンスを追いだすためだ、うん。
それにしても、なんだって伊月はあんなに俺を……、じゃない。ジョーカー伯爵を嫌っているんだろう。俺も親父も、よそに住んでいた人間に嫌われるようなことをしたとは思えないんだけどな。
ま、別に正体がバレなきゃ問題ないわけだし。変に刺激しなけりゃ、あそこまで怒ることも――
「……あれ?」
甘い妄想に耽り、お気楽気分で外の風景を楽しんでいた俺の頭に引っかかるものがあった。
俺自ら素性を明かすことは絶対にない。知られたら、嫌われてしまうのは明白だ。この恋を成就させるためには、この話題すら避けるべきだろう。つまり、俺からの刺激は絶対にない。
だが、超ド級の危険人物がこの教室にはいた。言うまでもなく、片桐祭である。マシンガントーク甚だしい祭が、それこそジョーカー伯爵について語りだしたら、伊月は絶対に面白くないだろう。昨日の倍、いや、三倍以上怒ってしまうかもしれない。
最悪の場合、気分を害した伊月が学校に来なくなる、なんてこともあり得る。昨日の怒り方じゃあり得ない話ではない。
せっかく引っ越してきたのに、登校拒否とか笑えないし。俺がいるから大丈夫、なんて大きく出た以上、そんな事態は防がなくてはならない。なんとかして祭と伊月が関わらないようにしなくては。いっそのこと、お互いを近づけないようにした方が早いかも。
なんて考えたところで、あの馬鹿は絶対に接触するんだろうな、と諦める。
ま、なにかあったら俺がフォローするか。




