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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
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鳴高市の悪役事情⑤

「さて、こちらが鳴高高校の正門にございます。実はこの正門、地獄に通じているという噂があり、人食門と呼ばれ恐れられております」

 目的地である校門を右手で指し示し、ガイドツアーさながらに紹介した。

「あら、それは興味深いわね。よくある学校の七不思議っていうのかしら?」

 ホラーちっくな説明を受け、こちらが冗談を言っていることに気がついたらしく、顎に手を当てながらいたずらっ子のような微笑む彼女に、俺はまたしても見惚れてしまう。

「はは、冗談だって。ただ、朝礼間際になると生活指導のゴリラが立っててうるさいだけだよ。人食門ならぬゴリラ門ってとこだな」

「なら、それに捕まらないように早めに登校しなくちゃね」

「一回ぐらい見てみるのも面白いと思うぞ。あいつ、本当にゴリラそっくりだからさ。あ、動物園のゴリラの方が圧倒的に可愛いけどな」

 ついでに、生活指導の教師がいかにゴリラに似ているかを熱弁し、一層彼女の笑いを誘う。

 やっぱり可愛いな、なんて自然と緩んでくる口元をなんとか引き締め、再びガイドツアー口調へと戻した。

「と、こんな感じで鳴高探索ツアーは終わりになります。いかがでしたか、お客様?」

 学校までわずか十数分の道程――そして秘密だが、少しばかりの遠回り。計三十分近くの短くも楽しい道案内はあっという間に終わってしまった。

 道中は、俺が口を開き、話を広げ、話を締めくくる。彼女はといえば、相槌を打ったり、おかしそうに笑ったり、たまには皮肉めいたツッコミを意地悪く漏らしてみたりと、言葉数こそ少ないものの、退屈そうにしているわけではなく、むしろ楽しそうだった、……と思いたい。

「そうね、途中の遠回りは気になったけど、色々と教えてくれて助かったわ」

「あら、やっぱり気づいてた?」

「当たり前じゃない。一本道で歩けばいいものを、わざわざ右に左に曲がるし、さすがに不自然だわ」

 お見通しでしたか。とはいえ、彼女自身も別に怒っているわけではなさそうなので良しとしよう。

「いや、裏道にはこんな店もあるんだって紹介も兼ねてさ」

 そうは言ってみたものの、勿論それだけが理由ではない。彼女と一分、いや一秒でも長く一緒にいたかったからだ。

「ま、いいわ。楽しかったし。……さ、そろそろ帰りましょう。帰りも案内頼めるかしら?」

「勿論ですとも、お嬢様」

 むしろ、願ってもないことだ。

 二人並んで来た道を戻る。行きは半歩後ろを歩いてきた彼女も、帰りはさすがに道を覚えているらしく、むしろ俺を先導すらするように進んでいく。とはいえ、俺が彼女と一緒にいたいが為だけに教えた遠回りの裏道すらもしっかりと通っていくのは、先ほどの皮肉のつもりか、それとも彼女なりの茶目っ気か。どちらにせよ、俺自身悪い気はしないどころか、嬉しさすらこみ上げてきた。

「そういえば、どう、ここは。うまくやっていけそう?」

 俺には引っ越しの経験がないのでわからないものの、引っ越してきた人は故郷が恋しくなり、ホームシックとかいうのになるとかなんとか。街を紹介するのに忙しかった行きとは違って、余裕ができた帰り道は、俺のポイントアップをしておくとしよう。

「多分ね。引っ越すって聞かされて、一体どんな田舎なんだろうって不安もあったから、思っていたよりも高評価だわ」

 嘆息混じりに呟いた彼女は、軽く頭を振った。どれだけ評価低かったんだよ、鳴高。

「聞かされた?」

「ああ、お姉ちゃんよ。こっちの意見なんて全く聞かずに、強引に決めるんだから……」

 どうやら深刻な事情がありそうだ。よほど腹立たしかったのか、話をするなり穏やかな顔つきが変わり、強張ってしまっている。

「そ、そういえばさ、君いくつ? もしかしたら先輩?」

 これ以上突っ込み過ぎるのはよくないかと、話を紛らわすために、それでいてお互いのことをより知るために、彼女について聞いてみた。

 今更だけど、俺達は年齢はおろか、名前すら知らなかった。それだけ行きは説明と、心臓をなんとか落ち着かせるのが精一杯で、それらに触れる余裕がなかったともいえる。

「あら、言ってなかったっけ? 私の名前は永倉伊月(ながくらいつき)。十六歳、一年生よ。貴方と同い年よね?」

 彼女――永倉さんが悪戯っぽく微笑んだ。

「え、なんでわかったの?」

 確かに俺とは同い年、学年も一緒だが。

「……校章」

 驚いている俺をちらりと一瞥した彼女は短く答え、自分の首筋に人差し指を当てた。

「ああ、なるほどね!」

 学生服の首筋に着けられている校章は、一年生は赤色、二年生は青色、三年生は緑色といった具合に学年によって異なっている。

「今日見学に行った時、先生が教えてくださったの。話しかけるなら、やっぱり同学年がいいじゃない」

 赤色の校章、万歳。

「え、見学に来てたの?」

「そうよ。割とゆるい雰囲気で、ちょっと驚いたわ」

「ゆるい?」

「……授業中にあれだけはしゃいでよく怒られないわね」

 あれだけ、と指摘され、言葉に詰まってしまう。心当たりが多すぎる。今日に限ってではなく、むしろ毎日。

「み、見てたんだ?」

「さあ、なんのことかしら?」

 白々しくすっとぼけてみせる姿も意地悪く、可愛らしい。

「い、一年生なら多分うちのクラスに来ると思うよ。他のクラスに比べて、人数少ないし」

「そうなの?」

「うちのクラスに来るならラッキーだな。担任は甘いし、優しいし。なにより皆、ノリが良くて一緒にいて飽きないし!」

「先生が甘いのがラッキーかはさておき、それならうまく馴染めそうで良かった。ま、授業中に騒がれるのは勘弁してもらいたいけどね」

「うぐ……」

「冗談よ」

 さらりと吐かれる毒というか、きつい言葉が胸に刺さる。……もちろん、楽しくて。

「でも良かったわ。知ってる人がいるだけで、なんとなく気持ちが楽になるもの。改めてよろしく。えっと……」

 永倉が俺の顔を覗き込む。おっと、そういえばこっちの自己紹介はまだだったな。

「俺は十代善斗。珍しい名前だろ?」

 もうすぐ四十(しじゅう)のおっさんが、十代(じゅうだい)とはこれいかに!

 ……なんてのが、親父のくだらない洒落の一つだ。俺からしたら、口にするだけでも恥ずかしいのに、そこそこウケているらしい。

「としろ?」

「あ、善斗でいいよ。皆、そう呼ぶから」

「わかったわ。……善斗くん」

彼女の口から紡がれた俺の名前が、まるで初めて聞いた単語のように、耳を、そして脳を激しく揺さぶった。

 ああ、善斗って、こんないい響きなんだな……。

「それなら、私も伊月でいいわ」

 伊月でいい、その言葉が頭の中で反響する。名前で女の子を呼ぶ、それってもはや特別な関係なんじゃなかろうか。彼女に悟られぬよう、にやりとほくそ笑む。これは明日から、楽しい学校生活が展開されそうな予感。

 なんて、甘い妄想を抱きながら、歩いていた矢先のこと。

「ようやく見つけたぞ、ジョーカー伯爵!」

 どこからともなく、俺を現実に引きずり戻す幼い声がした。

「うえぇぇっ!」

 唖然とし、周囲をきょろきょろと確認する。な、なんだ、いきなり。なにが起こった?

 鞄か? 鞄からコスチュームが出ていたか? ……いや、今日はそもそも持ってきてすらいないし、そんなはずはない。

「あ……」

 なるほど、理解。事態を把握し、安堵する。

 最も、唖然としていたのは、隣の伊月も同じみたいだけど。

「ちょ、ちょっとなに、大丈夫?」

「い、いや、大丈夫。なんでもない……」

 落ち着いて状況を把握すれば、なんてことはなかった。ただ単に、小さな子供達がヒーローごっこで遊んでいただけだ。ふざけるな、お前ら。なんでよりによってこんな夕暮れ時に、それもジョーカー伯爵の名前を出すんだ。やるなら真っ昼間に、本物の特撮ヒーローの名前を出せ!

 そんな当事者の葛藤をよそに、子供達の遊びはますます盛り上がっていく。驚いたことに、ジョーカー伯爵役の子供が両腕を前に突き出して、こう叫んだ。

「くらえ、ジョーカー伯爵ビーム!」

 おい、ちょっと待て。

「甘いな、ナルカゼバリアー!」

 もう一方は、市長ことナルカゼレッドの真似ごとなのか。胸の前で腕をクロスさせ、こちらも技名を発する。

 いや、だから待てって。俺はビームなんて使わないし、ナルカゼンジャーもバリアーなんて張らない。ってか、使えないし、張れない。やるならせめて、もう少し設定を守ってくれよ。

 もういいや、無視だ、無視。

「……あれ、なにしてるの?」

 傍らで俺がもやもやとしていることなど当然知らない伊月は、元気にはしゃぐ子供達の脇を通り過ぎると、そっと耳元で訊ねてきた。彼女の吐息が俺の耳をくすぐる。……うん、危ない人だな、俺。

「あれは多分、ヒーローごっこだと思う。片方がナルカゼンジャーのレッドになりきってて、もう片方がジョーカー伯爵っていうこの街の名物の真似。ま、どっちもバリアーやビームなんて使えないんだけどね」

 自分のことを名物だなんて説明は、ちょっと恥ずかしい気もしたが、それをウリにし、またジョーカー伯爵目当てでやって来る観光客もいる以上、そう言わざるを得ない。

「……へぇ、あれが……」

「し、知ってる?」

 なんとなく、彼女の声音が冷たい気がした。

 しかし、それはまだ、この街の風習というか、伝統というか。とにかく、そういうなにかに馴染んでいないだけだと思っていた。それに、子供がヒーローに憧れて真似をするなんてこと、どこだって珍しいことではない。

 だからこそ、俺は油断していた。想像すらしていなかった。

「――ええ、知ってるわ」

 知ってくれている?

 俺はまたしても、天にものぼる気持ちだった。引っ越してきた彼女が、ジョーカー伯爵について知ってくれていた。これはもう、ジョーカー伯爵を押し付けられて以来、初めて訪れた至福の瞬間といってもいいのかもしれな――

「ヒーローになれる、なんてくだらない妄想が生み出した負の産物よね?」

「――え?」

 伊月が、その存在を極端に毛嫌いしていたなんて。


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