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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
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鳴高市の悪役事情③

「それにしても、さすがは先生。やることなすこと奇想天外だけど、面白いし、見ていて飽きないから、ついつい手伝っちまうんだよな」

 新たな煙草に火をつけたおっちゃんはしみじみと呟く。

 ここでいう『先生』とは市長のこと。ただし、政治家につける『先生』という名称で呼んでいるわけではない。

 先生=学校の先生=教師。市長は昔、うちの両親やおっちゃんの担任の先生だった。

 市長が俺の自宅にやって来た時もきっと、元教え子の顔を見に行くなんて名目で秘書に予定を入れさせたに違いない。その裏で、なんの会話が繰り広げられていたかはさておいて。

「それにしても、仁太郎がその格好でいきなり店に押し掛けてきた時は、本気で強盗かと思っちまったぜ!」

 思い出し笑いと共にカウンターを叩く。

「笑い事じゃないって。この残念な親父のセンス、なんとかなんない?」

 マスクにマントにタキシード、完全なる不審者。

「はは、仁太郎のセンスのなさは昔から筋金入りだからな。良かったじゃないか、善ちゃんは(さき)ちゃんのセンスを受け継いで」

「母さんも母さんだよ。あんな親父のなにが気に入ったんだろうな」

「さぁな。本人に聞いてみたらどうだ?」

「イヤだよ、恥ずかしい。それにしても……」

 俺は着替えながら、先程の三人組を思い出しては溜め息をついた。

「さっきのはいまいちだったな。まず色のバリエーションが良くないよ。赤と水色はまだしも、どうしてオレンジを採用するかな。明らかにかぶってるだろ。せめて黄色にしなくちゃ。それと、桜がつく会社名をモチーフにしてるからって、あの名前にしたのもいただけないし。なにより爆発の演出、もうちょっと気を遣ってもらいたかったな。 反応しづらいのなんのって……」

 ぶつくさと文句を並べて今日の戦いを振り返る俺の様子を見て、呆れたおっちゃんはこう告げて頷いた。

「善斗、お前のその変にこだわるところ、仁太郎にそっくりだぞ」

「え、マジ?」

 あり得ない。



 十代善斗(としろぜんと)――俺の名前だ。父親は仁太郎、母親は咲。十代家の長男にして、一人息子である。

 現在高校一年生。成績は中の下。いや、下の上かもしれないな。

 生憎と彼女無し、年齢=彼女いない歴。

 さて、こうして自分のステータスを並べてみても分かる通り、どこにでもいる一人の高校生だ。

 そんな俺が、唯一他人とは違うと胸を張って言えること。それは、親子二代に渡って、鳴高市の平和を乱す悪党、『ジョーカー伯爵』だということだ。名前がダサいのはご愛嬌。初代がアレな以上仕方がない。付け加えて言っておくけど、平和を乱すなんて公言してはいるが、やっていることはとんでもなくしょぼい。

 例えば、『100円』と書いてある看板の一の位にガムテープを貼って、『100円』から『10円』にしてみたり。パチンコ店のネオンサインの『パ』だけを消灯するように店長に命令し、小学生レベルの下ネタに走ってみたりと、やっていることは実にくだらない。

 では何故こんなことをするのか。実は、これこそが市長の話す『プランB』の内容であった。

 ヒーローとはなにか、そして、その存在意義とは。そんな風に考えた時、まず間違いなく言えることがある。

 ヒーローとは、平和を守る存在ということである。

 では、逆はどうだろう。ヒーローが守るべき平和、それを乱すのは誰か。

 それがいわゆる悪役で、俺や親父が演じるジョーカー伯爵であった。

 『ヒーローになれる街、鳴高市』として有名になった次は、『ヒーローが平和を守る街、鳴高市』としてアピールすること。それこそが市長のプランB。

 正直な話、このプランは実によくできていると思う。

 ジョーカー伯爵の活動時間は、主に月水金の五時頃。特に出現場所や行う悪事(パフォーマンス)は決められていない。毎回本人のアドリブに任されている。ただし、『極力人に迷惑をかけないこと』、『笑って許される範囲であること』が条件だ。ま、要するにモラルを守ってってこと。悪党にモラルもなにもない気がする が。

 実際、今日行った悪事だって、『自動ドアの開閉センサーを切断し、自動ドアから手動ドアに切り換える』程度に過ぎない。勿論、切断といっても、スイッチをちょっと切らせてもらっただけだ。なるべくなら、こういった馬鹿馬鹿しく、思わずくすりと笑ってしまうものが好ましい。

 その後、ジョーカー伯爵は、悪役のお決まり通り、その場に留まり自ら行った悪事を得意気に話し、高笑い。それと同時に、SNS専用アカウントから、『どこどこでこんな悪事をした』、と呟くのだ。悪役も、時代の流れについていかなくてはならない。

早く逃げればいいのに、なんて野暮なツッコミはご法度。この場に留まるからこそ、次のショータイムへと繋がるのだ。

 さて、ここからがいよいよヒーローの出番。

 ジョーカー伯爵が相手をするヒーローは毎回ランダム。呟きを見たり、偶然その場に居合わせたりして駆けつけてくれた中から、こちらが適当に選ぶ。大体は、一番早くその場にやって来たヒーローにしているが。

 相手が決まれば戦闘ならぬ、ショーの開始。ここから外野は、余計な横槍をしてはいけない。

 初めこそ俺のターン。華麗な動きや理不尽な技で、ヒーロー達を追い詰めていく。見物人は、押されている姿に精一杯の声援を送る。それを受け、不屈の闘志で立ち上がると、そこからは攻守逆転であちらのターン。反撃から一気にフィニッシュ、敗北したジョーカー伯爵は捨て台詞と共に退散。平和を守ったヒーロー達に送られる惜しみない拍手。

 とまぁ、ここまでが一日の流れ。テレビの中の三十分をぎゅっと凝縮したものといえる。

 こうして、ただ羅列しているだけではおふざけに過ぎないと思われるかもしれない。しかし、そこはヒーローと共に育ってきた鳴高市民。ノリというか、情熱が違う。実際、横槍は禁止だの、声援を送るだののルールは、市の方が要求したわけではない。皆のヒーローに対する思いや、街を思う気持ちの現れなんだと思う。

 ちなみに少し汚い話をすると、ジョーカー伯爵、もとい親父は、市からしっかりと給料を頂いている。それも、公務員扱いだからそこそこの額だ。

 さて、ここからが肝心で、初代ジョーカー伯爵は、現在活動を休止している。理由は簡単。

はしゃぎすぎによるぎっくり腰。

 それを親父本人から聞かされた時のおっちゃんや母さんの呆れ顔といったらない。

 ここで、とある問題が浮上した。皆が楽しみにしてくれているジョーカー伯爵を、ぎっくり腰で休むわけにはいかない。それになにより、給料を得ているという紛れもない事実。それはつまり、仕事に穴を空けてしまうということ。市長は構わないと言ってくれてはいたものの、そうは問屋が――否、生真面目な母さんが卸してはくれなかった。

 となると、親父がジョーカー伯爵であることを知っている者の中から、働けない期間中の代役になれる者を探さなくてはならない。

 その限られた条件下、まず初めに白羽の矢が立ったのは、当然だがおっちゃんだった。しかし、おっちゃんは店があるからと、言葉巧みにそれを回避。続いて、反撃とばかりに叩き台に上げられたのは、他でもない母さん自身だった。だが、これは性別という決して超えられない壁が阻む。市長は公務が忙しく、とてもじゃないがそんな時間はない。

 となると残るは――――

 三人の頭には、これまた当然のように俺の顔が浮かんでいた。

 その日、こんな話し合いがされていたとは露知らず、能天気に帰宅したあの日の俺を殴ってやりたい。玄関にて仁王立ちで待っていた母さんは、不気味な笑みを張り付かせ、鬼のような指令を下した。今思い返しても、理不尽以外の何物でもない。なにを考えて、息子を旦那の仕事の後釜に任命したのだろう。やらなければ小遣い無しなんて、厄介なオマケまで付けて。

「仁太郎の腰はどうよ?」

 遠きあの日に思いをはせていると、おっちゃんがそう訊ねてきた。口では呆れたように言いながらも、事ある毎に、こうして親父の様子を気にかける様は、さすがは三十年近く連れ添った友人といったところか。

「ぼちぼち、ってとこ。安静にしとけって言うのに聞かないから」

「はは、あいつにそんなことできるわけないか!」

「いつも母さんに怒られてる。さて、帰るわ。また、次も頼むよ」

 ジョーカー伯爵の衣装が入ったエナメルバッグを肩にかけ、カウンターの脇から表に出る。

 おっちゃんの店で着替えをするようになってからというものの、すっかりと愚痴を言える憩いの場となってしまっていた。

 外はすっかりと日が暮れている。あまり遅くなったら、母さんに文句を言われてしまう。自分が仕事を押しつけておいて、晩飯の時間を気にするとは何事だろう。

 全く、一体いつまでこんなことを続けなくちゃいけないのだろうか。

 考え事をしながら歩くと、家までの道のりはあっという間。おっちゃんの店から俺の自宅までは、歩いてもたかが知れている。

「……ただいま」

 玄関にて靴を脱ぎ、二階にある自室に向かおうとした矢先、階段の脇にある和室から声がした。

「おう、お帰り。今日はどうだった?」

 こっちの気持ちも考えない、無遠慮で脳天気なこの声は間違いなく親父だ。無視を決め込み、足早に階段を上がる。

「おいおい、善斗。無視するなって」

 しかし、それを阻むように襖が開き、パジャマ姿の親父が顔を覗かせる。

「……別に」

「父さんに対して、その反応冷たいな。俺、泣いちゃうぞ」

 いい年齢した大人が泣くなよ、気持ち悪い。

「……いつも通りだよ。特に話すこともない」

「そうかそうか。今日もジョーカー伯爵は通常運転か!」

 腰に手を当てた親父は上機嫌に笑う。まさかこの笑いが、伯爵の高笑いの原点になろうとは……。

「もういい?」

「ん、おう。わざわざ呼び止めて悪かったな」

 いい加減うんざりとして、視線を階上に戻す。一刻も早くその場から立ち去ろうとする俺の背中に、思い出したように付け加えてきた親父。

「あ、そうだ、善斗。父さんさ、勉強とかはわからないけど、ジョーカー伯爵についてなら、いつでも相談に乗ってやるからな!」

 そう言い残し、再び襖の奥の和室に籠った。

 思わず耳を疑った。

 俺が相談?

 よりにもよって親父なんかに?

 あるわけないだろ、そんなこと。

 ジョーカー伯爵なんて、ただの代役でやっているに過ぎない。真剣になることなんてないんだから。




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