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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
20/21

鳴高市の悪役事情⑳

 午後五時、三分前。

 屋上に吹き抜ける風を一身に浴びながら、俺は金網に手をかけ、下を見下ろしていた。時間が経つにつれ、人の数は増え続けている。例えるなら、ライブが始まる前のコンサート会場であったり、アイドルの握手会や声優のグッズお渡し会などか。それほどの熱気に包まれているならば、人の入りは上々。これならばきっと上手くいくだろう。

 さて、問題はこっち。伊月は、来てくれるだろうか。

 ……いや、そんな否定的な考えじゃいけない。

 来る。

 伊月は絶対に来る!

 ドキ……ドキ……

 心臓が、痛いほど高鳴り出している。以前に、伊月から正体を指摘された時と同様か、それ以上に。

「ふぅ……」

 いつか、伊月の背中を目で追いかけながら聞いた鐘の音が、またも遠くから聞こえてきた。

 張り詰めていた息を吐き出し、強張っていた肩をそっと落とす。

 五時だ。

「……あれー……?」

 伊月の性格からして、時間前に到着していてもおかしくないと思っていたのに。

「……これ、もしかしてすっぽかされたか?」

 顔に着けていたマスクを外し、頭を抱えながら座り込んだ。伊月が来てくれなくちゃ、この先進まないぞ。

 さてと、どうしたもんか。

「伊月……。――――――――うわっ!」

 ぼんやりと、伊月に思いを馳せていた矢先、ポケットに入れてあった携帯が振動した。反射的に取り出そうと、ポケットに手を突っ込んだものの、その振動の意味を咄嗟に思い出す。

そうだ、これは階段下に待機している那由多からのワン切りだ。急いで立ち上がり、マスクを顔に当てて調節する。

 よし、準備万端!

 そのタイミングを見計らったかのように、ガチャリとドアノブが回され、屋上の扉が開いた。

 次いで現れた人影に、内心で安堵したのは言うまでもない。

「……ようこそ、永倉伊月。吾輩の誘いに、よくぞ臆せずやって来たな?」

「臆すもなにも、挑発的に誘ってきたのは、あなたでしょ、十代善斗くん?」

 仁王立ちにて、先制攻撃をかました俺の言葉を華麗にいなし、逆にキツい一撃を返してきた伊月は、はためく髪や制服のスカートを軽く押さえつつ、不機嫌そうに微笑んでいた。

「そのわざとらしい口調、止めてくれないかしら。……それとも、ここではそうやって話す決まりでもあるの?」

「そんな決まりなどない。これは吾輩の――……あー、いいや。とりあえず今は、俺のままで」

 頬を指で掻き、口調を改めるために咳払いをすると、伊月を見つめる。

「とりあえず、来てくれてありがとう、伊月」

「……別に。それより、こんなところでぼんやりと話をしていていいの? 早くしないと、宿敵のヒーロー達が押し寄せてくるんじゃない?」

 口端を吊り上げて、意地悪くそう告げる伊月の姿は、柚月さんを思わせる。やはり、姉妹というだけはある。性格のキツさまで、そっくりだ。

「心配ないさ。那由多が下で足止めしてくれる。『私は伯爵様の忠実な下僕だ』、なんて言わせてな」

「……相変わらず、那由多ちゃんは大好きなのね、あなたのこと」

「ま、昔から親父にくっついて伯爵の真似事をしてたし、その影響もあるんじゃないのかな」

「……そういう意味じゃないし」

 ふて腐れたように顔を逸らした伊月が、何事か小さく口にしていたものの、風の音に掻き消され、上手く聞き取ることができなかった。

「で、目的はなに?」

 伊月の目元がやや細くなり、それに伴い、話を、そして空気を切り替える。

「目的?」

「こんな公共の場にわざわざ呼び出したってことは、それだけ大層な目的があるんでしょ。これだけ騒いで、迷惑だとは思わないの?」

 くっ。相変わらず、伊月の攻撃力は高過ぎるな。こちらが返答に困る質問を、的確に投げかけてくる。

 しかし、ここで言葉に詰まると、後は集中砲火を浴びることとなる。なんとしても、平然とした素振りで切り抜けなくてはならない。

「勿論、院長の許可はとってあるよ。ちゃんと、病院へのメリットも考えてある」

「メリット?」

「ま、それは後のお楽しみってことで」

「……ふぅん。なら、もう一度聞くわ。用件はなに?」

 俺の返しが予想外だったのか、伊月の眉が訝しげに動く。それでも尚、強気な表情を崩さぬよう、口元に微笑を張りつかせて強気に問い直してきた。

「そうだな……」

 俺が伊月を呼びだした本当の理由を話す時が。

 これがいわゆる、最後の審判だ。

 どう切り出すべきか。俺が、いや、ここは俺ではなく――

「く、くっくっくっく……っ!」

 ――伯爵として、伊月と向き合うべきだろう。

「……なに? 突然笑い出したりして?」

 気でも狂ったのかと脅え、わずかに彼女が後ずさったのを俺は見逃さない。ここぞとばかりに、一歩踏み出し距離を詰める。

「吾輩は、顔を見に来たのだ」

「か、顔? 誰の?」

 その答えは予想外であったようで、伊月は目を丸くした。一気に言葉を重ねていく。

「……事故の現場で、車に取り残された者を救おうと勇敢に立ち向かった、強きヒーローの顔だ」

 丸くなっていた瞳が、大きく見開かれた。

 無理もない。まさか、俺の方からこうして話を持ち出されるとは、夢にも思わなかったのだろう。

 だからこそ、その表情は驚愕から、怒りへと変わっていく。

それもまた当然だった。大好きな父親が、この茶番に利用されているのだから。

「な、なによ、それ。お父さんのことを、馬鹿にしているの?」

 かろうじて、そう絞り出した伊月の体は、小刻みに震えていた。その体を支えてやりたい衝動を必死で抑えつけ、ジョーカー伯爵としての話し方を崩さぬように注意して続ける。

「そんなことはない。吾輩が、その勇敢なる者を馬鹿にすることなど、断じてあり得ない!」

「いくら他人を助けようと頑張っても、勇敢だなんて称賛されても、自分が車に轢かれて、助からなかったら意味がないじゃない!」

 彼女の声が、屋上に響き渡った。

 自分自身の体を抱きすくめるようにして、悲痛な叫びを上げる姿は、今にも壊れてしまいそうで。

 これ以上続けていいものかと、俺をしばし躊躇わせた。

「助からない、か。くっくっくっく……」

 それでも、依然として役に没頭する俺は、酷い人間なのだろうか。伊月の事を好きだと口にできる資格など、最初からないのかもしれない。

「……なにが、おかしいの?」

 この高らかな笑い声が勘に触ったのか、伊月が睨んでいた。あの日、俺がついた嘘を追及した時のような鋭い視線。それに屈さぬようにと、奥歯をしっかりと噛み締め、勝ち誇ったように口角を吊り上げる。

「笑いたくもなる。……手強いライバルが一人、消えるのだからな。この鳴高を拠点として悪事を働く吾輩からすれば、それは実に好都合な展開だ!」

「はぁ? 頭おかしいんじゃないの? なにを言ってるのかいまいち分からないけれど、残念ながら、お父さんはまだ生きているのよ。消えるだなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことあるわけないじゃない」

 皮肉ったように、馬鹿にした笑みを向ける伊月。肩を竦め、嘆息しがてら頭を振った。

 どうやら、彼女は気がついていないようだ。まだ生きているなんて言い張りながらも、自分自身がそれを諦めていることに。その矛盾を口で、そして態度で表に出していることに。

 だからこそ伯爵は、その矛盾を見逃さなかった。

「――無理だな」

「え?」

「貴様の父親は絶対に帰って来ない。はっきりと言おう。この先、目を覚ますことは絶対にない!」

 そう言い切った後、とてつもない罪悪感が襲ってきた。ここまではっきりと言う必要はなかったんじゃないか、なんて非情になりきれない俺の心が、ストップを訴えかける。

 でも、こうして心の奥底の壁を無理やりこじ開けてやらない限り、伊月は二度と、俺に笑いかけてはくれないだろう。

 それにそもそも、もう手遅れなのかもしれない。俺自身が勝手にそう思おうとしているだけとも考えられる。

 ま、なんにせよ、だ。――――考えたら負け。こうなったら、全力で突っ込んでいくしか、手は残されていない。

 迷いを捨てて、非情なる悪の怪人を演じることに集中する。

「ど、どうして、善斗くんにそんなことがわかるのよ……」

 またも、風の音で掻き消されかかった伊月の小さな声を、一言一句聞き漏らさぬようにと必死だった。

「信じていないからだ」

「……どういう意味?」

 すっと吸い込んだ息を、声と共に伊月へとぶつける。

「……実の娘が、父の帰還を信じていないからだ。帰ってくる場所を見失っている以上、絶対に帰ってこない。目を覚まさないんだ!」

「――いい加減にしてよ!」

 伊月の手が、俺の襟元へと伸びてきた。とうとう、暴言に対して苛立ちを抑えることができなくなったようだ。

 目を充血させ、聞くに堪えないと髪を振り乱して叫ぶのは、俺の知る永倉伊月なのか。それとも、彼女が必死に隠していた寂しさや弱さそのものだろうか。

「わかったようなこと言わないで、誰のせいで、一体誰のせいでお父さんがあんなことになったと思っているのよ……っ!」

 いつかはくるであろうと思っていたその言葉。何度となく悩まされ、迷った問いを投げかけながら、伊月は大きく右手を振りかぶった。怒りや、悲しみといった、内に秘めた感情全てを乗せて。

「あのさ、伊月……」

 腕の動きを目でそっと追い、その高さが臨界点に達するであろう瞬間を見計らい、伊月に呼び掛けた。

 振り下ろさんとしていた手がぴたりと制止し、目がすっと細くなった。なに、とでも言いたげな顔だ。

「……悪いけど俺は、謝るつもりなんてないから」

「くっ……!」

 困惑と戸惑いを浮かべ、制止させていた手を振り抜いた伊月。乾いた音が屋上に鳴り響き、叩かれた左頬とは反対側へと、数歩よろける。あ、相変わらず痛ぇ……!

 それでも、こんなところで泣き言は言っていられない。こちとら、最初から一発や二発、ビンタをもらう気でいたんだ。負けてたまるか!

「俺が謝ったら、お父さんの勇気を無駄にする、そんな気がするんだ!」

「だから、意味が分からないって言ってるでしょ!」

「いいか、よく聞け! 事故に遭った車の中に飛び込んでくなんて、ちょっとやそっとでできるような行為じゃないんだよ!」

「それがなに? そんなことぐらい、私にだってわかってるわ!」

「だったら、どうして認めてやらないんだよ。どうして、お父さんが帰ってこないなんて寂しいこと言うんだっ!」

「だって、それは……っ!」

 伊月が口ごもった。続ける言葉を選んでいるようだ。自分の心の中を、必死で隠すために。

どちらにせよ、チャンスだ。

「いいか、もう一度言うぞ。事故現場に突っ込んで、誰かを助けるなんて、ちょっとやそっとじゃできることじゃない」

「でも、結果的には――」

「――結果なんて関係ない。とある奴が言ってたぞ。大切なのは、やるか、やらないかだってさ。ま、ありがちな言葉だけどな」

 悪いな、祭。お前が俺に教えてくれた言葉、早速使わせてもらったぞ。

「お前のお父さんは、『助ける』という選択をした。確かに、その結果事故に遭ったのかもしれない。だけどな、その責任を俺に、いや、誰にも押し付けるつもりなんてないんじゃないか?」

「ど、どうして?」

「お父さんはきっと、自分の下した決断に後悔していないから。大好きなヒーローとして、誰かを助けるために動くことができた自分に、誇らしげに胸を張っている。俺は、そう思う」

「……偽善よ、そんなの。自己正当化に過ぎないわ」

そう返答したものの、俺を叩いた右手を逆の手で擦っては、考えうるところがあるのか顔を俯かせた。

「最初はさ、俺も謝ろうかなって思った。話を聞く限り、確かに俺にも責任はあるし、なにより、お前に嫌われるのは……辛かったし」

 伊月への暴言の責任として、俺自身の葛藤を包み隠さず打ち明けた。少し、恥ずかしかったけれど。

「でもさ、考えに考えて、それから色々な人に相談して、ようやく気付いたんだよな。俺がなにも考えず、目の前の責任から逃げるためだけに軽々しく謝罪の言葉を口にしたら、お父さんの勇気が、無駄になっちまうんじゃないかって」

 言葉足らずではありながら、一つ一つ慎重に、俺が出した答えを懸命に伝える。

 もしも、お父さんが二次災害に巻き込まれず、意識を失った運転手を無事に助けることができていたならば、伊月はお父さんの行為に胸を張っていたに違いない。

 自分の寂しさを埋めるため、ひたすらに結果だけにこだわって、お父さんの勇気ある行為に気付かない伊月に、届いてほしい。これが、俺の願いだった。

「なぁ……」

 そう呼び掛けると、伊月の体が小さく跳ねる。

 脅えているのかもしれないな、なんて、自嘲気味な笑みが漏れてしまった。

「……お前、本当は、俺に謝罪してもらうつもりなんて全然ないんだろう?」

 そう切り出された伊月は、ハッと息を飲み、虚をつかれたように慌てて顔を上げる。

「ち、違う、違うわ! 私は、私は本当に……っ! 本当に、善斗くんに……」

「もしかしたらって思った。最初は、ただの願望だったのかもしれないけど。それが、柚月さんの話を聞いている内に、段々とそれが確信に近づいていった。お前はさ、多分、俺に謝罪してもらうことで、あの日の事故を、無かったことにしたいんじゃないのか?」

 冷静に説き伏せられた伊月は、口ごもる。それは、俺の仮説が正しかったことを、遠回しに示しているのかもしれない。

「俺がお父さんの件を謝罪することによって、お前は俺を――いいや、ヒーローを許すつもりだったんだろ」

「……もう、いい」

「そしてまた、ヒーローのことを好きになれるんじゃないかって期待した。昔の自分みたいにさ」

「もういいってば……」

「なにもかもなかったことになるんじゃないかって、そう思ったんじゃないのか?」

「もういいって言ってるでしょ!」

 彼女の目元から、一筋の涙がこぼれ落ちる。夕日に照らされたそれは、きらきらと輝いていて、俺の心を容赦なく握りしめた。

 彼女のことを好きだと改めて認識する一方で、その涙を流させたのが自分なのだと、自責の念が募っていく。

でも、これだけははっきりと言わなくちゃいけない。

リセットなんてできない。なにもかも、なかったことになんてできないんだ。

「……もう、いいわよ、善斗くん。確かに、あなたの言う通り。お父さんの事故の真相を聞いた時、私、どうしたらいいのかわからなくなって、寂しくなった。鳴高に引っ越すってお姉ちゃんから言われて、反対したのも、お父さんのためじゃない。ただ、お姉ちゃんに構って欲しかっただけなのかもしれない。馬鹿よね、ただのワガママな子供みたい……」

 あまりにも辛い独白。過去を省みて、呆れるように自分自身を貶める伊月は、痛々しく儚い。

「善斗くんが伯爵なんじゃないかって勘づいた時、なんだか凄く嬉しかった。善斗くんなら、私の気持ちを、理解してくれるかもって。だけど、本当はあなたを利用していたのかもね。善斗くんが優しくしてくれて、なにも言わないからって調子に乗ってた。……ごめんね?」

 涙を拭い、気丈にも微笑む彼女の顔。俺は、こんなのが見たかったのか?

「私は、自分のワガママに善斗くんを付き合わせていただけ。ヒーローが嫌い、伯爵が嫌いだなんて偉そうに言いながらも、ただ善斗くんに甘えていただけだった。困らせていただけだった」

 聞くに堪えず、俺は彼女へと歩み寄っていた。

「お父さんが勇気があるのは知ってる。善斗くんが直接悪いんじゃないのもちゃんと理解しているつもり。でも、でも……」

 伊月の腕を引き、強く、俺の腕の中に抱き寄せた。これ以上、彼女の口から、そんな言葉を聞きたくはなかった。言わせたくなかった。

「……怖いよ……お父さんがいなくなっちゃうのが、怖いんだもん……」

 伯爵の服を弱々しく掴み、とうとう隠すことなく大声を上げて泣きじゃくる伊月の背中に、おそるおそる手を回す。

 最初は優しく、それでいて段々と、その震える体を鎮めるために力強く。

「どうしよう、善斗くん……お父さんが戻ってこなかったら、どうしよう……」

 これまで必死に隠していた、伊月の胸の内に秘められた不安が一気にはぜたようだ。幼子のように泣きじゃくり、声を荒げて服を握る手に力がこもる。

 できることなら、なんとかしてやりたかった。でも、俺にはなにもできない。なんの力もない。時間を戻してやることなんて、当然できないし。

 悪の怪人なんて名乗っていながら、俺にできることなんてなにも――いや、ちょっと待て。

 脳裏によぎった、柚月さんの言葉。

『――ここにいれば、ヒーロー達や伯爵の馬鹿騒ぎがいつでも聞こえてくるでしょ。ヒーローが好きでしょうがないお父さんが、その声を聞いて、目を覚まさないわけないじゃない。きっとすぐにでも飛び起きて、その騒ぎに突っ込んでいくに決まってるわ』

 父親に向けた、娘のひたむきな愛情。帰還を信じて、疑わない強い思い。

そうか、あるじゃないか、俺にも。伊月のお父さんにしてやれる、唯一のことが。

「……伊月、ごめん。俺には、お前の不安を消してやることなんてできない」

 そう前置き、それでも離さぬようにと、伊月の顔を俺の胸元に押し当てる。

「……うん」

「でも、唯一俺がしてやれることとしたらさ、それは多分……」

 少し、言葉に詰まった。

 伊月が、濡れた瞳で、俺を見上げていたからだ。目に涙を浮かべて、上目遣いの女の子を抱きしめているなんて、改めて考えたら相当恥ずかしいシチュエーションじゃないか。

 切迫した状況下で、そんな馬鹿げたことを考えてしまっていることに呆れながらも、どこかホッとした自分がいる。大丈夫、まだ、余裕を持てている。

「た、多分さ……」

「……うん」

「多分、笑うことじゃないかと思うんだ?」

「笑う?」

 予想外の言葉に、か細く問い直す伊月に、柔らかく微笑み返す。腕の力を緩め、彼女の体を解放してやると、俺は距離を保ち、わざとらしく咳払いをした。

 十代善斗から、伯爵へと切り替わるために。

「吾輩は、悪の怪人ジョーカー伯爵。吾輩の笑い声は、風に流れて鳴り響く。正義を愛する者達へと。それが例え、どこにいようとも!」

 なんて、大袈裟なことを言いながら、腰に手を当てて甲高い笑い声を上げた俺の意図を、彼女なら察してくれただろうか。

「……無かったことにはできない。治してやることもできない。でも、お前が寂しくないように、一緒に待っててやることぐらいはできるから。お前のお父さんが、目を覚ましたくなるぐらい、俺は大きく笑い声を上げてやるさ」

 しばし戸惑い、それから少しして、ゆっくりと笑顔へと変わっていく。俺が好きになった、永倉伊月という女の子の眩しい笑顔へと。

「ふふっ。もう、馬鹿じゃないの」

 涙を指で拭っては見せる彼女の笑みに、つられて俺も笑ってしまった。

「……こんなうるさい悪党がいたら、お父さんだって寝てられないわね」

「だろ? だからこそ、柚月さんは鳴高に引っ越してきたんだよ。お前だけが寂しいわけじゃない。柚月さんもお前も、お父さんに帰ってきてほしいって思う気持ちは一緒なんだよ」

「あのお姉ちゃんが? そう、なんだ。知らなかったな……」

 柚月さんの思いに触れて、伊月の心がより解れていくのが、目に見えてわかった。気恥ずかしそうにはにかむ姿が、随分と柔らかくなったからだ。

 頑張れ、俺。あと少し、あと少しで終幕だ。

「……約束しよう、少女よ!」

 ジョーカー伯爵は、伊月へと訴えかける。

「なにを?」

「吾輩はこの先、様々なヒーローと対峙するであろう。だがしかし、幾度その勝負に負けたとしても、吾輩は何度でも蘇る。貴様の父親と――吾輩が認めた真のヒーローと決着をつけるまでは!」

「……うん」

 再び、伊月の声に、涙が入り混じる。

「貴様は一人じゃない。父や姉は勿論、祭や、俺、じゃなくて、十代くんだって側にいる」

「……なによ、それ」

 小さく吹き出した伊月の体を、もう一度抱きしめた。抵抗もなく、皮肉もなく、彼女は俺に身体を預ける。

「だからさ、笑って待っていようよ。お父さんの愛したヒーロー達が集う、この鳴高市でさ?」

「……そう、ね」

 伊月の頬が、ほんのりと赤らんでいるのは、夕陽のせいなんかじゃない。だって、もう夕日はあんなに沈んで――――

「あれ?」

 おかしいな、さっきまでもう少し高い位置にあったと思った太陽が、もうあんなに沈んでいる。

「善斗っ!」

「な、那由多?」

 頭に浮かんだ疑問の答えは、空気も読まずに屋上に飛び込んできた馬鹿――もとい、那由多によって解決する。

「もうすぐ六時よ、早く準備しなきゃ! って、なに抱き合ってるのよ、馬鹿善斗!」

 大声で時間を示して危機を煽っては、頭で揺れ動くツインテールを靡かせて俺と伊月の間に割り込んできた那由多は、丁重に伊月の肩を押し、俺から遠ざける。

「ちょ、おいっ!」

「はいはーい、邪魔者はどいてくださーい!」

 なんて、意地の悪い言葉を口にしながら。あいつ、まさか一番の障害なんじゃないだろうな。本当にこの作戦に協力する気あるのか?

「ぜ、善斗くん、一体なにが始まるの?」

 那由多に押され、訳がわからないとばかりに戸惑う伊月。さすがに、この展開じゃ涙も吹っ飛んでしまうか。

「ごめん、後でちゃんと話すから。今は待ってて!」

「は、はぁ? こ、このもやもや、どうすればいいのよ!」

「本当にごめんってば!」

 これ、もしかして大失敗な気がしてならないんだけど。俺、ちゃんと伊月と仲直りできるのか?

「善斗、ほら、三分前よ。スタンバイして」

「……わかった」

 嘆いていても仕方がない。とにかく今は、ジョーカー伯爵の復活と、そして俺自身の最後の仕事に花を添えることが最優先だ。

「那由多ちゃん、善斗くんは、なにをしようとしてるの?」

 せっせと落下防止の金網を乗り越えようと頑張る俺を尻目に、伊月が那由多へと訊ねていた。

「黙って見ていてください。……善斗は善斗なりに、永倉さんのお父さんの事故のこと、責任をとろうとしているんですから」

 相変わらず、冷たい言い方だった。なんだって、那由多は伊月にあれほど敵対心を燃やすのだろう。これが終わったら、ちょっと聞いてみようかな。

「よっと……」

 落下防止用の比較的高めな金網をなんとか乗り越え、絶対に下を見ないようにと気をつけながら、屋上の縁ぎりぎりに立った。

「善斗くん、大丈夫?」

 金網の向こうから心配そうに声をかけてくれた伊月に、親指を立てて大丈夫だと答える。その時の右手が、少しばかり震えていたのは秘密だけれど。

「善斗、あと十秒。五、四、三……」

 テレビの撮影現場のように、最後は無言でカウントを進めた那由多は、人差し指を俺の方へと突き付けた。

 午後六時。ジョーカー伯爵が指定した時間になった。

 なにが起こるのかと期待して集まった人々がざわざわと動揺しているのを見下ろし、誰かに見つけてもらうその瞬間を待ち詫びる。

驚いたことに、最も早く気づいてくれたのは、祭だった。

「あ、あれは、まさかっ!」

 屋上に悠然と立つ俺の勇ましい姿を指差し、歓喜のこもった声を上げる。愛しい恋人でも見つけたようなはしゃぎ方と、ここからでもわかる程キラキラと輝いた瞳。

 その瞳、その歓声は、祭から段々と、彼女を中心にして次から次に広がっていく。まだ幼い子供は勿論、学ラン姿の高校生や、スーツを着た真面目そうなサラリーマン、白衣姿の医師や看護師もまた同じく。入院着を着た男性患者に肩を抱かれている赤ん坊を抱いたお母さんは、特製のうちわまで持参して、俺の登場を迎えてくれた。

 ああ、これ、なんていうか……

「め、めちゃくちゃ楽しい!」

 拍手喝采。

待ってたよ、お帰りなさい、なんて温かな声援。それら全てが、俺の血管を駆け巡り、脳へと伝わってきた。それらは、アドレナリンというエネルギーへと変わり、パフォーマンスを向上させていく。

「く、くくく、ふーははははははっ!」

 降り注ぐ拍手に応えるとともに、俺の体の中で暴れ回るやる気を発散させるべく、お得意の高笑いを上げた。

 正直な話、病院でこれほど騒いでもいいものかと不安はあった。

 けれど、出てきてみて驚いた。俺を迎えてくれる声がこれほど多いなんて思ってもみなかった。

 一般人だけじゃなく、この場で働いている医師や看護師、患者問わず、こうして騒いでくれているならば、主役の俺がアクセルを渋るわけにはいかないだろう。

 でも、まずはその前に、言っておかなくてはいけないことがある。

「待たせたな、鳴高市に住まう者よ。吾輩の音沙汰が二週間近くなかったことに、不安を感じていた者も少なからずいたであろう?」

 その言葉は、主に祭へと投げかけていた。下から見上げ、本当に嬉しそうに笑う親友に。

「それだけではない。吾輩が鳴高から消えたと嘆く者、ヒーロー共による度重なる敗北を恐れ逃げ出したかと発破をかけてくる者、その敗北を励まし応援してくれる者、怪我でもしたのかと心配してくれる者……、本当にたくさんのコメントがアカウントや市の掲示板に残してあり、吾輩は非常に、非常に嬉しかった。ここに、お礼を言わせてもらう。……ありがとう」

 俺は、極力下を見ないように気をつけながら、慎重に、それでいて深々と頭を下げた。酷く不格好なお辞儀ではあるものの、この一礼は俺の本心だった。

 ジョーカー伯爵というキャラクターがいかに愛され、いかに待ち望まれているかが、一つ一つのコメントから切実に伝わってきた。だからこそ、そのコメントに、俺は真摯に向き合い、しっかりとお礼を言わなくてはならない。それこそが、俺が鳴高市民にできる謝罪であり、果たすべき責任であるから。例え、伯爵のキャラとは違っていたとしても。

 どこからか手を叩く音がした。一人から二人、二人から四人、そして段々と音は重なり、先程と同様、いや、それよりも大きな喝采へと繋がっていく。『らしくないぞ』、なんていう皮肉も一緒に飛びかって。

 嬉しかった。心底嬉しくて、涙が出てきそうだった。

 それ故に、俺は歯を食い縛り、顔を上げては精一杯重々しい口調にて、皆に呼びかけた。

「ふん。甘い、甘いな!」

 拍手が止んだ。おそらくは、俺の台詞の邪魔をしないよう、気をつけてくれたのだろう。

「なにを勘違いしているのだ、貴様ら。吾輩がこうして謝罪をしたのは、考えに考え抜いた極悪非道の手段に、とうとう手を染めてしまったことへのせめてもの慈悲だ」

 震える右手を見せつけるようにして掲げ、それから強く握りしめる。自分自身の弱い心を、捻り潰すようにして。

「吾輩は考えた。どうすれば、この鳴高市に大打撃を与えられるかということを。来る日も来る日も考え、そしてようやく辿り着いた。それがこの、『襲撃オブ鳴高ホスピタル』だ!」

 『襲撃オブ鳴高ホスピタル』という作戦名を発表した瞬間、皆の顔に衝撃が走った。その作戦名の安直さに驚いているだけなのかもしれないが。

 とはいえ、未だ危機感を実感していないのか、その顔には明るさが残り、くすくすとした笑いすら聞こえてきた。

「……笑止」

 その笑いを打ち砕き、そしてこの作戦を成功させるべく、俺は短くそう呟いた。

「……『襲撃オブ鳴高ホスピタル』とは、ここ鳴高病院にて、とあるものを吾輩が奪取し、生命の枯渇を狙うものである」

 丁寧な口調にて話す伯爵の様子がいつもと違うと感じたのか、次第に広がっていく喧騒。

「とあるものとはなんだと思う?」

 不意に投げられた謎かけに、一同は相談し、首を捻る。

「それはこの病院において、手術の際に無くてはならぬもの……」

 両手を大きく広げ、勇ましく堂々とした悪役を演じながら、もったいぶった物言いで口元に笑みを張りつかせた。

「せ、先生、大変です。輸血用の血液パックが、す、全て無くなっています!」

 その時、まるで狙いすましたかのように、病院の中から飛び出してきた女性看護師が、ツインテールを揺らしながら、その事態を正確に、それでいて切迫して危機感を煽り、報告した。

 初めの内は、誰もがまさかと疑っていたに違いない。ジョーカー伯爵のする悪事は、極力人に迷惑をかけないことが前提であったから。

 しかし、ここで現れた看護師によって、その前提は大きく揺らぐことになる。

 まず、ここ数週間のジョーカー伯爵の不在。これが違和感を抱かせていた。もしかしたら、本当になにかの準備をしていたのではないかと。

 続いて、初めてともいえる出現予告。その場所は、予想外にも公共施設である病院だった。騒いでも大丈夫なのかと、誰しもが思っただろう。

 その疑念に続き、ここでの看護師という第三者の投入。これまで、伯爵の行為に第三者が絡んでくることなどほとんどなかった。以前に、那由多を巻き込んでしまったこともあったが。

 これだけ続いた不測の事態に、各々の心が変化し始める。

――――もしかしたら、と。

 その心につけ込むのが、今回の作戦の肝。もはや、説明はフラグだなんて誰にも言わせない。

「貴様らは、吾輩を見くびっている。吾輩が、いつもヒーローに負けているだけの木偶の坊に見えたか! くくく、愚か。全くもって愚かな奴らだ!」

 ざわつく周囲を一喝し、さも愉快そうに腹を抱えて笑う俺に向けられるのは、温かく出迎えてくれたものとは違って、畏怖がこもった鋭い視線へと変わっていた。どうやら、信じ始めている者が増えているらしい。

 これでいい。俺は、正義の味方ではない。悪役として、そして同時に鳴高を想う者として、俺にしかできないことをさせてもらおうじゃないか。

「今、この病院には、吾輩が真のヒーローとして認めた男が入院している。吾輩のライバルとなるやも知れぬその男を、今の内に抹消するべく、吾輩はこうした作戦に打って出たのだ。この者は、交通事故に遭って意識を失った運転手を、自らの手で助けようとした。他人のために勇気を出せる者こそ、この鳴高が誇るべき真の英雄である」

 背後にいる伊月をわずかに振り返り、そう静かに口にする。

「この先、吾輩と対峙できるのは、勇気ある強いヒーローのみだ。ただ目立ちたいなどという軟弱なヒーローなど、今後相手にするつもりなど毛頭ない」

 きっぱりとそう言い放つと、皆の顔が、次第に引き締まっていく。俺の伝えたいことを、薄々と勘づき始めているみたいだ。

 それならば、ここにやって来た目的を盛大に発表してやろうじゃないか。

「現在、輸血用の血液がない状況下で、もし事故があったらどうする。血液が足りないなんてことがあったらどうする。今、吾輩の作戦を食い止めることができるのは貴様達だ。他人のためにわずかでも血液を分けてやりたいと、助けになりたいと願う者がいるならば、ここは病院だ。献血でもなんなりとするがよい。さすれば吾輩も……、貴様らの勇気を認めて、この先、全力で戦うことを約束しよう!」

 その宣戦布告は、鳴高市民のプライドに火を点け、そしてまた、正義を愛する心を自覚させた。

 俺の願いを悟った医師や看護師は、自分の仕事を責任もって果たすべく、ひと足早く院内へと走っていく。その顔つきは、凛々しく頼もしい。

 そして、それに続くように、鳴高市民は入口へと足を進めた。決して騒がず、お互いに譲り合い、狭い入口に混雑すらすることなく。俺にはそれが嬉しかった。この場の空気に身を任せ、悪ノリしているのではなく、自分で考えて行動したのだという証に思えたから。

「ん?」

 その人の波の中に、祭の姿が見えた。

 思わず、上から声をかけずにはいられない。

「そこの娘、片桐祭よ。少し待て!」

「え、は、はい!」

 突如声をかけられ、祭は肩を震わせた。伯爵から直々に呼び止められて、緊張したのか上擦った声で返事をする。

「聞くところによると、貴様はいつも吾輩を待ち伏せし、取材のタイミングを狙っているらしいな?」

「は、はい。そう、ですが……」

 なにか言われると思ったのか、叱られた子供のように、しゅんと俯く祭。

「……ご苦労なことだ。いつか、君に取材される日を、心待ちにしているぞ?」

「え? あ、はいっ!」

 自分の苦労、努力が認められた瞬間に、祭の瞳は光輝いた。続いて送られる、周りからの祝福の声に、恥ずかしそうに何度も小さく頭を下げている。

 ありがとう、祭。こうして、俺がこの場に立てたのも、お前のおかげだ。せめてものお礼として、こんな高みからだけど言わせてくれ。

「ふう……」

 しばらくすると、あれだけ集まっていた見物客は一人残らず姿を消していた。

 皆、思うところがあったのか、快く献血に協力してくれているらしい。

 鳴高市民は、誰かの力になることを躊躇わない優しさを持ち合わせているのだと、伊月に見てもらいたかった。この分じゃ、それも大成功といえる。

「よっと!」

 最後にもう一度だけ、誰もいなくなったその光景を目に焼き付け、再び金網をよじ登った。マントが引っ掛からないように気をつけて、元々いた屋上へと戻る。

 どっと疲れが出た。手足を投げ出し、大の字になって寝転がると、冷たいタイルが背中にひんやりと心地よかった。

「終わったんだな……」

 終わった。この日のために、皆が練ってくれた計画、そして俺自身の伯爵としての最後の働きも。

「……お疲れ様」

 いつしか隣に腰を下ろしていた伊月が、俺の顔を覗き込み、そう労ってくれた。

「どうだった?」

 そんなことを伊月に聞くことすらおこがましいとは思いながらも、俺は聞かずにはいられなかった。

「どうって、はっきりと言っていいの?」

「え、完璧だったって?」

「……まさか。まず作戦名が馬鹿馬鹿しいし、輸血用の血液パックを奪取したとか最低だし、あの看護師さん、ううん、那由多ちゃんの演技も雑過ぎ」

「あ、やっぱりバレてた?」

 危機感を煽るべく投入した第三者の看護師。その正体が那由多であることに気付くとは、さすがは伊月。

「仕事があるからって、慌てて下りていったから。ま、それがあんなこととは思わなかったけれどね」

「はは、そうだよな」

 相変わらず、厳しいお言葉を頂いてしまった。でも、不思議と悪い気はしない。

「これでもさ、頑張ったんだぜ。病院を貸してくださいって頼みに行った時の院長の顔ったら、思い出すだけで笑えるよ。口があんぐりと空いててさ!」

「当たり前よ」

「ま、結局、貸してもらえる条件として、献血に協力してもらえるように、ってことだったんだけどさ。結構びくびくしてたんだぜ。急患とか、事故とかがあったら、一気に台無しになっちゃうからな」

「……そうね」

「それも無くて本当によかった。あ、そこら辺を踏まえて、もう一度、評価してくれたら嬉しいかな」

 手を合わせて懇願する俺を見て、伊月は顔を逸らしながら小さく呟いた。

「……結構、頑張ったんじゃないの?」

「そうかな。なら良かった」

 思いがけずに褒められて、なんだかおかしくなってしまった。

「な、なによ?」

「いや、なんでも」

 からかわれ、ふん、と小さく鼻を鳴らして、ふて腐れる伊月。

でも、居心地が悪いとは感じなかった。それどころか、間に流れる無言の空気が、逆に心地よくさえ思えた。

「やっとわかったわ」

 顔を背けたまま、伊月は口を開いた。それは、俺に対してというよりは、自分自身に語りかけているようで。俺は、黙っていた。

「私が伯爵を嫌いだと感じたのは、彼の行動全てが、誰かを助けて事故に遭ったお父さんみたいに、偽善に思えてならなかったから。でも、違ったみたい」

「ん?」

 そう勿体ぶり、伊月は腰を上げる。そのまま、俺の眼前にそっと手を差し出した。相変わらず、顔を背けたままではありながら。

「……なにが、違ったの?」

 その手に掴まり立ち上がった俺は、そう続きを促した。

 茶化すことは絶対にしない。

 彼女から貰える評価こそ、今日の俺の最終結果なのだから。

 平静を装ってはいるものの、緊張して、口の中が渇いていた。また、彼女が冷たく俺を罵ったらと考えたら、茶化すことで誤魔化してしまいそうだった。

 でも、恥ずかしそうに顔を上げた伊月の顔は、穏やかに微笑んでいて。なんていうか、別の意味で心を締めつけて、苦しかった。

 その微笑みと共に、彼女は静かにこう告げる。

「……格好良かったよ、善斗くん。君のおかげで、私はまた、ヒーローを好きになれるかもしれない、そう思った」

「伊月……」

「そ、それに私……、う、ううん。なんでもない」

 伊月の評価は高かった。

 それがもの凄く嬉しくもありながら、一つだけ気に入らないことがあった。だから、その部分は訂正してもらうとしよう。俺は悪の怪人ジョーカー伯爵。容赦はしない。

「駄目だな!」

「え?」

「好きになれるかも、じゃ駄目だ!」

「え? え?」

 伊月は戸惑い、頭に疑問符を浮かべている。

「好きになれる! いや、好きかも! ああ、もう! 好きだって言っちまえ!」

「ちょ、ちょっと、善斗くん?」

 勢いに任せて手を握り、これまた勢いに任せて俺自身が望む、彼女の口から聞きたい言葉を要求していく。

 ぶんぶんと手を振られ、伊月の顔が段々と赤らんでいく。おかしいな、ヒーローが好きと口にするだけで、こんなにも恥ずかしいものなのかな?

「ほら、伊月。好きだって言ってくれよ!」

「う、うぅ……」

「な、伊月?」

「わ、わかったわよ!」

 ぐいぐいと来る俺の迫力に耐え切れなくなったのか、とうとう伊月は承諾の返事をくれた。

 ちらちらと俺を気にして口を開いては、すぐに閉ざして恥じらってしまう。

 そんな中、ようやく覚悟が決まったのか、伊月は目をきゅっと瞑り、早口で叫んだ。

「もう、好きよ、善斗くんっ!」



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