鳴高市の悪役事情②
突然だが、俺の住む鳴高市にはヒーローがいる。といっても、テレビでよくあるようななんとか戦隊やら仮面をかぶったバイク乗りのような派手派手しく特殊な力を持っているわけではない。例えるならば、今流行りのゆるキャラとでもいうべきか。決定的に違うのは、一人二人だけではないこと。今や何人いるかすら、俺にはわからない。
事の発端は、大体二十年近く前のこと。
鳴高市をなんとかして発展させたいと思った当時の市役所は、市のマスコットキャラをつくろうと思い立ったらしい。そこに白羽の矢が立ったのは、ヒーローの存在であった。当然、子供達の人気は集まるし、なによりもグッズ展開や巡業がし易い。着ぐるみなんかよりも、その上、よっぽど低コスト。いいんじゃないかと一同が盛り上がりかけたその時、今まで黙って会議を聞いていた当時の市長がこう言い放ったらしい。
『ヒーローとは、憧れるだけの存在じゃない。ヒーローとは、自らがなるものだ』と。
役員達の頭には疑問符が浮かぶ。そりゃそうだ。いい年齢のおっさんが、ヒーローのなんたるかをドヤ顔で語っていたら、誰だってそうなるに違いない。
さて、誰しもが首を傾げたこの発言。その答えは、なんと市長自らが身を持って説明してくれたそうだ。自分と、その知り合い数人で、ヒーローユニットを結成することによって。意表をついたキャスティングと、広報誌を乗っ取っての宣伝というインパクトのあるお披露目に、市民は驚き、そして注目した。
しかし、面白いことに、市長は市民に対して、真似をしてもらうつもりなど毛頭なかった。
むしろ、『絶対に真似をするな。これは僕達だけのもの。皆もやりたければやればいい。皆が同じ格好をして真似をするのではなく、それぞれが思い描く理想のヒーローになればいい。ま、僕達を超えられる者などいないがね』、なんてハッパをかけさえした。
そこまで言われて黙っていられるかと、次から次に新しいヒーローが現れては、市民を湧かせることとなった。そんなわけで、鳴高市には一躍ヒーローブームが訪れた。それも、特定の誰かに憧れるのではなく、自分自身がその憧れとなる。
鳴高市は、『ヒーローになれる街』として、注目を集めることになった。もちろん、市全体の協力は惜しまない。
まず、市民ならば誰しもがヒーローとして登録することができる。もちろん、市長のように、複数人を集めた戦隊にしたり、一人きりでも構わない。登録方法は簡単。市役所の一角に設立した『英雄課』に、登録したい戦隊名やコードネーム、通り名などと共に、代表者の本名、住所、電話番号、設定や意気込み等を専用用紙に書いて提出するだけ。これだけの手続きであら不思議。その瞬間から、鳴高市の平和を守るヒーローとして登録されるわけだ。登録されたヒーローは、 週に一度、新聞の折り込みチラシの中に入っている、市の広報誌によって紹介される。
そう、ただそれだけだった。
登録後、特にやることを決められてはいない。自己満足で終わりでも良し。自らの宣伝のためにアピール活動をするも良し。そこからは割と自由。
最初こそ、その試みは斬新かつ面白く、皆の関心を集めた。学校生活の思い出づくりや職場のレクリエーション、共通の趣味を持った者同士のイベントや婚姻届を役所に提出するついでになど、大きく盛り上がった。
しかし、それもほんの数年のこと。登録するだけで終わる市民が大半、特に決められた活動もなかったため、すぐに飽きて辞めてしまう者も大多数。
そんな状況下では、一時的な自己満足企画に過ぎないかと誰しもが思っていた。
その考えを容易く打ち砕いたのは、やはりと言うべきか市長であった。
さて、ここからは、俺が産まれてからの話。
ある日、市長が俺の親父を訪ねてきた。
久しぶり、なんてお決まりの挨拶をお互いに交わした後、親父は俺を市長に紹介した。俺の息子です、なんて気恥ずかしそうに話す親父と、まるで自分のことのように喜び、顔を綻ばせていた市長を覚えている。
しばらくは酒を片手に近況を話し合っていた二人だったが、不意に市長がこう切り出した。
『そろそろ、プランBを始動したいのだが……仁太郎、また力を貸してくれないか?』
その時の市長の笑みは、世界征服でも企む秘密結社のトップのようでありながら、目をきらきらと輝かせていた。一体なにが起こるのだろうと、俺は子供心にわくわくしたものだ。