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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
17/21

鳴高市の悪役事情⑰

「……しまった。おっちゃんに顔とか教えてもらっとくんだった……」

 今、俺は、階下に繋がる薄暗い階段に姿を隠し、伊月の住む三〇三号室の扉を見張っていた。

「ねぇ、善斗。こんなところを見つかったら、また嫌われちゃうんじゃない?」

「うるせぇな。だからこうして隠れてるんだろ」

 傍らで、背中を壁に預けている那由多が、呆れたように呟くのを聞いて、思わず食い下がる。

「……なによ、その言い方。誰のおかげでここに入れたと思ってるの?」

「な、那由多さんです……」

「ならそんな言い方はないんじゃなくて?」

「す、すまん」

 腕を組みながら、勝ち誇る那由多に、俺は大人しく頭を下げた。

 那由多への頼みとは、オートロックを解除し、マンションの中に入れてもらうことだった。

 目的はただ一つ。伊月の姉に会って、話を聞くことである。

 本来なら、マンションの入り口で声をかけるのがベストだが、生憎と俺は顔を知らない。その為、オートロックの中に入り、こうして玄関をこっそりと見張るしかなかった。

 それならば、隠れたりせずに玄関の前で待っていればと思うかもしれないが、もし、仮に伊月と鉢合わせになったらどうなるか。あの厳しい視線に晒された中で、家にまで押し掛けてきた理由はと問われたら、残念ながらお手上げだ。

 苦肉の策として、こうして姿を隠して待っている訳なのだが、一時間近く経過しても尚、一向に現れる気配はない。

「ねぇ、善斗。今日はもう諦めたら? もうすぐ七時を回っちゃうし、私も帰らなくちゃ……」

 携帯電話で時刻を確認した那由多は、親からメールでもあったのか、ボタンを操作しながら、言いづらそうにそう切り出した。

「あ、そうか。なら、お前は先に帰ってくれよ。俺は、もう少しだけここで待ってみるから」

「……うん、ごめんね」

「なに言ってんだよ。助かったぜ、那由多。ありがとな?」

 目を伏せて謝罪の言葉を口にする那由多に、俺は慌てて首を振った。

わがままを言っているのは俺だ。感謝こそすれど、謝られる道理など一つもない。

下の階にある自宅へと帰るべく階段を下りる最中、一段一段、こちらを振り返って心配そうにしている那由多に笑いかけ、手を振ってやる。あいつ、やっぱりいい奴だな……。

「善斗、今のあんた、不審者同然なんだから、危なくなったらすぐに逃げるのよ!」

 ……こういう一言さえなかったら、完璧なのに。

「さて、と!」

 切れそうになった集中力を高めるべく、掌で挟み込むようにして頬を叩く。

「痛っ!」

……ちょっと力加減を間違えたか。

それにしても、張り込みって一人でするとこんなに寂しいものだったのか。今まで祭の誘いを断り続けて申し訳ないことしちゃったかな。

「ごめんな、祭……」

 張り込み云々についてだけでなく、今この瞬間においても、俺や伊月の事で頭を悩ませてくれているであろう親友に向けて、思わず呟いてしまった。

「また三人で、馬鹿話しようぜ!」

 もう一度、強い決意を込めて力強く頬を叩く。今度の力加減は適正だ。……痛いくらいで、丁度いい。

 にしても、一体いつになったら帰ってきてくれるんだよ。まさか、もう帰って来てるなんてオチはないよな。

 そんな風に疑心暗鬼に陥りかけた。

 すると、俺がいる階段とは反対側。最上階であるこの階に停まっていたエレベーターの電気が点き、下へと下りていった。扉の上にある、階を示す表示ランプが一階を示し、それからまた上がってくる。

 二階、そして三階。この上はない。

 エレベーターの扉上部にあるガラス窓から光が漏れていた。扉が開き、その光と共に下りてきたのは、若い感じの女性だった。

 まさか、あの人が伊月のお姉さんなのか?

 玄関に手をかけた瞬間に、いつでも飛び出していけるように、少しばかり身を乗り出してタイミングを窺っていく。

 三○一、三○二……三○三……!

「……あ……」

 結局、その女性は三○三号室すら通過し、階段手前の三○四号室のドアノブに手をかけた。そのまま、俺に気付くことなく室内へ。

「はぁ……」

 ため息がこぼれ落ちる。期待していた分、どっと疲れが出てしまった。

 今日はもう、無理なのだろうか。

 いや、でも……!

 あと五分、あと五分だけと、諦め悪く縋りつこうとしていた俺。

 そんな俺の姿を見て、不審に思ったのだろうか。

 階段を上がってきた住人らしき女性に声を掛けられてしまった。

「そこのあんた、こんなところでなにをしているの?」

「げっ!」

 その声に弾かれるように立ち上がる。

 こんな時に限って思い出すのは那由多の去り際の言葉。

『善斗、今のあんた、不審者同然なんだから、危なくなったらすぐに逃げるのよ!』

 すぐに逃げるって、どこに逃げるんだよ?

 このまま階段を下りていくのか。いや、ここで逃げたら明日以降変な噂が流れて……、ああ、でもこのまま捕まるよりもその方がマシな気もするし……。

「もしかして、……ストーカー?」

 そんな風に考えている間にも事態は刻一刻と進んでいく。

「ち、違います。俺はストーカーなんかじゃありませんよ!」

 必死に否定して、首を凄い勢いで振る俺を見て、目の前の女性は不審感を一層強めたらしい。目を細くし、汚らわしいものでも見るかのように、こちらを警戒しているのが、薄暗がりでもはっきりと分かった。

「そう? なら、どうしてこんなところで這いつくばっていたのかしら? 新手のプレイ?」

「ち、違いますよ。なんですか、プレイって!」

「なら、ちゃんとした理由を聞かせてくれる?」

 階段を一段ずつ上がりながら、いたぶるように問いかけてくるその女性。彼女の体が俺よりも上へと上がっていくにつれ、どういうわけか圧迫感も増していくようだった。

「だ、だから、俺はストーカーなんかじゃなくてですね……」

「だったらなぁに? 階段に這いつくばるフェチズムを持った変態? それともいつでも誰かに踏まれることを所望するドM野郎?」

 な、なんなんだ、この人。さっきから、言葉の節々に警戒心どころか、ナイフすら見え隠れしているぞ。心をへし折る気満々じゃないか。

 そりゃ確かに、こんな状況で話を聞けという方が無理なのかもしれないが、少しくらいは落ち着いてもらいたい。いや、まあ、それは俺にも言えることではあるが。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 とうとう俺に背中を向けて離れていってしまった女性を慌てて追いかける。この階まで上がってきた以上、この人がここの住人であることは間違いない。早急に誤解を解き、当初の目的に戻らなくては……!

 いや、それ以前に、こんな場面を伊月の姉や、伊月本人に見られてしまったら、その時点でアウト。いや、こんな張り込みなんかをして、ストーカー疑惑をかけられている時点で十分アウトな気がするが、そこは目を瞑ろう。

「何度も言っているように、俺はストーカーではなくて……」

「じゃあ一体――……あら、その制服、鳴高高校?」

 面倒くさそうに振り返った女性の反応が、俺の着ている制服を見て明らかに変わった。

 そうか、さっきは薄暗い階段の下だったせいで、見えていなかったのか。

「そう、ですけど?」

 どうしてこの制服を見て反応したのかは知らないけれど、これはチャンス。もしかして、誤解が解けるかも。

 なんて、一瞬でも甘い考えを抱いたこの瞬間の俺は、なんと間抜けだったのか。

「……なるほどね。なら、伊月のストーカーで間違いないわね」

 彼女は確信したらしい。

 俺が、伊月のストーカーなのだと。……何故そうなったのかは、はなはだ疑問ではあるが。

「だーかーら、違うって! なんでそうなるんですか!」

 ヒートアップした俺は、声を荒げてひたすら保身に走っていた。目的すらも忘れて。

「どうせ、伊月を影からこそこそと見つめているだけじゃ足りなくなって、こうして家まで押し掛けてきたんでしょ。いい加減に認めなさい!」

「あのなー、確かに、伊月のことは好きだけど、俺はストーカーなんかじゃないってば!」

 遂に俺はキレた。人様――それも共同住宅の玄関先でなにを叫んでいるのか。誰一人として扉を開けて出てこないことが、奇跡に感じてならない。

「……あれ?」

「ん?」

 声を上げたのは、どちらが先だったのか。

 顔から火が出るような恥ずかしい状況下において、すぐさま落ち着きを取り戻すことができたことは、幸か不幸か。それでも、冷静になったことで、さっきまで気付かなかった事態に気付くことができた。その点に関しては幸運といえるだろう。

「そういえば、なんで伊月のことを?」

 女性の口から出た予想外の名前に、思わず間抜けな質問をしてしまった後に気がついた。

 待てよ、この人もしかして……。

「……君、名前は?」

 驚いたことに、質問をしてきたのは女性の方からだった。

 こちらと同じく、なにかに気付いたらしい彼女の視線は、先程に比べて幾分か和らいでいる。

「十代、善斗ですけど?」

「……やっぱり」

 俺が名乗ると、ようやく警戒心が薄れたのか、女性が初めて口元に笑みを浮かべる。

「やっぱりって、どういう意味ですか?」

「……落ち着きのないクラスメート、なんて、伊月が楽しそうに話していたもの。それにしても、話に聞いていた通りの人ね」

「伊月がそんなことを?」

「……ま、こんなロマンの欠片もない場所で、姉に向かって告白する時点で、落ち着きがない上に、お馬鹿さんだけど」

「それは、その……。あ、いやいや、そんなことより、貴女が伊月の?」

「初めまして。私は永倉柚月(ながくらゆづき)。あんたの大好きな、永倉伊月のお姉ちゃん。よろしくね、二代目伯爵さん」

「え、そんなことまで?」

「これは伊月から聞いたんじゃないわよ。咲さん――あ、君のお母さんね。挨拶に行った時、教えてもらったのよ」

 衝撃を受けている俺を見て、種明かしをしながら口元に手を当てておかしそうに微笑んでいる柚月さん。

 廊下を照らす蛍光灯と月明かりによって照らされた、そんな彼女の顔を見て、俺は無意識に納得していた。

 なるほど、目元や口元。それに笑い方といい、伊月にそっくりだ。しいて違いを上げるなら、その長い茶髪に、目を引くスレンダーな長身。顔つきに至っても、あどけなさが残る伊月に比べて、よりクールというか、知的というか。その分、毒舌や攻撃力は段違いだったがな。

「で、あんた、あんなところでなにしてたのよ? まさか本当に伊月のストーカーじゃないでしょうね?」

「いや、違いますって。……俺は、柚月さんを待っていたんです」

「私を? どうして? あ、まさか……、私に乗り換える気? 悪いけど私、年下は駄目だからね」

 一人、話を膨らませては、虫でも追い払うかのように手をひらひらと振る柚月さん。

 どこをどうしたら、ここまで人の話を聞かずに喋り続けることができるのか。そういえば、怒った時の伊月も、こんな感じだったな。やっぱり姉妹ってことか。

「違いますってば」

「……わかってるわよ。あの子のことでしょ、どうせ。そんなに怒らなくてもいいじゃない?」

「いや、別に怒ってるわけじゃ……」

「なら、余裕がないだけかしら?」

 直球。図星というか、痛いところをつかれ過ぎて、俺は苦笑いにて誤魔化すよりなかった。

 柚月さんも、それを理解しているのか、これ以上の追及はなく、三○三号室のドアノブに手をかける。

「ここじゃなんだし、公園にでも行きましょう。先に行ってて、後からすぐ行くから」

「あの、柚月さん。俺と話をするってことは伊月には……」

「心配しなくても言わないわよ。大体、大学生にもなって、いちいち出かける度に、妹に行き先告げたりしないでしょ?」

「まぁ、そうなんですけど……」

「いいからさっさと行きなさい。そこにいたら、伊月に見つかっちゃうかもしれないわよ」

 それだけを言い残すと、柚月さんはドアノブを引き扉を開けた。

 考えていても仕方がない。先に行っていろと言われた以上、大人しく従うとしよう。

 目的地の公園は、伊月と出会ったコンビニとは逆の方向に位置し、歩いても数分とかからない。昔はよく、そこで祭と遊んだものだ。

 そんな風に、昔を懐かしんでいる間に、公園へと到着した。

 ブランコが二台、大小二つの鉄棒に、滑り台が一つ。その周囲は、たった十数メートル弱のグラウンド。ボール遊びすらできず、公園と呼ぶにはあまりにもお粗末なその場所で遊んでいる子供など、今となってはもの珍しい。大多数の子供達は、家の中でゲームをしたり、カードショップでカードゲームをしたり、デパートの中にある電子媒体を使って遊んだりと、身体を動かすなんてことをほとんどしなくなってしまった。これが時代の変化なのだろうか。

 申し訳程度に置かれているブランコの片方に腰を下ろし、そんなことを考えながら、柚月さんの到着を待つ。

「お待たせ。それで、私に話っていうのは?」

 程なくして、風に靡く髪を押さえながら、柚月さんが公園へと入ってきた。俺がブランコに座っているのを見るなり、隣のブランコに同じように腰掛け、話しやすいようにそう切り出してくれる。

「伊月のことならなんでも聞いて。答えられる範囲でなら答えてあげるから」

 ありがたい申し出だった。しかし、その反面、俺は戸惑い始めていた。柚月さんに聞きたいことはたくさんある。伊月のこと、そして、お父さんのこと。ただ、迂闊にそれを聞いていいのかがわからない。なんの関係もない俺が、永倉家の問題に首を突っ込んでもいいのだろうか。

 それに、訊ねた結果、最悪な答えが返ってきたら、俺は耐えられるのだろうか。もし、柚月さんからも非難されてしまったら。

 それを思うと、この段階に来ても尚、踏ん切りがつかずにいる。全く、我ながら情けない。

「……どうかした?」

「いえ、迷っているんです。本当に、聞いていいものなのかと……」

 気がつくと俺は、その迷いを口にしていた。様子を見ようなんて下心はなく、ただその不安を押し隠せなくなったから。


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